ハッピーエンドはカーテンコールのあとで

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#10 三郎さんと命名されました

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「主はすべてをお与えになり、私たちを平等にお救いくださるのです」
 パードレの説教に人々が感嘆の声をあげて両手を組み合わせる。水穂国の人間は外国人全般を「バテレン」と呼ぶが、こと宣教師を指しては「パードレ」と呼び分けた。彼らがそのように自称したからである。パードレが説くのは「神の愛」と「貧富なき救済」であり、「正教(せいきょう)」という言葉で国内に浸透している。天の下の平等を説き、アバルの母国エウロペでも信仰者の多かった宗教だ。

「アバルは、神っていると思うか?」

 人々から離れたところで須王がひとりごとに近い形で問うた。
 どうして雨は降るのか。カエルが鳴くときにおなかがふくらむのはどうしてなのか。どうしてアバルの髪は金色なのか。
 須王は聡明な少年だが、そんなふうにしばしば、子どもたちは前触れもなく身近な大人に投げてくる。いずれもアバルが生きてきて一度も考えたこともないようなことばかりで、アバルは自分の薄っぺらさが恥ずかしくなったりもするのだが、それはそれとして。

「どうかな。でも、いるかもしれないって思うことでその人が生きていけるなら、俺はそれでいいと思うんだ」

 あるいはその名も知らぬ神が、あの日アバルを一郎さんのもとへ導いてくれたのかもしれない。考えて、我知らずアバルは微笑する。
「須王やみんなと縁を結んでくれたのが神様だったのなら、俺は感謝をするよ。すてきなことだと思う。須王はどう思う?」
「オレもっ!」
 須王の顔がぱっと明るくなった。見えないしっぽがぶんぶん振られているのがわかる。どうやら無事にアバルの答えは須王の求めるかたちであったようだ。

「じゃあ、オレとアバルが出会ったのはやっぱり運命なんだな!」

 須王が笑ってアバルの手を引いた。運命とは、またおおげさな。思う一方、須王にとって自分はそれほど「おおげさ」な存在であるのだという表明でもあるわけで、アバルはおのずと頬が緩むのを感じる。うれしい。
 わかってはいたことだが、翌朝、須王は夜の間に起きたことを覚えていなかった。そもそも覚えていたら、いまごろ須王はこんなふうに屈託なく笑ってはいないだろう。

(それはよかったけど……)
 早く用事を済ませてアバルに甘えたいのか、須王がぐいぐいとアバルを先導していく。アバルは脳裏にちらついたもう一人の須王を、首を振って払った。
 さて、本日須王と出向いたのは蔵の整理にともなって出てきたものがあるので寄贈したい、という依頼人の家だ。先祖代々住んできた家ではあるが、都を離れることにしたのだという。キスケに同行を頼んだのは人手を借りるためと、万が一高価なものではあってはいけないと思ったからだった。

「あ、須王、そっちは」

 須王が人をよけて道の真ん中へ出る。その際、木刀を持った男と須王がぶつかった。須王を自分の方へ引き寄せ、アバルはすぐさま男にわびようとする。
「おやおやあ、これはいけない。天地神明より遣わされし尊き神君の御膝下に南蛮ネズミが」
 男の血走った目がぎょろりと動いてアバルをとらえた。大柄な、それも武器をもった男に見下ろされ、アバルは恐怖を抱く。それでも黙ってるのはよくないと判断して勇気をふりしぼった。

「すみません。まだ幼い子どもです。どうか許してください」
「何――?」

 にやり、と男が意地の悪そうな表情を浮かべた。反射的に須王を背中に隠したのは暴力の気配を感じとったからだ。男の後ろ、同じように武器をたずさえたごろつきたちが往来を割るようにして声を荒げる。
「異国の賤しい神におもねるなど、うぬらめ、恥ずかしくないのか!」
「売国奴どもめ! 散れ、散れ!」
「わが国は怪物ヤマタノオロチを打ち破りし神君に守護されし国ぞ! 夷狄戎蛮などおそるるにたらず!」

 彼らの向かっていくのはパードレとその説教に耳を傾けていた人々だった。アバルやパードレのようなバテレンの存在を、水穂国を侵略しようとしているとして追い出そうと活動している攘夷派と呼ばれる者たちだ。志士、と彼らは自らを名乗り、過去にバテレンが迫害されていたのは人々の中に彼らのような思想が多く占めていたためだった。現実に幕府は過去、外国からの入国者を商人だけとする制限など鎖国的政策をとっていたこともあり、そうした思想は依然として現在に至っても一部に色濃く残っているようだ。

 人々が悲鳴をあげ、場はにわかに騒然となる。男が木刀を振り上げ、アバルの背中を打った。否、打とうとした。
「須王っ!?」
「アバルに何してんだよ」
 須王が男を睨む。自分より軽く二倍差はある体格の、それも大人の男が勢いよく振り下ろした木刀である。それを、須王は右の片手だけで受けてみせた。のみならず、その両目が黒からヒトならぬ色へと変化する。
「『死にたいのか?』」
「ヒッ!? ヒイイイイ」
 化け物、と男が叫んだ。木刀が落ちるのもかまわずその場に尻もちをついたのへ、キスケが静かに近づく。

「財前顕典あきすけ、と申します。お国とお国の交わりがけして国益ばかりをもたらすわけではないことは卑しい商いの身にあれど遠き異国の例に存じておりますゆえ、今日私めが健在で商いができますのは先生方のたゆまぬ粉骨砕身の努力と高き志ゆえと思っております。ささ、気持ちばかりですが、今宵は○○にて宴を用意させますので、同志の方々とごぞんぶんに英気を養いくださいますよう……」
「む、……む」

 ○○の部分はアバルには聞き取ることができなかったが、洛土で「財前」といえば一つしかない。おそらく財前屋と懇意にしている超一流料亭の名に違いなかった。なおも狐につままれたような顔で立ち上がり、男が「おい」と仲間たちに声をかける。攘夷派の男たちが走り去っていくと、場に日常が戻った。

「まったく」

 キスケが再び扇子を広げて言う。言いながら、へたりこんでいるアバルに手を伸ばした。
「ああいう手合いにあったら、さっさと謝ってとんずらしておしまいなさい。アバルくんの真面目さと誠実さが、まさに自分を助けましたね」
「俺のせいでごめん。でも、あんなのを招待して、……その、大丈夫なのか?」
 まだ膝に力が入らない。がくがくと揺れる膝を払っていると、キスケの連れてきた下男の一人が心得たようにアバルを持ち上げた。

「ちょっと」
「あちらからの依頼とはいえ、先方の方にも予定があるでしょう。待たせては迷惑になるんじゃないですか?」

 キスケにぴしゃりといわれ、アバルは不満をのみこむ。警戒するように男の走り去っていった方を睨みつけている須王に気づいて声をかけた。
「須王、怪我は?」
「ない」
「見せて、手。木刀を受けた方。……かばってくれてありがとな、須王。でも、俺は大人なんだからあれくらい平気なんだ」

 ひっこめようとする須王の手をなかば無理やりにとって見るが、申告通り痛めているようすはない。木刀をうけたときに一瞬だが、「アザゼル」がのぞいたように見えた。須王が無傷なのはおそらくそのために違いない。
(あんなこと言っちゃったけど、須王のことを思えば、俺はアザゼルとヤった方がよかったんだろうな……)

 昼間の本来「須王」が支配している時間にアザゼルが出るということは、それだけ須王の中で、「アザゼル」の支配圏が増しているのだろう。昨日はあんなことになったが、アバルが不利なのは変わっていないのだ。
 アバルは須王の手を離す。
 それから一行はほどなくして依頼人宅の敷地内へ入った。


        *


 アバルが想像していた通り、依頼人に案内された蔵には由緒正しい骨董品が多く、最終的に一体の地蔵が北辰寺に寄贈されることになった。子ども程度の大きさだった既存二体と異なり、こちらは手乗りサイズで木箱に収められていた。

「三条君親きみちかという方の作品なのだそうです。彼は当時の天皇よりじきじきに作刀を求められるほどにすぐれた刀工で、うちの先祖が懇意にしてたようです」

 主人が大事そうに木箱をとってアバルに渡した。曰く、三条君親はある晩夢見で刀鍛冶の神、神足しんそくからお告げをうけ、九体の地蔵を作成したのだという。
「三条様は地蔵を完成させたのち、出家して北辰寺を開基しました。地蔵はそちらに納められたのですが、三条様は生涯独身でお弟子をとりませんでしたから、当然三条様亡きあと寺は荒れ、地蔵もまた方々に散ったといいます。心を痛めた先祖がせめてと残った地蔵を我が家に」

 蔵から客間へ場所を移し、主人がアバルたちに茶と菓子を勧める。続いて彼がさしだしたのは、地蔵を引き取るに至った事情を綴った巻物だった。アバルには読むことができなかったので、アバルは受け取った巻物をキスケに回す。
「なるほど」
 さらりと巻物に目を通してキスケがうなずいた。

「北辰寺を買い取った当時、あちこちに手入れの跡が見えたのは、あなたのご先祖のおかげだったのですね」
「そうでしたか。……しかし、時の流れの中でやがて北辰寺のことは当家でも忘れられ、先祖の残したこちらを見るまでは、恥ずかしながら、私も」
「まあ、千年以上も昔のことです。それも道理。では、こちらの買い取ったお金は北辰寺の金蔵に入れておきましょう。その方がご先祖の本意に叶うのではないでしょうか?」
「ええ、もとよりそのつもりです。おそらくは三条様の刀工としての名が不幸にも賊を招いたのでしょう。三条様はたいへんに気難しい方でしたが、子どもが好きだったそうです。ですから、どうか」

 主人が涙の張った眼でアバルを見つめる。自分より二倍も三倍も生きていて立場も家柄も立派な大人に、ていねいに頭を下げられ、アバルは狼狽した。
 その隣、黙って大人たちの話に耳を傾けていた須王が返事をする。
「任せろ!」
「須王!?」
「北辰寺はもうオレたちの家だ。きっと守る。だからおじさんは安心していいよ」
「そうかい、坊や。ありがとう……」
 主人が涙ぐむ。それからほどなくしてアバルたちは主人の家を辞し、帰途に就いた。

「このあたりはもともと良質な鉄が採掘されることから、製鉄がさかんだったのですよ」

 下男たちに荷を任せ、キスケがアバルの隣に並ぶ。手をつないでいる須王は疲れてきたのか、歩きながら時折舟をこいでいる。下男の一人がやってきて、須王を抱き上げた。アバルが背負ってやりたいところだが、キスケに怪我のことを指摘されたのだ。
 今はできるだけ肩に負担をかけたくない。アバルは素直に好意に甘えることにした。

「当然のことですが、室町幕府がひらかれる以前、ここは別の国でした。いくつもの小さな国があって、戦もしょっちゅうだったようです。ゆえに優秀な刀鍛冶はすぐにとりたてられました。今も洛土周辺に名のある刀鍛冶が多いのはその名残でしょう」

 一文字、粟田口、長船、行平。
 キスケが指折り名前を挙げていく。六波羅に入るころ、にぎやかな太鼓の音が聞こえてきた。キスケが音を追うように見、その際に袍に焚き染められた香がふわりとかおる。
「知っていますか、アバルくん。“音”には悪しきものを遠ざける効果があるそうです。そこからヤマトタケルが芸能を保護したのには、単純に出雲阿国だけのためではなく呪術的な目的もあった、という説もあるとか」
「楽しいときってこわいこと考えないもんな。わかる気がする。でも、現実は歌や音に満ちてるはずの洛土に吸血鬼が現れて、街からは歌と音が確実に減ってきてる」

 今年の阿国祭りはどうなるのか、という声も聞いている。護国豊穣を祈願する神事である阿国祭りのクライマックスは夜、それも新月の夜だ。言い伝えにならい、阿国が舞によって太陽、つまり光を地上にもたらすのである。「地上の再生」をもたらす阿国祭りは年の区切りでもあるから、どうにか吸血鬼に対抗する手段を得ようと一郎太たちが奔走しているのは、そういう事情もあるのだろう。

「本当に、歌にそういう効果があったらよかったのにな」

 そうしたらアザゼルが目覚めることもなかったのだろうか。考えて、アバルは顔をしかめる。
(そういえばあいつ、この国は耳障りな音であふれてるって言ってたっけ)
 どれが不快なのか聞いておけばよかったと己の頭の回らなさを恨んだ。そうしたら一日中だって歌ってやるのに。たいしてダメージを与えることはできないまでも、嫌がらせくらいにはなるだろう。いよいようんざりして須王を手放してくれればなおいい。
 考えて、アバルははたと気づく。

(「悪魔」がなんでわざわざ水穂国の、それも地蔵なんかに封印されてたんだろう)

 古今東西封じられるのは「悪いもの」と相場が決まっている。女神と人間の混血なんてたいそうな肩書に封じられるくらいなのだから、相当悪いことをしたに違いない。アバルとしてはできればそのまま永遠に封印されていてほしかったが、アザゼルは自分で封印を破った、とは言わなかった。それどころかまるで別の何者かが故意に破ったような言い方をしていなかったか。

 それに。
 アバルは木箱を抱える手に無意識に力をこめる。アザゼルの言葉でどうしても気になっていることがあった。
(あいつ、一郎さんのこと「空」って言ってたけど……まさかな)
 そんなのまるで、そこに別の悪魔が入っていたみたいじゃないか。



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