23 / 38
23:セドリック(義兄)side②
しおりを挟む
クリスの専属侍女であるアンの話では、一ヵ月ほど前、クリスは手持ちのドレスやアクセサリーなどを売り、金を手に入れていたらしい。
「お嬢様は孤児院に寄付するためだとおっしゃっていました。まさか家出のための資金にするつもりだったとは考えもせず……申し訳ありません!!」
泣きながら土下座するアンを責めることはできない。クリスが寄付の名目で不用品を売って換金したことを、俺も義父上も報告を受けて知っていたからだ。俺たちもアンと同じで、ただただクリスの優しさに感心するばかりだった。
その心の奥の家族を愛するが故の苦悩など、考えたことさえなかった。
そう言えば。と、ふと俺は思い出す。
昨日の夜、そろそろ寝ようかと思っていた時、確かクリスが部屋に尋ねてきたのではなかっただろうか。
なぜだか記憶が朧気だが、確かにクリスは俺の部屋にやってきた。眠れないからお茶に付き合ってくれと言って、美味いお茶を入れてくれた。
しばらく二人で他愛のない話をしたことを覚えている。が、その後、クリスを部屋に送った記憶も、就寝した記憶も俺の中に残っていない。
「疲れていたのだろうか……?」
まあいい。ともかく言えることは、クリスが屋敷を出たのは、俺とのお茶の後だろうということだ。女性一人で深夜に屋敷を出て町をうろつくなど、賢いクリスがそんな危険で無謀なことをしたはずがない。だからおそらく、家を出たのは早朝だ。
今はまだ正午まで二時間以上あるという時間帯。クリスが出て行ってから、大きく見積もっても五時間くらい。
どこかで馬車に乗って王都を離れたとしても、そう遠くへは行けていないはず。今ならまだすぐに追いつける距離にクリスはいるに違いない。
わざわざ問うまでもなく、義父上は侯爵家の騎士に命じて乗合馬車を追っていることだろう。国内各所にある修道院にも手紙を送る手配をしているはずだ。
大丈夫だ。クリスはきっとすぐに見つかる。
俺たちのところに帰ってくる。
クリスに会ったら、すぐに言おう。
心配することはなにもないのだと。クリスがお荷物でなど、あろうはずがないのだと。
なぜならクリスは俺にとって、この世で最も大切な女性なのだから。
心から愛しているのだから。
「義父上。クリスが帰ってきたら、すぐに求婚します。かまいませんね」
一瞬の間の後、義父上は頷いた。
「もちろんだ。セドリック、クリスを幸せにしてやってくれ」
「はい!」
早く、早く帰ってこい、クリス。
抱きしめて、愛していると伝えたい。
不安など覚える間もないくらい、幸せで満たしてやりたい。
そんなことを思いながら、俺はクリスが戻ってくるのを、今か今かと待ち続けた。
まさか、それから四年。
クリスの消息が不明なままになるとは、その時の俺は思っていなかった。
俺は今もずっと、愛しいクリスの消息を追い求め続けている。
「お嬢様は孤児院に寄付するためだとおっしゃっていました。まさか家出のための資金にするつもりだったとは考えもせず……申し訳ありません!!」
泣きながら土下座するアンを責めることはできない。クリスが寄付の名目で不用品を売って換金したことを、俺も義父上も報告を受けて知っていたからだ。俺たちもアンと同じで、ただただクリスの優しさに感心するばかりだった。
その心の奥の家族を愛するが故の苦悩など、考えたことさえなかった。
そう言えば。と、ふと俺は思い出す。
昨日の夜、そろそろ寝ようかと思っていた時、確かクリスが部屋に尋ねてきたのではなかっただろうか。
なぜだか記憶が朧気だが、確かにクリスは俺の部屋にやってきた。眠れないからお茶に付き合ってくれと言って、美味いお茶を入れてくれた。
しばらく二人で他愛のない話をしたことを覚えている。が、その後、クリスを部屋に送った記憶も、就寝した記憶も俺の中に残っていない。
「疲れていたのだろうか……?」
まあいい。ともかく言えることは、クリスが屋敷を出たのは、俺とのお茶の後だろうということだ。女性一人で深夜に屋敷を出て町をうろつくなど、賢いクリスがそんな危険で無謀なことをしたはずがない。だからおそらく、家を出たのは早朝だ。
今はまだ正午まで二時間以上あるという時間帯。クリスが出て行ってから、大きく見積もっても五時間くらい。
どこかで馬車に乗って王都を離れたとしても、そう遠くへは行けていないはず。今ならまだすぐに追いつける距離にクリスはいるに違いない。
わざわざ問うまでもなく、義父上は侯爵家の騎士に命じて乗合馬車を追っていることだろう。国内各所にある修道院にも手紙を送る手配をしているはずだ。
大丈夫だ。クリスはきっとすぐに見つかる。
俺たちのところに帰ってくる。
クリスに会ったら、すぐに言おう。
心配することはなにもないのだと。クリスがお荷物でなど、あろうはずがないのだと。
なぜならクリスは俺にとって、この世で最も大切な女性なのだから。
心から愛しているのだから。
「義父上。クリスが帰ってきたら、すぐに求婚します。かまいませんね」
一瞬の間の後、義父上は頷いた。
「もちろんだ。セドリック、クリスを幸せにしてやってくれ」
「はい!」
早く、早く帰ってこい、クリス。
抱きしめて、愛していると伝えたい。
不安など覚える間もないくらい、幸せで満たしてやりたい。
そんなことを思いながら、俺はクリスが戻ってくるのを、今か今かと待ち続けた。
まさか、それから四年。
クリスの消息が不明なままになるとは、その時の俺は思っていなかった。
俺は今もずっと、愛しいクリスの消息を追い求め続けている。
53
あなたにおすすめの小説
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
冷酷王子と逃げたいのに逃げられなかった婚約者
月下 雪華
恋愛
我が国の第2王子ヴァサン・ジェミレアスは「氷の冷酷王子」と呼ばれている。彼はその渾名の通り誰に対しても無反応で、冷たかった。それは、彼の婚約者であるカトリーヌ・ブローニュにでさえ同じであった。そんな彼の前に現れた常識のない女に心を乱したカトリーヌは婚約者の席から逃げる事を思いつく。だが、それを阻止したのはカトリーヌに何も思っていなさそうなヴァサンで……
誰に対しても冷たい反応を取る王子とそんな彼がずっと好きになれない令嬢の話
【完結】私は義兄に嫌われている
春野オカリナ
恋愛
私が5才の時に彼はやって来た。
十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。
黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。
でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。
意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
私に義弟が出来ました。
杏仁豆腐
恋愛
優希は一人っ子で母を5年前に亡くしていた。そんな時父が新しい再婚相手を見つけて結婚してしまう。しかもその相手にも子供がいたのだった。望まない義弟が出来てしまった。その義弟が私にいつもちょっかいを掛けてきて本当にうざいんだけど……。らぶらぶあまあまきゅんきゅんな短編です。宜しくお願いします。
第二王子の婚約者候補になりましたが、専属護衛騎士が好みのタイプで困ります!
春浦ディスコ
恋愛
王城でのガーデンパーティーに参加した伯爵令嬢のシャルロットは第二王子の婚約者候補に選ばれる。
それが気に食わないもう一人の婚約者候補にビンタされると、騎士が助けてくれて……。
第二王子の婚約者候補になったシャルロットが堅物な専属護衛騎士のアランと両片思いを経たのちに溺愛されるお話。
前作「婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました」と同じ世界観ですが、単品でお読みいただけます。
「妃に相応しくない」と言われた私が、第2皇子に溺愛されています 【完結】
日下奈緒
恋愛
「地味な令嬢は妃に相応しくない」──そう言い放ち、セレナとの婚約を一方的に破棄した子爵令息ユリウス。彼が次に選んだのは、派手な伯爵令嬢エヴァだった。貴族たちの笑いものとなる中、手を差し伸べてくれたのは、幼馴染の第2皇子・カイル。「俺と婚約すれば、見返してやれるだろう?」ただの復讐のはずだった。けれど──これは、彼の一途な溺愛の始まり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる