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ことの始まりは、シヴォリ男爵家からフローラを養女にするための書類が貴族院に提出されたことだった。
それまでのイルミナートは、ベルティーアから聞かされた乙女ゲームの話を信じていないワケではなかったが、正直、どうでもいいと思っていた。なぜなら、自分が心変わりなどするはずがないと確信していたからだ。
しかし、ベルティーアから聞いていたゲームのヒロイン、つまり、自分の運命の相手だとかいう令嬢が、現実に存在することを男爵家からの書類を見て知った時、さすがのイルミナートも例えようのない恐怖を感じざるを得なかったのだ。
だから徹底的に調べることにした。もし仮に自分が心変わりするならば、それは一体どういう場合に起きるのか?
ベルティーアを嫌いになるなんてことはあり得ない。となれば、他の理由として最も簡単に思いついたのが洗脳だった。
では、どんな場合に洗脳されるのか。
おそらくは魔法か魔術か呪術のいずれかをかけられた場合が考えられる。
だからあの日、男爵令嬢フローラの存在を知ったイルミナートは、魔術師長のところへ向かったのだった。
魔塔の魔術師は魔法や呪い関係のことについて、国内で最も詳しい存在だ。だから、仕事を放っぽりだしてまで、話を聞かせてもらいに出かけたのである。
魔術師長への面会を、権力を使ってまでして即座に勝ち取ったイルミナートは、すぐに自分の疑念について話して聞かせ、それに対する意見を求めた。
話をすべて聞き終えた魔術師長は、ふむ、と大きく頷いた。
「……つまり不特定多数の相手に対して、自分への恋愛感情を芽生えさせる、ということですかな。他に愛する人がいても抗えないほどの強い呪縛……う~む」
「なにか当てはまる魔法や呪術はあるだろうか。それに抗う手立ても教えて欲しい」
魔術師長はすぐに答えてくれた。
「今聞いた話に合致するものは二つあります。一つは惚れ薬。もう一つが魅了という魔法です」
「惚れ薬など、本当に存在するのか?!」
驚きを隠せないイルミナートに、魔術師長はにこりと笑って答えた。
「一応あります。けれど、効果はかなり低いです。分かりやすく言うと媚薬のようなものです。なので、今回の場合には当てはまらないかもしれませんね。となると、はやり魅了でしょうなぁ」
その魅了という魔法は、術者の意識とは関係なく発動するらしく、たいていにおいて瞳に宿るものらしい。本人が意識してかける魔法ではないだけに、術者本人も自分が魅了持ちだと気付かない場合も多いという。
「ともかく、目を見るだけで魅了されてしまうわけだな」
「最初は好感を持つ程度の力しかないでしょう。でも二度三度と繰り返し瞳を見る内に、気づけば恋に溺れるほどの激しい想いを術者に抱くようになるのです。そうなると、もう術者の言いなりです。術者の言うことはすべて正しい。そう信じ込んでしまうそうです。理性など有って無きが如くです」
「それは……恐ろしい魔法だな」
そんな魔法があったなんて、とイルミナートは恐怖する。もしもその魅了魔法を何度も重ねがけされてしまったら、自分もフローラに恋をさせられたかもしれない。恋をしたと勘違いしてしまったかもしれない。
「あ、あのぉ」
それまでずっと黙って話を聞いていたアーロンが、ここにきて初めて口を挟んだ。
「魔術師長殿、あなたは魅了使いを判別することが可能ですか。その術を封じる策はございますか」
「判別は可能です。魅了を見破る魔道具の指輪がありますから。魅了術者は数はかなり少ないものの、定期的に生まれてきますのでね。対処方法は既に確立されています。重要なのは魅了術者の存在に、いかに早く気付けるとなります。それが遅くなった場合、大惨事になる可能性が出てきます」
「大惨事?」
「王や王妃、それに軍のトップである将軍や、わたしのような魔術師長などが魅了にかかった場合、それらの人間を言いなりにできるのですから、それはもう大変なことになりますな。戦争を起こしたり、理由もなく国民を殺しまくったり、そういったことが自由自在になりますので」
「な、なるほど」
イルミナートとアーロンは血の気が引く思いだった。下手をすると、次期国王であるイルミナートとその側近たちに魅了がかけられていたかもしれないのだ。それはつまり、この国を乗っ取ることと同義と言える。
「魔術師長、忙しいところ申し訳ないが、今すぐ魅了術者を見破るための魔道具と、それを封じるための魔道具を持って一緒に来てくれないか。我が国内に魅了術者が現れた可能性がある」
「な?! さっきまでの話はたとえ話ではなかったのですか?! わ、分かりました。すぐに準備します」
三人は護衛を伴うと、急ぎシヴォリ男爵邸へと向かった。そこで魔道具を使って検査したところ、フローラが魅了術者であることが判明したのである。男爵もフローラも、魅了の存在には気付いていなかったらしく、事の詳細を知ると、二人して震えあがりながら下心のないことを半泣きになって訴えたのだった。
フローラにはすぐに魔力封じの腕輪が付けられた。それにより、魅了が発動できなくなったのはいいが、同時に、すべての魔法が使えなくなってしまった。魔力そのものが封じられたのだから当然である。しかし、これでは自分の身さえ守れない。
フローラが魅了術者であるという話は、どこからどう漏れるから分からない。中にはその力を悪事に利用しようとする者も必ず出て来る。そういった者たちから守るためにも、今後、フローラの身柄は神殿預かりとされることになった。
以後は神殿の巫女として、生涯神に身を捧げることになる。二度と神殿から外に出ることは許されない。理不尽に思えるかもしれないが、国にとって魅了術者の力は、それほどの脅威になるのだった。
それまでのイルミナートは、ベルティーアから聞かされた乙女ゲームの話を信じていないワケではなかったが、正直、どうでもいいと思っていた。なぜなら、自分が心変わりなどするはずがないと確信していたからだ。
しかし、ベルティーアから聞いていたゲームのヒロイン、つまり、自分の運命の相手だとかいう令嬢が、現実に存在することを男爵家からの書類を見て知った時、さすがのイルミナートも例えようのない恐怖を感じざるを得なかったのだ。
だから徹底的に調べることにした。もし仮に自分が心変わりするならば、それは一体どういう場合に起きるのか?
ベルティーアを嫌いになるなんてことはあり得ない。となれば、他の理由として最も簡単に思いついたのが洗脳だった。
では、どんな場合に洗脳されるのか。
おそらくは魔法か魔術か呪術のいずれかをかけられた場合が考えられる。
だからあの日、男爵令嬢フローラの存在を知ったイルミナートは、魔術師長のところへ向かったのだった。
魔塔の魔術師は魔法や呪い関係のことについて、国内で最も詳しい存在だ。だから、仕事を放っぽりだしてまで、話を聞かせてもらいに出かけたのである。
魔術師長への面会を、権力を使ってまでして即座に勝ち取ったイルミナートは、すぐに自分の疑念について話して聞かせ、それに対する意見を求めた。
話をすべて聞き終えた魔術師長は、ふむ、と大きく頷いた。
「……つまり不特定多数の相手に対して、自分への恋愛感情を芽生えさせる、ということですかな。他に愛する人がいても抗えないほどの強い呪縛……う~む」
「なにか当てはまる魔法や呪術はあるだろうか。それに抗う手立ても教えて欲しい」
魔術師長はすぐに答えてくれた。
「今聞いた話に合致するものは二つあります。一つは惚れ薬。もう一つが魅了という魔法です」
「惚れ薬など、本当に存在するのか?!」
驚きを隠せないイルミナートに、魔術師長はにこりと笑って答えた。
「一応あります。けれど、効果はかなり低いです。分かりやすく言うと媚薬のようなものです。なので、今回の場合には当てはまらないかもしれませんね。となると、はやり魅了でしょうなぁ」
その魅了という魔法は、術者の意識とは関係なく発動するらしく、たいていにおいて瞳に宿るものらしい。本人が意識してかける魔法ではないだけに、術者本人も自分が魅了持ちだと気付かない場合も多いという。
「ともかく、目を見るだけで魅了されてしまうわけだな」
「最初は好感を持つ程度の力しかないでしょう。でも二度三度と繰り返し瞳を見る内に、気づけば恋に溺れるほどの激しい想いを術者に抱くようになるのです。そうなると、もう術者の言いなりです。術者の言うことはすべて正しい。そう信じ込んでしまうそうです。理性など有って無きが如くです」
「それは……恐ろしい魔法だな」
そんな魔法があったなんて、とイルミナートは恐怖する。もしもその魅了魔法を何度も重ねがけされてしまったら、自分もフローラに恋をさせられたかもしれない。恋をしたと勘違いしてしまったかもしれない。
「あ、あのぉ」
それまでずっと黙って話を聞いていたアーロンが、ここにきて初めて口を挟んだ。
「魔術師長殿、あなたは魅了使いを判別することが可能ですか。その術を封じる策はございますか」
「判別は可能です。魅了を見破る魔道具の指輪がありますから。魅了術者は数はかなり少ないものの、定期的に生まれてきますのでね。対処方法は既に確立されています。重要なのは魅了術者の存在に、いかに早く気付けるとなります。それが遅くなった場合、大惨事になる可能性が出てきます」
「大惨事?」
「王や王妃、それに軍のトップである将軍や、わたしのような魔術師長などが魅了にかかった場合、それらの人間を言いなりにできるのですから、それはもう大変なことになりますな。戦争を起こしたり、理由もなく国民を殺しまくったり、そういったことが自由自在になりますので」
「な、なるほど」
イルミナートとアーロンは血の気が引く思いだった。下手をすると、次期国王であるイルミナートとその側近たちに魅了がかけられていたかもしれないのだ。それはつまり、この国を乗っ取ることと同義と言える。
「魔術師長、忙しいところ申し訳ないが、今すぐ魅了術者を見破るための魔道具と、それを封じるための魔道具を持って一緒に来てくれないか。我が国内に魅了術者が現れた可能性がある」
「な?! さっきまでの話はたとえ話ではなかったのですか?! わ、分かりました。すぐに準備します」
三人は護衛を伴うと、急ぎシヴォリ男爵邸へと向かった。そこで魔道具を使って検査したところ、フローラが魅了術者であることが判明したのである。男爵もフローラも、魅了の存在には気付いていなかったらしく、事の詳細を知ると、二人して震えあがりながら下心のないことを半泣きになって訴えたのだった。
フローラにはすぐに魔力封じの腕輪が付けられた。それにより、魅了が発動できなくなったのはいいが、同時に、すべての魔法が使えなくなってしまった。魔力そのものが封じられたのだから当然である。しかし、これでは自分の身さえ守れない。
フローラが魅了術者であるという話は、どこからどう漏れるから分からない。中にはその力を悪事に利用しようとする者も必ず出て来る。そういった者たちから守るためにも、今後、フローラの身柄は神殿預かりとされることになった。
以後は神殿の巫女として、生涯神に身を捧げることになる。二度と神殿から外に出ることは許されない。理不尽に思えるかもしれないが、国にとって魅了術者の力は、それほどの脅威になるのだった。
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