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第7話(1)
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夕食の席で、アレクサンドラはニコライに、知っているサロンがもしあれば紹介してもらえないか頼んだ。
アレクサンドラは、伝手を得られるサロンに目星が付けられない以上、取り急ぎどこか良質な場を訪れてみて、サロンとはどういう体裁と空気感を持つのかを体感する必要があると考えた。
知識がないままでは何の対策も思い浮かべられず、想定もできない。
もちろん理由を問われたが、包み隠さず全てを話すのは躊躇われ、今まで足を運ぶ機会がなかったが興味を持ったと、偽りのない最低限のみ答えた。
ニコライは、不思議そうな表情から一転相好を崩して、うきうきと答えた。
「そうですね、残念ながら私はないのですが、M公爵なら……ああそうだ、妹が時折通っているサロンがあったはずです。そちらの方がいいでしょう」
「王女殿下が、でございますか?」
「ええ、タチアナです。ええと誰だったかな、確か公爵夫人が主催しているサロンが非常に有意義だと。知識人や芸術家も集う場だそうです。
詳細を調べて、出席できるように取り計らってもらいましょう」
「ありがとうございます。王女殿下のご紹介とは、恐縮いたします」
アレクサンドラがそう言うと、ニコライは「王女ではありますが、貴女の義理の妹でもあるのですからどうか気楽に」と妻を宥めた。
「義姉妹として話をなさったことは今までなかったでしょう。サロンでは母上の目もありませんから、ぜひ親交を深めて下さい」
2人の結婚には、アレクサンドラを皇太子妃にという皇后陛下の強い思惑を、ニコライの機転で破って成された経緯があった。
帝国では、教会における式には両親が出席しない習慣があり滞りなく成婚となったが、後日、王宮に参上して正式に挨拶をした際、皇后陛下は離席こそしなかったが、明らかな不興を若い夫妻に、どちらかというとアレクサンドラに向けているように思われた。
そのため、少なくともアレクサンドラの方は、ニコライの弟妹、皇太子及び王女王子方にも、儀礼的な挨拶しかせずに今に至っていた。
サロンの空気を観察しながら、主である公爵夫人に加え、王女殿下とも友好を取り結ぶというのは少々荷が重いなとアレクサンドラは悩んだ。
もっとも王女の方は、王宮外の催しに出席するのに、監視がないということは考えられず、親交が深まるような会話に至れるかは疑わしく、王女に対してだけではなく、サロン内での言動は念のため気を付けた方がいいかとも考えた。
その間、ニコライの方は、ではさっそく手紙を書かなければ、私も同行したいが大事になりすぎるだろうかと興奮気味に上機嫌で話を続けていて、アレクサンドラはその様子を見守りながら、そのサロンが、元老院への伝手を得られる正にその場所だったらどんなに幸運だろうと願った。
そのサロンは、Q伯爵夫人の主催であった。
開催は不定期であったが、月に2回開かれていて、貴族、裕福な商人、芸術家や知識人が参加していた。
女性が社交の中心とされるサロンの中で、Q夫人のそれは、男女が概ね半々という珍しい構成であった。
それは、会話を楽しむ場ではありながら、その内容を茶飯事やゴシップに終始させないよう、文学、哲学、音楽、絵画、演劇、そして政治と、夫人曰くの高級な主題を扱うものと定められ、当代の知識人等と言えば男が圧倒的多数だったことから当然の帰結であった。
貴族以外は、女主人の承諾を得られた回にのみ参加が許されたが、それでもほぼ常連なる者は存在したし、貴族も場にそぐわないと判断されると、次回の参加を"遠慮して欲しい"旨を言い渡されることもあった。
弾き出されたとしても公での不利益はないのだが、社交界における最大の不名誉の1つという認識がされているため、落伍者は誰もが復帰を求めて躍起になった。
夫人は伯爵家の人間であったが、それより上位の貴族であっても、サロンに関してだけは、家名を盾に要求を押し通すなどということはできず、そのような所業に及んだが最後、"永遠に遠慮"させられる。
Q夫人のサロンは、Q夫人の意のままに設えられた、彼女の園であった。
そのサロンに、第一王女タチアナが足を運べたのも、Q夫人の心一つに拠ってであった。
音楽に深い興味を有する王女が、サロンでの小演奏会の評判を耳にし、訪れてみたいと何気なく呟いたところから、お忍びという形での受け入れについて打診があった。
王室からの打診は強制であり、サロンについての自由を愛するQ夫人は抵抗を感じたが、さすがに断ることによるサロン外での不利益、例えば夫の立場を考えざるを得なかった。
もっとも、王女の臨席を受ければサロンの格は上がるゆえ、王女の方が場の雰囲気に合わせ溶け込んでくださるならば、という条件を付けて承諾をした。
王女に仕える者達は不敬なと眉を顰めたが、王女の方は全く気にせず、むしろ無理を言って席を設けさせてしまったことを女夫人に詫び、自分は音楽目当てで来たのだから専ら聞き手に回りたいと初回の席で朗らかに宣言し、白熱しすぎて言葉尻が怪しくなった議論なども、興味深そうに見守っていた。
そのタチアナにニコライが手紙を送り、Q伯爵夫人へと要望が取り次がれ、アレクサンドラは無事サロンが叶うこととなったが、招かれている日が迫って来てから所々に予定の変更が起こった。
まず、その日タチアナは出席しないという通知が、ニコライに届いた。
演奏は行われない日であり、王女の主たる興味の分野ではないという理由が書かれ、義姉と歓談できないのが非常に遺憾という詫びと、別の日程では必ずご一緒したい旨が連ねられていた。
「本当に残念です」と目論見の外れたニコライが至極残念そうに告げられ、アレクサンドラは、また次の機会にぜひご一緒したいと答えた。
それは本音である一方で、王女のお相手に終始するのでは、場の観察が十分にできないという懸念があった彼女は少々安堵した。
ニコライは、では自分が代わりにと名乗りを上げたが、ちょうどその時間帯に王宮での所用が重なっていて叶わなかった。
「お1人で大丈夫ですか」
「まあ、子供でもありませんし大丈夫ですわ。ちょっとした物見遊山のつもりで行って参ります」
至極心配そうなニコライをアレクサンドラはそう言って宥めながら、ニコライがいた方が種々の意味でスムーズなのではないか、という考えが脳裏を通り過ぎた。
アレクサンドラは、伝手を得られるサロンに目星が付けられない以上、取り急ぎどこか良質な場を訪れてみて、サロンとはどういう体裁と空気感を持つのかを体感する必要があると考えた。
知識がないままでは何の対策も思い浮かべられず、想定もできない。
もちろん理由を問われたが、包み隠さず全てを話すのは躊躇われ、今まで足を運ぶ機会がなかったが興味を持ったと、偽りのない最低限のみ答えた。
ニコライは、不思議そうな表情から一転相好を崩して、うきうきと答えた。
「そうですね、残念ながら私はないのですが、M公爵なら……ああそうだ、妹が時折通っているサロンがあったはずです。そちらの方がいいでしょう」
「王女殿下が、でございますか?」
「ええ、タチアナです。ええと誰だったかな、確か公爵夫人が主催しているサロンが非常に有意義だと。知識人や芸術家も集う場だそうです。
詳細を調べて、出席できるように取り計らってもらいましょう」
「ありがとうございます。王女殿下のご紹介とは、恐縮いたします」
アレクサンドラがそう言うと、ニコライは「王女ではありますが、貴女の義理の妹でもあるのですからどうか気楽に」と妻を宥めた。
「義姉妹として話をなさったことは今までなかったでしょう。サロンでは母上の目もありませんから、ぜひ親交を深めて下さい」
2人の結婚には、アレクサンドラを皇太子妃にという皇后陛下の強い思惑を、ニコライの機転で破って成された経緯があった。
帝国では、教会における式には両親が出席しない習慣があり滞りなく成婚となったが、後日、王宮に参上して正式に挨拶をした際、皇后陛下は離席こそしなかったが、明らかな不興を若い夫妻に、どちらかというとアレクサンドラに向けているように思われた。
そのため、少なくともアレクサンドラの方は、ニコライの弟妹、皇太子及び王女王子方にも、儀礼的な挨拶しかせずに今に至っていた。
サロンの空気を観察しながら、主である公爵夫人に加え、王女殿下とも友好を取り結ぶというのは少々荷が重いなとアレクサンドラは悩んだ。
もっとも王女の方は、王宮外の催しに出席するのに、監視がないということは考えられず、親交が深まるような会話に至れるかは疑わしく、王女に対してだけではなく、サロン内での言動は念のため気を付けた方がいいかとも考えた。
その間、ニコライの方は、ではさっそく手紙を書かなければ、私も同行したいが大事になりすぎるだろうかと興奮気味に上機嫌で話を続けていて、アレクサンドラはその様子を見守りながら、そのサロンが、元老院への伝手を得られる正にその場所だったらどんなに幸運だろうと願った。
そのサロンは、Q伯爵夫人の主催であった。
開催は不定期であったが、月に2回開かれていて、貴族、裕福な商人、芸術家や知識人が参加していた。
女性が社交の中心とされるサロンの中で、Q夫人のそれは、男女が概ね半々という珍しい構成であった。
それは、会話を楽しむ場ではありながら、その内容を茶飯事やゴシップに終始させないよう、文学、哲学、音楽、絵画、演劇、そして政治と、夫人曰くの高級な主題を扱うものと定められ、当代の知識人等と言えば男が圧倒的多数だったことから当然の帰結であった。
貴族以外は、女主人の承諾を得られた回にのみ参加が許されたが、それでもほぼ常連なる者は存在したし、貴族も場にそぐわないと判断されると、次回の参加を"遠慮して欲しい"旨を言い渡されることもあった。
弾き出されたとしても公での不利益はないのだが、社交界における最大の不名誉の1つという認識がされているため、落伍者は誰もが復帰を求めて躍起になった。
夫人は伯爵家の人間であったが、それより上位の貴族であっても、サロンに関してだけは、家名を盾に要求を押し通すなどということはできず、そのような所業に及んだが最後、"永遠に遠慮"させられる。
Q夫人のサロンは、Q夫人の意のままに設えられた、彼女の園であった。
そのサロンに、第一王女タチアナが足を運べたのも、Q夫人の心一つに拠ってであった。
音楽に深い興味を有する王女が、サロンでの小演奏会の評判を耳にし、訪れてみたいと何気なく呟いたところから、お忍びという形での受け入れについて打診があった。
王室からの打診は強制であり、サロンについての自由を愛するQ夫人は抵抗を感じたが、さすがに断ることによるサロン外での不利益、例えば夫の立場を考えざるを得なかった。
もっとも、王女の臨席を受ければサロンの格は上がるゆえ、王女の方が場の雰囲気に合わせ溶け込んでくださるならば、という条件を付けて承諾をした。
王女に仕える者達は不敬なと眉を顰めたが、王女の方は全く気にせず、むしろ無理を言って席を設けさせてしまったことを女夫人に詫び、自分は音楽目当てで来たのだから専ら聞き手に回りたいと初回の席で朗らかに宣言し、白熱しすぎて言葉尻が怪しくなった議論なども、興味深そうに見守っていた。
そのタチアナにニコライが手紙を送り、Q伯爵夫人へと要望が取り次がれ、アレクサンドラは無事サロンが叶うこととなったが、招かれている日が迫って来てから所々に予定の変更が起こった。
まず、その日タチアナは出席しないという通知が、ニコライに届いた。
演奏は行われない日であり、王女の主たる興味の分野ではないという理由が書かれ、義姉と歓談できないのが非常に遺憾という詫びと、別の日程では必ずご一緒したい旨が連ねられていた。
「本当に残念です」と目論見の外れたニコライが至極残念そうに告げられ、アレクサンドラは、また次の機会にぜひご一緒したいと答えた。
それは本音である一方で、王女のお相手に終始するのでは、場の観察が十分にできないという懸念があった彼女は少々安堵した。
ニコライは、では自分が代わりにと名乗りを上げたが、ちょうどその時間帯に王宮での所用が重なっていて叶わなかった。
「お1人で大丈夫ですか」
「まあ、子供でもありませんし大丈夫ですわ。ちょっとした物見遊山のつもりで行って参ります」
至極心配そうなニコライをアレクサンドラはそう言って宥めながら、ニコライがいた方が種々の意味でスムーズなのではないか、という考えが脳裏を通り過ぎた。
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