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第7話(2)
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鈍い光沢の藍色の夜会服に身を包み、Q伯爵夫人の邸宅前に馬車で乗りつけると、玄関で待機している従僕に招待状を差し出した。
従僕は厚い招待状の表を一瞥し、中は開かず、恭しく客人を邸内に招じ入れた。
中では、応接間までの先導をメイドから受ける。
「申し訳ございません、奥様は只今、先程ご到着なさったばかりのお客様をご案内なさっておられまして」
玄関内では客を待ち受けないのがサロン開催時の不文律なのかと思っていたが、彼女らの先の廊下に、同じようにメイドに誘われている紳士の背中が見えた。
応接間に近づくにつれ、開いたドアから聞こえていた喧騒が大きくなり、一際盛大な笑い声がどっと溢れ出したかと思えば、Q伯爵夫人が室内に向かって何かを言いながら廊下に姿を現した。
先行していた紳士に何かを言われたのか、「早く準備なさい」と朗らかに、その背を乱暴に室内に押し込んだ夫人が、やって来るアレクサンドラを認めて、「まあ、ザハーリン公爵夫人でいらっしゃいますか!」と調子を一段上げた呼びかけを発した。
アレクサンドラは虚を突かれた内心を隠して、「本日はお招きいただき誠にありがとうございます」と略式ながら丁重な挨拶をした。
Q夫人は
「こちらこそ、時の人がお越しくださるなんて光栄ですわ、サロンに箔が付きましてよ」
と大仰な身振り付きで手のひらを合わせたが、アレクサンドラの背後に向かって「まあR男爵!お待ちしておりましたのよ」と慌ただしく声をかけ、訪れる客達へと次々に関心が移っていく。
時の人、という形容に引っかかりを感じながら、中に入らないと滞留してしまうかと、アレクサンドラが思い切って足を踏み入れると、広い室内には既に10数人が、数人ずつ集まって、立ったり座ったりそれぞれの選択をしながら会話に興じていた。
誰かが新たに入室するたびに、客らはさりげなく視線を投げかけて知己か否かを確認し、"仲良し"を迎え入れる用意をしているようだった。
アレクサンドラにもそのような視線が向けられ、呆然とするのは非貴族の面々で、貴族は概ね一言二言囁き合った。
室の中央は広く空き、その周りを取り囲むようにさまざまな椅子が置かれていたが、知り合いのいないアレクサンドラは、どこに座るべきなのかと躊躇いながら佇んでいた。
尋ねるべきQ夫人は客を迎えるために玄関の方へ行ってしまったし、室内の面々は問いかけられる距離にはいない。
常連には決まった席があり、身分的な区分けはなさそうだと推測を立て、アレクサンドラはとりあえず末席に近い1人用ソファに浅く腰掛けてみた。
すると、集団の1つから青年が走り出て来て、アレクサンドラの前に片膝を突いて、
「恐れ入ります、ザハーリン公爵夫人。そちらは新進気鋭の若手作家、クジマ・グリニコフが常の居場所としております」
と紅潮した顔で申し述べた。
貴族もいるのだからアレクサンドラの素性は知られていて然るべきなのだが、こちら側が未知の相手から呼名される僅かな不快に、アレクサンドラは、
「そう、教えてくださってありがとう」
とあっさり席を立った。
青年は仲間の方を振り返ってから慌ただしく立ち上がって、物言いたげにアレクサンドラの顔色を伺っている。
ここで不機嫌を滲ませるのは良くない、自分は新参で、サロンについて無心で挑むべき立場であり、何もかもをこういうものかと心を開いて受け入れるべきだ、そう思い留まったアレクサンドラは渋々、青年に対し、思惑通りに
「新参者が座るべき席はあるかしら」
と問いを投げかけた。
青年はこちらですこちらです、と従僕のように、彼女を上座に近い一席へと案内した。
貴婦人からの礼を聞いてそそくさと仲間の輪に戻り、囃し立てられているのを後目に、アレクサンドラはそこにも油断せずに浅く座り、開始を待つことにした。
椅子の数に対し参集している人数が大分少なく、開始の20分前着では早かったのかもしれなかった。
少々後悔しながら、見知った人が来れば挨拶をと心積もりをしていたものの、入室した者は必ずいずれかの輪の中に迎え入れられ、その機会は得られなかった。
今日初めて訪れたのだからやむを得ないと自らに言い聞かせながら、身分的には問題がないはずなのにじわじわと増えていく場違い感に、アレクサンドラは居心地悪さを覚えた。
従僕は厚い招待状の表を一瞥し、中は開かず、恭しく客人を邸内に招じ入れた。
中では、応接間までの先導をメイドから受ける。
「申し訳ございません、奥様は只今、先程ご到着なさったばかりのお客様をご案内なさっておられまして」
玄関内では客を待ち受けないのがサロン開催時の不文律なのかと思っていたが、彼女らの先の廊下に、同じようにメイドに誘われている紳士の背中が見えた。
応接間に近づくにつれ、開いたドアから聞こえていた喧騒が大きくなり、一際盛大な笑い声がどっと溢れ出したかと思えば、Q伯爵夫人が室内に向かって何かを言いながら廊下に姿を現した。
先行していた紳士に何かを言われたのか、「早く準備なさい」と朗らかに、その背を乱暴に室内に押し込んだ夫人が、やって来るアレクサンドラを認めて、「まあ、ザハーリン公爵夫人でいらっしゃいますか!」と調子を一段上げた呼びかけを発した。
アレクサンドラは虚を突かれた内心を隠して、「本日はお招きいただき誠にありがとうございます」と略式ながら丁重な挨拶をした。
Q夫人は
「こちらこそ、時の人がお越しくださるなんて光栄ですわ、サロンに箔が付きましてよ」
と大仰な身振り付きで手のひらを合わせたが、アレクサンドラの背後に向かって「まあR男爵!お待ちしておりましたのよ」と慌ただしく声をかけ、訪れる客達へと次々に関心が移っていく。
時の人、という形容に引っかかりを感じながら、中に入らないと滞留してしまうかと、アレクサンドラが思い切って足を踏み入れると、広い室内には既に10数人が、数人ずつ集まって、立ったり座ったりそれぞれの選択をしながら会話に興じていた。
誰かが新たに入室するたびに、客らはさりげなく視線を投げかけて知己か否かを確認し、"仲良し"を迎え入れる用意をしているようだった。
アレクサンドラにもそのような視線が向けられ、呆然とするのは非貴族の面々で、貴族は概ね一言二言囁き合った。
室の中央は広く空き、その周りを取り囲むようにさまざまな椅子が置かれていたが、知り合いのいないアレクサンドラは、どこに座るべきなのかと躊躇いながら佇んでいた。
尋ねるべきQ夫人は客を迎えるために玄関の方へ行ってしまったし、室内の面々は問いかけられる距離にはいない。
常連には決まった席があり、身分的な区分けはなさそうだと推測を立て、アレクサンドラはとりあえず末席に近い1人用ソファに浅く腰掛けてみた。
すると、集団の1つから青年が走り出て来て、アレクサンドラの前に片膝を突いて、
「恐れ入ります、ザハーリン公爵夫人。そちらは新進気鋭の若手作家、クジマ・グリニコフが常の居場所としております」
と紅潮した顔で申し述べた。
貴族もいるのだからアレクサンドラの素性は知られていて然るべきなのだが、こちら側が未知の相手から呼名される僅かな不快に、アレクサンドラは、
「そう、教えてくださってありがとう」
とあっさり席を立った。
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ここで不機嫌を滲ませるのは良くない、自分は新参で、サロンについて無心で挑むべき立場であり、何もかもをこういうものかと心を開いて受け入れるべきだ、そう思い留まったアレクサンドラは渋々、青年に対し、思惑通りに
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と問いを投げかけた。
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