続・公証長サーシャの通過点―巻き戻れなくとも自分に負けずに生きる

蜂須賀漆

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第14話(4)

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「突然何を言うんだい、ソーニャ」
「だっておかしいわ、たいへんなのを知っていて助けないなんて」
「それは、助けると言っても、お父様ができることはその、あまりないのだよ」
「"げんろういん"なのにできないの?変だわ」
「変と言われてもだね……」

公爵は目を白黒させたが、ソフィア嬢は頷かない父に不満を膨らませていく。
問答の最中に、ニコライが夫人へ何がしかを囁いて、2人で席を離れて行き、何だろうと目の端で追いながらアレクサンドラが親子を見守っていると、ソフィア嬢の眉はどんどん釣り上がり、父伯爵はしどろもどろになっていく。
これは便乗するチャンスではないだろうか、とアレクサンドラは良心との戦いを強いられた。
諍(いさか)いを、と言ってもほぼ一方的だが、止めに入るならともかく、利用して自分の目的達成に近づこうとするのは如何にも狡(ずる)い。
ただし狡いは狡いが、道理に反するまでには至らない。
アレクサンドラは決意を固め、すばやく言うべき言葉を揃えて口を開いた。
まずはソフィア嬢に「お気遣いをありがとうございます」と礼を述べ、それからトルベツコイ公爵に対して、

「実は、職務を執っておりますと、元老院のお立場からのご助言や、ご相談を差し上げたいことが徐々に増えて参りました。ご多忙と窺っておりますが、いずれ少しでもお時間を頂戴できれば幸いでございます」

と正直に打ち明ける。
トルベツコイ公爵は、なるほど、と呟いて視線を彷徨わせたが、娘の、険を失わない目から逃げられないことが分かると、とうとう「あー、複雑でなければ、今でも結構ですよ。簡単な内容であれば」と言った。
アレクサンドラはさっそく、準備して来た書類は隠したまま、遺言状の認証を新たに行いたいこと、元老院の承認をもらうために各人にこれから説明をするつもりであることに絞って説明をした。
父親から元老院の構成員の態度に切り換えたトルベツコイ公爵は、腕組みで聞きながら相槌を打っていたが、やがて

「新しい事柄ですから元老院で揉む必要はありますが、今の内容なら、私が元老院で言い添えれば、そのまま通るでしょう」

と言った。

「本当でございますか。では、他の皆様には……」
「新規ではありますが、それほどドラスティックではないから今回は要らないと思いますがね。一旦私が話題を出してみて、その時の反応で説明が必要かどうか決めれば良いでしょう。
事前説明は必要な行為ですが、アポイントが取れなかったり揚げ足を取られて前進できないこともままありますから。今回の程度なら、さらっと流してしまえるのではないかと思われます」
「承知いたしました。では、追って説明する資料をお届けいたします」
「秘書に伝えておきましょう」

アレクサンドラが、ありがとうございますと深く座礼をしたところで、ソフィア嬢が再び口を開いた。

「ほら。おとうさまったら、お助けできるんじゃありませんの」

得意そうに言い放ったソフィア嬢は、「私、おぼえたことをいちど書きとめて来ます。まだいらしてね、おかえりにならないでね」とアレクサンドラに何度も念を押して、客間から駆け出して行った。
トルベツコイ公爵は、やれやれ、とハンカチで額の汗を拭いてから、傍らの茶をぐいと飲み干した。
それから、すっかり父親に戻った顔で、

「いやはや、娘というものは地雷でございますね……まだ年頃でも何でもないはずなのですが……」

と溜め息交じりにぼやいた。

「兄はああですし、妹はこうですし……我が家の子供達はどうなっているのか」

子供に関わる悩みをまだ共有できないアレクサンドラは困ったが、「兄君は直接存じ上げませんが、ソフィア嬢はこれからお変わりになられる機会がいくらでもございますわ」と思った通りを言葉にし、公爵を慰めた。

「男の子が母親を嫌う例はほとんどないようですが、逆はどうしてしばしば起こるのか……」
「まあ、ソフィア嬢はお父様をお嫌いなわけではないと思いますわ。性格はいつか変わります。私は幼い頃は非常に攻撃的でしたが、いつからか逆になりましたもの」

自分は父親を嫌ったことはなかったし、変わったのは巻き戻りがあったせいだけれども、そう心の中だけで付け加えると、驚いていたトルベツコイ公爵は、

「ザハーリン公爵夫人、これからも何卒娘に円やかな心を持たせるお力添えをよろしくお願いしたく」

と縋るように請うた。
娘に嫌われる父親の哀愁を気の毒に思い、きっと、と請け合いながら、目的を完遂したアレクサンドラは、そういえば、ニコライと公爵夫人は室内に姿が見えないが、どこで何の話をしているのだろう、とその不在が次第に気になり始めた。

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