続・公証長サーシャの通過点―巻き戻れなくとも自分に負けずに生きる

蜂須賀漆

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第15話(2)

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懸念は、アレクサンドラの杞憂に終わった。
書記からの正式通知には、公証の新規事業は原案通り進めて差し支えないという承認がされていた。
追ってトルベツコイ公爵からも、構成員からは特に異議はなかったが、今後はニーズが拡大していくだろうから、それに合わせて適宜内容を拡大していくように、との意見があったと連絡があった。
アレクサンドラはすぐに礼状を書き、また直近の茶席において、公爵夫人を通じて丁寧に礼を述べ、いずれ直接お会いした際に改めて、と伝言を頼んだ。

通知と連絡を受けて、アレクサンドラは早速公証内でゴーサインを出した。
ゴーサインとは、フョードル・クロチコフを先頭に、その部下となる精鋭3名が、業務の開始に向けて本格的に準備するということであった。
自薦者から選考することにしたものの、手を挙げたのはその3名だけだった。
ただ、彼らはいずれも優秀な者達であり、アレクサンドラとフョードルとが面談を行い、そのまま担当に就けて差し支えないものと判断に至った。
フョードルを加えた4名は、相続の知識を習得し、手続を細部まで詰め、事務の流れを速やかに整えた。
今回の権能拡大については、王名での触れ書きは発布しないという判断となったため、広報は公証が自ら行わなければならない。
あらかじめ準備をしていた内容を、新聞広告に載せるという静かなる滑り出しとなった遺言状の認証業務は、問い合わせはいくつか寄せられたが皆様子見の様相であり、完全予約制にしたこともあるのか最初は閑古鳥が鳴いた。
上役であるフョードルはのんびりと遺言状の研究をするなどしていたが、3名はこの業務は本当に需要があるものだったのだろうかと、密かに疑念を抱いていた。
しかし、1件目の予約が入ると突如として空気が引き締まり、あらかじめ決めていた通り、慣れるまではということで4名全員が、少なくともフョードル以外は緊張とともに予約者を出迎えた。
初めての客は、帝都の小売業者だった。
ちょうど遺言状を作ろうとしているところに新聞を見て、日頃取引で公証を利用しており敷居が低いのとで、申し込んでみたということであり、内容は絶対に外に漏れないんですよね、と何度も念を押して来たことから、遺言が遺族に嵐を起こす可能性があるのだろう。

「秘密は絶対に厳守いたします、ご安心を」

フョードルがその都度丁寧に繰り返し、やっと本人確認の段階に入る。
自分では遺言に関わったことのない若い部下達は、客の反応を見て、相続とは騒動の種になるものだという実感を持った。

小売業者は当然公証にサインを登録しているため、その場で書類に書いてもらったサインを、決めていた手筈通り、2名で台帳との突き合わせに向かった。
その間に、フョードルと残る1名とが、持参された2通の遺言状の内容について形式が備わっているか、また2通とも一言一句同じものであるかを読み上げと目視とで確認する。
読み上げを任された若手は、自然情報が頭に流れ込むこととなるが、子供のうち1人にだけ相続をさせ、妻を含めたその他の家族には1銭たりとも残さないという争いの痕跡を、記憶に定着させないよう必死になっていた。
その間に2人が戻って来て、サインの本人確認が取れた旨を上役フョードルに報告した。
確認が全て済むと、2通の遺言状に確認者の氏名を書き入れて、

「それでは、認証の証拠として印を押して参りますので、少々お待ち下さい」

とフョードルが、部下1名に2通を乗せた盆を捧げ持って公証長室へと立った。
ノックの後入室して来た彼らに、アレクサンドラは先んじて「どう?」と問いかける。

「恙(つつが)なく。形式は整っており、修正点もございませんでした」
「そう。では印を押します」

アレクサンドラは、あらかじめこの日のために誂(あつら)えていた、遺言状認証用の印に丁寧にインクを付けると、書斎机の上に広げられた1通目にしっかりと押し当てた。
印をゆっくりと離すと、上質の紙に、印影は欠けるところなく姿を現した。
もう1通にも慎重に押印すると、アレクサンドラはそれらを重ねないように盆に乗せ、

「ご苦労様」

と戻した。
明らかに挙動の固い若手に比べて、年の功なのか性格なのかフョードルは実に落ち着いているだけでなく、会計担当の時よりも心持ち活気ある様子が伺えて、今後の進展は評判の広がり次第だが、遺言状認証が収入を確保できる業務だという確信が、アレクサンドラの中に兆した。
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