続・公証長サーシャの通過点―巻き戻れなくとも自分に負けずに生きる

蜂須賀漆

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第17話(3)

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ベルケンドルフ公爵へ送った手紙は、公証の事務実施に関し、と用件を明確に記載し、公証長名で発出した。
まだ相談の段階であるため内々に行動するのが正解ではあったが、邸宅を訪問するアレクサンドラの立場を明確に伝えるつもりであって、面会の承諾と日時を知らせる返信も、公証長宛てに送られて来た。
返信に目を通したニコライは、来訪を歓迎するとの文面に眉間の皺を深くして、

「歓迎する、と言って油断させる算段だろう。とにかく警戒なさってください」

ともう何度目か分からない忠告を口にした。
己の志を諦めようとせず、ニコライの同行は論外、父伯爵も不可と決して折れない妻を止められないと分かったニコライは、事あるごとに言葉を重ねて警戒を説いていた。
夫の言葉とはいえ、さすがに少し聞き飽きていたアレクサンドラだったが、我を貫く代わりに起こる全てを引き受けるべく覚悟を決めていた。
どんな無体を突き付けられても怯まない覚悟、最悪の場合は断念も辞さない覚悟をし、そのためにはどこで撤退するかを見誤らないようにしなければならなかった。
懸念が全て杞憂であること、断念する未来が訪れないことを願い、成就の危うさも感じ取りつつ、挑んでみなければ何も起こらないとアレクサンドラは面会の日を待った。


「ようこそおいで下さいました、ザハーリン公爵夫人。いえ、本日は公証長といらしたのでしたな」

満面の笑みを湛えたベルケンドルフ公爵に対し、アレクサンドラは慎ましやかにカーテシーを行った。

「本日はお時間を割いていただき恐縮でございます」
「貴女のような美しい方にならいくらでも。舞踏会ではあまりお話しできませんでしたので、先日の続きのお話もできたらと思っていました」

続く話などしていなかったと思いながらアレクサンドラは黙って微笑んだ。
迎え入れられたのが客間ではなく書斎であったのは、公証の件と予告していたからだと一応の理由は付けられたが、その理由が実際にも正しいのかは当然計り知れないことだった。
調度は見事なものが置かれていたが部屋は書斎にしては広すぎ、執務をするには落ち着かない空間だとアレクサンドラは感じた。
書斎机の机上は何一つ物がなく、実用品ではなく専ら装飾の一部のように見える。

アレクサンドラの公証長室と同様、部屋の中央に置かれたソファに、相対して座るように勧められ、彼女は油断なく腰掛けた。
茶が振る舞われ、数人のメイドが部屋から出て行ってから、アレクサンドラは「本日は、先触れいたしました通り、公証の用件で参りました」と口を開いたが、ベルケンドルフ公爵に、

「おやおや気忙しい。こういう場合は、2、3雑談を交えるものでしょう。それとも、この後に他の面会がおありで?」

と押し留められた。

「いいえ。申し訳ございません、少し気が急いてしまいました」
「緊張なさっておられるのですか、もっと楽になさって下さい。飲み物など召し上がって。焼き菓子も遠慮なさらず」

勧められて口を付けないのは礼を失し、また反抗的だと思われる契機になり得る。
アレクサンドラは茶に微かに口を付けたが、カップを戻すなり、

「で、どのような話題を提供して下さるのですか」

と追撃にあった。
アレクサンドラは困った。
元々、公証の用件しか準備していない上に、親しい相手であっても職務以外は聞き手に回りがち、茶会などにも足を運び始めたばかりで、雑談に適した話題を持ち合わせていないどころか、このような警戒を要する相手にはどんなテーマでも歓談などできる気がしない。
黙るアレクサンドラに、主の公爵は首を振って、

「公証長たるものそれではいけませんなあ。貴女は女性ですが、女性であっても容赦されることはありませんよ。というより、女性の方がお喋りは得意なのでは。交渉事をうまく進めるためには、何よりも人間関係、親しくなることが先でありましょうに」

と嘆く調子で言った。
主の公爵の指摘は的を射ており、自覚がある部分の不足を突き付けられてアレクサンドラは内心では怯んだ。
が、顔には出ないよう堪え、代わりに限りなく柔和を心掛けた微笑みを浮かべながら

「ご指導忝く存じます。まだまだ至らぬ者でございますゆえ、皆様に育てていただくつもりで精進して参ります」

と答えた。
それに対して公爵は少し目を見開いたが、「それは良い心がけですな」とにこやかになった。
アレクサンドラが、「早速で恐縮でございますが、今日参った用件についてお話を差し上げたく」と切り出しても、なお雑談を要求して来たりはしなかった。
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