続・公証長サーシャの通過点―巻き戻れなくとも自分に負けずに生きる

蜂須賀漆

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第17話(5)

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議論のすり替えを起こされていることには気が付いたが、そもそもアレクサンドラは交渉に、依頼に来た、下手に出るべき身であって、それを指摘したところで無意味であった。
このような性質の悪さが、陛下に仕える筆頭である公爵位の貴族のものであって良いのか、アレクサンドラは公証長としての己の使命がありながらも、鼠が時に猫に噛み付くように、徐々に、確実に憤りが込み上げて来た。

「どうしろと仰るのですか」

声色は、まだ平素の穏やかなものを出すことができた。
主の公爵は「そうですね」と如何にも悩んでいるという調子で腕まで組んでみせてから、

「私の判断は保留と致しましょう。その上で、元老院が良しとお認めになるのであれば正式に承諾します。もし不可とされた場合は、私のお願いを何でも無条件で聞いていただくことにしましょう。それでいかがです」

彼の醜悪な評判が、次第にその言動の中に現れて来る。

「『お願い』……とはどのような」
「それは内緒です!それとも、元老院から承認を得る自信がおありにならないので?」
「ございますわ」

自信などあるはずがなかった。
メルジューンへの窓口設置は、帝都以外での窓口の必要性に、説得力を持たせるための案であった。
メルジューンの話がなくなれば、単に自家の領地であるオルトの振興と見えてしまい、元老院の理解を得るハードルが上がる。
方便であっても虚言を好まないアレクサンドラであったが、今日は後ろめたさなくそれを振るった。

「しかし、本日私は交渉をさせていただくつもりで参りました。交渉の成否は条件に大きく影響を受けるものでございます。私の方からは、公爵閣下に内容の詳細を包み隠さずお伝えいたしましたので」
「ほう、バランス論ということですね。そう言われると弱いな」

ベルケンドルフ公爵は少し思案した後、話頭を転じた。

「ザハーリン公爵夫人は、確かご兄弟はおられないのでしたな?」
「はい、おりませんが」
「これは皆様が仰っていることですが、公爵夫人ご自身も、ご両親のご結婚からかなり時間が経ってのお子でしたか」
「ええ。それが、何か」

公証長の資質も突くつもりかと、至らない自覚があるだけに、悔しさも兆していたアレクサンドラの耳を

「そうすると、貴女自身のお子もまだ先、という可能性もあり得ましょうなあ」

という、さらに予想外の言動が貫いた。
頭に血が昇り、一気に引く経験には覚えがあった。
1度目は、ピョートルに婚約者がいると初めて聞かされたあの夕方。
あの経験はもう2度としたくないと思っていたが。

「仰る意図が分かりかねますが……。それはご要望と、どのような関係にございますか」
「内容の詳細をお求めでしたので。元老院の難攻不落なお歴々に、まだ確実とは言えない案を承諾させてみせる、と貴女は強い自信を持って宣言なさいました。
私も窓口設置には期待を抱いたのです、ならば、それが叶わなかった時には、それ相応の対価が必要ではありませんか。それこそがバランス論ですよ。
私のことは周囲からいろいろ聞いておられるだろうし、我が家にお越しになるまでに対策も練られたでしょうが、大丈夫。黙っていれば誰にも知られることはありません」
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