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第18話(1)
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怒鳴ってしまったのは、はしたなかったという反省はしていた。
貴族の令嬢であることを仮に差し引けたとしても、どんな理不尽にも耐えて穏やかな態度で事に当たるのが、成功を得る近道であり鉄則であった。
十分理解していたつもりでも、実際は我慢が効かず爆発してしまった己の未熟さは、今後補うべきであった。
しかしあの場面は、その鉄則を貫かないのが正解だったはずだ、馬車に揺られながらアレクサンドラは自分に言い聞かせた。
配偶者が既にいる女に、限りなく卑劣なやり方で誘導し、自発的な形で貞操を差し出させるような試みを、鉄則を守るためであっても許してはいけないと強く思った。
アレクサンドラは、馬車の窓上にニコライの顔を思い浮かべる。
彼の顔にあるのは苦悶だった。
何度とない忠告にも折れない強情な妻に対し、何故分からないのかという焦燥と無力さであった。
心苦しさは、そのような表情をさせたその時に既に感じていたが、今は、ニコライがどれほど自分を大切に思ってくれているのか、そのことへの静かな感動が、アレクサンドラには満ちていた。
オルロフ家が公証長の座を守れなくなる、その救世主として、アレクサンドラはニコライを見て来たきらいがあった。
夫婦になり、夫である人への尊敬や敬愛は抱いていたが、それらは恩義を源としていて、父母の間にあるような夫婦愛とは性質が異なると、薄々感じていたところだった。
ただ、それでもしばらく時間が経てば、父母のような関係になっていくのではないかと簡単に考え、他方で、このままで果たして関係は変わっていくものなのかという疑いも抱いていた。
あの方を、ニコライをどう思っているのか。
これまで、夫として慕っているという位置から進展しなかった答えが、今ぐらぐらと動いている。
無条件で手を貸してくれる気遣いがただ嬉しい、偏にアレクサンドラを心配しているがゆえの反対が面映ゆい。
そして、ベルケンドルフ公爵の卑劣を前に、思いが一気に集約し、名前を持って爆発した。
頬の熱さに耐えかねて、アレクサンドラは馬車の中で項垂れる。
世の夫婦は皆、このような居た堪れなさとともに過ごしているのだろうか、誰かに教えて欲しいところだったが、最も近しいところの両親にすら尋ねるのは何となく嫌であるとなれば、誰にも聞けない。
初めての物思いかとも一度は思ったが、あのピョートルに抱いた感情も似たようなものだったのかもしれない。
並列にするのは不敬にも程があると夫に詫びながら、アレクサンドラは巻き戻る前を苦く思い出した。
だから、婚約者がいると知って激昂し、勝手に裏切られたと憎んだのだ。
あの頃は、自分の部下なのにも関わらず職務に専念しないのが許し難かったなどと、今考えると筋の通らない理由付けをしていたが、こういうことだったのかと、アレクサンドラは今になってそれを知る己の鈍さを反省した。
人情の機微に疎いと思ったことはなかったが、そこから思慕については削るべきだと悄然としながら、アレクサンドラは行きの馬車とは様変わりした、やたらと温く感じる心を乗せていた。
貴族の令嬢であることを仮に差し引けたとしても、どんな理不尽にも耐えて穏やかな態度で事に当たるのが、成功を得る近道であり鉄則であった。
十分理解していたつもりでも、実際は我慢が効かず爆発してしまった己の未熟さは、今後補うべきであった。
しかしあの場面は、その鉄則を貫かないのが正解だったはずだ、馬車に揺られながらアレクサンドラは自分に言い聞かせた。
配偶者が既にいる女に、限りなく卑劣なやり方で誘導し、自発的な形で貞操を差し出させるような試みを、鉄則を守るためであっても許してはいけないと強く思った。
アレクサンドラは、馬車の窓上にニコライの顔を思い浮かべる。
彼の顔にあるのは苦悶だった。
何度とない忠告にも折れない強情な妻に対し、何故分からないのかという焦燥と無力さであった。
心苦しさは、そのような表情をさせたその時に既に感じていたが、今は、ニコライがどれほど自分を大切に思ってくれているのか、そのことへの静かな感動が、アレクサンドラには満ちていた。
オルロフ家が公証長の座を守れなくなる、その救世主として、アレクサンドラはニコライを見て来たきらいがあった。
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ただ、それでもしばらく時間が経てば、父母のような関係になっていくのではないかと簡単に考え、他方で、このままで果たして関係は変わっていくものなのかという疑いも抱いていた。
あの方を、ニコライをどう思っているのか。
これまで、夫として慕っているという位置から進展しなかった答えが、今ぐらぐらと動いている。
無条件で手を貸してくれる気遣いがただ嬉しい、偏にアレクサンドラを心配しているがゆえの反対が面映ゆい。
そして、ベルケンドルフ公爵の卑劣を前に、思いが一気に集約し、名前を持って爆発した。
頬の熱さに耐えかねて、アレクサンドラは馬車の中で項垂れる。
世の夫婦は皆、このような居た堪れなさとともに過ごしているのだろうか、誰かに教えて欲しいところだったが、最も近しいところの両親にすら尋ねるのは何となく嫌であるとなれば、誰にも聞けない。
初めての物思いかとも一度は思ったが、あのピョートルに抱いた感情も似たようなものだったのかもしれない。
並列にするのは不敬にも程があると夫に詫びながら、アレクサンドラは巻き戻る前を苦く思い出した。
だから、婚約者がいると知って激昂し、勝手に裏切られたと憎んだのだ。
あの頃は、自分の部下なのにも関わらず職務に専念しないのが許し難かったなどと、今考えると筋の通らない理由付けをしていたが、こういうことだったのかと、アレクサンドラは今になってそれを知る己の鈍さを反省した。
人情の機微に疎いと思ったことはなかったが、そこから思慕については削るべきだと悄然としながら、アレクサンドラは行きの馬車とは様変わりした、やたらと温く感じる心を乗せていた。
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