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第18話(4)
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アレクサンドラは、制度の案からメルジューンを削った分をどう補うかについて、特段の着想をなかなか得られないでいた。
公証の執務室にて、決裁の合間に何度も点検したが、そもそもベルケンドルフ公爵に持ち込む前に入念に修正を施したため、補強できる箇所は見い出せない。
原案通りに説明をして、注文が付いた内容に対応するというような、場当たり的な方法を取るしかないのだろうかとアレクサンドラは頭を悩ませた。
ただ、オルトよりももっとふさわしい大都市に何故置かないかと詰問された場合、正直に答えるならばベルケンドルフ公爵への交渉結果を持ち出さなければならなくなる、下手をすると経緯まで。
元老院に語るということは、事実を公にするのと同義になる。
既知の秘密とはいえ、己の素行が日の下に晒されることになっては、あの策略家の公爵はあらゆる手段で報復を試みるだろう。
女の復讐は陰湿だが、男の復讐は残酷だとニコライに注意されており、公爵から受けた仕打ちは許しがたいが、刺激するのは得策ではなかった。
それに、語れば己が受けた恥もあからさまになるゆえ、尚更憚られるところだったため、上手な言い方を準備する必要に駆られていた。
ニコライからはどんなことでも相談するように念を押されているが躊躇われ、ザハーリンの邸宅では随時夫の目があるので、検討場所は専ら執務室になった。
もっとも、帰宅すると出迎えの挨拶に続いて、必ず「進捗は如何ですか」とあからさまに尋ねられ、言葉を濁すと誘導尋問が始まるため油断ができない。
知らせたくないわけではないが、ニコライに控えめながら啖呵を切った手前、積極的に意見を求めるのは慎みたかった。
そもそも、断念するよう説得したい人が、適切な助言者になってくれるかは申し訳ないが疑わしい、とアレクサンドラは独りで思考を纏めたがった。
それにしても、ベルケンドルフ公爵からも子供への言及があるとは予想していなかった、とアレクサンドラは独り眉を寄せる。
最初はT伯爵夫人だったが、彼女の言及の程度は子供が生まれた時の練習という、婉曲で嫌味のない、優し気なものであった。
ベルケンドルフ公爵は、言及した意図は当人の策を補強するためと角度が異なっていたが、まだ妊娠していないだろうと露骨に指摘されたのは初めてであった。
して間もなく1年になるが、まだ妊娠の兆しはなく、M公爵の忠告通り、妊娠しないこと自体への非難が強度を上げて行くのだろう、とアレクサンドラは嫌な気持ちになった。
そしてその非難は、アレクサンドラには一切の抗弁ができないものである。
そんなところは両親に似なくとも良かったのに、とアレクサンドラは己の身体が少し恨めしく、他方で早くこの公証の難題を解決して、穏やかな心になれれば状況は変わるのではないかとも思った。
結局時間をかけても妙案は見つからず、まずはオルトへ設置し、他地域への拡大はその結果を踏まえて検討する、という当初の考えを持ち出すことにして、アレクサンドラは元老院への説明を始めることにした。
トルベツコイ公爵から始め、先日舞踏会に招かれ繋がりのできたW公爵、挨拶ができたU侯爵。
V侯爵、それから議長のデミトフ公爵は引き続き伝手を求めるが、公爵・侯爵方に知恵を授けていただくことを視野に入れた。
V侯爵は何とかなるかもしれないが、議長の方は最悪、伝手なしに真正面から面会を申し込むことを覚悟した。
他地域も並行すべきではという疑義には、メルジューンの検討までは行ったが成就せずと正直に話すだけだと決めた。
下手に取り繕えば見苦しいことになり、玉石混交の要望を見慣れている元老院に不信感を抱かせるだろう。
熟考した筋書きが崩れたまま進まなければならないことに、アレクサンドラはもどかしさと不安を拭い切れずにいた。
「品のないことよ、公爵相手に罵声を浴びせるなどと」
「本当に。貴族の夫人にあるまじき行動でございますわ」
わざとらしい嘆きにも、すかさず同意が宛がわれる、それができる者しか招かれていない。
彼の者も公爵夫人であり、同列であることは敢えて黙殺される、それが皇后の私的な茶席であった。
「ですが、何故放蕩(ほうとう)閣下の邸宅に?さすがに、火遊びを求めたわけではないのでしょう?」
「公証の用務で何か申し込みがあったとか。詳しくはよく分かりませんの」
IとKの公爵夫人達が首を傾げ合っている中で皇后は、あの好き者の公爵も、どうせなら野望を遂げれば良いものを、と忌々しく思った。
そうでなくとも、子をまだ孕めないことをどうしてもっと糾弾しないのか、急所を揺さぶられればあの娘を動揺させることなど容易だっただろうに、男は攻め方を分かっていないとかの公爵を詰(なじ)る。
長子ニコライを皇太子にし、皇太子妃をあの娘に据えるところまでが予定調和であったのに、ニコライを誑(たぶら)かして降位させて台無しに、なお夫人の座は確保するふてぶてしさ、このままでは済まさないと蓄えていた恨みを、皇后はさすがに口には出さずに、優雅な作法でカップに唇を付けた。
娘の用件はもう知れており、次の行動は容易に予想できた。
公証は国王陛下の権能であり、皇后は関わることは許されないが、陛下の耳に届く前ならば越権は生じない。
面目を潰す良い機会を逃すまいと、皇后はほくそ笑んだ。
公証の執務室にて、決裁の合間に何度も点検したが、そもそもベルケンドルフ公爵に持ち込む前に入念に修正を施したため、補強できる箇所は見い出せない。
原案通りに説明をして、注文が付いた内容に対応するというような、場当たり的な方法を取るしかないのだろうかとアレクサンドラは頭を悩ませた。
ただ、オルトよりももっとふさわしい大都市に何故置かないかと詰問された場合、正直に答えるならばベルケンドルフ公爵への交渉結果を持ち出さなければならなくなる、下手をすると経緯まで。
元老院に語るということは、事実を公にするのと同義になる。
既知の秘密とはいえ、己の素行が日の下に晒されることになっては、あの策略家の公爵はあらゆる手段で報復を試みるだろう。
女の復讐は陰湿だが、男の復讐は残酷だとニコライに注意されており、公爵から受けた仕打ちは許しがたいが、刺激するのは得策ではなかった。
それに、語れば己が受けた恥もあからさまになるゆえ、尚更憚られるところだったため、上手な言い方を準備する必要に駆られていた。
ニコライからはどんなことでも相談するように念を押されているが躊躇われ、ザハーリンの邸宅では随時夫の目があるので、検討場所は専ら執務室になった。
もっとも、帰宅すると出迎えの挨拶に続いて、必ず「進捗は如何ですか」とあからさまに尋ねられ、言葉を濁すと誘導尋問が始まるため油断ができない。
知らせたくないわけではないが、ニコライに控えめながら啖呵を切った手前、積極的に意見を求めるのは慎みたかった。
そもそも、断念するよう説得したい人が、適切な助言者になってくれるかは申し訳ないが疑わしい、とアレクサンドラは独りで思考を纏めたがった。
それにしても、ベルケンドルフ公爵からも子供への言及があるとは予想していなかった、とアレクサンドラは独り眉を寄せる。
最初はT伯爵夫人だったが、彼女の言及の程度は子供が生まれた時の練習という、婉曲で嫌味のない、優し気なものであった。
ベルケンドルフ公爵は、言及した意図は当人の策を補強するためと角度が異なっていたが、まだ妊娠していないだろうと露骨に指摘されたのは初めてであった。
して間もなく1年になるが、まだ妊娠の兆しはなく、M公爵の忠告通り、妊娠しないこと自体への非難が強度を上げて行くのだろう、とアレクサンドラは嫌な気持ちになった。
そしてその非難は、アレクサンドラには一切の抗弁ができないものである。
そんなところは両親に似なくとも良かったのに、とアレクサンドラは己の身体が少し恨めしく、他方で早くこの公証の難題を解決して、穏やかな心になれれば状況は変わるのではないかとも思った。
結局時間をかけても妙案は見つからず、まずはオルトへ設置し、他地域への拡大はその結果を踏まえて検討する、という当初の考えを持ち出すことにして、アレクサンドラは元老院への説明を始めることにした。
トルベツコイ公爵から始め、先日舞踏会に招かれ繋がりのできたW公爵、挨拶ができたU侯爵。
V侯爵、それから議長のデミトフ公爵は引き続き伝手を求めるが、公爵・侯爵方に知恵を授けていただくことを視野に入れた。
V侯爵は何とかなるかもしれないが、議長の方は最悪、伝手なしに真正面から面会を申し込むことを覚悟した。
他地域も並行すべきではという疑義には、メルジューンの検討までは行ったが成就せずと正直に話すだけだと決めた。
下手に取り繕えば見苦しいことになり、玉石混交の要望を見慣れている元老院に不信感を抱かせるだろう。
熟考した筋書きが崩れたまま進まなければならないことに、アレクサンドラはもどかしさと不安を拭い切れずにいた。
「品のないことよ、公爵相手に罵声を浴びせるなどと」
「本当に。貴族の夫人にあるまじき行動でございますわ」
わざとらしい嘆きにも、すかさず同意が宛がわれる、それができる者しか招かれていない。
彼の者も公爵夫人であり、同列であることは敢えて黙殺される、それが皇后の私的な茶席であった。
「ですが、何故放蕩(ほうとう)閣下の邸宅に?さすがに、火遊びを求めたわけではないのでしょう?」
「公証の用務で何か申し込みがあったとか。詳しくはよく分かりませんの」
IとKの公爵夫人達が首を傾げ合っている中で皇后は、あの好き者の公爵も、どうせなら野望を遂げれば良いものを、と忌々しく思った。
そうでなくとも、子をまだ孕めないことをどうしてもっと糾弾しないのか、急所を揺さぶられればあの娘を動揺させることなど容易だっただろうに、男は攻め方を分かっていないとかの公爵を詰(なじ)る。
長子ニコライを皇太子にし、皇太子妃をあの娘に据えるところまでが予定調和であったのに、ニコライを誑(たぶら)かして降位させて台無しに、なお夫人の座は確保するふてぶてしさ、このままでは済まさないと蓄えていた恨みを、皇后はさすがに口には出さずに、優雅な作法でカップに唇を付けた。
娘の用件はもう知れており、次の行動は容易に予想できた。
公証は国王陛下の権能であり、皇后は関わることは許されないが、陛下の耳に届く前ならば越権は生じない。
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