続・公証長サーシャの通過点―巻き戻れなくとも自分に負けずに生きる

蜂須賀漆

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第19話(2)

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しかし、タチアナに気に入られるような手順を踏み、その次の段階はどういう計画なのだろうとニコライは不躾に頭を掻いた。
M公爵が、兼ねてからの望み通り、タチアナを妻に得ようとするならば、まずタチアナの心を動かし、次に王女の降嫁が認められなければならないが、いずれも非常に困難としか思われなかった。
特に現状で困難なのが、降嫁の許しであった。
ニコライの場合は、皇太子に立てるかどうかは父国王の意向次第だが、王女の嫁ぎ先は、父国王の政治的な判断と、母皇后の"お気に召す"かどうかが要素になる。
父国王は家族への愛情深く、例えば年齢が著しく離れている、性格に非常な難があるなどの、極端な相手に娶(めあわ)せることはしないものと思われたが、そのような障害がなければ、娘の意志を考慮しないで相手を選ぶくらいのことはする。
ただ、父国王が良しとしても、母皇后が娘の相手として認めなければ、たとえ他国の王族であろうとも成婚叶わず、今代ではまだ事例はなかったが、歴史書を紐解くと過去の例はいくつでもあった。
そして、M公爵がニコライと親しく交際していること、ニコライが自分の結婚で母皇后の機嫌を損ねていることが、母皇后の判断に影響を与えるかもしれないという特別な事情が今は存在している。
自分が不可となる原因になるのは申し訳ないという思いはあるが、あまり真剣に苦悩する気にならないのは、そもそも、タチアナがM公爵との婚姻を望む未来が想像できないのが大きかった。
第1王女であるタチアナは、自己主張は強く好き嫌いははっきり言う性質だが、自らの結婚は恋愛により決まるものではないと、その地位に纏(まつ)わる責任を最も良く理解している妹であった。
ゆえに、相手を定められる前であっても、その責任を将来ないがしろにしてしまうような思慕を容易に抱くようなことはあり得ないという評価を、兄は妹に与えていた。
その妹の心を、この後どうやって動かす計画なのだろうか。
ニコライがアレクサンドラから婚約の承諾を得た時とて、アレクサンドラの恋心に働きかけられる状況に全くならず、公証を存続させられるというメリットを説いて辛うじて何とかなったのだ。
責任を負っている点ではアレクサンドラと似ているが、タチアナの場合は申し込まれる側が王女であって、自分達とは立場が逆である。
実はタチアナが自由結婚に憧れているとか、嫁ぐ相手がどうしても気に入らず、何としてでも結婚を回避したいというような事件が起こらなければ期待すら持てないだろう。
アレクサンドラとの一件で相談に乗ってくれたM公爵が、こういう障害に気づいていないはずがないと思いながら、利口な者も恋に身を滅ぼす例がいくらでもある。
ただ、もし彼が野心ではなく恋焦がれてタチアナを求めるのならば、何とか助けになりたいと思うのが親友の情であって、相談を持ちかけられればいくらでも乗るつもりではいた。

追伸に記された、奥方がトルベツコイ公爵に口説かれたそうだが、という問いかけに、事実がもう広まっているのかと嫌な顔をしながら、ニコライは手紙を机上に放った。

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