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第21話(3)
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デミトフ公爵は、秘書に封を切らせた手紙に、尋常でない速読で次々に目を通した。
既読になったそれは、あるものはそのまま、あるものは破かれ、またあるものは丸められて床に捨てられ、秘書は、主に手紙を渡すことと、無残な姿になった請願達を床から回収するのが役割になっていた。
たまに机上に放られるのは、対応が必要なものか、再読して改めて判断が必要なものかであり、それらを混ざらないように丁寧に重ねるのも役割であって、そちらは素早く邪魔にならないように行わないと、整えている間に次の紙束が降って来て、邪魔だと叱責を受ける羽目に陥る。
もっとも、机上に乗る手紙が多い方が秘書にとっては幸いであって、"床"が多い日は、もう少しお前の段階で選り分けられないのかと怒鳴られるのだ。
選り分ければ選り分けるで、大事なものを勝手にと言われることがあるので、秘書は日々窮しながら己の職務に当たっていた。
選別が終わると、次は残した手紙をもう一度検める。
残っているのは請願は僅かであって、大半が面会の申し込みだった。
請願の方は、公爵が政治的に興味ある分野、つまり現在帝国内で課題とされている事項に関するものが残されていて、政策立案のアイディアとして使える要素がないかという視点で読まれ、ほとんどは判断が覆って床に捨てられたが、まあまあだと思われるものは机上に戻ることもあった。
面会の申し込みについては、申込者の身分よりも用件によって篩(ふるい)に掛けてあり、こちらは多少丁寧に用件を読んで、無視するものは床に、断りの返事をするものには秘書に投げ、承諾するものと、滅多にないが少々の検討を要するものは机上に戻す。
その、検討するうちの1通は、その日は公証長からの面会申し込みであった。
手紙には、新たな取組のアイディアを準備した、若干込み入ったものであるため、事前にご説明に伺いたいと書かれ、取組の内容は割愛されていた。
前回は、最初に相談を受けたトルベツコイ公爵が、元老院の議場での説明を引き受けたことで、個別の事前説明は行われなかった。
非常に多忙な元老院としては、いちいち全案件を個別に聞かされたのでは堪えがたいし、ちょうど遺言状に関する紛争の増加が、司法部門から懸念事項として提示されていたこともあって、トルベツコイ公爵の判断は妥当だと、デミトフ公爵は気にも留めず、小娘が地位を得て新しいことを考えた、くらいにしか思わなかった。
しかし今回は面会を求めている。
内容は"最高の女"と、日和見のU侯爵から既に聞かされていて、説明に来させる必要はなかったのだが、デミトフ公爵は眉間の皺を深くした。
利便性向上という名目で帝都以外に受付窓口を、手始めに彼女の家の領地であるオルトに作るという。
先代のオルロフ伯爵の在任時は、公証のことなど、元老院の請願にも滅多に上がらなかったのに、代替わりした途端、矢継ぎ早に企てるのが鼻につく。
案の内容も、利便性を盾に、小手先の策を弄するものであって気に入らない。
普段なら裂いて即座に床に捨てているところが、"最高の女"が横槍を入れて来たせいで、裁量にやんわりと枷(かせ)を嵌(は)められている気分に陥っていた。
"最高の女"は公爵の妻を通じて、この件を知らせ、愛する息子の伴侶とは言え、義母は息子を取られた心持ちで傷心であること、また、公証に掛かり切りで息子はさぞ心外であろうし、、自身も本意ではないと感じていること、面会の希望を撥(は)ね付けるのは自由であり、ただもし会うとしても、年長者が幼さを窘めるのが、元老院議長としての務めのように思われる、公証長として務めさせ続けていくなら、年長者の諭しは通過儀礼であって、彼女も考えるであろう、というようなことを言ってきた。
聞かされた公爵は夫人に、「馬鹿女が!」と容赦ない罵声を浴びせ、間に挟まれた夫人はいつものように涙目になった。
"最高の女"はデミトフ公爵と従妹の間柄であったが、幼少期から、自分が表に出ないように策を弄して事を思い通りにしようとする、嫌悪すべき女であった。
少女の時分はそれでも非常に下手であってすぐに露見したが、公爵は悪魔のような女だと末恐ろしさを感じて、決して近寄ることをしなかった。
貴族令嬢としての気品や見識は豊かに持っていたが、それらは悪魔を隠し周囲を騙す部品でしかないと、デミトフ公爵は常々思っていた。
現にその頃の印象は、今もなお正しいことが証明され続けている。
公爵の妻を使い口頭で証拠を残さず、煙に巻くような、言い逃れができるような物言いを、自分を敬遠している相手にも躊躇なく使うのが非常に腹立たしかった。
それほどに気に入らないのなら、「公証長としても妻としても半端者だと中傷し、嫌がらせを尽くして潰せ」と何故あからさまに言わないのか、他人を呪うくせに自分は綺麗な白い手でいようとするその根性が、デミトフ公爵はとにかく気に食わなかった。
しかし、そんな悪魔でも、地位は"最高の女"であり、押しかけて卑怯者と面と向かって断罪することはできず、たとえ抗議文などを送っても無意味であろう。
デミトフ公爵としては悪魔の指示に従う気は全くなかったし、言われずとも来客者に対して容赦をするつもりは全くなかった。
公証長という王の権能を代行しながら、手落ちの案を議長に提示して来る向こう見ずは是非とも糺さなければならない。
同時に元老院の他の者達は、何故彼らの段階で通しているのかという憤りも感じた。
デミトフ公爵は、秘書に公証長からの手紙を渡し、
「面会の日取りを見繕って返信をしておけ」
と言ったが、秘書は何故主の怒りがいつもより倍加されているのか分からず、怯えをひた隠しながら承諾を表した。
既読になったそれは、あるものはそのまま、あるものは破かれ、またあるものは丸められて床に捨てられ、秘書は、主に手紙を渡すことと、無残な姿になった請願達を床から回収するのが役割になっていた。
たまに机上に放られるのは、対応が必要なものか、再読して改めて判断が必要なものかであり、それらを混ざらないように丁寧に重ねるのも役割であって、そちらは素早く邪魔にならないように行わないと、整えている間に次の紙束が降って来て、邪魔だと叱責を受ける羽目に陥る。
もっとも、机上に乗る手紙が多い方が秘書にとっては幸いであって、"床"が多い日は、もう少しお前の段階で選り分けられないのかと怒鳴られるのだ。
選り分ければ選り分けるで、大事なものを勝手にと言われることがあるので、秘書は日々窮しながら己の職務に当たっていた。
選別が終わると、次は残した手紙をもう一度検める。
残っているのは請願は僅かであって、大半が面会の申し込みだった。
請願の方は、公爵が政治的に興味ある分野、つまり現在帝国内で課題とされている事項に関するものが残されていて、政策立案のアイディアとして使える要素がないかという視点で読まれ、ほとんどは判断が覆って床に捨てられたが、まあまあだと思われるものは机上に戻ることもあった。
面会の申し込みについては、申込者の身分よりも用件によって篩(ふるい)に掛けてあり、こちらは多少丁寧に用件を読んで、無視するものは床に、断りの返事をするものには秘書に投げ、承諾するものと、滅多にないが少々の検討を要するものは机上に戻す。
その、検討するうちの1通は、その日は公証長からの面会申し込みであった。
手紙には、新たな取組のアイディアを準備した、若干込み入ったものであるため、事前にご説明に伺いたいと書かれ、取組の内容は割愛されていた。
前回は、最初に相談を受けたトルベツコイ公爵が、元老院の議場での説明を引き受けたことで、個別の事前説明は行われなかった。
非常に多忙な元老院としては、いちいち全案件を個別に聞かされたのでは堪えがたいし、ちょうど遺言状に関する紛争の増加が、司法部門から懸念事項として提示されていたこともあって、トルベツコイ公爵の判断は妥当だと、デミトフ公爵は気にも留めず、小娘が地位を得て新しいことを考えた、くらいにしか思わなかった。
しかし今回は面会を求めている。
内容は"最高の女"と、日和見のU侯爵から既に聞かされていて、説明に来させる必要はなかったのだが、デミトフ公爵は眉間の皺を深くした。
利便性向上という名目で帝都以外に受付窓口を、手始めに彼女の家の領地であるオルトに作るという。
先代のオルロフ伯爵の在任時は、公証のことなど、元老院の請願にも滅多に上がらなかったのに、代替わりした途端、矢継ぎ早に企てるのが鼻につく。
案の内容も、利便性を盾に、小手先の策を弄するものであって気に入らない。
普段なら裂いて即座に床に捨てているところが、"最高の女"が横槍を入れて来たせいで、裁量にやんわりと枷(かせ)を嵌(は)められている気分に陥っていた。
"最高の女"は公爵の妻を通じて、この件を知らせ、愛する息子の伴侶とは言え、義母は息子を取られた心持ちで傷心であること、また、公証に掛かり切りで息子はさぞ心外であろうし、、自身も本意ではないと感じていること、面会の希望を撥(は)ね付けるのは自由であり、ただもし会うとしても、年長者が幼さを窘めるのが、元老院議長としての務めのように思われる、公証長として務めさせ続けていくなら、年長者の諭しは通過儀礼であって、彼女も考えるであろう、というようなことを言ってきた。
聞かされた公爵は夫人に、「馬鹿女が!」と容赦ない罵声を浴びせ、間に挟まれた夫人はいつものように涙目になった。
"最高の女"はデミトフ公爵と従妹の間柄であったが、幼少期から、自分が表に出ないように策を弄して事を思い通りにしようとする、嫌悪すべき女であった。
少女の時分はそれでも非常に下手であってすぐに露見したが、公爵は悪魔のような女だと末恐ろしさを感じて、決して近寄ることをしなかった。
貴族令嬢としての気品や見識は豊かに持っていたが、それらは悪魔を隠し周囲を騙す部品でしかないと、デミトフ公爵は常々思っていた。
現にその頃の印象は、今もなお正しいことが証明され続けている。
公爵の妻を使い口頭で証拠を残さず、煙に巻くような、言い逃れができるような物言いを、自分を敬遠している相手にも躊躇なく使うのが非常に腹立たしかった。
それほどに気に入らないのなら、「公証長としても妻としても半端者だと中傷し、嫌がらせを尽くして潰せ」と何故あからさまに言わないのか、他人を呪うくせに自分は綺麗な白い手でいようとするその根性が、デミトフ公爵はとにかく気に食わなかった。
しかし、そんな悪魔でも、地位は"最高の女"であり、押しかけて卑怯者と面と向かって断罪することはできず、たとえ抗議文などを送っても無意味であろう。
デミトフ公爵としては悪魔の指示に従う気は全くなかったし、言われずとも来客者に対して容赦をするつもりは全くなかった。
公証長という王の権能を代行しながら、手落ちの案を議長に提示して来る向こう見ずは是非とも糺さなければならない。
同時に元老院の他の者達は、何故彼らの段階で通しているのかという憤りも感じた。
デミトフ公爵は、秘書に公証長からの手紙を渡し、
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