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第6話「その人を、私が探してやろう——なぜそんな言葉が出てきたのかわからない」
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第6話「その人を、私が探してやろう——なぜそんな言葉が出てきたのかわからない」
翌朝、エルヴィナは珍しく部下を呼んだ。
「魔界に最近、人間が紛れ込んだという報告はあるか」
部下は怪訝な顔をした。
「捕虜の騎士以外、ということでしょうか」
「そうだ。特に——最近数ヶ月以内のものを調べろ」
「かしこまりました。理由をお聞きしても」
「必要ない。さっさと調べろ」
部下は頭を下げて、すぐに下がった。
エルヴィナは玉座に座ったまま、静かに息を吐いた。
なぜこんなことをしているのか、自分でもわからなかった。
アレンが魔界に守りたい人がいると言った。
それだけだ。
道具が使えるかどうか確認するのは、主人として当然のことだ。
道具の事情を把握しておくのも、管理者として必要なことだ。
そう言い聞かせながら——エルヴィナは自分の言い訳が、どんどん苦しくなっていることに気づいていた。
―――――――――――――――
その日の昼過ぎ、エルヴィナは牢へ向かった。
「今日も来てくれましたね」
アレンはいつもの笑顔で言った。
昨日よりさらに顔色がいい。
傷の回復も早くなってきているようだった。
「……一つ聞く」
エルヴィナは単刀直入に言った。
「魔界にいる、守りたい人というのは——いつから魔界にいる」
アレンの表情が、少し変わった。
「……なぜそれを」
「昨日お前が言っただろう。魔界に守らなければならない人がいると」
「……はい」
アレンはしばらく黙った。
迷っているのが、表情からわかった。
話すべきか、まだ隠すべきか。
「……三ヶ月前から、です」
ゆっくりと、アレンは口を開いた。
「三ヶ月前に——突然、いなくなりました」
「攫われたのか」
「……そうだと思っています。でも証拠がなくて」
アレンの声に、初めて揺らぎが混じった。
いつも穏やかで、どこか余裕のあるこの男が——初めて、弱さを見せた。
「騎士団には相談したのか」
「……できませんでした」
「なぜだ」
アレンは少し間を置いた。
「その人は——公には存在を知られてはいけない人なんです」
エルヴィナは眉をひそめた。
「どういうことだ」
「それは……まだ言えません」
「そうか」
エルヴィナは短く答えた。
無理に聞き出そうとは思わなかった。
それよりも——三ヶ月。
三ヶ月間、アレンは一人で抱えてきたのだ。
騎士団にも言えず、誰にも頼れず、たった一人で魔界に乗り込んできた。
「……お前は、その人のことが大切なんだな」
「はい」
アレンは迷わず答えた。
「俺には——その人しかいないんです」
その言葉が、エルヴィナの胸に深く刺さった。
その人しかいない。
エルヴィナにも、そういう人がいたなら——どんなに違っただろう。
父は厳しかった。
部下は従順だった。
でも——ただそこにいてくれる人は、いなかった。
「……その人を、私が探してやろう」
気がついたら、言っていた。
アレンが目を見開いた。
「……え」
「魔界のことは、私が一番よく知っている。お前が一人で探すより、私が動いた方が早い」
「でも——なぜ」
「道具が役に立つなら使う。それだけだ」
エルヴィナは冷たく言い放った。
でも——アレンは笑わなかった。
真剣な目で、エルヴィナを見ていた。
「……本当に、いいんですか」
「言ったことは守る。それが魔王女だ」
アレンはしばらくエルヴィナを見つめた。
それから——目を細めて、静かに言った。
「……ありがとうございます、エルヴィナ」
また様なしで呼ばれた。
「……次呼んだら承知しないと言っただろう」
「わかっています」
「わかっているなら——」
「でも、魔王女様じゃなくて、エルヴィナに助けてもらいたかったから」
エルヴィナは言葉を失った。
魔王女じゃなくて、エルヴィナに。
昨日自分が言った言葉を、そのままアレンが返してきた。
「……勝手なことを言うな」
エルヴィナは踵を返した。
顔が熱かった。
魔界の熱気のせいだと、そう思うことにした。
―――――――――――――――
その日の夜、エルヴィナは部下からの報告を受けた。
「三ヶ月前に魔界に入った人間の記録ですが——一件だけ、不審な記録がございます」
エルヴィナは身を乗り出した。
「どこだ」
「魔界の東端、廃城跡の近くで人間の気配が確認されています。ただ——その廃城は」
部下が言い淀んだ。
「言え」
「……かつて魔界で最も凶暴と言われた魔族、ガルドの旧領地でございます」
エルヴィナの表情が、わずかに固まった。
ガルド。
父が生前、唯一手を焼いたと言っていた魔族。
表向きは父に従っていたが、裏では独自の勢力を築いていた。
「ガルドは今どこにいる」
「それが——父君が崩御された後、行方がわからなくなっております」
エルヴィナは静かに息を吐いた。
面倒なことになった、と思った。
でも同時に——胸の中に、静かな炎が灯った。
アレンが三ヶ月間、一人で抱えてきたもの。
それを——自分が動かすことができるかもしれない。
「引き続き調べろ。ガルドの行方と、廃城跡の詳細を」
「かしこまりました」
部下が下がった後、エルヴィナは一人で窓の外を見つめた。
遠くに見える魔界の炎が、今夜はいつもより明るく見えた。
「……必ず見つけてやる」
誰に言うでもなく、エルヴィナは静かに呟いた。
それが誰のためなのか——もう、言い訳をする気にはなれなかった。
―――――――――――――――
次話「廃城へ行く——お前も連れて行ってやる」
翌朝、エルヴィナは珍しく部下を呼んだ。
「魔界に最近、人間が紛れ込んだという報告はあるか」
部下は怪訝な顔をした。
「捕虜の騎士以外、ということでしょうか」
「そうだ。特に——最近数ヶ月以内のものを調べろ」
「かしこまりました。理由をお聞きしても」
「必要ない。さっさと調べろ」
部下は頭を下げて、すぐに下がった。
エルヴィナは玉座に座ったまま、静かに息を吐いた。
なぜこんなことをしているのか、自分でもわからなかった。
アレンが魔界に守りたい人がいると言った。
それだけだ。
道具が使えるかどうか確認するのは、主人として当然のことだ。
道具の事情を把握しておくのも、管理者として必要なことだ。
そう言い聞かせながら——エルヴィナは自分の言い訳が、どんどん苦しくなっていることに気づいていた。
―――――――――――――――
その日の昼過ぎ、エルヴィナは牢へ向かった。
「今日も来てくれましたね」
アレンはいつもの笑顔で言った。
昨日よりさらに顔色がいい。
傷の回復も早くなってきているようだった。
「……一つ聞く」
エルヴィナは単刀直入に言った。
「魔界にいる、守りたい人というのは——いつから魔界にいる」
アレンの表情が、少し変わった。
「……なぜそれを」
「昨日お前が言っただろう。魔界に守らなければならない人がいると」
「……はい」
アレンはしばらく黙った。
迷っているのが、表情からわかった。
話すべきか、まだ隠すべきか。
「……三ヶ月前から、です」
ゆっくりと、アレンは口を開いた。
「三ヶ月前に——突然、いなくなりました」
「攫われたのか」
「……そうだと思っています。でも証拠がなくて」
アレンの声に、初めて揺らぎが混じった。
いつも穏やかで、どこか余裕のあるこの男が——初めて、弱さを見せた。
「騎士団には相談したのか」
「……できませんでした」
「なぜだ」
アレンは少し間を置いた。
「その人は——公には存在を知られてはいけない人なんです」
エルヴィナは眉をひそめた。
「どういうことだ」
「それは……まだ言えません」
「そうか」
エルヴィナは短く答えた。
無理に聞き出そうとは思わなかった。
それよりも——三ヶ月。
三ヶ月間、アレンは一人で抱えてきたのだ。
騎士団にも言えず、誰にも頼れず、たった一人で魔界に乗り込んできた。
「……お前は、その人のことが大切なんだな」
「はい」
アレンは迷わず答えた。
「俺には——その人しかいないんです」
その言葉が、エルヴィナの胸に深く刺さった。
その人しかいない。
エルヴィナにも、そういう人がいたなら——どんなに違っただろう。
父は厳しかった。
部下は従順だった。
でも——ただそこにいてくれる人は、いなかった。
「……その人を、私が探してやろう」
気がついたら、言っていた。
アレンが目を見開いた。
「……え」
「魔界のことは、私が一番よく知っている。お前が一人で探すより、私が動いた方が早い」
「でも——なぜ」
「道具が役に立つなら使う。それだけだ」
エルヴィナは冷たく言い放った。
でも——アレンは笑わなかった。
真剣な目で、エルヴィナを見ていた。
「……本当に、いいんですか」
「言ったことは守る。それが魔王女だ」
アレンはしばらくエルヴィナを見つめた。
それから——目を細めて、静かに言った。
「……ありがとうございます、エルヴィナ」
また様なしで呼ばれた。
「……次呼んだら承知しないと言っただろう」
「わかっています」
「わかっているなら——」
「でも、魔王女様じゃなくて、エルヴィナに助けてもらいたかったから」
エルヴィナは言葉を失った。
魔王女じゃなくて、エルヴィナに。
昨日自分が言った言葉を、そのままアレンが返してきた。
「……勝手なことを言うな」
エルヴィナは踵を返した。
顔が熱かった。
魔界の熱気のせいだと、そう思うことにした。
―――――――――――――――
その日の夜、エルヴィナは部下からの報告を受けた。
「三ヶ月前に魔界に入った人間の記録ですが——一件だけ、不審な記録がございます」
エルヴィナは身を乗り出した。
「どこだ」
「魔界の東端、廃城跡の近くで人間の気配が確認されています。ただ——その廃城は」
部下が言い淀んだ。
「言え」
「……かつて魔界で最も凶暴と言われた魔族、ガルドの旧領地でございます」
エルヴィナの表情が、わずかに固まった。
ガルド。
父が生前、唯一手を焼いたと言っていた魔族。
表向きは父に従っていたが、裏では独自の勢力を築いていた。
「ガルドは今どこにいる」
「それが——父君が崩御された後、行方がわからなくなっております」
エルヴィナは静かに息を吐いた。
面倒なことになった、と思った。
でも同時に——胸の中に、静かな炎が灯った。
アレンが三ヶ月間、一人で抱えてきたもの。
それを——自分が動かすことができるかもしれない。
「引き続き調べろ。ガルドの行方と、廃城跡の詳細を」
「かしこまりました」
部下が下がった後、エルヴィナは一人で窓の外を見つめた。
遠くに見える魔界の炎が、今夜はいつもより明るく見えた。
「……必ず見つけてやる」
誰に言うでもなく、エルヴィナは静かに呟いた。
それが誰のためなのか——もう、言い訳をする気にはなれなかった。
―――――――――――――――
次話「廃城へ行く——お前も連れて行ってやる」
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