『君がいる世界の、青』〜それでも、君といたい〜

まさき

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プロローグ

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世界が、ひとつだけじゃないとしたら。
君を失った僕の世界と、僕を失った君の世界が、どこかで重なっているとしたら。

夢を見ていた。
白い、やわらかい光の夢だ。
どこかの河原で、僕は膝を抱えて座っていた。水の流れる音がする。風が吹くたびに、枯れた草が揺れる。季節はどこかの秋だった。空は高くて、刷毛で引いたような薄い雲が、ゆっくりと流れていた。

誰かが、隣に座っていた。
顔を見ようとすると、いつも光に溶けて消えてしまう。声だけが残る。聞き慣れた、少し低くてやわらかい、あの声が。

 ――ねえ、蒼。

目が覚めた。
天井が見えた。見慣れた、六畳の部屋の天井。染みのかたちまで、もう全部頭に入っている。そこに横になったまま、しばらく何も考えられなかった。
心臓だけが、やけにうるさかった。

時計を見ると、午前三時十七分だった。また同じ時間に目が覚めた。もう何度目だろう。この二年間、決まってこの時間に僕は夢から引き戻される。まるで誰かに、現実を思い出させるように。

起き上がって、窓を開けた。
十一月の空気が、すっと部屋に入ってきた。冷たくて、少し湿っていて、かすかに金木犀の残り香がした。もうとっくに花の季節は終わっているのに、僕の鼻は毎年この時期になると、ないはずの香りを探してしまう。
それが澪の好きな匂いだったから。

桐島澪が死んだのは、二年前の十一月だった。
二十歳の誕生日を三日後に控えた、月曜日の朝。病院のベッドの上で、静かに、本当に静かに、眠るように逝った。発症から一年と少し。医師には「覚悟しておいてください」と言われていたのに、それでも僕は最後まで信じられなかった。
信じたくなかった、というほうが正しいかもしれない。

葬儀の記憶がほとんどない。
泣いたのかどうかも、よくわからない。ただ、棺の中で穏やかな顔をして横たわる澪を見たとき、頭の中が真っ白になって、それからずっと、どこかが欠けたままになった気がした。
今もその感覚は続いている。
左胸のあたりに、ぽっかりと穴が空いているような、あの感覚が。

窓の外を見ると、街灯が一つ、橙色の光を落としていた。その光の下に、黒い猫が一匹いた。こちらをじっと見ていた。目が合ったと思ったら、するりと闇の中に消えていった。

「澪」

声に出して呼んでみた。
返事はない。当然だ。返ってくるはずがない。わかっていて、それでも呼んでしまう。二年間、そうやって生きてきた。呼んで、静寂に気づいて、また少し何かが削れる。

その夜、僕はなかなか眠れなかった。
ベッドに戻っても、瞼の裏には白い光がちらついた。夢の中の河原と、光に溶けていく誰かの輪郭と、聞き慣れた声が、頭の中でずっとループしていた。

――ねえ、蒼。

呼んでいたのは、澪だったのだろうか。
そうだとしたら、次の言葉は何だったのだろう。夢はいつも、そこで終わる。続きを教えてくれたことは、一度もない。

眠れないまま、夜が明けた。
カーテンの隙間から光が差し込んできたとき、僕はようやく目を閉じた。そしてまた、白い光の夢を見た。

気づいたら、河原に立っていた。
さっきまで部屋にいたはずなのに、気づいたら川のそばにいた。水の音がする。風が吹く。枯れた草が揺れる。見覚えのある秋の空。
でも、何かが違った。
空気の色が、少しだけ違った。光のやわらかさが、少しだけ違った。世界全体が、薄い膜を一枚隔てたみたいに、わずかに違う。

そして、声が聞こえた。

「……誰?」

振り返った。
川べりの石の上に、ひとりの女の子が立っていた。
風が吹いて、彼女の長い黒髪が揺れた。
夕日が、その横顔を照らした。

僕は息を飲んだ。
心臓が、跳ね上がった。
膝から力が抜けて、倒れそうになった。

知っている顔だった。
二年間、夢の中でしか会えなかった顔だった。
もう二度と会えないと思っていた、あの顔だった。

「澪……?」

彼女の目が大きく開いた。
震える唇が、かすかに動いた。

「蒼……くん?」

世界が、止まった気がした。

これが夢なら、どうか覚めないでほしい。
これが現実なら、その意味を教えてほしい。
どちらにせよ、僕はもう一度だけ、君の声を聞いた。

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