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第2話:献身メイド・瀬戸透子の重すぎる朝
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「……ん、んん……」
朝の光が差し込む寝室。
朝倉健斗が意識を浮上させたとき、最初に感じたのは、布団の中に潜り込んでいる「何か」の異様な温もりだった。
「ふふ……おはようございます、健斗様。今日もお目覚めの時間は完璧ですね」
耳元で、蕩けるような甘い声が響く。
目を開けると、そこには健斗の胸に顔を埋め、陶酔した表情で彼を見つめるメイド・瀬戸透子の姿があった。
「……透子。お前、またか」
「『またか』とは心外ですわ。私は毎朝、健斗様が健やかに目覚められるよう、心臓の音を確認しているだけですもの」
「心臓の音を確認するのに、なんで布団の中に入って抱きついてくる必要があるんだよ」
「至近距離の方が精度が上がりますから。ほら、健斗様のドクドクという音……昨夜よりも少し速いですね。私に抱きしめられて、興奮していらっしゃる証拠ですわ。うれしい……」
「興奮じゃない、驚いてるんだよ! 重いんだって、どいてくれ、着替える」
「重い? 失礼いたしました。ですが健斗様、この重みはすべて私の『愛』の質量……」
透子は健斗の抗議を無視して、彼の手を強引に引き寄せた。
そして、自らの豊かなKカップの谷間へと押し当てる。
「1グラムたりとも、健斗様以外には捧げていない純粋な愛です。……健斗様なら、この愛の重さ、すべて受け止めてくださいますよね?」
薄いブラウス越しに、尋常ではない熱量と、指先を沈めさせるような弾力が伝わってくる。
「ほら、感じてください。私の心臓、こんなに跳ねて……。健斗様に触れられているだけで、私は今、指先まで痺れてしまいそうなのです。あぁ……健斗様の手、とっても温かい……もっと、奥まで……」
「……心臓の音が速すぎるだろ。病気じゃないのか」
「ええ、健斗様という劇薬に侵された、不治の病ですわ。ふふっ。このまま、私の胸の中で溶けて、私の一部になってしまえばいいのに……」
透子の瞳が怪しく光る。
「そうすれば、もう誰にも邪魔されませんわよね?」
「怖いこと言うなよ! ほら、離せ。朝飯の準備があるだろ」
透子は健斗の困惑を楽しむように微笑むと、ベッドサイドに置かれたゴミ箱へ視線を向けた。
その瞬間、彼女の瞳から温度が完全に消え去った。
「準備の前に……一つ、白状していただきたいことがあります」
「な、なんだよ、その顔。怖いって」
「健斗様。昨日の放課後……図書室へ行かれましたわね? あの、白河詩織という女と一緒にいたでしょう」
「え? ああ、レポートの資料を探してもらったけど……それがどうしたんだ?」
「……やはり、あの不潔な眼鏡女の仕業でしたか」
透子はゴミ箱の中から、一本の、わずかに茶色がかった長い髪の毛を指先でつまみ上げた。
「……これ、健斗様の枕元に落ちていました。私の髪ではありません。私の髪は夜のように清らかな黒……こんな、泥水のような茶色ではありませんもの」
「えっ、あ、いや、それはただの……」
「汚らわしい。ゴミ箱の中にさえ、置いておく価値のない不純物です。これをどう説明されますか?」
「説明って言われても……。ただの偶然ついただけだろ。廊下ですれ違った時に風で飛んできたとか……」
「『ただの』ではありませんわ! 健斗様の聖域に、許可なく体毛を残すなんて……万死に値します」
透子の声が低く、震える。
「その女、健斗様にどこまで近づいたのですか? 肩を抱きましたか? 手を握りましたか? それとも、この髪のように、健斗様の首筋に顔を寄せたのですか!?」
「落ち着けって! 何もしてない、ただ本を、こう、手渡しで受け取っただけだ!」
「嘘ですわ。健斗様は優しすぎます。……失礼。クンクン……」
透子は獲物の喉笛を探る獣のように、健斗の首筋に鼻先を押し当て、執拗に匂いを嗅ぎ始めた。
「ひゃ、おい、くすぐったいって! やめろ透子! 離せってば!」
「じっとしていてください。……やはり、別の女の匂いがします。古びた紙のカビ臭い匂いと、あざとい安物のフローラル……」
透子の呼吸が荒くなる。
「浄化が必要です。今すぐに。根こそぎ。この透子の匂いだけで、健斗様のすべてを塗りつぶしてさしあげますわ」
彼女は健斗の上に完全に馬乗りになると、自らの襟元のボタンを一つ、指先で器用に外した。
「ちょ、透子!? 何を考えて……! 落ち着け、朝から何をしてるんだ!」
「健斗様は、何も考えなくていいのです。すべて、この透子にお任せください」
「……っ」
「健斗様の肌に触れるものは、私一人で十分……他の誰にも、指先一本触れさせたくないのです。……ねえ、健斗様。いっそ、今日から学校なんて辞めてしまいませんか?」
「はあ!? お前、何言って……」
「私が健斗様を、誰の目にも触れない地下の特等席でお世話して差し上げます。朝から晩まで、私が健斗様を愛でて、磨いて、食べさせて差し上げる……」
透子の頬が赤らむ。
「そうすれば、こんな不潔な髪の毛に怯えることも、泥棒猫に健斗様を汚されることもなくなるのです。……素敵だと思いませんか?」
「思うわけないだろ! それ、ただの監禁だろ!」
そのとき、健斗のスマートフォンが枕元で激しく震えた。
画面には『姫野こころ』の名前とメッセージ。
『せんぱーい! 今日、校門の前で待ってますね♡ お話したいこと、いっぱいあるんです!』
「あら……。あの一年生からも。……健斗様、やはり今日は学校をお休みになりましょう」
「えっ」
「私が今すぐ、その端末を粉々に粉砕して差し上げます。そして、この部屋を鍵で閉ざして、一日中『徹底的なお手入れ』をいたしましょう。外の世界は、健斗様を狙う毒蛇ばかりで危険ですわ」
「……学校には行く! 端末を壊そうとするな! 透子、いい激減に離れろ! 朝食の準備はどうしたんだ! メイドなら飯を作れ、飯を!」
「準備は万端ですわ。メニューは……トーストと、オムレツと……『私』、というのはいかがでしょうか?」
「……」
「デザートに私を召し上がってくださるなら、今すぐこの場で全裸になりますが」
「真面目にやれ! 普通の、腹に溜まる飯を食わせろ!」
「……ちっ。健斗様の食欲をそそるには、まだ私の露出が足りないということですね。次はエプロンだけにしてみましょうか……」
「逆効果だよ! 怖すぎるわ!」
健斗が必死に抗議し、ようやく透子を引き剥がすと、彼は息を切らしながらベッドから逃げ出した。
しかし、透子はすぐ後ろで、乱れた服を直すこともせず、恍惚とした目で見つめてくる。
「……健斗様。逃げても無駄ですよ。どこにいても、私は健斗様の影の中にいますから」
「影の中にいなくていいから、キッチンにいろ!」
「ふふっ……。あ、そうだ。健斗様、今日もし学校で他の女が近寄ってきたら、この透子がその場で『掃除』して差し上げますからね。……楽しみにしていてください」
透子がエプロンのポケットから取り出したのは、銀色に鋭く輝く折りたたみナイフだった。
彼女はそれを愛おしそうに頬に当て、うっとりとした表情で刃をなぞる。
「……掃除って、それ、比喩じゃないよな? 物理的にやるつもりだろ?」
「あら、健斗様の純潔を守るためなら、私は死神にだってなってみせますわ。……さあ、旦那様。愛を込めた朝食を召し上がれ」
透子はナイフをしまうと、何事もなかったかのように優雅な一礼をして部屋を出て行った。
「……残したら、お仕置きですからね?」
残された健斗は、自分の震える手を見つめ、深く、深いため息をついた。
「……もうやだ、この家。誰か助けてくれ……」
健斗の絶望的な願いは、豪華な屋敷の壁に吸い込まれ、誰に届くこともなかった。
朝倉家の朝は、狂気と、甘すぎる愛憎を孕んで、あまりにも騒がしく幕を開けるのだった。
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