地元に転勤したら、妻の親友(ママ友)が元カノだった〜絶対にバレてはいけない秘密の再会〜

まさき

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第8話:仮面の崩落

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第8話:仮面の崩落

 翌朝、俺は死体のような足取りで会社へ向かった。
 家を出る際、妻は一度も俺と目を合わせなかった。朝食のトーストは冷え切り、皿の上で石のように固まっている。娘が「パパ、行ってらっしゃい」と伸ばした小さな手さえ、今の俺には汚れた自分を突きつけられているようで、まともに握り返すことができなかった。
 オフィスに入ると、妙な静寂が俺を包んだ。
 デスクに座るなり、内線電話が鳴る。
「――さん。会議室Bまで来てくれないか。今回のプロジェクトの件で、少し確認したいことがある」
 受話器の向こうから聞こえたのは、あの男――彼女の夫の声だった。
 会議室の重いドアを開けると、彼はブラインドの隙間から外を眺めていた。振り返ったその顔には、昨日までの朗らかなエリートの面影はない。冷徹な、一人の「男」の顔があった。
「座ってくれ。……仕事の話をする前に、君に渡したいものがあるんだ」
 彼はデスクの上に、一通の封筒を滑らせた。
 中から出てきたのは、何枚かの写真。それは、昨日俺が倉庫の裏で、彼女と二人きりで立っている姿を遠くから盗撮したものだった。
「……これは」
「妻が少し、不安定でね。最近、君の家の近くを徘徊したり、不審な行動が目立っていた。だから、念のために調査をつけたんだよ。そうしたら、まさか君と密会しているとは」
 男の言葉に、俺の心臓は激しく波打った。徘徊。不審な行動。彼女が俺の周囲でそこまで狂気的な動きをしていたという事実に、目眩がする。
「誤解です。彼女から呼び出されて……一方的に……」
「一方的に? ――さん、君は自分の立場を分かっているのか。今回の合同プロジェクトの責任者は私だ。そして、私の妻を動揺させ、家庭を脅かしているのは君だ」
 男はゆっくりと椅子から立ち上がり、俺に詰め寄った。その体躯は、精神的に憔悴しきった俺を圧倒するには十分すぎるほど大きかった。
「君が本社から鳴り物入りで戻ってきたことは知っている。だが、一通の報告書で、君のキャリアを終わらせることも、私はできるんだ。……分かっているね?」
 これは脅迫だ。だが、俺にそれを告発する権利などない。
 俺が過去に彼女を捨てたという「事実」が、すべての言い訳を封じ込めていた。
「君がどう責任を取るか、楽しみだよ。……ああ、それから」
 去り際、彼は俺の肩に手を置き、耳元で冷たく囁いた。
「私の息子は、私に似ていない。……君は、どう思う?」
 血の気が引く。彼は知っている。最初からすべてを知った上で、俺をこの支店に招き入れ、妻と接触させ、じわじわと真綿で首を絞めるように追い詰めていたのだ。彼女が「矛」なら、この夫は「盾」であり、同時に逃げ場を塞ぐ「檻」だった。
 その日の夕方、逃げるように帰宅した俺を待っていたのは、さらに凄惨な光景だった。
 リビングの床には、あの高校時代のアルバムがバラバラに引き裂かれ、散乱していた。
 中央に座る妻の足元には、一通の手紙が落ちている。
「……ねえ、パパ。これ、何?」
 妻の声は、感情が枯れ果てたように平坦だった。
 俺が拾い上げた手紙には、乱れた文字でこう記されていた。
『彼があなたを選んだのは、私が彼を捨てたからじゃない。彼が、私に子供ができたと知って、逃げ出したからよ。あなたとの幸せは、私の絶望の上に立っているの』
「パパ……嘘だよね? この人が言っていること、全部、嘘だよね……?」
 妻がすがるような目で俺を見る。その瞳の奥には、わずかな期待と、それを打ち消すほどの確信が混在していた。
 俺は何も言えなかった。
 喉まで出かかった嘘は、足元に散らばった高校時代の自分の笑顔に遮られた。
 
 外では、ずっと降り続いていた雨がようやく止もうとしていた。
 だが、俺の人生には、もう二度と晴れ間が訪れることはない。
 
 バキリ、と。
 俺の中で、何かが完全に壊れる音がした。
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