2 / 12
第二章 幼なじみの微笑み
しおりを挟む
第二章 幼なじみの微笑み
麗奈と初めて会ったのは、結婚して半年が過ぎた頃だった。
誠の会社の同僚だという話は聞いていた。幼なじみで、同じ中学出身で、偶然同じ職場になったと、誠は笑いながら教えてくれた。その笑顔が少し違う種類のものだと気づいたのは、もっとあとのことだ。
最初に顔を合わせたのは、誠の職場の飲み会だった。配偶者も参加できるという気軽な集まりで、私は誠に誘われるまま出席した。会場は駅近くの居酒屋で、十人ほどが集まっていた。
「澄花さんですよね。誠くんからよく聞いてます」
声をかけてきたのが麗奈だった。
黒髪のきれいな人だった。華やかすぎず、でも場の中心にいるような、不思議な存在感がある。笑うと目が細くなって、それがどこか計算されているように見えた。気のせいかもしれない。でも私の中の何かが、小さく警戒した。
「はじめまして。よろしくお願いします」
私は笑顔で返した。完璧な笑顔で。
麗奈は誠の隣にすんなりと座って、昔話を次々と話し始めた。中学時代のこと、部活のこと、先生のあだ名のこと。誠はそのたびに声を上げて笑った。私が隣にいることを、少しだけ忘れているみたいに。
「誠くんって昔から優しいんですよね。困ってる子がいたら必ず助けに行くタイプで」
麗奈が言うと、誠は照れたように頭を掻いた。
「大げさだろ」
「大げさじゃないよ。私、あのとき本当に助かったんだから」
二人の間に流れる空気は、穏やかで、自然で、そしてひどく親密だった。私はグラスを持ったまま、ただ微笑んでいた。会話に入るタイミングを、何度か探して、そのたびに諦めた。
帰り道、誠は上機嫌だった。
「麗奈、変わってないなあ。昔から明るくて、場の空気作るのうまいんだよ」
「そうだね」と私は答えた。
「澄花とも仲良くなれると思う。同い年だし」
「うん」と私は答えた。
誠は気づいていなかった。私がその夜、一度もお酒を飲めなかったことに。グラスを傾けるたびに、喉が締まる感じがして、何も流し込めなかったことに。
あれは嫉妬だったのか、それとも予感だったのか。
今となってはどちらでもよかった。結果は同じだったから。
マンションに帰って、お風呂を済ませて、ベッドに入っても眠れなかった。隣で誠はすぐに寝息を立てた。その寝顔を見ながら、私は天井を見上げた。
大丈夫。夫の昔の友達というだけだ。
そう自分に言い聞かせた。
でも目を閉じると、麗奈が誠を見る目が浮かんだ。あの、柔らかくて、懐かしそうで、それでいて少し熱を帯びた視線が。
私はそっと目を開けた。
眠れない夜が、これから続くとはまだ知らなかった。
麗奈と初めて会ったのは、結婚して半年が過ぎた頃だった。
誠の会社の同僚だという話は聞いていた。幼なじみで、同じ中学出身で、偶然同じ職場になったと、誠は笑いながら教えてくれた。その笑顔が少し違う種類のものだと気づいたのは、もっとあとのことだ。
最初に顔を合わせたのは、誠の職場の飲み会だった。配偶者も参加できるという気軽な集まりで、私は誠に誘われるまま出席した。会場は駅近くの居酒屋で、十人ほどが集まっていた。
「澄花さんですよね。誠くんからよく聞いてます」
声をかけてきたのが麗奈だった。
黒髪のきれいな人だった。華やかすぎず、でも場の中心にいるような、不思議な存在感がある。笑うと目が細くなって、それがどこか計算されているように見えた。気のせいかもしれない。でも私の中の何かが、小さく警戒した。
「はじめまして。よろしくお願いします」
私は笑顔で返した。完璧な笑顔で。
麗奈は誠の隣にすんなりと座って、昔話を次々と話し始めた。中学時代のこと、部活のこと、先生のあだ名のこと。誠はそのたびに声を上げて笑った。私が隣にいることを、少しだけ忘れているみたいに。
「誠くんって昔から優しいんですよね。困ってる子がいたら必ず助けに行くタイプで」
麗奈が言うと、誠は照れたように頭を掻いた。
「大げさだろ」
「大げさじゃないよ。私、あのとき本当に助かったんだから」
二人の間に流れる空気は、穏やかで、自然で、そしてひどく親密だった。私はグラスを持ったまま、ただ微笑んでいた。会話に入るタイミングを、何度か探して、そのたびに諦めた。
帰り道、誠は上機嫌だった。
「麗奈、変わってないなあ。昔から明るくて、場の空気作るのうまいんだよ」
「そうだね」と私は答えた。
「澄花とも仲良くなれると思う。同い年だし」
「うん」と私は答えた。
誠は気づいていなかった。私がその夜、一度もお酒を飲めなかったことに。グラスを傾けるたびに、喉が締まる感じがして、何も流し込めなかったことに。
あれは嫉妬だったのか、それとも予感だったのか。
今となってはどちらでもよかった。結果は同じだったから。
マンションに帰って、お風呂を済ませて、ベッドに入っても眠れなかった。隣で誠はすぐに寝息を立てた。その寝顔を見ながら、私は天井を見上げた。
大丈夫。夫の昔の友達というだけだ。
そう自分に言い聞かせた。
でも目を閉じると、麗奈が誠を見る目が浮かんだ。あの、柔らかくて、懐かしそうで、それでいて少し熱を帯びた視線が。
私はそっと目を開けた。
眠れない夜が、これから続くとはまだ知らなかった。
0
あなたにおすすめの小説
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません
藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。
ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。
「君は分かってくれると思っていた」
その一言で、リーシェは気づいてしまう。
私は、最初から選ばれていなかったのだと。
これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。
後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、
そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる