5 / 12
第五章 揺れる午後
しおりを挟む
第五章 揺れる午後
麗奈からランチの誘いが来たのは、結婚式から二週間後のことだった。
断る理由がなかった。いや、正確には、断ったら負けな気がした。何に負けるのかはわからない。ただ、ここで引いたら何かが決まってしまう気がして、私は「ぜひ」と返信した。
待ち合わせは駅前のイタリアンだった。麗奈は五分前に来ていた。白いブラウスに細いパンツ、肩にかけた小さなバッグ。仕事帰りとは思えないくらい、きれいにまとまっていた。
「待った?」
「全然。私も今来たところ」
ありきたりな挨拶をして、店に入った。
料理が来るまでの間、麗奈はよく話した。職場のこと、最近見た映画のこと、気になっているカフェのこと。話題が尽きない人だった。私も相槌を打ちながら、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じた。
もしかしたら、ただの気のいい人なのかもしれない。
そう思い始めた頃、麗奈が言った。
「誠くんって、最近どうですか? 職場では相変わらず忙しそうで」
「そうね、帰りも遅いし」
「心配しますよね。あの人、無理するタイプだから」
また、あの人という言葉。私はパスタを口に運びながら、さりげなく聞いた。
「麗奈さんって、誠のこと昔から好きだったりした?」
笑いながら言った。冗談めかして。でも答えを聞きたかった。
麗奈は少し間を置いた。
「どうだろう」
笑っていた。きれいに、穏やかに。
「好きだったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。昔のことはよく覚えていないんですよね」
覚えていない、という言葉が、なぜか引っかかった。覚えていないのではなく、言わないのだと、私は思った。でもそれを確かめる方法はなかった。
「そっか」と私は笑った。
ランチは二時間ほどで終わった。店を出るとき、麗奈は「また来ましょう」と言った。私も「うん、ぜひ」と答えた。
電車に乗って、座席に腰を下ろしたとき、急に疲れを感じた。
楽しくなかったわけじゃない。麗奈は話しやすいし、気が利くし、一緒にいて退屈しない。でも帰り道がこんなに重いのはなぜだろう。
スマートフォンを開くと、誠からメッセージが来ていた。
「今日も遅くなる」
それだけだった。既読をつけて、画面を閉じた。
窓の外を流れる景色を見ながら、私はさっきの麗奈の言葉を思い返した。
好きだったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。
どちらにしても、今はどうなのか。それだけが、頭の中でゆっくりと揺れ続けた。
麗奈からランチの誘いが来たのは、結婚式から二週間後のことだった。
断る理由がなかった。いや、正確には、断ったら負けな気がした。何に負けるのかはわからない。ただ、ここで引いたら何かが決まってしまう気がして、私は「ぜひ」と返信した。
待ち合わせは駅前のイタリアンだった。麗奈は五分前に来ていた。白いブラウスに細いパンツ、肩にかけた小さなバッグ。仕事帰りとは思えないくらい、きれいにまとまっていた。
「待った?」
「全然。私も今来たところ」
ありきたりな挨拶をして、店に入った。
料理が来るまでの間、麗奈はよく話した。職場のこと、最近見た映画のこと、気になっているカフェのこと。話題が尽きない人だった。私も相槌を打ちながら、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じた。
もしかしたら、ただの気のいい人なのかもしれない。
そう思い始めた頃、麗奈が言った。
「誠くんって、最近どうですか? 職場では相変わらず忙しそうで」
「そうね、帰りも遅いし」
「心配しますよね。あの人、無理するタイプだから」
また、あの人という言葉。私はパスタを口に運びながら、さりげなく聞いた。
「麗奈さんって、誠のこと昔から好きだったりした?」
笑いながら言った。冗談めかして。でも答えを聞きたかった。
麗奈は少し間を置いた。
「どうだろう」
笑っていた。きれいに、穏やかに。
「好きだったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。昔のことはよく覚えていないんですよね」
覚えていない、という言葉が、なぜか引っかかった。覚えていないのではなく、言わないのだと、私は思った。でもそれを確かめる方法はなかった。
「そっか」と私は笑った。
ランチは二時間ほどで終わった。店を出るとき、麗奈は「また来ましょう」と言った。私も「うん、ぜひ」と答えた。
電車に乗って、座席に腰を下ろしたとき、急に疲れを感じた。
楽しくなかったわけじゃない。麗奈は話しやすいし、気が利くし、一緒にいて退屈しない。でも帰り道がこんなに重いのはなぜだろう。
スマートフォンを開くと、誠からメッセージが来ていた。
「今日も遅くなる」
それだけだった。既読をつけて、画面を閉じた。
窓の外を流れる景色を見ながら、私はさっきの麗奈の言葉を思い返した。
好きだったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。
どちらにしても、今はどうなのか。それだけが、頭の中でゆっくりと揺れ続けた。
0
あなたにおすすめの小説
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません
藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。
ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。
「君は分かってくれると思っていた」
その一言で、リーシェは気づいてしまう。
私は、最初から選ばれていなかったのだと。
これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。
後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、
そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる