7 / 12
第七章 空いた助手席
しおりを挟む
第七章 空いた助手席
九月の連休に、誠の実家へ行く予定があった。
毎年恒例のことだった。誠の両親は車で二時間ほどの場所に住んでいて、お盆と年末、それから秋の連休には顔を出すのが暗黙のルールになっていた。私はそれを当然のこととして受け入れていた。嫌いではなかった。誠の両親は優しいし、実家の空気は穏やかだった。
出発の朝、誠は無口だった。
助手席に乗り込んで、シートベルトを締めながら、私はさりげなく聞いた。
「何かあった?」
「別に」
それだけだった。ラジオをつけると、誠は黙って運転に集中した。私も窓の外を見ながら、話しかけるタイミングを探して、結局何も言えないまま二時間が過ぎた。
昔は違った。ドライブのたびに他愛もない話をして、くだらないことで笑って、目的地に着くのが惜しいくらいだった。今は同じ車の中にいるのに、どこか遠い場所にいるみたいだった。
誠の実家は静かな住宅街にあった。
玄関を開けると、お義母さんが出迎えてくれた。
「澄花さん、遠いところよく来てくれたわね。顔色悪くない? 疲れてる?」
「大丈夫ですよ。最近少し忙しかっただけで」
笑顔で答えた。お義母さんは少し心配そうな顔をしたけれど、それ以上は聞かなかった。
昼食のあと、お義父さんと誠が庭に出た。私はお義母さんと台所で片付けをしながら、他愛もない話をした。近所のこと、季節の野菜のこと、テレビで見たドラマのこと。
「誠、最近どう? 元気にしてる?」
お義母さんがふいに聞いた。
「元気ですよ。仕事が忙しそうですけど」
「そう。……あの子、昔から抱え込むタイプだから。澄花さんが側にいてくれて安心してるわ」
胸が痛かった。側にいる、という言葉が。同じ屋根の下にいるだけで、側にいると言えるのかどうか、最近わからなくなっていたから。
帰り際、お義母さんが野菜を持たせてくれた。誠は先に車に乗っていた。
「またいつでも来てね。澄花さんのこと、娘だと思ってるから」
「ありがとうございます」
頭を下げながら、泣きそうになった。堪えた。
車に乗り込むと、誠はすでにエンジンをかけていた。
「お義母さん、元気そうだったね」
私が言うと、誠は「うん」とだけ答えた。
帰り道も、ラジオだけが流れた。助手席の窓に頭を預けて、私は目を閉じた。
眠れるわけじゃなかった。ただ、誠と目が合うのが怖かった。
何かを聞いてしまいそうで。聞いたら、もう戻れなくなりそうで。
だから私はずっと、目を閉じたままでいた。
九月の連休に、誠の実家へ行く予定があった。
毎年恒例のことだった。誠の両親は車で二時間ほどの場所に住んでいて、お盆と年末、それから秋の連休には顔を出すのが暗黙のルールになっていた。私はそれを当然のこととして受け入れていた。嫌いではなかった。誠の両親は優しいし、実家の空気は穏やかだった。
出発の朝、誠は無口だった。
助手席に乗り込んで、シートベルトを締めながら、私はさりげなく聞いた。
「何かあった?」
「別に」
それだけだった。ラジオをつけると、誠は黙って運転に集中した。私も窓の外を見ながら、話しかけるタイミングを探して、結局何も言えないまま二時間が過ぎた。
昔は違った。ドライブのたびに他愛もない話をして、くだらないことで笑って、目的地に着くのが惜しいくらいだった。今は同じ車の中にいるのに、どこか遠い場所にいるみたいだった。
誠の実家は静かな住宅街にあった。
玄関を開けると、お義母さんが出迎えてくれた。
「澄花さん、遠いところよく来てくれたわね。顔色悪くない? 疲れてる?」
「大丈夫ですよ。最近少し忙しかっただけで」
笑顔で答えた。お義母さんは少し心配そうな顔をしたけれど、それ以上は聞かなかった。
昼食のあと、お義父さんと誠が庭に出た。私はお義母さんと台所で片付けをしながら、他愛もない話をした。近所のこと、季節の野菜のこと、テレビで見たドラマのこと。
「誠、最近どう? 元気にしてる?」
お義母さんがふいに聞いた。
「元気ですよ。仕事が忙しそうですけど」
「そう。……あの子、昔から抱え込むタイプだから。澄花さんが側にいてくれて安心してるわ」
胸が痛かった。側にいる、という言葉が。同じ屋根の下にいるだけで、側にいると言えるのかどうか、最近わからなくなっていたから。
帰り際、お義母さんが野菜を持たせてくれた。誠は先に車に乗っていた。
「またいつでも来てね。澄花さんのこと、娘だと思ってるから」
「ありがとうございます」
頭を下げながら、泣きそうになった。堪えた。
車に乗り込むと、誠はすでにエンジンをかけていた。
「お義母さん、元気そうだったね」
私が言うと、誠は「うん」とだけ答えた。
帰り道も、ラジオだけが流れた。助手席の窓に頭を預けて、私は目を閉じた。
眠れるわけじゃなかった。ただ、誠と目が合うのが怖かった。
何かを聞いてしまいそうで。聞いたら、もう戻れなくなりそうで。
だから私はずっと、目を閉じたままでいた。
0
あなたにおすすめの小説
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません
藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。
ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。
「君は分かってくれると思っていた」
その一言で、リーシェは気づいてしまう。
私は、最初から選ばれていなかったのだと。
これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。
後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、
そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる