三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください

まさき

文字の大きさ
8 / 12

第八章 麗奈の本性

しおりを挟む
第八章 麗奈の本性
 
麗奈から三度目のランチの誘いが来たのは、十月に入った頃だった。
 
一度目は初夏、二度目は夏の終わり。そのたびに私は応じた。断る理由が見つからなかったし、断ったら何かを認めることになる気がした。だから今回も「ぜひ」と返信した。
 
待ち合わせはいつもの駅前だった。麗奈は今日も時間通りに来た。秋色のコートがよく似合っていた。
 
「最近どうですか?」
 
店に入って席に着くなり、麗奈が言った。
 
「普通かな。変わりなく」
 
「そうですか」麗奈はメニューを眺めながら言った。「誠くん、最近職場でも少し元気なさそうで。澄花さん、何か知ってます?」
 
胸の奥で何かが引っかかった。夫の様子を妻に聞く。それは自然なことのようで、どこかおかしかった。
 
「さあ。仕事が忙しいんじゃない?」
 
「そうかもしれないけど」麗奈は少し間を置いた。「誠くん、昔から誰かに頼るのが苦手で。側にいる人が気づいてあげないといけないんですよね」
 
側にいる人。
 
それが私ではなく、自分だと言いたいのだろうか。それとも、私が気づけていないと言いたいのだろうか。どちらにしても、笑顔の裏に刃を感じた。
 
「そうね」と私は答えた。笑顔で。
 
料理が来て、話題が変わった。麗奈はまた流暢に話し始めた。でも私はずっと、さっきの言葉が頭から離れなかった。
 
デザートが来た頃、麗奈がふいに言った。
 
「澄花さんって、誠くんのこと好きですか?」
 
思わず手が止まった。
 
「……夫だから」
 
「そうじゃなくて」麗奈は微笑んだまま続けた。「好きかどうか、って話です。結婚って、好きじゃなくてもできるじゃないですか」
 
静かな声だった。穏やかな笑顔だった。でもその言葉は、確かに私を狙っていた。
 
「好きよ」
 
私は答えた。声が震えなかったことに、自分でも驚いた。
 
「そっか」麗奈は小さく笑った。「よかった」
 
よかった、の意味がわからなかった。安心したのか、それとも確認できたのか。
 
店を出るとき、麗奈はいつものように「また来ましょう」と言った。私も「うん」と答えた。
 
駅への道を一人で歩きながら、私はようやく気づいた。
 
麗奈はずっと、私を試していたのだと。
 
笑顔の下に何があるのか、私がどこまで気づいているのか、どこまで耐えられるのか。全部、確かめていたのだと。
 
怒りはなかった。ただ、冷たい確信があった。
 
この人は、誠を諦めていない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。 ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。 「君は分かってくれると思っていた」 その一言で、リーシェは気づいてしまう。 私は、最初から選ばれていなかったのだと。 これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。 後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、 そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく

木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。 侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。 震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。 二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。 けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。 殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。 「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」 優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎泡雪 / 木風 雪乃

処理中です...