僕のこと、ぼくの事を話そうか

はらひろ

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〈第4章 ボクのこと⑦ 壮介編〉

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 田舎での暮らしは素晴らしい。たった4日間だけどボクは離れてみて、ここの生活の有意義さと有り難さを噛み締めていた。
 あの悪夢のような4日間と半日。
 ボクは伊集院達からの手酷い仕打ちに、非常な幻滅と怒りと失望を覚えている。あれからボクのスマホやパソコンが煩わしいほど鳴っているが、ボクは一切の無視を貫き通している。全て彼等からだからだ。
 ボクの怒りは心頭にまで達しているので、そう簡単には収まらないだろう。もしかしら絶縁になるかもしれないが、それでもボクは構わなかった。懐かしい友との決裂は、これまでの付き合いを思えば憂いもするし、楽しかった思い出は、ボクの心に陰影を落とした。
 だがボクにも譲れない一線がある。
 あろうことか彼等はボクの最愛のトォニィを攻撃したのだから。何よりボクがトォニィを大切にしているか知りながら、その思いを踏みにじったのだから。ボクの逆鱗に触れると知りながらのあの行為は、喧嘩を打っているとしか思えないほどだ。
 なのに、トォニィときたら「話くらい聞いてあげたら」とか、「あの人たたちの言葉にも一理はあるもの」とか、彼等を擁護するような事ばかりを言う。あの嫌味な別荘で衆目の晒し者になり、心無い大人の態度と言葉の暴力を受け傷ついたというのにだ。
 トォニィの優しい心遣いも寛大さも嬉しいが、それだけにボクはかえって頭にきてしまうのだ。まだ16歳の子がこれだけの気配りが出来るというのに、彼等は反省の色さえ無かったではないか。反省どころか綿貫の家を蹴るなんて、とんでもない阿呆だ馬鹿だと罵倒までしたのだから。いくらトォニィが許しても、ボクには譲れない案件だ。
 それにしてもトォニィの元気のなさが気になる。思えば帰りの道中から様子がおかしかったのだ。いつもの闊達な笑顔が消え、プラテーロにずっと抱きついていた。高速道路をビュンビュン飛ばしながら、一目散に田舎家を目指しているときも、後部座席でずっと無言でプラテーロに抱きついたままだった。
 ボクは別荘の一件ですっかり参ってしまったのだと、一晩ぐっすり眠れば元のトォニィに戻るだろうと単純に考えていた。ボクもかなり疲弊していたしね。
 だが物事はそんな簡単なことじゃなかった。あれから5日たってもトォニィは屈託を抱え込んだままだ。ボクに気取られないよう、明るく振る舞っているがボクの眼から逃れられる訳がない。元気に装えば装うほど、その姿が痛々しくボクの胸を締め付ける。
 また、ボクを悩ませているもう1つの要因があった。それはトォニィはここに戻ってきてからも、簡易テントで夜を過ごしているのだった。
 家の中で眠るように勧めるのだが、星空が見えて気持ちがいいから、とか何とか言って、いつも笑って誤魔化してしまう。昨夜などはシュラフ1つで、草地の真ん中で夜を過ごしていたようだ。
 ボクもキャンプの楽しさは分かる。広い空間のなかで過ごす開放感や充実感も理解できる。それも満天の星空の下なら尚更なのも頷ける。
 でもトォニィは野外生活を楽しみたくて外で寝ている訳じゃない。そのくらい、さすがに鈍いボクにだって分かる。
 トォニィは別荘から帰って以来ボクを避けるようになっていた。ボクに触れようとも、触れさせようともしないのだ。常に過剰なスキンシップをとっていたボクは辛くて堪らない。
 理由は充分すぎるほど理解している。
 触れ合ってしまえば熱烈なキスの衝動を抑えきれないためだろう、その危惧のためなのだ。
 ボクらは不安定な均衡の上になりたっていた。ボクもトォニィの唇には抗えない。触れてしまえば化学反応が起こるように、自分自身を制御できなくなる。
 それはボクの望みなのか、それとも流された結果なのか分からない。
 ボクは自分の心の奥底を覗く勇気を、いまだに持てずにいる。分かっているのは撥ねつける事は不可能だということだけだ。トォニィの唇は情熱的でボクを翻弄し恍惚とさせる。そして抗えずに応えたあと、ボクはひどく困惑してしまうのだ。トォニィもボクの戸惑いを理解しているのだろう。だから距離を取り始めたのだろうから。このままこの激情をやり過ごそうと、引き返そうと試みているのだろうから。
 本来ならば大人のボクが分別をつけるべき所を、トォニィは自ら買ってでたのだ。始めたのは自分だからと。
 ボクはそうしたトォニィに感謝し安堵する一方で、深い失望と落胆に見舞われている。全くもって勝手で滅茶苦茶な話なのだが。
 正直に申告するならば、ボクはトォニィのキスを人身全霊で望み、待ち受ける自分を持て余しているのだ。
 トォニィはこのボクの気持ちを知っているのだろうか。それともトォニィの衝動は一過性のもので、その衝動が収まったのだろうか。いや、それなら普通に家の布団で寝るはずだろう。だとしたら道徳的モラルに縛られ始めたのだろうか。ボクのように。
 ああもう、あと十日足らずで夏休みが終ってしまう。この状態で冬休みまで離れてしまうなんて耐えられない。そんなに時間が空いたら、状況は更に悪化してしまうだろう。ボクらは話し合うべきだろう。いつまでも逃げてばかりはいられない。
 でも何をどうやって切り出せばいいのだろうか。それともこのままトォニィが試みているように、やり過ごすのが一番の策なのだろうか。世間常識的にはそうなのだろう。だがその解決策を望まないボクがいるのも事実だった。上手い切り出し方も解決の答えも見つからない。下手をするとトォニィを失いかねない事態にボクは手をこまねいて慄いている。

 今夜もトォニィはシャワーを済ませると、シュラフを担いで広い牧草地へと向かった。ボクは決心するとシートと毛布を持って彼の後を追った。
 トォニィがびっくりしたような面映そうな表情をみせた。その笑顔は今まで見たことのない大人びたもので、ボクは心臓がどくんと波打つのを感じた。気がつくとボクと同じ目線にあったトォニィの美しい瞳は、今では少し見上げる格好になっていて、この夏でトォニィが急激に成長していることを物語っていた。
 「背が伸びたんだね」ボクの声は情けないことに少し震えていた。
 「うん、夜中身体が痛いんだ。きっともっと、、伸びるよ」
 トォニィが笑いながらシュラフを地面に置き腰を下ろした。ボクは傍らにシートを広げ毛布を敷き始めると、「プラテーロが寂しがらない?」と牽制してきた。
 「もう寝てるよ。寂しがって鳴いたら、ここに連れてくるから」
 ボクはそう言うと隣に座って夜空を眺めた。月の明るい夜だった。あまりに月が明るいので、周りの星たちが霞んでしまうほどだった。
 「昨夜はものすごい数の星が見れたんだよ」
 「それは素敵だ。ボクも誘ってくれれば良かったのに」
 トォニィはクスッと笑い、「夏に見れる星座って覚えてる?」と空を仰ぎみた。
 「夏の大三角、さそり座、いて座、オリオンは冬だし、、覚えてないなあ。こんなにたくさんの星じゃ、どれがどれかもわかんないしなあ」
 「うん、そうだね。調べたら結構あるんだよ。てんびん座、りゅう座、かんむり座、こぐまざ、へび座、こと座とか。こと座の神話は知ってるよね。オルフェウスの竪琴だから」
 「そんなにあるもんなの?どれがどれだかさっぱりだ」
 ボクが感心するとトォニィも笑いを含んだ声で「僕もさっぱり」と微笑んだ。
 「こんなにいっぱいの星だからさ、こんがらがっちゃうよね。北斗七星だって怪しいもの。組み合わせ次第では全部が北斗七星になってしまう」
 そう言うとトォニィはごろんと横になった。ボクは片足に顎を載せながら、ここ数日の懸案事項を思い切って口にした。
 「どうして外で寝るの?」
 「、、開放感があるからかなあ。気持ちいいもの」
 トォニィは背も伸びたけど、口も達者に成長していた。
 「確かにね。でもボクは少し苦手だ。自分の所在が不安になってしまうんだ。あんまり広すぎるからかなあ。怖くなってしまう」
 ボクが小心者だからなのだろうか。本当に漠然とした不安に駆られてしまうのだ。例えば大海原に木の葉みたいなボート1つで放り出されてしまったような、そんな心細さを感じてしまうのだ。
 すると、トォニィが「分かるよ」とポツリと応えた。その声が以前のどこかあどけない声音だったので、ボクはボクのトォニィを、まだ失った訳ではないと安堵した。
 「だったら今晩からは家で寝なさい。夏とはいえ高原は冷えるんだから」
 しかしトォニィは「駄目だよ」と首を振った。
 「駄目なんだ。まだ頭が冷えてないもの」
 ボクが答えに窮していると、トォニィが屈託のない声で続けた。
 「僕は叔父さんの側にいられるだけで幸せなんだ。本当に側に置いて貰えるだけで嬉しいんだ。星を眺めながらそう思ってた」
 ボクはトォニィの言葉で、別荘での伊集院達との諍いを聞いてしまったのだろうと理解した。だから健気にもあんなに彼等を庇い立てしたのだろう。
 「伊集院達の言うことなんて、気にする事ないんだよ」
 「でも事実だ。僕の存在自体が迷惑をかけてるもの。僕さえいなかったら叔父さんは学生生活を満喫できたし、勘当にもならなかった。あの人達の言う事はもっともだと思ったんだ」
 トォニィの声が次第に弱くなっていった。
 「僕は傲慢で図々しい子供だった。叔父さんの人生を台無しにしてしまって、、本来なら離れるべきなんだろうけど、それは無理で、、せめて側において欲しいんだ。もう迷惑はかけないから」
 それからゴメンねと謝ると「結婚も邪魔ばっかりしてた」と、小さく溜息をついた。
 「それは違うよ。ボクがどれだけトォニィを愛しているか知っているだろう?ボクはトォニィに合って初めて愛しいという感情を知った。可愛くて仕方ないんだよ。負い目に感じる事なんて何1つないんだから」
 ボクは自分の不甲斐なさを捻った。トォニィをこんな風に追い詰めてしまったなんて。ああ自分が情けない。ボクは自責の念に駆られつつ、伊集院達を恨み、やり場のない怒りと焦りを抱いた。
 「うん、僕も愛してる。そう言って貰えてとても嬉しい。けど僕の愛が変わってるのは気付いているよね?僕はこれ以上、叔父さんを引き摺り回しちゃいけないんだ。時間はかかると思うけど、、負担をかけないから、、だからせめて側にいさせて。僕は本当に側にいられるだけで幸せなんだ。これ以上望んだら罰が当たっちゃう」
 微笑みながらの告白は、同時にこの想いに踏ん切りを付けてみせる、という意思をも含んでいて、ボクは何故だか寂しくなってしまった。身勝手な話だが見捨てられたような気持ちになってしまったのだ。
 「橘くんがね、僕への手紙を預かってきてくれたんだ」
 トォニィが遠くの星を掴むかのように手を伸ばして話題を変えた。
 「橘くん?ああ三軒先の。手紙ってラブレター?どういう子なの?可愛い子?」
 トォニィはその女の子と付き合うつもりなのだろうか。ボクは内心穏やかではなくなった。
 「ううん、同じ学校の人だから男だよ。彼はね、同性の僕への想いに悩んで胃潰瘍で入院したんだって。僕なんかのせいで申し訳ないよ。手紙っていっても文字は全くなくて。ただ真っ青な絵ハガキが入ってたんだ。橘くんはケリを付けたかったんだろうって言ってたけど」
 だから自分もそうすると言いたいのだろうか?トォニィは。同校の生徒がトォニィへの恋情を断ち切ると決意したように、ボクへの想いを封印するつもりなのだろうか。
 「それでいいの?」無意識にボクは馬鹿な質問をしていた。
 「僕は叔父さんの側にいれるだけで、幸せだって言ったでしょ」
 大人びた顔で微笑んでいるトォニィが憎たらしくなった。トォニィはそうしてどんどん大人になってしまうんだ。ボクを置き去りにして。さっさと前へ前へと進んでしまうんだ。
 賢いトォニィは自分の感情も理性でコントロールしようと試みるつもりなんだ。ボクへの想いを断ち切るために。トォニィを好きな男子が、絵ハガキに想いを閉じ込めたみたいに。
 つまりボクへの想いも所詮その程度のものだったのだ。子供の独占欲みたいなものだったのだ。ボクの中に八つ当たりに近い感情が沸き起こった。
 「側にいるだけでいいの?それだけで?」
 「うん、それだけで充分幸せだよ」
 「本当に?トォニィの気持ちってその程度のものだったの?」
 ボクはトォニィをなじっていた。ボクを混乱させるだけさせて、ボクの中の眠っていた欲望を誘い出しておいて、、ボクをこんな風に変えてしまっておきながら。なのに今さら身を引こうとするの?
 ボクは目の前の愛してやまない彼が憎たらしくなった。
 「その程度って、、そんな訳ないよ。どうして?」
 やおらトォニィは身を起こすと、じっとボクを見つめてきた。気恥ずかしくなったボクは慌てて逃げようとしたが、トォニィの方が素早かった。ボクは捕らえられ頬を両手で挟まれた。数日ぶりのトォニィの匂いがボクの鼻腔をくすぐった。トォニィはひどく真摯な顔でボクを見つめていた。ボクの瞳の奥を探るように凝視している。
 月の明るい宵なのが恨めしかった。これではボクの隠していた情欲が、きっとあらわになっているだろう。
 ああ、そんなに強く見つめないでくれ。
 いきなりだった。
 いきなりトォニィが歓喜に身を震わせながら、「壮介」と声にならない声で囁くと、貪るように唇を求めてきた。荒々しく毛布に身体を押し付けられ、しなやかな若い肉体に抑え込まれてボクの身体に電流が走った。息もできない程に長々と口づけされ、ボクは陶然となっていた。酸素を求めてあえぐボクの耳元で、トォニィが何度も壮介、壮介、壮介とボクの名前を愛おしそうに呼んでは、頬に耳朶にキスの雨を降らせていた。
 ボクは降参した。
 自分を誤魔化そうとしていたが、ボクも同じくらいトォニィを欲していたんだ。もしかしたら、ボクの方が先にシグナルを発していたのかもしれない。そんなボクに育てられたトォニィこそ、ボクの感情に引き摺られてしまったのではないだろうか。だとしたら根源はボクにあるだろう。
 だが弁明させて貰えるなら、トォニィは唯一無二の何より大切な存在だったのだ。トォニィはボクに守られていたと言うが、ボクこそトォニィに救われていた。あの息の詰まる家で、トォニィだけがボクの拠り所だった。柔らかく温かいトォニィを実体として抱きしめられる喜びを、トォニィ、キミは知っているだろうか。愛らしい天使が舞い降りて、氷しかなかった大地に花が咲き始めたようだった。
 物心ついた頃からボクは自分の微妙な立場を理解していた。ボクの誕生が派閥を生み、ボクの存在が兄を窮地に立たせてしまった事も分かっていた。そうした環境はボクを子供でいる事を許してはくれない。ボクはさっさと大人になるより他はなかった。
 そんな時、ボクは可愛らしい天使と出会った。天使はボクの逡巡を一掃し、立場決めかねていたボクの背中を後押ししてくれた。
 あの時すでにボクはトォニィとの未来を選択していたのだ。天使が居てくれれば他に望むことなど何もない。世界で一番の宝物をボクは手に入れられたのだから。キミは知らないだろう、トォニィ。ボクこそがキミに救われてきたという事実を。

 トォニィの情熱的なキスですっかり脱力してしまった腕を、なんとかボクは彼の首筋に絡めた。これは明け方の夢なんかじゃない事をトォニィに伝えるために。トォニィは獣みたいにボクを貪ったあと、気の遠くなりそうな優しく甘い口づけをボクに与えた。丹念に角度を変えては幾度も幾度もボクの唇を翻弄し、ボクの舌を彼の舌であらゆる方法で蹂躙し続けた。
 彼のひんやりとした手がシャツの中に潜りこんできたとき、ボクの肌が、背筋がざわりと粟立つのを覚えた。期待と喜びにボクの身体は小刻みに震えてしまった。
 シャツをぬがされ、首筋にあったトォニィの唇と舌がボクの官能をかきたてながら下へ降りていった。トォニィはボクの乳首を舌でなぶりながら、もう1つを指でつまんだり捏ねたりを繰り返した。つんと尖った先端に軽く歯をたて舌で転がされると、たまらずボクは仰け反って彼の髪に指を絡めていた。
 両手で乳首を弄りながら、トォニィは脇腹を舐めるように吸っていく。柔らかい髪もがボクの肌を撫でさすって官能を刺激する。思わずボクの腰が蠢いてしまった。ああ、堪らない、、
 トォニィの狂おしいまでの激情にボクは圧倒され喜びに慄いていた。
 ボクのトォニィがこんなにもボクを愛している。こんなにもボクを欲しがっている。
 トォニィはボクの下着を下ろすと、躊躇わずに反り返ったボクを口に含んだ。茎をしごきながら先端に軽くキスしたり、鈴口に舌を差し入れたりしてボクの劣情を刺激し翻弄してくる。先走りがあふれ出し、ボクは恥ずかしくなってトォニィから逃れようとしたが、彼は許してくれなかった。それどころかしごく手の動きが激しくなり、亀頭を舐めしゃぶったり、張り出したエラの裏側を舌でなぞったりとボクへの甘い攻撃を続けてくる。
 あまりの気持ち良さにボクの頭はぼうっとしていた。
 たまらない、ああ、とても、、いい、、いい。
 トォニィのボクを責め立てる口と手の動きが激しくなり、ボクは絶頂へと押し上げられていた。
 いけない。このままでは、、
 ボクは力の入らない手で彼を押しのけようとしたが、逆にしっかりと腰を抑え込まれてしまった。
 「トォニィ、離して、、」
 「どうして?こんなになっているのに?」
 ボクの甘い懇願にトォニィが嬉しそうに小さく笑った。ビチャビチャと淫猥な音にまぎれて、トォニィの声が響いた。その掠れた声音や微かな振動さえも、快楽をつのらせてくる。
 「う、ああ」
 堪えきれずボクはトォニィの口内に放ってしまった。
 慌てて「ごめん。トォニィ、早く吐き出して」と、彼にすがったが、あろうことかトォニィは飲み下してしまった。
 「なんてことを、、」
 「なぜ?僕は壮介のものなら全て欲しいのに」
 そして「嬉しい」とボクを力いっぱい抱きしめた。
 ムードを壊すようだったが、ボクはペットボトルでトォニィの口をゆすがせた。だって不味かったに決まっているもの。
 「ふふ、壮介らしいや」
 そう言って荒い息で身体中にキスの雨を降らせてきた。それから嬉しさと情なさのあいまった表情になって
 「これからどうしていいのか分からない」と白状した。
 ボクが楽しそうに笑い声をあげると、トォニィはちょっと戸惑ってから照れくさそうに笑った。そしてボクの失礼な口を封じるべく襲いかかってきた。
 ボクは分かってる。キミは知らないんじゃなくて知らないふりをしてくれたって事を。ボクの身体への負担を案じて言ってくれたって事を。ボクが怖がっているんじゃないかと心配してくれてる事を。
 でもキミの高まった欲望はどうしようもないんだよね。それでどうして良いか分からないと白状したんだ。
 ボクはトォニィにまたがると、ボクとトォニィのものを一緒に握り込んで擦り合わせた。
 トォニィが驚いたようにボクを見つめ、一瞬でとろけた瞳に変わった。
 互いのものを擦り合わせながら、濃厚なキスをし続けた。垂液が糸を引くように流れ落ち、ボクとトォニィは唇から首筋を吸うように舐め合っていた。トォニィは両手でボクの肌をまさぐりながら、胸の先端を引っ掻いたり捏ねたりしてくる。あまりの気持ち良さにボクは身体を仰け反りながら、2人分の竿をしごき続けた。2人の鈴口からは先走りが溢れだし、クチュクチュといういやらしい音を立てている。
 ぴくんぴくんと魚が跳ねるように、トォニィはボクの手の中で、愉悦の波に攫われていた。このひと夏で随分と男っぽくなった美貌が切なげに呻いている。眉根を寄せ快感を堪えながら眼を瞑っている顔に、幼い頃の彼が重なった。ボクの服を握りしめ怖い注射に眼をつむって耐えていた小さな彼の面影がのぞいて、ボクは堪らない愛しさを覚えた。
 トォニィの手がボクの手を覆い、動きがいっそう激しくなった。
 「う、く、」
 トォニィが達したあと、遅れてボクも達した。2人で荒い息をついていると「嬉しい」とトォニィがきつく抱きしめてきた。明るい月の光が彫りの深い顔に陰影を落として、トォニィはこの上もなく美しかった。ボクがそう言うと「壮介さんの方が何倍も綺麗だ」と、くすぐったくなるような事を言ってくれた。それから「ずっと名前で呼びたかったんだ」と子供のように甘えてきた。

 もう1人の甘えん坊の鳴き声が響いてきた。寂しがり屋のプラテーロがボク達を探しているのだ。
 「愛してる、壮介さん」
 「ボクも愛してるいるよ。ボクのトォニィ」
 ボク達は微笑みを交わすと荷物を抱えて小さな我が家へと走り出した。
 

 
 
 



 
 
 
 
 
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