僕のこと、ぼくの事を話そうか

はらひろ

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〈第五章 僕のこと⑧透編〉

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 夢のような夏休みは終わり、僕は学校へ戻るべく新幹線の中にいた。本当に夢心地の十日間だった。これほど帰りたくなかったのは初めてだった。僕は真剣に転校もしくは通信教育を考えたほどだ。それ程に田舎での日々は素晴らしかった。蝉がわんわんと時雨のように鳴き、夜は荒れ地にカエルの鳴き声がさざ波のように響き渡った。僕はカエルは水辺にしか生息しないと思っていたから非常に驚いたよ。遠くからほーほーとふくろうの声までが、夜風にのって耳に届いた。
 田舎が静かだなんて誰が言ったんだろう。そこかしこに生き物の気配に満ちているというのに。
 夜は、夜は、壮介と過ごす夜は格別だった。僕は彼に触れるたび死にそうな愉悦と歓喜を覚える。これが夢だったら僕は落胆して廃人になってしまうかもしれない。
 こんな風に僕は田舎暮らしを満喫していた。来年は見損なった花火大会を楽しみ、足を伸ばして蛍を見に行く計画を立てている。気が早いと思うかい?
 こんなに楽しいのは単に田舎暮らしが新鮮だっただけじゃない。一緒に喜び合える人が居てくれるからこそだ。
 僕は毎晩、プラテーロを寝かしつけてから壮介を抱きしめて眠る。時折、夜半に目が覚めたプラテーロは寂しさに襲われるらしく、悲しい声をあげることがある。プラテーロは壮介に引き取られる前、随分まわりの動物たちに虐められていたみたいだ。夜中、僕に縋り付いてくるプラテーロを見ていると、うんと小さい頃、ちゃんと甘えられず育ったのだろうと胸がいたむ。赤ちゃんの頃、彼には壮介のような存在がいなかったんだ。
 僕はここの生活に馴染み離れがたくなっていた。でもその事を訴えても壮介は頑として許してはくれない。大人の口調で「感情に流されてはいけない」「勉学における恵まれた環境を疎かにしてはいけない」って力説されてさ。確かにそうなんだけど。
 でも壮介が側にいたら僕は彼から離れられなくなって、きっと勉強どころじゃないだろうしね。それ程に壮介の磁力は強烈だから。
 そう、僕はまだ16歳でまだまだ学ぶことが山積みなのだから。分かってる。僕は僕たちの未来のために勉学に勤しむ必要があるのだ。
 壮介も僕が側にいると仕事が手につかないと渋い顔をして、単純な僕はたちまち上機嫌になってしまった。壮介は本当に僕の扱いがうまい。
 「どうして仕事のこと隠してたの?」
 僕が別荘で耳にした新規開発事業の件について不満を込めて問うと、壮介はちょっと困った表情をした。
 「、、トォニィに心配して貰えなくなるから、かな?」
 なんて答えるから、僕は彼を捕らえると思うさまにキスの罰を下した。壮介は僕の熱烈な罰を甘受しながら、息継ぎの合間に「巻き込みたくなかったんだよ」と僕の手の甲に唇を当てた。
 「お金はあったに越した事はないけど、常にトラブルが付き纏うものだから。綿貫の家がいい例だろう?ボクはあまり大きなお金は要らないんだ。トォニィとプラテーロと暮らせるだけで充分だから」
 僕は背後から壮介をきつく抱きしめると「早く大人になるから」と、うなじに顔を埋めた。でも壮介は「そんなに急いで大きくならないで」と言って、それも思いがけず真剣な口調だったから、僕は言葉に詰まってしまった。まだまだ壮介のデリケートな心情を理解できていないようだ、僕は未熟だ。

 浮かれてばかりもいられない。
 本家がこのまま壮介を放っておくとは思えない。また何らかの接触を図ってくるだろうな。もちろんそれは僕にも当てはまるだろう。一体今さら何を僕らに望んでいるのだろう?
 いくら本家に一切寄り付かないからといって、いきなり、それも他人の別荘でお披露目をしようだなんて、、恥ずかしいとは思わないのかな?理解に苦しむよ。溝が更に深まった感じだ。
 壮介のことも、、、これ以上は望まないし急かすつもりもない。
 平たく言えば、僕たちは身体の繋がりはまだないんだ。男性の壮介が身体の内に僕を受け入れるには、やっぱり抵抗があるだろうし、、それにとても痛いと聞くから僕も怖気づいちゃってさ。彼を傷つけず気持ち良くさせる自信なんて、経験値ゼロの僕にあるはずもない。それどころか暴走してしまう自分を抑えられるかどうか、、心配どころが満載だからさ。

 今の僕は本当に本当に充分満足で、この上なく幸せなんだ。
 壮介が僕の気持ちに応えてくれたなんて、今でも夢じゃないかと思ったりするんだ。だからこのままでも嬉しくて堪らないんだよ。奇跡が起こったんだから。
 それと壮介に釣り合う男になるため、僕はかなりの努力をしなくちゃならない。
 仕事の一件で大きく水をあけられてしまったからね。これ以上差をつけられないためにも、凡人の僕は地道に勉強するしかない。伊集院氏たちも言っていたように、壮介って人は天才肌の人だから。その彼に追いつくには、ひたすら努力を重ねるしかないんだ。

 橘くんはもう着いただろうか。彼は僕の変化をすぐに察するだろうな。そして大人びた口調で「首尾よく運んだみたいだな」なんて事も無げに言ってくるだろう。でもって僕は「上手くいったけど、あっちはまだだ」とか馬鹿正直に応えて呆れられるんだろうな。でも百戦錬磨の橘くんに見栄をはっても意味がないし、すぐ見破られちゃうだろうしね。
 僕は壮介の全てをもちろん欲しいけど、精神的な繋がりの方がもっと重要なんだ。側に居られるだけで幸せっていうのは嘘じゃないんだよ。

 さあ、これから冬休みまで、期間限定の優等生に戻ろう。
 
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