愛を抱えて溺れ死にたい。

日向明

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αとα

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 アンバー・ド・リリーシャは嫌な予感がしていた。
 歳の離れた腹違いの弟、エリオスが婚約を嫌がりごねているこの最中、アンバーの事など滅多に気にもとめない父である皇帝が呼び出してきたのだ。
 (父上、一体何の御用だというのだ?お陰でライルと会う約束が無くなってしまったではないか)
 数週間ぶりに会う恋人との時間を潰され、アンバーは少しイライラしながらカツカツと足音を立てて皇帝の元へと向かった。
 一際豪華な扉の前まで来ると、近衛兵が重たげに扉を開ける。
 その先には皇帝の姿があり、アンバーは近くまでよると美しい礼をした。
「来たか」
「はっ、お呼びでしょうか父上」
 アンバーの言葉に、皇帝はその顔を不愉快そうに歪める。
「父と呼ぶなと、何度言えば分かる」
 一瞬にして空気がピリッとしたのを、その場にいた全員が感じた。
「……無礼をお許し下さい、皇帝陛下」
 高慢で常に上から目線のアンバーが頭を上げられない姿を見て、胸のすく思いがした者は少なくなかった。
「許す。して、貴様を呼び出したのは他でもない。エリオスのことだ」
 やはりか。と、アンバーは思う。逆にそれ以外のことは思いつかなかった。
「エリオスにオステルメイヤー王国から縁談が来ていることは知っているな?」
「はい。存じております」
「だが、エリオスには想い人がいる様でな。私としても、愛する息子をαの元に嫁がせたくはない」
「……話が見えません。何故私が呼ばれたのでしょう?」
「簡単な話だ。代わりに貴様が嫁げ」
「……は?」
 アンバーは一瞬皇帝の発言が理解できなかった。自分を指す言葉と「嫁ぐ」という言葉が並ぶ事など誰が想像しただろう。
「……陛下、お戯を。私は今年で四十二、更に出戻りの男です。向こうが受け入れると?」
「すでに文を送り、了承を得ている。来週にもオステルメイヤーへ向かえ」
 アンバーは耳を疑った。
「来週!?支度はどうするのです!?連れて行く従者も選べません!」
「支度など適当に済ませばいい。従者に関してだが……、まさか従者への横暴も離婚理由になっている貴様に付けるとは思っていないな?」
 (従者すら付けてもらえないだと!?あと一週間ではほとんど着の身着のままではないか!?)
 既にアンバーにとって、人生で五本の指に入る程度には屈辱的な内容だった。

 部屋に戻ると、約束していた貴族の青年、ライルがまだベッドの縁に座っていた。
「アンバー様」
 その声にアンバーの心は少し晴れる。
「待たせて済まない、ライル」
 そこでアンバーはハッとする。
 (嫁ぐということは、ライルとも別れなければならないのか)
 アンバーがなんとかならないかと必死に考えていると、とても言いにくそうにライルが口を開いた。
「アンバー様、お話があります」
「?やけに改まってどうした?」
「実は……」
 暫く口籠もっていたライルは、意を結した様に言った。
「運命の番が現れました」
 呆気にとられるアンバーを他所に、頬を紅く染めながら青年は続ける。
「一眼で恋に落ちてしまいました。この身体だけの関係とは違う、彼を愛してしまったのです」
 目をうるうるさせ、道ならぬ恋に落ちたかの様に言うライルを前にアンバーは必死になって言葉を探す。
「わ、私もついさっき結婚が決まってな。だから……、この関係を終わらせようとしていたところだ」
 アンバーがそう取り繕うと、相手の青年はほっとしたように表情を和らげ、スタスタと軽い足取りで部屋から出ていってしまった。
 一人残されたアンバーは、先程まで青年が座っていたベッドの淵に腰掛けると、そのまま上体を横に倒し、涙が溢れない様に気をつけながら壁を見つめた。
「……またか」
 ポツリと呟く。こうやってアンバーの元を去っていったのは、ライルが最初ではなかった。
 セルジオと離婚してからというもの、荒れたアンバーは恋人を何人も作った。最初の恋人は同じ様に運命の番の元へ。次の恋人はβだったが、アンバーからある程度の援助を受けると本命と共に駆け落ち。三人目は身体だけの関係が好きだからと言って付き合い始めたのに、結局恋人を作り離れていった。後はもう似たような者達ばかりだ。

 恋人との突然の別れを悲しむ間も無く、あっという間にアンバーがリリーシャを発つ日が来た。
「アンバー」
 走りながら呼ぶ声に気が付き、アンバーは振り返る。
「リュミナス兄上!」
 そこにいたのはアンバーの一つ上の兄、リュミナスであった。
「……見送りは?」
「兄上御一人です。ルミエール殿とエリオスは……私を怖がっていますから。来ないでしょう」
 アンバーの予想に反さず、腹違いの弟のエリオスとその産みの父、歳下の義父に当たるルミエールは最後まで姿を表すことはなかった。
「まあ、なんとか向こうでも上手くやりますよ」
 アンバーは少しだけ笑みを浮かべながらそう言うと、一人馬車へと乗り込んだ。
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