愛を抱えて溺れ死にたい。

日向明

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王弟

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 それは二人での登城の帰りであった。
 日の当たる中庭に差し掛かったところで子どもの黄色い声と共に少し高めの男性の声が聞こえてくる。
「カイ様がいらっしゃるようですね」
 ダリウスの言葉に、アンバーもそこにカイとライルが居ることを察する。
「私は今日ヴェールをしていない。失礼だが貴様だけ行って来い」
 そう言ってアンバーはダリウスの背中を押した。

「お久しぶりです、カイ様。ライル様も」
 そう言ってダリウスは一人、カイとライルの元へと向かう。ダリウスに気がついた瞬間、二人は太陽の様な笑顔を見せた。
「ダリウスおじさま!」
「お久しぶりですダリウス様」
 敬語で接するカイをダリウスは慌てたように制止する。
「カイ様、敬語はおやめください、あと『ダリウス様』と呼ぶのも……」
「だったらダリウスさ……ダリウスも敬語はやめて?僕達の仲でしょう?」
 そう言ってダリウスを覗き込むような姿勢で少し頬を膨らませたカイは、なんとも言えない小動物の様な可愛さをしていた。
 暫くどちらも引かずに沈黙していたが、ふいにそれがおかしくなり二人は笑い合う。
「カイ、私の負けだ。仰せのままに、敬語はやめよう」
 少し姿勢を低くしながらダリウスがそう言ったのに対し、やっぱりカイは頬を膨らませる。
「またそんな意地悪な言い方をして!全く、貴方はどこか子供っぽいんだから」
 そう言いながらも、カイはどこか懐かしそうな顔をしていた。
「ディランに会ってきたんでしょう?」
「ああ、相変わらずあの人は切れ者だ。俺じゃまだまだ追いつけない」
 そう言って少し目を伏せるダリウスに、カイは優しく声をかける。
「昔言ったでしょう?いつかダリウスがこの国を救う日が来るって。日々貴方がこの国を支えているのもその一環だと僕は思うけどなぁ」
「……そうかもしれないな。ありがとう、カイにはいつも励まされてしまう」
 そう言ってダリウスは見たこともない優しい笑顔を浮かべていた。
 さらさらと風が草木を撫でる側でそれを聞いていたアンバーは、何か暗い感情が芽生えるのを感じていた。絶対にダリウスに対して、ましてカイに対して抱いてはいけない感情だと言い聞かせてもそれが消えることはない。
 面白くない。嫌だ。やめてほしい。さっさと屋敷に戻りたい。
 この感情の正体に気が付いてしまう前に。
 何も聞きたくない、と周りの音を遮断するように目を閉じていたアンバーは、ダリウスに肩を叩かれるまでその気配に気が付かなかった。
「アンバー?」
 ダリウスの声にハッとして振り返る。そこにはいつもと変わらない彼の姿があった。
「話はもういいのか?」
「ええ、カイ様もまた貴方に会いたいと仰っていましたよ」
「……そうか」
 アンバーはそう応えるのが精一杯だった。

 屋敷へ戻っても、アンバーは自身の気持ちに整理をつけられずにいた。
 カイとダリウスの過去に何があろうと、今は義兄、義弟の間柄なのだから気にする必要はない。何よりカイはライルとディランを愛している。だから二人の間には何もない。
 大体、ダリウスが誰を愛そうと自分には関係ないはずだ。
 そう考えても、吐き出してしまいそうな程の嫌な感情がぐるぐると腹の中を這い回る。なんでもない様なダリウスの様子に腹が立って仕方がなかった。
「どうしたんですか?」
 アンバーの不機嫌そうな顔に気が付き、ダリウスが尋ねる。
 人の気も知らずにずけずけと。苛立ちを覚えたアンバーはそれに気を取られ、いつの間にか言わないつもりだったことを口走っていた。
「貴様は何故、いつからカイ様に想いを寄せているのだ?」
 アンバーが自分の言葉にハッとして振り向くと、赤面しながら少し怒った様なダリウスの姿があった。
「何度も言いますが、カイ様に想いを寄せているなどということはありません」
 ダリウスは噛み付く様に言うが、アンバーにはとても信じられなかった。
「なら王妃と王弟である貴様が何故あそこまで親しい間柄なのだ?」
 アンバーは吐き捨てる様に聞く。ダリウスからの返答はない。
 それにまた苛立ったアンバーがダリウスを睨みつけると、彼は戸惑った様子を見せた後、観念した様に自身とカイの過去について話し始めた。
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