愛を抱えて溺れ死にたい。

日向明

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王弟

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「今日は乾燥地帯の多いこのオステルメイヤーで、どの様に民に水を届けるかについて考えてみましょう」
 柔らかな声で男性教師がそう言う。午前の日差しに照らされて眼鏡もそのストラップもキラキラと輝き、彼の利発そうな顔立ちを更に際立たせていた。
「はい、先生」
 ダリウスは早速手を挙げる。
「魔石を用いて定期的に雨を降らせるのが良いのではないでしょうか」
 魔石を使えば雨のコントロールがしやすく、雨量を調整すれば効率もいい。ダリウスはこれが最適解だと考えた。
「それも一つの考え方ですね」
 そう言いつつ彼は何かを付け足そうとするが、それよりも早くディランが口を開く。
「ですが先生、魔石は初期のコストが大きい為小国のオステルメイヤーでは難しいのではないでしょうか?維持費もかかります。雨を司る聖者の方を雇う方法もありますが、その人数は決して多くはありませんし、やはり労働対価の面で我が国には難しいと思います」
 ダリウスより少し低いその声は、淡々と問題点を挙げていった。
「言おうとしたことを全て言われてしまいましたね。では、どうすればいいでしょう?」
 教師は総名な生徒を誇らしく思う様に微笑み、次の問いを投げかける。
 これにもディランは着実に答えていく。
「点在するオアシスから地下水路を引くのが良いと思います。先程の方法と同様費用面の問題はありますが、建設や維持の際に雇用が発生するので、民の生活に繋がる良い支出だと思います。問題は雨量に左右されやすく、オアシスが少ない地域もある点で……」
 教師はディランの考えを頷いて聞きながら、黒板にまとめていく。
 ダリウスはそれをただ目を見開いて聞くのみだった。
(民の雇用……俺には無い視点だった)
 それでも負けず嫌いなダリウスは、落ち込む姿など見せたくない、と必死に授業を受け続けた。

 ダリウスがディランとの差を感じたのはそれだけではない。
 ある日の剣術の授業だった。その日は剣術の教師との模擬戦が行われた。
 ダリウスはなんとか相手の隙を探しては切り掛かる。
「ダリウス様、一撃を入れようとするばかりではいけません!相手の攻撃を去なさなければ……」
 その言葉と共にダリウスの剣は弾き飛ばされ中を舞う。
「パターン化した攻撃を逆手に取られてしまいます」
 反動で尻もちをつくと同時に地面に刺さった剣を見て、ダリウスは悔しそうに唇を噛んだ。
「振り下ろす剣の軸が乱れています。筋力を上げる必要がありますね」
 剣を下ろした教師は、今度はディランの方を向き剣を構える。
 お互いの間合いを図るように広がった静寂は、ダリウスが瞬きをした間に切り裂かれた。ディランが一気に距離を詰め、最初の一打を入れたのだ。
 しかし、それは模造刀同士がぶつかり合う音と共に弾かれる。するとディランはその反動を利用し、くるりと舞う様に身を翻すと二打目を打ち込んだ。
 教師の方が攻め手に回ると、ディランはリズム良くその攻撃を去なしていく。
 そして一瞬の隙を逃さず、ディランは渾身の一撃を打ち込んだ。
 結果的にそれは弾かれディランも剣を落としたが、教師からは称賛の言葉が送られる。
「攻守共に見事な剣捌きです」
「でも負けてしまいました」
「私が少し大人気ない戦い方をしてしまいましたから。まさか模擬戦で奥の手を出させられるほど追い込まれるとは……」
 そう言って二人はお互いを称え合い、笑顔を見せる。
(筋力をつけるのは頑張っているつもりなんだけどな……)
 それでもダリウスは歳の差を言い訳にしようとはしなかった。

 極め付けはダリウスの一番苦手な作法の時間だった。
 姿勢良く歩く授業で、二人は頭に本を乗せそれを落とさず歩くよう求められた。
(後少し……もうちょっとで!)
 そう気持ちが早ったせいだろうか。ダリウスはまた同じ場所、後一歩のところで本を落としてしまう。
「大丈夫か?ダリウス」
 ダリウスより二冊は多く本を乗せたディランが、まるで普通に歩くかのように隣まで来て声をかける。姿勢をそのままに視線だけを向けられ、落ちた本を拾いながら見上げるダリウスはどこか屈辱的なものを感じた。
「大丈夫です兄上」
「そうか。遠くを見るようにして歩くといいぞ」
 そう言ってディランは華麗にターンすると、元の位置へスタスタと戻っていく。
(八つ当たりなんてしてはいけない。……でも悔しいな)
 ダリウスはギュッと拳を握り締めるに止め、また練習へと戻った。

 作法の時間はこれだけでは終わらない。まだお茶の授業が残っていた。
 ディランがゆっくりと茶器を手に取る。この国では、男性は片手で茶器を持つのが作法だ。
 勿論ディランも片手で茶器を持つが、その姿には両手を使っているかの様な安定感がある。蝶が蜜を吸うかの様に音を立てることなく茶を飲み干すと、絶妙な力加減で静かに茶器を置いた。
「素晴らしいです、ディラン様。前回指摘した力の入れ方が良くなっています!」
 ダリウスもディランを見習い同じようにしようとするが、どうしても指に力が入り、あの優雅さが出ない。
「あっ」
 なんとか音を出さずに茶を飲むことはできたが、最後、茶器を置く時に僅かに音が鳴ってしまった。
「ダリウス様も、飲むときに音を立てなかったのは素晴らしいです。後は力加減に注意すること、そして音が鳴っても慌てないことです」
「……はい、先生」
 教師の女性が笑顔で指導して下さっているのだからと、ダリウスも軽く微笑みながらなんでもない風に返事をする。
 しかし、彼の中には少なかず、焦りや劣等感といったものが渦巻いていた。
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