23 / 29
王弟
23
しおりを挟む
「今日は乾燥地帯の多いこのオステルメイヤーで、どの様に民に水を届けるかについて考えてみましょう」
柔らかな声で男性教師がそう言う。午前の日差しに照らされて眼鏡もそのストラップもキラキラと輝き、彼の利発そうな顔立ちを更に際立たせていた。
「はい、先生」
ダリウスは早速手を挙げる。
「魔石を用いて定期的に雨を降らせるのが良いのではないでしょうか」
魔石を使えば雨のコントロールがしやすく、雨量を調整すれば効率もいい。ダリウスはこれが最適解だと考えた。
「それも一つの考え方ですね」
そう言いつつ彼は何かを付け足そうとするが、それよりも早くディランが口を開く。
「ですが先生、魔石は初期のコストが大きい為小国のオステルメイヤーでは難しいのではないでしょうか?維持費もかかります。雨を司る聖者の方を雇う方法もありますが、その人数は決して多くはありませんし、やはり労働対価の面で我が国には難しいと思います」
ダリウスより少し低いその声は、淡々と問題点を挙げていった。
「言おうとしたことを全て言われてしまいましたね。では、どうすればいいでしょう?」
教師は総名な生徒を誇らしく思う様に微笑み、次の問いを投げかける。
これにもディランは着実に答えていく。
「点在するオアシスから地下水路を引くのが良いと思います。先程の方法と同様費用面の問題はありますが、建設や維持の際に雇用が発生するので、民の生活に繋がる良い支出だと思います。問題は雨量に左右されやすく、オアシスが少ない地域もある点で……」
教師はディランの考えを頷いて聞きながら、黒板にまとめていく。
ダリウスはそれをただ目を見開いて聞くのみだった。
(民の雇用……俺には無い視点だった)
それでも負けず嫌いなダリウスは、落ち込む姿など見せたくない、と必死に授業を受け続けた。
ダリウスがディランとの差を感じたのはそれだけではない。
ある日の剣術の授業だった。その日は剣術の教師との模擬戦が行われた。
ダリウスはなんとか相手の隙を探しては切り掛かる。
「ダリウス様、一撃を入れようとするばかりではいけません!相手の攻撃を去なさなければ……」
その言葉と共にダリウスの剣は弾き飛ばされ中を舞う。
「パターン化した攻撃を逆手に取られてしまいます」
反動で尻もちをつくと同時に地面に刺さった剣を見て、ダリウスは悔しそうに唇を噛んだ。
「振り下ろす剣の軸が乱れています。筋力を上げる必要がありますね」
剣を下ろした教師は、今度はディランの方を向き剣を構える。
お互いの間合いを図るように広がった静寂は、ダリウスが瞬きをした間に切り裂かれた。ディランが一気に距離を詰め、最初の一打を入れたのだ。
しかし、それは模造刀同士がぶつかり合う音と共に弾かれる。するとディランはその反動を利用し、くるりと舞う様に身を翻すと二打目を打ち込んだ。
教師の方が攻め手に回ると、ディランはリズム良くその攻撃を去なしていく。
そして一瞬の隙を逃さず、ディランは渾身の一撃を打ち込んだ。
結果的にそれは弾かれディランも剣を落としたが、教師からは称賛の言葉が送られる。
「攻守共に見事な剣捌きです」
「でも負けてしまいました」
「私が少し大人気ない戦い方をしてしまいましたから。まさか模擬戦で奥の手を出させられるほど追い込まれるとは……」
そう言って二人はお互いを称え合い、笑顔を見せる。
(筋力をつけるのは頑張っているつもりなんだけどな……)
それでもダリウスは歳の差を言い訳にしようとはしなかった。
極め付けはダリウスの一番苦手な作法の時間だった。
姿勢良く歩く授業で、二人は頭に本を乗せそれを落とさず歩くよう求められた。
(後少し……もうちょっとで!)
そう気持ちが早ったせいだろうか。ダリウスはまた同じ場所、後一歩のところで本を落としてしまう。
「大丈夫か?ダリウス」
ダリウスより二冊は多く本を乗せたディランが、まるで普通に歩くかのように隣まで来て声をかける。姿勢をそのままに視線だけを向けられ、落ちた本を拾いながら見上げるダリウスはどこか屈辱的なものを感じた。
「大丈夫です兄上」
「そうか。遠くを見るようにして歩くといいぞ」
そう言ってディランは華麗にターンすると、元の位置へスタスタと戻っていく。
(八つ当たりなんてしてはいけない。……でも悔しいな)
ダリウスはギュッと拳を握り締めるに止め、また練習へと戻った。
作法の時間はこれだけでは終わらない。まだお茶の授業が残っていた。
ディランがゆっくりと茶器を手に取る。この国では、男性は片手で茶器を持つのが作法だ。
勿論ディランも片手で茶器を持つが、その姿には両手を使っているかの様な安定感がある。蝶が蜜を吸うかの様に音を立てることなく茶を飲み干すと、絶妙な力加減で静かに茶器を置いた。
「素晴らしいです、ディラン様。前回指摘した力の入れ方が良くなっています!」
ダリウスもディランを見習い同じようにしようとするが、どうしても指に力が入り、あの優雅さが出ない。
「あっ」
なんとか音を出さずに茶を飲むことはできたが、最後、茶器を置く時に僅かに音が鳴ってしまった。
「ダリウス様も、飲むときに音を立てなかったのは素晴らしいです。後は力加減に注意すること、そして音が鳴っても慌てないことです」
「……はい、先生」
教師の女性が笑顔で指導して下さっているのだからと、ダリウスも軽く微笑みながらなんでもない風に返事をする。
しかし、彼の中には少なかず、焦りや劣等感といったものが渦巻いていた。
柔らかな声で男性教師がそう言う。午前の日差しに照らされて眼鏡もそのストラップもキラキラと輝き、彼の利発そうな顔立ちを更に際立たせていた。
「はい、先生」
ダリウスは早速手を挙げる。
「魔石を用いて定期的に雨を降らせるのが良いのではないでしょうか」
魔石を使えば雨のコントロールがしやすく、雨量を調整すれば効率もいい。ダリウスはこれが最適解だと考えた。
「それも一つの考え方ですね」
そう言いつつ彼は何かを付け足そうとするが、それよりも早くディランが口を開く。
「ですが先生、魔石は初期のコストが大きい為小国のオステルメイヤーでは難しいのではないでしょうか?維持費もかかります。雨を司る聖者の方を雇う方法もありますが、その人数は決して多くはありませんし、やはり労働対価の面で我が国には難しいと思います」
ダリウスより少し低いその声は、淡々と問題点を挙げていった。
「言おうとしたことを全て言われてしまいましたね。では、どうすればいいでしょう?」
教師は総名な生徒を誇らしく思う様に微笑み、次の問いを投げかける。
これにもディランは着実に答えていく。
「点在するオアシスから地下水路を引くのが良いと思います。先程の方法と同様費用面の問題はありますが、建設や維持の際に雇用が発生するので、民の生活に繋がる良い支出だと思います。問題は雨量に左右されやすく、オアシスが少ない地域もある点で……」
教師はディランの考えを頷いて聞きながら、黒板にまとめていく。
ダリウスはそれをただ目を見開いて聞くのみだった。
(民の雇用……俺には無い視点だった)
それでも負けず嫌いなダリウスは、落ち込む姿など見せたくない、と必死に授業を受け続けた。
ダリウスがディランとの差を感じたのはそれだけではない。
ある日の剣術の授業だった。その日は剣術の教師との模擬戦が行われた。
ダリウスはなんとか相手の隙を探しては切り掛かる。
「ダリウス様、一撃を入れようとするばかりではいけません!相手の攻撃を去なさなければ……」
その言葉と共にダリウスの剣は弾き飛ばされ中を舞う。
「パターン化した攻撃を逆手に取られてしまいます」
反動で尻もちをつくと同時に地面に刺さった剣を見て、ダリウスは悔しそうに唇を噛んだ。
「振り下ろす剣の軸が乱れています。筋力を上げる必要がありますね」
剣を下ろした教師は、今度はディランの方を向き剣を構える。
お互いの間合いを図るように広がった静寂は、ダリウスが瞬きをした間に切り裂かれた。ディランが一気に距離を詰め、最初の一打を入れたのだ。
しかし、それは模造刀同士がぶつかり合う音と共に弾かれる。するとディランはその反動を利用し、くるりと舞う様に身を翻すと二打目を打ち込んだ。
教師の方が攻め手に回ると、ディランはリズム良くその攻撃を去なしていく。
そして一瞬の隙を逃さず、ディランは渾身の一撃を打ち込んだ。
結果的にそれは弾かれディランも剣を落としたが、教師からは称賛の言葉が送られる。
「攻守共に見事な剣捌きです」
「でも負けてしまいました」
「私が少し大人気ない戦い方をしてしまいましたから。まさか模擬戦で奥の手を出させられるほど追い込まれるとは……」
そう言って二人はお互いを称え合い、笑顔を見せる。
(筋力をつけるのは頑張っているつもりなんだけどな……)
それでもダリウスは歳の差を言い訳にしようとはしなかった。
極め付けはダリウスの一番苦手な作法の時間だった。
姿勢良く歩く授業で、二人は頭に本を乗せそれを落とさず歩くよう求められた。
(後少し……もうちょっとで!)
そう気持ちが早ったせいだろうか。ダリウスはまた同じ場所、後一歩のところで本を落としてしまう。
「大丈夫か?ダリウス」
ダリウスより二冊は多く本を乗せたディランが、まるで普通に歩くかのように隣まで来て声をかける。姿勢をそのままに視線だけを向けられ、落ちた本を拾いながら見上げるダリウスはどこか屈辱的なものを感じた。
「大丈夫です兄上」
「そうか。遠くを見るようにして歩くといいぞ」
そう言ってディランは華麗にターンすると、元の位置へスタスタと戻っていく。
(八つ当たりなんてしてはいけない。……でも悔しいな)
ダリウスはギュッと拳を握り締めるに止め、また練習へと戻った。
作法の時間はこれだけでは終わらない。まだお茶の授業が残っていた。
ディランがゆっくりと茶器を手に取る。この国では、男性は片手で茶器を持つのが作法だ。
勿論ディランも片手で茶器を持つが、その姿には両手を使っているかの様な安定感がある。蝶が蜜を吸うかの様に音を立てることなく茶を飲み干すと、絶妙な力加減で静かに茶器を置いた。
「素晴らしいです、ディラン様。前回指摘した力の入れ方が良くなっています!」
ダリウスもディランを見習い同じようにしようとするが、どうしても指に力が入り、あの優雅さが出ない。
「あっ」
なんとか音を出さずに茶を飲むことはできたが、最後、茶器を置く時に僅かに音が鳴ってしまった。
「ダリウス様も、飲むときに音を立てなかったのは素晴らしいです。後は力加減に注意すること、そして音が鳴っても慌てないことです」
「……はい、先生」
教師の女性が笑顔で指導して下さっているのだからと、ダリウスも軽く微笑みながらなんでもない風に返事をする。
しかし、彼の中には少なかず、焦りや劣等感といったものが渦巻いていた。
54
あなたにおすすめの小説
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
【完結済】キズモノオメガの幸せの見つけ方~番のいる俺がアイツを愛することなんて許されない~
つきよの
BL
●ハッピーエンド●
「勇利先輩……?」
俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。
だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。
(どうして……)
声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。
「東谷……」
俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。
背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。
落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。
誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。
そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。
番になればラット化を抑えられる
そんな一方的な理由で番にさせられたオメガ
しかし、アルファだと偽って生きていくには
関係を続けることが必要で……
そんな中、心から愛する人と出会うも
自分には噛み痕が……
愛したいのに愛することは許されない
社会人オメガバース
あの日から三年ぶりに会うアイツは…
敬語後輩α × 首元に噛み痕が残るΩ
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
年下幼馴染アルファの執着〜なかったことにはさせない〜
ひなた翠
BL
一年ぶりの再会。
成長した年下αは、もう"子ども"じゃなかった――。
「海ちゃんから距離を置きたかったのに――」
23歳のΩ・遥は、幼馴染のα・海斗への片思いを諦めるため、一人暮らしを始めた。
モテる海斗が自分なんかを選ぶはずがない。
そう思って逃げ出したのに、ある日突然、18歳になった海斗が「大学のオープンキャンパスに行くから泊めて」と転がり込んできて――。
「俺はずっと好きだったし、離れる気ないけど」
「十八歳になるまで我慢してた」
「なんのためにここから通える大学を探してると思ってるの?」
年下αの、計画的で一途な執着に、逃げ場をなくしていく遥。
夏休み限定の同居は、甘い溺愛の日々――。
年下αの執着は、想像以上に深くて、甘くて、重い。
これは、"なかったこと"にはできない恋だった――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる