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王弟
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ある日、ダリウスは茶道の授業を待たず部屋へ戻ることにした。
なるべく見つからないようひっそりと歩いているが、同時に苛立ちなどを抑えられていない様子であった。俯き、時折唇を噛むような仕草をしている。
理由は明白だった。直前の剣術の授業で兄ディランとの模擬戦が行われ、何戦やっても一瞬のうちに勝者の座を奪われ続けたからだ。何回剣を取り落とし、何十回無様に地に手をついたか分からない。
ダリウスは憂さ晴らしに小石を蹴り飛ばす。
「わっ!」
カツンと爪先に当たったそれは、宙を舞い、丁度角を曲がってきた者の足元で跳ねて転がっていった。
「あっ、すまない!」
ダリウスが顔を上げると、少し驚いた様子の美少年と目が合う。長いまつ毛に縁取られた目はダリウスを捉えると、先程までより更に驚いたように見開かれた。
「申し訳ございません」
石が当たりそうになった方だというのに、ダリウスより少し歳上らしいその少年は頭を下げる。それは彼が使用人で、ダリウスが王弟という立場だからだった。
「面を上げろ、名前は?」
「カ、カイにございます」
そう言って少年は顔を上げる。彼は少しおどおどした様子でダリウスの反応を待っていた。
「カイ、こちらこそ悪かった。石は当たらなかったか?」
「はい、当たっておりません」
ダリウスは少しホッとして胸を撫で下ろす。それはカイも同じであった。
「ダリウス様、失礼ながら剣術の授業はどうされたのですか?」
それも束の間、カイの純粋な質問によりダリウスの顔には険しさが戻る。
「……抜けてきた」
それを聞いたカイは、真面目な顔になりダリウスを諭す。
「ダリウス様、授業にお戻りになられるべきです」
しかしそう言われたダリウスはかえって頑なになった。
「嫌だ!授業には戻らない!」
ダリウスはそう吐き捨てると、そっと顔を背けその場を去ろうとした。しかし、カイはダリウスの前に回り込みその行手を阻む。
それはダリウスにとって想定外の行動だった。王族が強気に出て去ろうとするのを阻止するものがいるとは、彼は思っていなかった。
「授業にお戻りください」
真剣な眼差しでそう言うカイを、ダリウスは静かに睨みつける。しかし、カイも引こうとはしなかった。
「失礼ながら些か不真面目ではないでしょうか?民の為、勉学に励まれているディラン様を見習われるべきです」
ディラン。その名が賞賛されるのをダリウスは何度聞いただろうか。
(またディラン。いつだって兄上ばかり……!)
カイの発言の正しさを理解しながらも、ダリウスは素直にはなれなかった。
「お前に俺の何が分かる!?俺の辛さの何が……!」
そうダリウスが叫び、二人の間に沈黙が流れる。カイは勿論、つい怒鳴ってしまったダリウスも発言の機会を見失ってしまっていた。
するとカイは徐に岩に腰掛けた。そのままじっとこちらを見るカイに促される様にして、ダリウスも隣に座る。
「お辛いと申されていましたが、何がどうお辛いのですか?」
「……従者に話すわけないだろ」
「では『ただの歳の近い者』としてお聞きします」
お前に何が分かる。そう言われ、相手の事情も知らず、ずけずけと言い過ぎたと後悔してカイは話を聞こうとした。
さらさらと風に撫でられた木々の音が二人の沈黙に重なる。ダリウスは押し黙り、話そうとはしない。
まだ初夏にもなっていないが、燦々と照る太陽により少し汗をかきそうになる。
(やはりダメか……)
軽く額を拭いながらカイが諦め仕事に戻ろうとした時だった。
「……兄上はいつも聡明なお考えを思いつかれる」
急にダリウスが口を開いた。カイは、まさか一従者に過ぎない自分が相談相手にしてもらえるとは思っていなかったが、話を振ったのは自分なのだからと真剣に耳を傾ける。
「それも、民の生活を第一に考えたものだ。それに比べて自分は効率ばかり考えてしまう」
カイは静かに頷いて話を聞き続けた。
「剣術もだ。攻めるばかりではなく、守ることも考えられている。咄嗟の判断が上手いのが羨ましい」
自然とダリウスの目から涙がこぼれ始める。
「作法の授業で兄上が助言を下さった。なのに俺は悔しいとか、煩わしいとか、そんなことばかり考えてしまった。何よりそれが恥ずかしかった……」
大粒の涙は止まることがなく、ダリウスは嗚咽を漏らしながら袖で顔を拭う。
彼が心の内を誰かに話したのはこれが初めてだった。
「……兄上が賞賛される理由も、優しさも、隠れた努力がお有りになるだろうということも、全て分かっている。その上で……それを妬むばかりの自分がみっともない……!」
カイはお許しくださいと断りながら、泣きじゃくるダリウスの肩に手を置いて口を開く。
「私も、何も知らず発言したことを後悔しております。不真面目だなどと申し上げたこと、どうかお許しください」
そう謝罪しながらカイは続ける。
「ですが、泣かれる程真剣に向き合っておられるのなら、尚更授業を抜けるのは勿体無いと思います」
いくらやっても成果が上がらないように感じられて、授業が無意味に思えていたダリウスにとって、勿体無いと言われるほど評価されたのは想定外だった。
その言葉はダリウスにとって、右も左も分からない水中に一筋の光が差したかのように感じられた。
しかし、それでもダリウスの顔は晴れきらない。
「だが、俺は王弟だ。王の第一子が王位を継ぐオステルメイヤーで俺が王になることはない。なら、俺は何の為に頑張ればいいんだ?」
ダリウスの問いかけに、カイは暫く考え込む。
そして、自分の言葉に意味があるかは分からないが、と前置きしながら話し始めた。
「それでも今日までダリウス様が励んでこられたのは、貴方様が民やこの国やディラン様を愛しておられるからではないでしょうか。従者に過ぎない私に王族の方の辛さや責任は理解しきれないかもしれません。ですが、貴方様の努力が民やこの国、そしてディラン様を救う日が来ると、私は思います」
何も知らない癖に偉そうにして申し訳ありません、とカイは謝罪する。
だがカイのその言葉に、ダリウスは確かに救われた気がした。
なるべく見つからないようひっそりと歩いているが、同時に苛立ちなどを抑えられていない様子であった。俯き、時折唇を噛むような仕草をしている。
理由は明白だった。直前の剣術の授業で兄ディランとの模擬戦が行われ、何戦やっても一瞬のうちに勝者の座を奪われ続けたからだ。何回剣を取り落とし、何十回無様に地に手をついたか分からない。
ダリウスは憂さ晴らしに小石を蹴り飛ばす。
「わっ!」
カツンと爪先に当たったそれは、宙を舞い、丁度角を曲がってきた者の足元で跳ねて転がっていった。
「あっ、すまない!」
ダリウスが顔を上げると、少し驚いた様子の美少年と目が合う。長いまつ毛に縁取られた目はダリウスを捉えると、先程までより更に驚いたように見開かれた。
「申し訳ございません」
石が当たりそうになった方だというのに、ダリウスより少し歳上らしいその少年は頭を下げる。それは彼が使用人で、ダリウスが王弟という立場だからだった。
「面を上げろ、名前は?」
「カ、カイにございます」
そう言って少年は顔を上げる。彼は少しおどおどした様子でダリウスの反応を待っていた。
「カイ、こちらこそ悪かった。石は当たらなかったか?」
「はい、当たっておりません」
ダリウスは少しホッとして胸を撫で下ろす。それはカイも同じであった。
「ダリウス様、失礼ながら剣術の授業はどうされたのですか?」
それも束の間、カイの純粋な質問によりダリウスの顔には険しさが戻る。
「……抜けてきた」
それを聞いたカイは、真面目な顔になりダリウスを諭す。
「ダリウス様、授業にお戻りになられるべきです」
しかしそう言われたダリウスはかえって頑なになった。
「嫌だ!授業には戻らない!」
ダリウスはそう吐き捨てると、そっと顔を背けその場を去ろうとした。しかし、カイはダリウスの前に回り込みその行手を阻む。
それはダリウスにとって想定外の行動だった。王族が強気に出て去ろうとするのを阻止するものがいるとは、彼は思っていなかった。
「授業にお戻りください」
真剣な眼差しでそう言うカイを、ダリウスは静かに睨みつける。しかし、カイも引こうとはしなかった。
「失礼ながら些か不真面目ではないでしょうか?民の為、勉学に励まれているディラン様を見習われるべきです」
ディラン。その名が賞賛されるのをダリウスは何度聞いただろうか。
(またディラン。いつだって兄上ばかり……!)
カイの発言の正しさを理解しながらも、ダリウスは素直にはなれなかった。
「お前に俺の何が分かる!?俺の辛さの何が……!」
そうダリウスが叫び、二人の間に沈黙が流れる。カイは勿論、つい怒鳴ってしまったダリウスも発言の機会を見失ってしまっていた。
するとカイは徐に岩に腰掛けた。そのままじっとこちらを見るカイに促される様にして、ダリウスも隣に座る。
「お辛いと申されていましたが、何がどうお辛いのですか?」
「……従者に話すわけないだろ」
「では『ただの歳の近い者』としてお聞きします」
お前に何が分かる。そう言われ、相手の事情も知らず、ずけずけと言い過ぎたと後悔してカイは話を聞こうとした。
さらさらと風に撫でられた木々の音が二人の沈黙に重なる。ダリウスは押し黙り、話そうとはしない。
まだ初夏にもなっていないが、燦々と照る太陽により少し汗をかきそうになる。
(やはりダメか……)
軽く額を拭いながらカイが諦め仕事に戻ろうとした時だった。
「……兄上はいつも聡明なお考えを思いつかれる」
急にダリウスが口を開いた。カイは、まさか一従者に過ぎない自分が相談相手にしてもらえるとは思っていなかったが、話を振ったのは自分なのだからと真剣に耳を傾ける。
「それも、民の生活を第一に考えたものだ。それに比べて自分は効率ばかり考えてしまう」
カイは静かに頷いて話を聞き続けた。
「剣術もだ。攻めるばかりではなく、守ることも考えられている。咄嗟の判断が上手いのが羨ましい」
自然とダリウスの目から涙がこぼれ始める。
「作法の授業で兄上が助言を下さった。なのに俺は悔しいとか、煩わしいとか、そんなことばかり考えてしまった。何よりそれが恥ずかしかった……」
大粒の涙は止まることがなく、ダリウスは嗚咽を漏らしながら袖で顔を拭う。
彼が心の内を誰かに話したのはこれが初めてだった。
「……兄上が賞賛される理由も、優しさも、隠れた努力がお有りになるだろうということも、全て分かっている。その上で……それを妬むばかりの自分がみっともない……!」
カイはお許しくださいと断りながら、泣きじゃくるダリウスの肩に手を置いて口を開く。
「私も、何も知らず発言したことを後悔しております。不真面目だなどと申し上げたこと、どうかお許しください」
そう謝罪しながらカイは続ける。
「ですが、泣かれる程真剣に向き合っておられるのなら、尚更授業を抜けるのは勿体無いと思います」
いくらやっても成果が上がらないように感じられて、授業が無意味に思えていたダリウスにとって、勿体無いと言われるほど評価されたのは想定外だった。
その言葉はダリウスにとって、右も左も分からない水中に一筋の光が差したかのように感じられた。
しかし、それでもダリウスの顔は晴れきらない。
「だが、俺は王弟だ。王の第一子が王位を継ぐオステルメイヤーで俺が王になることはない。なら、俺は何の為に頑張ればいいんだ?」
ダリウスの問いかけに、カイは暫く考え込む。
そして、自分の言葉に意味があるかは分からないが、と前置きしながら話し始めた。
「それでも今日までダリウス様が励んでこられたのは、貴方様が民やこの国やディラン様を愛しておられるからではないでしょうか。従者に過ぎない私に王族の方の辛さや責任は理解しきれないかもしれません。ですが、貴方様の努力が民やこの国、そしてディラン様を救う日が来ると、私は思います」
何も知らない癖に偉そうにして申し訳ありません、とカイは謝罪する。
だがカイのその言葉に、ダリウスは確かに救われた気がした。
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