翼に愛を

亜珠貴

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第二章

獣人の国と少年 (十六)

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 夜宵の目に穏やかさなどなくシルヴァンはレオナルドの襟首を握っていた手を緩める。

「レオナルド殿下、話は分かったよ。僕がヒト族だから歓迎されるわけがないってことは初めから分かってたことだし、大丈夫」

 レオナルドは申し訳なかった、ともう一度謝った。

「いいよ。僕がシルヴァンと話をしないといけないってこともわかったし。とりあえず、二人で話したいんだけど、部屋移動していい?」

 レオナルドは肯定の反応を示し、部屋の入口へ促した。
 夜宵はスタスタと入口に向かって歩き、自分の足音しかないことに気付き振り返る。

「ほら、早く行くよ」

 シルヴァンに向けられたその顔は王宮に来てからシルヴァンが見なくなっていった笑顔であり、シルヴァンは自身の血の気がサァっと引いていくのを感じ慌てて夜宵の元へ駆け、部屋を出ていった。

「ヒト族の子の尻に敷かれるべスティアの第二王子、か……」

 呟いたことで更に現実として実感したのか、ついにはその滑稽味に笑いが込み上げシルヴァンと夜宵が去ってからしばらく、レオナルドの部屋からは笑い声が響いていた。


 シルヴァンの部屋に着いた二人はソファに腰掛けたものの、沈黙が続いていた。
 夜宵は勢いでシルヴァンを連れてきたもののどうにもシルヴァンが自分を怖がっているようだったので、怒っていない意思を伝えるためにずっと笑顔で彼からの話を待っていた。
 一方のシルヴァンはというと、向かい合って座ったことで夜宵の笑顔がハッキリ目に映り、その笑顔の意図が分からずそれ程に怒っているのだと勘違いして、どう切り出せば良いか分からず俯いたままこちらも夜宵からの話を待っている。
 チラリと夜宵の顔を見たシルヴァンは、か細く小さな声で謝罪した。

「……悪かった……」

 夜宵は首を傾ける。

「いいよ、別に」
「良いわけないだろう」

 バッと顔を上げたシルヴァンの目はしっかり夜宵をとらえ、同時に肩をビクッとさせた。

 ――怒ってないのにな。

 夜宵はアリアとレオナルドに呼び出されてから、自身の身を引こうと考えていた。

 彼らの言い分は最もで、紛れ込んだ異分子は夜宵であることを自覚するには十分だった。
 きっとシルヴァンは哀れに思った夜宵を保護してくれただけなのだ。
 そう思うと、「番」という言葉に喜んで着いてきた自分が恥ずかしくなってきたのだ。
 自分を「番」として連れてきた彼には婚約者がいる。彼女は美人で家柄も申し分ない、彼の子を産めるメス。
 であれば自分は何なのか。

 もしかすると獣人は複数との婚約が認められているのではないか。
 王族であれば子孫を残すために雌を複数匿うのは大いに考えられる。
 しかし夜宵はヒト族の、生殖機能を持たない男である上に孤児。
 それに、生きるためとはいえ夜宵の体は他人に何度も抱かれて汚れている。
 そんなヒトを第二王子の番に、だなんてそんな夢物語あるはずがない。いや、あっていいはずがない。
 あるとすればそれこそ気まぐれ、もしくは体だけの関係、最悪餌。
 獣人のルールは知らないが、夜宵としては複数の嫁の中の一人にされるのは気が乗らない。
 何にせよレオナルドに行くのを許可された使用人棟では「ヒト族だから」という理由でどうこうされることは無かった。
 思い返せばここに来るまで滞在していた港街で出会ったジャレッドも、夜宵の素性を知っても態度が変わらなかった。
 自分を迫害しない人も居る、それが分かっただけで夜宵は自身の存在を認めてあげることが出来たのだ。

 シルヴァンも、夜宵に伝えていないことは沢山あるがあのレンでの一件から助けてくれたことは事実であり、ここに来るまでの間彼が夜宵のことしか見ていなかったのは紛れもない事実。
 腕の傷を見でも過去の話をしてもその腕に抱きしめてくれた大切な人。
 だからこそこれ以上シルヴァンから受けた愛を忘れたくないし、奪われたくもない。
 思い出は思い出として残ればいい。シルヴァンは元の世界に返してあげるべきだ。
 そう思った。
 けれど何度考えても、何度ここから逃げようと思っても、シルヴァンの傍に居たいという願望が夜宵の足を止めてきた。
 出来ることなら離れずに……

「みそら、アリア嬢と結婚して子供作りなよ」
「夜宵……?」

 シルヴァンの周囲から部屋の空気が凍りつく。

「僕は王族の番には相応しくないよ」
「誰に何を吹き込まれたかは知らないが、俺は夜宵と――」
「したい?いいよ。抱いてよ」

 静止するシルヴァンの声を遮り夜宵はソファに座るシルヴァンの膝の上に正面を向くように跨り上半身の服を脱ぎ捨てる。

 ――一回でいいからその熱を僕にちょうだい

 シルヴァンの頬に両手を添わせ、ゆっくりと顔を近づけていく。
 互いの吐息がぶつかりいよいよ肌が触れそうなその瞬間、夜宵の唇は彼の唇ではない何かにぶつかった。
 触れる直前のその僅かな隙間にはシルヴァンの手が滑り込んだようで夜宵の唇が受け止められたのはシルヴァンの手のひらだ。

「だめだ」
「……みそらはキスでさえ許してくれないんだね」
「何を」
「そうだね。男同士のこんな行為に意味ないもんね」

 シルヴァンの膝の上から降りた夜宵は脱ぎ捨てた服を羽織り、シルヴァンに背を向けたまま声をかける。

「ちらっと聞いたんだけど、レオナルド殿下のところってハーレムがあるんだよね?何人か男もいるらしいね」

 言い残して部屋を去ろうと思っていた夜宵が掴んだドアは夜宵のものではない手によってその動きを遮られた。

「退いてくれない?って、ちょっ!何!?」

 そのまま腕を掴まれた夜宵は抵抗虚しくベッドまで引きづられ、体格差のある身体はあっけなく放り投げられる。
 起き上がるよりも先に覆い被さられ、両手を頭の上で抑えられてしまった。

「そんなに抱かれたかったら抱いてやるよ――」

 そう言ったシルヴァンの目には光などなく、噛みつかれるようにされたキスは熱く、冷たく、夜宵の目から涙がこぼれた。
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