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砂漠の国
32話 灰の道行き
しおりを挟む王都オアザールを出て十日。
砂漠の風は次第に冷たさを帯び、
夜になると空に無数の星が散りばめられた。
けれど、風の音は変わった。
乾いた砂を運ぶだけでなく、どこか遠くで――
鉄が軋むような音を混ぜていた。
「……風が重い。」
アリアが呟いた。
風の巫女である彼女にとって、それはただの感覚ではない。
この先の空気が“死んでいる”ことを、肌で感じていた。
ガルドが荷車を押しながら言う。
「地図じゃ、このあたりは昔の補給拠点だ。
戦のとき、帝国が使ってたらしいが……」
「今は、誰もいない。」
ヴァルンの声が低く響く。
彼の目は、地平の先に立つ黒い影を捉えていた。
夕暮れ、彼らはその場所に辿り着いた。
瓦礫と化した石壁。
崩れた塔。
そして、焼け焦げた旗の残骸。
砂に半ば埋もれた看板には、かすれた文字が残っている。
『――第七前哨拠点 カノン防衛線』
「ここ……ザハルの領内、だよね?」
ノエルが呟く。
アリアが頷く。
「ええ。なのに、旗は帝国のものだった。」
ガルドが火を起こしながら辺りを見渡す。
「占領されてたのかもな。
……けど、焼かれたのは帝国が引いた後だ。」
「じゃあ、誰が?」
ノエルの問いに、ヴァルンは答えなかった。
彼はただ、地面に膝をつき、黒く焦げた跡に触れた。
焦げの下には、赤い線。
まるで“印”のような文字が、うっすらと残っていた。
「……紅蓮の封構文だ。」
ヴァルンの声はかすれていた。
「本来は、魔力の暴走を抑えるための防御式。
けど、これは……反転してる。
暴走を“促す”形に書き換えられてる。」
アリアが息を呑む。
「誰がそんなことを……?」
「帝国の研究班だろう。」
ヴァルンが立ち上がる。
「紅蓮計画の初期段階……この地で、実験が行われていた可能性が高い。」
夜。
瓦礫の中から、ノエルが古びた日誌を見つけた。
焦げた革表紙の中、震える文字でこう書かれていた。
『炎の兵は、もう人ではない。
命令を止めても動き続ける。
我らの同胞を焼き、笑っていた。』
ノエルはページをめくる手を止めた。
最後の行には、赤黒い染みが広がっていた。
『彼らの目は……紅く光っていた。』
ノエルはそれを閉じ、焚き火のそばに戻る。
アリアが静かに問いかける。
「読んだのね。」
「うん。……これ、帝国の兵士の日誌だった。
“炎の兵”って……紅蓮の兵のことだよね。」
ヴァルンは何も言わず、ただ火を見つめていた。
焚き火の炎が、彼の瞳に反射して赤く揺れる。
まるで、彼自身がその“炎”を宿しているように見えた。
ガルドが重い声を落とす。
「戦の跡ってのは、いつも誰かの地獄の跡だ。」
ノエルは炎を見つめながら、小さく呟いた。
「……でも、もう二度と、こんな跡を増やしちゃいけない。」
その言葉に、ヴァルンの拳が微かに震えた。
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