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第一章 夏の重慶の夜に
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しおりを挟む“人が消える”などというと、神隠しのようにおどろおどろしく聞こえるか、あるいは、単に行方不明のことを想像してしまうことだろう。
なるほど、人が行方不明になることなど、治安の良し悪しの差はあれど、どの国の都市でも、それほど珍しいことでもない。
しかし、この度の――ここ重慶で続いている事象は、“それら”とは明らかに違うものであった。
というのは、この“人が消失する”現象というのがほぼ日常的に――おおよそ毎日少なくとも10人、多いときは30人を超える人数で起こっているのである。
それも、その被害者と思しき者たちが素性の怪しい者であったり、あるいは、何か犯罪や事件に巻き込まれたとしか思えない状況であるならまだしも消失したとされる人間”の多くは、何の落ち度もないような、ごく一般的な人間が大半であった。
さらに加えて、その“人間消失現象”が起きたと思しき場面であるが、例えば――ツレと目を放した数分後であったり、また、便所に行くような、ほんの10分の間にとか、あるいは帰り道に別れた30分後に連絡が一切取れなくなったりとか――、その多くはそのような日常的なシーンにおいてでるのだ。
そうであるから、確かに、神隠しのように感じるのも無理はないだろう。
なお、消えた人間は二度と姿を現すことはないのは言うまでもないが……
そのような、不可解にして奇妙な連続消失事件というべきか、連続神隠し事件に対し、人々の間では自然に“ある噂”が流れていた。
犯人は人間や犯罪組織などでなく、人外の者――、すなわち、“幽鬼”による仕業でないのか、と……
「――ねえねえ、パンちゃん」
「ああ”? 何だ?」
下から見つめるようなハン・ジェイヒに、パン・フェイワンはエアー咥え煙草でもするかのような渋い顔して聞いた。
「アタシたち、幽鬼を調べてるけどさー……、こうしてる間にアタシたちも、気がついたら消えちゃうのかな?」
「う、ん……?」
パン・フェイワンはエアー咥え煙草をピタと止め、ハン・ジェイヒの顔を見た。
このハン・ジェイヒであるが、いつもは天真爛漫を絵にかいたような人間なのだが、どこか、“何か得体の知れない不安”を抱えているように見えた。
「う~ん……。まあ、杞憂……じゃないのか? 目の前に、その幽鬼が現れ、俺たちが消えちまう可能性は、ゼロなわけはないだろうが……」
「杞憂かー……。そういえば、『杞憂』って単語、久しぶりに聞いたなー」
「ああ。そうだな……」
パン・フェイワンは頷きながらも、『杞憂』との言葉が、頭の中でモヤモヤと浸透する感覚がした。
その昔、極度に心配性な男が空が落ちて来るのを毎日恐れていたという話らしいが、今自分たちの頭上に黒くぼっかりと広がる空――その空の下で、いつ消えるかもしれないという何とも言えないもやもやした不安を、ここ現代の重慶の人間は多かれ少なかれ抱いているのだろうか?
まあ、この消失事件もすでに2カ月くらい続いていて、その累計の“消失者”も、軽く千人の単位にのぼっているので無理もないことだ。
「ふぅ……」
パン・フェイワンは空を見ながら溜め息を吐いた。
まったく、何が杞憂だか……
しかし、その昔の、杞の国はどの辺にあったのだろうか?
あまり真面目に勉強してなかったから覚えてもいないが、確か内陸の方だったか?
すると、もしかすると、この重慶も近くなんじゃないのか?
まあ、そんなことはどうでもいい、か……
「はぁ~あ……! とにかく、さっさと解決して、自由に飲みに行かせてくれよ!」
パン・フェイワンがうんざりしながら眺めた先――
そこにはやはり、黒くぼっかりとした空が口を開くように、超近代的な重慶の街の上に広がっていた。
――続く
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