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第二章 重慶からの依頼
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「ぬ、わぁ~ん……。あっつ……」
と、ゴシック風の、天井高く煉瓦造りの暖炉のあるハイカラモダンな洋室に、情けない声が響いた。
ここは日本は東京の神楽坂にある、古びたゴシック洋館の『神楽坂怪奇探偵コンサルタント事務所』――
その所長こと、綾羅木定祐は黒のアンティークデスクにだらしなく寄りかかっていた。
なお、この定祐という中年であるが、大正時代風の和装を――、それこそ、某銀とか玉とか作品名につく漫画の主人公のごとく、片方の袖は通さずに黒のハイネックのスポーツウェアが露わになった奇妙なファッションと、それに加えて、人を小馬鹿にしたようなナルシストな天パーと、これまた格好をつけてか、銀のインテリ眼鏡をかけていた。
そんな定祐中年であるが、だらしなくも佇んでいたところ、
「――むむ?」
と、“何か”の気配に気がついた。
どこから現れたのか、そこにいたのは、事務所が誇る黒猫こと、ベーコンであった。
そのベーコン黒猫は、トコトコとやって来たかと思うと、ふてぶてしくもデスクの天板へと載った。
(何が「ぬわ~ん」だ、このバカ面が。早く冷房つけんかい?)
仏頂面で睨む黒猫の目が、そう定祐中年に命じた。
「あん? 冷房入れろだと? 分かっとるわい」
定祐はやれやれと立ち上がり、冷房のスイッチをつけてやった。
というよりも、むしろ最初からつけておけばいいのであるが……
それから冷房が動く。
またさらに、高い天井には、レシプロ戦闘機のようなプロペラが垂れさがっているのであるが、“こやつ”もクルクルと回転させ、室内の空気をよく循環させる。
「ああ、くっそ……」
昨日風呂に入っておけばよかったなと、定祐は天然パーマをワシャワシャといじっていた。
これこそ、風呂くらい入っておけよという話であるが……
そこへ、
「――何が『ぬわぁ~ん』ですか? は、はんっ……、あっつ……!」
と、事務所助手こと上市理可が、暑がって変な声を出しつつ現れた。
長くもなく短くもないミドルロングヘアに、襟元の花飾りとリボンが特徴的な白と黒のシックカジュアル・クールビスと、新卒風の20代女子である。
「何が『ぬわん』とな? 暑いからに決まっておろう。まったく、君こそ目を線にして舌を出して、まるでやる気のない犬みたいな顔しおってからに……」
厭味な表情で定祐が言う。
確かに、その上市の顔は目が線になりかけており、舌をハッハッと出して暑がる犬のように見えなくもない。
「だって、暑いんですもーん……。――てか、定祐先生? 風呂入りました?」
「あん? 昨日は入らんかったわい」
「うっわ! きったな! 風呂くらい入りなさいよ、冬とか春じゃあるまいし!」
「やっかましいのう……、大丈夫やっちゃ。私はあまり汗かかんし、無臭だわい」
「はぁ? またダラみたいなこと言って――」
定祐中年と、地元は富山弁が出てしまう上市助手とが、何とも不毛な応酬をくり広げる。
ちなみに『ダラ』というのは、バカとかアホとか、そういった類の意味である。
また、この人間コンビが騒々しくしている中、
(ちっ……喚くなや! このサピエンスどもが!)
と、黒猫は舌打ちし、不機嫌そうな顔をするより他なかったが……
低レベルの争いは、いったん休戦状態にして、定祐中年がネットサーフィンを始めた。
クルクル回るプロペラの下、
「――ああ~っ……! 涼しっすね!」
と、上市も定祐と一緒になって冷気を浴びる。
そのように、所長と助手がそろってダラダラと過ごすのだが、その一方、別の机の上には依頼が溜まっていた。
電子媒体での依頼はもちろんのことだが、封蝋付きの封筒といったような時代遅れの紙媒体や、古文書といった媒体での依頼も多く来る。
またさらには、異世界の呪術の込められたエクスカリバー風の剣などと、ワケの分からない形態、形式の依頼もあるのだが……
ともかく、そのような感じで依頼が溜まっているにもかかわらず、この“輩たち”は未だ仕事を始めようとする気配はなかった。
時刻はすでに9時過ぎと、とっくに始業している世間一般に対し、申し訳ないと思わないのだろうか?
――続く
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