4 / 6
第二章 重慶からの依頼
1─1
しおりを挟む■■ 1 ■■
「ぬ、わぁ~ん……。あっつ……」
と、ゴシック風の、天井高く煉瓦造りの暖炉のあるハイカラモダンな洋室に、情けない声が響いた。
ここは日本は東京の神楽坂にある、古びたゴシック洋館の『神楽坂怪奇探偵コンサルタント事務所』――
その所長こと、綾羅木定祐は黒のアンティークデスクにだらしなく寄りかかっていた。
なお、この定祐という中年であるが、大正時代風の和装を――、それこそ、某銀とか玉とか作品名につく漫画の主人公のごとく、片方の袖は通さずに黒のハイネックのスポーツウェアが露わになった奇妙なファッションと、それに加えて、人を小馬鹿にしたようなナルシストな天パーと、これまた格好をつけてか、銀のインテリ眼鏡をかけていた。
そんな定祐中年であるが、だらしなくも佇んでいたところ、
「――むむ?」
と、“何か”の気配に気がついた。
どこから現れたのか、そこにいたのは、事務所が誇る黒猫こと、ベーコンであった。
そのベーコン黒猫は、トコトコとやって来たかと思うと、ふてぶてしくもデスクの天板へと載った。
(何が「ぬわ~ん」だ、このバカ面が。早く冷房つけんかい?)
仏頂面で睨む黒猫の目が、そう定祐中年に命じた。
「あん? 冷房入れろだと? 分かっとるわい」
定祐はやれやれと立ち上がり、冷房のスイッチをつけてやった。
というよりも、むしろ最初からつけておけばいいのであるが……
それから冷房が動く。
またさらに、高い天井には、レシプロ戦闘機のようなプロペラが垂れさがっているのであるが、“こやつ”もクルクルと回転させ、室内の空気をよく循環させる。
「ああ、くっそ……」
昨日風呂に入っておけばよかったなと、定祐は天然パーマをワシャワシャといじっていた。
これこそ、風呂くらい入っておけよという話であるが……
そこへ、
「――何が『ぬわぁ~ん』ですか? は、はんっ……、あっつ……!」
と、事務所助手こと上市理可が、暑がって変な声を出しつつ現れた。
長くもなく短くもないミドルロングヘアに、襟元の花飾りとリボンが特徴的な白と黒のシックカジュアル・クールビスと、新卒風の20代女子である。
「何が『ぬわん』とな? 暑いからに決まっておろう。まったく、君こそ目を線にして舌を出して、まるでやる気のない犬みたいな顔しおってからに……」
厭味な表情で定祐が言う。
確かに、その上市の顔は目が線になりかけており、舌をハッハッと出して暑がる犬のように見えなくもない。
「だって、暑いんですもーん……。――てか、定祐先生? 風呂入りました?」
「あん? 昨日は入らんかったわい」
「うっわ! きったな! 風呂くらい入りなさいよ、冬とか春じゃあるまいし!」
「やっかましいのう……、大丈夫やっちゃ。私はあまり汗かかんし、無臭だわい」
「はぁ? またダラみたいなこと言って――」
定祐中年と、地元は富山弁が出てしまう上市助手とが、何とも不毛な応酬をくり広げる。
ちなみに『ダラ』というのは、バカとかアホとか、そういった類の意味である。
また、この人間コンビが騒々しくしている中、
(ちっ……喚くなや! このサピエンスどもが!)
と、黒猫は舌打ちし、不機嫌そうな顔をするより他なかったが……
低レベルの争いは、いったん休戦状態にして、定祐中年がネットサーフィンを始めた。
クルクル回るプロペラの下、
「――ああ~っ……! 涼しっすね!」
と、上市も定祐と一緒になって冷気を浴びる。
そのように、所長と助手がそろってダラダラと過ごすのだが、その一方、別の机の上には依頼が溜まっていた。
電子媒体での依頼はもちろんのことだが、封蝋付きの封筒といったような時代遅れの紙媒体や、古文書といった媒体での依頼も多く来る。
またさらには、異世界の呪術の込められたエクスカリバー風の剣などと、ワケの分からない形態、形式の依頼もあるのだが……
ともかく、そのような感じで依頼が溜まっているにもかかわらず、この“輩たち”は未だ仕事を始めようとする気配はなかった。
時刻はすでに9時過ぎと、とっくに始業している世間一般に対し、申し訳ないと思わないのだろうか?
――続く
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる