♯00【神楽坂ゴシック・フォックス探偵事務所のB級的調査譚】重慶の幽鬼

る・美祢八

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第二章 重慶からの依頼

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   ■■ 1 ■■


「ぬ、わぁ~ん……。あっつ……」


 と、ゴシック風の、天井高く煉瓦造りの暖炉のあるハイカラモダンな洋室に、情けない声が響いた。

 ここは日本は東京の神楽坂にある、古びたゴシック洋館の『神楽坂怪奇探偵コンサルタント事務所』――

 その所長こと、綾羅木定祐は黒のアンティークデスクにだらしなく寄りかかっていた。

 なお、この定祐という中年であるが、大正時代風の和装を――、それこそ、某銀とか玉とか作品名につく漫画の主人公のごとく、片方の袖は通さずに黒のハイネックのスポーツウェアが露わになった奇妙なファッションと、それに加えて、人を小馬鹿にしたようなナルシストな天パーと、これまた格好をつけてか、銀のインテリ眼鏡をかけていた。 

 そんな定祐中年であるが、だらしなくも佇んでいたところ、


「――むむ?」


 と、“何か”の気配に気がついた。

 どこから現れたのか、そこにいたのは、事務所が誇る黒猫こと、ベーコンであった。

 そのベーコン黒猫は、トコトコとやって来たかと思うと、ふてぶてしくもデスクの天板へと載った。

(何が「ぬわ~ん」だ、このバカ面が。早く冷房つけんかい?) 

 仏頂面で睨む黒猫の目が、そう定祐中年に命じた。

「あん? 冷房入れろだと? 分かっとるわい」

 定祐はやれやれと立ち上がり、冷房のスイッチをつけてやった。

 というよりも、むしろ最初からつけておけばいいのであるが……

 それから冷房が動く。

 またさらに、高い天井には、レシプロ戦闘機のようなプロペラが垂れさがっているのであるが、“こやつ”もクルクルと回転させ、室内の空気をよく循環させる。

「ああ、くっそ……」

 昨日風呂に入っておけばよかったなと、定祐は天然パーマをワシャワシャといじっていた。

 これこそ、風呂くらい入っておけよという話であるが……

 そこへ、 


「――何が『ぬわぁ~ん』ですか? は、はんっ……、あっつ……!」


 と、事務所助手こと上市理可が、暑がって変な声を出しつつ現れた。

 長くもなく短くもないミドルロングヘアに、襟元の花飾りとリボンが特徴的な白と黒のシックカジュアル・クールビスと、新卒風の20代女子である。

「何が『ぬわん』とな? 暑いからに決まっておろう。まったく、君こそ目を線にして舌を出して、まるでやる気のない犬みたいな顔しおってからに……」

 厭味な表情で定祐が言う。

 確かに、その上市の顔は目が線になりかけており、舌をハッハッと出して暑がる犬のように見えなくもない。

「だって、暑いんですもーん……。――てか、定祐先生? 風呂入りました?」 

「あん? 昨日は入らんかったわい」

「うっわ! きったな! 風呂くらい入りなさいよ、冬とか春じゃあるまいし!」

「やっかましいのう……、大丈夫やっちゃ。私はあまり汗かかんし、無臭だわい」

「はぁ? またダラみたいなこと言って――」

 定祐中年と、地元は富山弁が出てしまう上市助手とが、何とも不毛な応酬をくり広げる。

 ちなみに『ダラ』というのは、バカとかアホとか、そういった類の意味である。

 また、この人間コンビが騒々しくしている中、

(ちっ……喚くなや! このサピエンスどもが!)

 と、黒猫は舌打ちし、不機嫌そうな顔をするより他なかったが……



 低レベルの争いは、いったん休戦状態にして、定祐中年がネットサーフィンを始めた。 

 クルクル回るプロペラの下、

「――ああ~っ……! 涼しっすね!」

 と、上市も定祐と一緒になって冷気を浴びる。

 そのように、所長と助手がそろってダラダラと過ごすのだが、その一方、別の机の上には依頼が溜まっていた。

 電子媒体での依頼はもちろんのことだが、封蝋付きの封筒といったような時代遅れの紙媒体や、古文書といった媒体での依頼も多く来る。

 またさらには、異世界の呪術の込められたエクスカリバー風の剣などと、ワケの分からない形態、形式の依頼もあるのだが……

 ともかく、そのような感じで依頼が溜まっているにもかかわらず、この“やからたち”は未だ仕事を始めようとする気配はなかった。

 時刻はすでに9時過ぎと、とっくに始業している世間一般に対し、申し訳ないと思わないのだろうか?


――続く
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