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1.日常
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しおりを挟むライブで号泣した総司は、トイレに駆け込み、特典会のために身なりを整えた。
総司は身なりについてはこだわりはないが、他者に失礼のないように最低限は気を遣っている。それに、汚いものをイオの視界に入れたくはないし、イオのファンとして汚点になってはならないと信念があった。
そもそも総司は黙っていればかっこいい。短く切り揃えたツーブロックに、すっきりとした輪郭。引き締まった口元と二重の目は凛々しさを感じさせる。細身のスーツをスタイリッシュに着こなす姿は爽やかだ。ただでさえ、ファンに男性が少ないため、女性ファンの間では総司は秘かに有名だった。しかし、総司本人は自らのかっこよさには無頓着であり、また、女性ファンも結局は推しが最高であるため、お互い無干渉だった。それに、女性ファンは荒ぶる総司の姿を見ていることもあって、総司に抱く感情は仲間意識のほうが強かった。
総司がフロアに戻ると、大勢のファンが特典会を待っていた。
特典会とは、物販でCDやグッズ、ランダムチェキを買うと、特典券がもらえ、その特典券の枚数によって、握手ができたり、写真が撮れたりするものだ。TwinMeteorの場合、千円毎に特典券が一枚。握手は特典券五枚で、写真撮影は特典券十枚となっている。握手は十秒ではがされ、写真はソロショットでもツーショットでも撮れるシステムだ。
総司は物販で迷いなく六万円を使い、特典券を六十枚ゲットした。CDやグッズはすでに持っているものばかりだが、そんなことは関係ない。ランダムチェキは毎回違うので、貪欲に買ってしまう。イオと過ごす一分一秒のために働いているのだから、金は惜しまない。さらに買い増しすることもしばしばだった。イベントライブや生誕ライブの時は、十万以上使うこともある。
握手で二十枚、写真撮影で四十枚を使うことを決める。イオと何を話すか考えていると、総司は顔馴染みを見つけた。
「七海(ななみ)さん、お疲れさまです」
総司が声をかけた相手は女性ファンの七海だ。七海は黒のパンツスーツにTwinMeteorのTシャツを着て、長い髪を低い位置で一つにまとめていた。Tシャツは綺麗な青色で、TwinMeteorのロゴとイオの名前がデザインされているものだ。
「あ、お疲れ、ソウジくん」
「今日もイオくん最高でしたね」
「うんうん、頑張ってたね」
「あと、顔が綺麗。世界一綺麗」
「わかる。今日も顔面国宝だったね」
総司と七海は大きく頷いた。同担同士でわかりみを共感していた。
総司が初めて行ったTwinMeteorのライブで、七海と仲良くなって以降、現場で会う度に話をしている。素性は知らないが、お互い二十六歳という年齢は知っている仲だ。また、七海というのは本名ではなくハンドルネームだ。総司はイオを推すようになってから、SNSでアカウントを作ったが、何も考えず「ソウジ」にした。
「今日は何枚?」
「とりあえず六十枚です」
「うわー相変わらずだね」
七海は総司の特典券の束を見て、目を丸くした。そんな七海も手には三十枚の特典券を持っている。
「生きがいですから」
総司は照れるように笑い、七海は「このために生きてるからね」と同意する。
総司と七海はイオのトップオタと言っても差し支えないが、二人はそんなことを気にせず、ただ純粋にイオを推していた。
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