狐に幸運、人に仇

藤岡 志眞子

文字の大きさ
6 / 35

6 通り雨

しおりを挟む
花嫁衣装が仕上がった。
費用は全て久尾屋持ちで、ひとつひとつがいちいち豪華絢爛で目が眩む。
祭りからわずか二週間後の今日、あれから何回か蒼助さんと会う機会はあったがいつも誰かしらいて、ふたりきりで話す時間はなかった。
いや、なくて良かった。
祭りの帰り不意に口付けされ、してきた蒼助さん自身がなぜか驚いていた。
何事もなかったかのように少し早歩きで、私なんかいないみたいに無言で、挨拶もそこそこで帰路に着いた。
何だったのだろう。
口付けされる前に何か言っていたが、緊張と恥ずかしさと、塞がれた耳のせいで何を言ったのかわからない。
単語なのはわかるのだが、口があまり動いていなかったのでわからない。
もやもやしたまま祝言の日を迎えようとしている、十八歳の私。

なんか、思ってたのと違う。





なぜ自分からあんな事を…?
女に対して悩んだり考えたりなんかした事がないし、誰かに話を聞いて欲しいが言いたくない。仕事も集中できないし頭は痒いし最悪だ。頭を掻きむしりながら店と母屋を結ぶ渡り廊下を歩いていると、

「兄さん、頭洗ってないの?ちゃんと髪の毛撫で付けなさいよ、汚ったない。」

渡り廊下の突き当たりの客間から安記が出てきて、開口一番キツい言葉を吐く。
安記は蒼助のひとつ下の十八歳。あかりと同い年だが、三年前に米屋に嫁いで二歳になる娘がいる。嫁に行ったのに四ヶ月に一度は帰ってくる。

「なんだ、また具合悪いのか。来たの先月じゃなかったか。」

「馬鹿。兄さんの祝言あるから帰って来たんでしょ。」

「祝言までまだ半月もあるじゃないか。前日でいいだろ。」

「うっるさいな、いちいち。いいの、母さんが帰って来てって言ったの。」

「絢音は?」

「置いて来た。」

「なんで。」

「うっっるさい。」


相変わらずだ。
妹の安記は気が強くて跳ねっ返りでキツくて我儘。よく嫁の貰い手が付いたと思うが、俺と一緒で母親に似て見た目がいい。
女にしては背が高く一六二センチあって、今流行りの洋装(ドレス)なんか着たら似合う体型だ。
色が抜けるように白くて、茶色い髪で大きな猫目に薄茶の瞳。小顔で鼻筋が通っていて、左にある大きな八重歯が幼く見える。
手習いを始めた頃から城で働かないか、茶屋で働かないかなんて声を掛けられ始め、十歳も過ぎると縁談の話が山ほど来た。
美人なのを自負していて好き放題いろんな色男をちょろまかして、最終的に選りすぐった金持ちの二枚目次男と結婚した。
しかし、まさかの実家暮らしで不満たらたら。嫁いで一ヶ月で実家に戻るも妊娠が分かり婚家に戻った。

うちでは安記を夕立と呼んでいる。
俺からしたら台風だけどな。







「安記、また痩せたんじゃない?ごはんちゃんと食べてるの?」

「母さん、お腹空いたぁ。うどん、うどん食べに行こうよぉ。」

「そうね、黒村では食べられないわよね、お米屋さんだもの。息抜きも大切よ、さあ、行きましょう。」

呆れる。
安記がこうなったのは母さんのせいでもある。
生まれた時小さく病弱で、心配が変な愛情に変わり甘やかした結果、こうなった。
おやじは安記が苦手で、もっと落ち着け言う事を聞け、女らしく振る舞えと言い続け、ひとつも叶わず結局嫌われ今に至る。
安記がこの世でいちばん信頼し、唯一言う事を聞くのは母さんだけだ。

「安記、もう帰って来たのか。」

いつの間に隣で腕組みをして、母さんと安記の背中を見送りながら、同じく呆れるおやじも同じ思いだろう。

「麻記が甘やかすのもわかるがな…黒村の家も苦労してるだろうな。」

「まぁ、あいつも狐憑きだからな。」

「ほんの少しってのも厄介だが、恭亮と違ってこっちの世界で生活できるんだから、良いもんだよ。」

「狐憑きって辛いのか。」

「私はふつうだからね。まぁ、帰って来た時半月も飯も食わずに床に臥せって苦しんでるんだから、可哀想っちゃ可哀想だが。いやぁ、可愛くないのは変わらない。」

「…あぁ。」

「絢音は白で本当に良かったよ。女狐憑きからは生まれないって言っても、気が気じゃなかったしな。」

「二人目で生まれたりして。」

「馬鹿言うな、さっさと店に戻れ。って蒼助、頭。汚ねぇな。」

「あ、あぁ。」

…安記はおやじ似なのかも。





数年前にあった本家の招集。
狐憑きには会えないが、白(狐憑きではない者)も参加、可という異例の招集があった。
その時に、今まで一族の一部の者しか説明されなかった話を聞いた。

安森家の本家は西の国にあり、分家含めて十四家ある。
久尾屋のある東の国には他にも二家あるが、本家招集の集まり以外会わないため疎遠だ。
十四家全てが狐憑きの恩恵を受けて、莫大な財産、幸運、繁栄に恵まれ続けている。
しかし、おやじの祖父の代からぱったりと狐憑きが生まれなくなり、十四家全てが存続不能の危機に陥った。
そんな時、黒の狐憑きが一族の白同士の夫婦に生まれた。
狐憑きにも階級があり、男は黒から順に藍、碧、緑、女は紅、朱(しゅ)、桃色である。
そうでない者は白に分けられる。

緑、桃色はこちらの世界で暮らす事が許され、それ以上の黒、紅、碧は離れで白との接触は一切禁止の一生を送る。
朱だけは本家の審議でどちらか選ばれるので、一概には言えない。

話は戻り、黒の狐憑きが生まれたのをきっかけに安森十四家に次々と狐憑きが生まれ、最悪の状況から抜け出せたという。

狐憑きの一族は全体的に色素が薄く、背が高くなる傾向がある。美形もそうなのではという意見もあるが、狐憑き全員美形とは限らない。
実際白である俺は美形だし、紅の狐憑きは控えめに言って醜女と聞く。
また、女狐憑きからは狐憑きは生まれないというものもあり、こういったことから男の狐憑きが大切にされる傾向にある。

今現在は黒がひとり、藍がふたり、碧が五人、緑が七人。紅がひとり、朱が四人、桃色が十人いる。
安森家全体で、三十人である。

しかし数が多ければ幸せというわけでもない。
実際、黒、藍は結婚して妻を娶らない限り一生ひとりであり、紅、一部の朱は結婚も許されず一生ひとりである。
一族の繁栄の為と大切にされるが、人としては扱われないのだ。

なら白で生まれた一族は得?
いや、一族から見て白は最下級。狐憑きからみたら塵だ。狐憑きのために一生尽くさなければならない。

こんな事がこの先更に何十年、何百年続くなんて思うと吐き気がする。

…あかりは、どうなるのだろう。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

処理中です...