狐に幸運、人に仇

藤岡 志眞子

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10 二度寝

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あかりがうちに来て一週間経った。
顔を合わせるのは朝飯と晩飯の時くらい。
昼飯は店の座敷で食うし、特に用事はないから会話もない。母屋の廊下ですれ違っても会釈くらいだ。

辛い。

祭りの時に気付いたが、顔が可愛い。
声がいい。
仕草も、いい。
謙虚で腰が低くて、いい。
口数が少なくて、いい。
小さくて、いい。
全部、いい。

やばい。

飯食ってる時、俺はきっとあかりを無意識で凝視してると思う。すると、隣のおやじが俺を凝視してくる。視線に気付いておやじを見て、目が合う。そんな事が飯食ってる間三回はある。完全にバレてるし、完全にやられている俺がいる。
女ってこんな生き物だっただろうか。違う。あかりって人間が珍しいんだ。

兄さんにやるのが悔しい。







どうやら蒼助はあかりさんに惚れているようだ。父親じゃなくても、あんなあからさまじゃあ誰だってわかる。
店の者に聞いたが、前より厠に行く回数が増えたし、始終ぼーっとしてるらしい。
何も知らない人がこれだけ聞いたら、どこか調子が悪いんじゃないかってなるだろうが、新婚さんなんですよ、って言うと納得する。あかりさん見たさに厠に行って、仕事中ずっと考えてるに違いない。

まずい。

蒼助に言い寄られたら、あかりさんだって本気で惚れてしまうだろう。恭亮のところには行かぬ行かせぬとなってしまっては、大変困る。
そうだ、早いうちから恭亮のところに行かせたらどうだろうか。今だったら蒼助も諦めが付くかもしれないし。
あんなに女に興味がなかったのに、なぜこんなあっさりと?紺屋の娘さんがあれだけ言い寄ってきた時も、他にもたくさん魅力的なお嬢さん方がいたのに、表情ひとつ変えずに皮肉ばかり言っていたあいつが。
祝言を挙げたから勘違いを起こしてるのか。なら、あかりさんの方がそうなるはずだ。
あかりさんはどうなのだろう。毎日麻記について買い物や裁縫をやっているから、蒼助を見に行っている風もない。
飯時もふつうだし、蒼助の視線に気付いているのかいないのか、淡々としている。ふたり喋っているのも見た事はないし、いや、こっそり会っているのか。
とにかく、早めに行かせて百日目に祝言だ。まず、麻記に相談してみよう。


「駄目ですよ。」

「え。」

「早く行かせても予定通り行かせても、変わらないって事です。」

「………。」

「本家に黙って行かせるつもりですか。後で何か言われたらどうするんですか。この上、安記の事を出されたら、今後一切こちらの選択権はなくなりますよ。」

「それもそうだが。」

「あなたは甘いんですよ。こうなる事は想定内です。蒼助に免疫が無かったって事なんですよ。いくら相手から好きと言われても、自分から好きになった事がない蒼助にはわからなかったのよ。それが、自分から好きになって、あかりさんにも好意が自分に対してあるとわかったから、大恋愛してると勘違いしてるんです。」

「じゃあ、どうしたらいい。」

「大丈夫です。時間が経てば冷めますよ。残りの期間、妊娠さえさせなきゃいいんです。これだけ守っていれば本家からも何も言われないし。」

「…麻記、」

「百日経って恭亮のところに行けば一緒にいた時の事なんてお互い忘れるでしょうし。」

「…頼もしいが、ちょっと怖いぞ。」

「私は狐憑きの一族の妻です、母親です。多少の犠牲は付いてくるもの。」

麻記の言った犠牲とは、どの事なのだろうか。
自分の手で育てられなかった恭亮か。
初恋の相手を兄に取られる蒼助か。
翻弄されるあかりさんか。
全部、犠牲者という事か。





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