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14 分かれ道
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祝言を挙げてからの一ヶ月間は何だったのだろうと思うくらい、蒼助さんが変わった。
あの事件以来、お義父様やお義母様の目があっても、私の手を握ったり、笑い合ったり、抱きしめたりする様になった。
恥ずかしいが、正直嬉しい。
一緒に舞台を観に行ったり、甘味処に行ったり、散歩したりと毎日が楽しい。
これが新婚か。世界がきらきらして見える。
蒼助さんは今、一昨日から薬種問屋の会合という名の湯治に出かけている。
たった二日しか離れていないのに、四六時中寂しさが込み上げてくる。
明後日帰ってくる。蒼助さんに会えるのが待ち遠しい。
未だに別々に寝ているが、時々夜、私の部屋にやって来ては事をする。
事件以来なぜかお義母様は、ふだん客間として使っている中庭隔てた部屋で寝起きをし始めた。
はじめお義父様と喧嘩をしたのかと思ったが、相変わらず仲は良い。
蒼助さんが私の部屋に足を運ぶのも申し訳ないし、中庭を隔てているとしても事の最中気が気ではない。
蒼助さんに声は殺してと言われ、かなり気を付けている。
たまらず寝室を一緒にして欲しいと頼んだけれど、蒼助さんの部屋も私の部屋も狭いから、と納得し難い返事が返ってきた。
お義父様とお義母様の寝室も同じ六畳なのに…。
狭いと何か悪い事が?だから今お義母様達も別々に…?
でも疑問点はそれくらいで、結婚生活は順調だ。
秋も半ば、朝飯の膳が運ばれる。
今日の献立は卵焼きに、きんぴらごぼう、きゅうりの糠漬けに、油揚げと葱の味噌汁、そして白米。
相変わらず豪華で朝からわくわくしてしまう。
「いただきます。」
箸を取り味噌汁をすする。糠漬けを食べて白米を口に持っていった瞬間。
ほとんど空の、胃の腑からすっぱい物が湧き上がり、慌てて口に溜めたが間に合わなかった。
畳に吐瀉物が広がる。
「あかりさん、大丈夫。」
お義母様の顔を見る。険しい表情だ。心配しているのだろう。背中を摩り、江里に雑巾を頼む。
自室に布団が敷かれ、寝かされた。夏の疲れが出たのかな。
久尾屋の帳簿の仕事を手伝うようになったあかりは最近、根を詰めて仕事をしていた。
そのうちに安森家の専属医師、そしてあかりの前々保護者がやってきた。
「脈を測るよ。」
知ってる祥庵に見えない。険しい顔で脈をとる。私から手を離し、後ろで控えていたお義母様に目配せする。何かの病気なのだろうか。
「あかり、月のものは来ているか。」
「え。」
記憶を遡る。
一、二、…指折り数えて、
「そういえば、二ヶ月来ていません。」
「あかり、今あかりのお腹に、子がいる。」
雷に打たれたような衝撃が走った。
「最後の月のものはいつか覚えているか。」
「えっと、お盆のあたりだったかと。」
「今、妊娠三ヶ月ちょっと過ぎたくらいだ。なぜ気付かなかった。あかり、雪庵先生のところにいたんだろ。」
妊娠。実感はないが、嬉しさが込み上げる。
そんなあかりとは反対に、お義母様とお義父様はあまり喜ばしく思っていなさそうだった。蒼助さんは、どうだろう。
「あと少しだったが、妊娠三ヶ月という事は最初のあれか。」
「やめてくださいな、下品ですよ。」
「麻記の見張りも意味が無かったという事だな。」
「…どっちにしろ安森家は堕胎は禁止です。どうしましょう。」
「蒼助の、意思に従うしかなさそうだな。」
「………蒼助に伝えましょう。」
あかりが安森家に来て九十二日目。密かに、あかりは蒼助の正式な妻になった。
あの事件以来、お義父様やお義母様の目があっても、私の手を握ったり、笑い合ったり、抱きしめたりする様になった。
恥ずかしいが、正直嬉しい。
一緒に舞台を観に行ったり、甘味処に行ったり、散歩したりと毎日が楽しい。
これが新婚か。世界がきらきらして見える。
蒼助さんは今、一昨日から薬種問屋の会合という名の湯治に出かけている。
たった二日しか離れていないのに、四六時中寂しさが込み上げてくる。
明後日帰ってくる。蒼助さんに会えるのが待ち遠しい。
未だに別々に寝ているが、時々夜、私の部屋にやって来ては事をする。
事件以来なぜかお義母様は、ふだん客間として使っている中庭隔てた部屋で寝起きをし始めた。
はじめお義父様と喧嘩をしたのかと思ったが、相変わらず仲は良い。
蒼助さんが私の部屋に足を運ぶのも申し訳ないし、中庭を隔てているとしても事の最中気が気ではない。
蒼助さんに声は殺してと言われ、かなり気を付けている。
たまらず寝室を一緒にして欲しいと頼んだけれど、蒼助さんの部屋も私の部屋も狭いから、と納得し難い返事が返ってきた。
お義父様とお義母様の寝室も同じ六畳なのに…。
狭いと何か悪い事が?だから今お義母様達も別々に…?
でも疑問点はそれくらいで、結婚生活は順調だ。
秋も半ば、朝飯の膳が運ばれる。
今日の献立は卵焼きに、きんぴらごぼう、きゅうりの糠漬けに、油揚げと葱の味噌汁、そして白米。
相変わらず豪華で朝からわくわくしてしまう。
「いただきます。」
箸を取り味噌汁をすする。糠漬けを食べて白米を口に持っていった瞬間。
ほとんど空の、胃の腑からすっぱい物が湧き上がり、慌てて口に溜めたが間に合わなかった。
畳に吐瀉物が広がる。
「あかりさん、大丈夫。」
お義母様の顔を見る。険しい表情だ。心配しているのだろう。背中を摩り、江里に雑巾を頼む。
自室に布団が敷かれ、寝かされた。夏の疲れが出たのかな。
久尾屋の帳簿の仕事を手伝うようになったあかりは最近、根を詰めて仕事をしていた。
そのうちに安森家の専属医師、そしてあかりの前々保護者がやってきた。
「脈を測るよ。」
知ってる祥庵に見えない。険しい顔で脈をとる。私から手を離し、後ろで控えていたお義母様に目配せする。何かの病気なのだろうか。
「あかり、月のものは来ているか。」
「え。」
記憶を遡る。
一、二、…指折り数えて、
「そういえば、二ヶ月来ていません。」
「あかり、今あかりのお腹に、子がいる。」
雷に打たれたような衝撃が走った。
「最後の月のものはいつか覚えているか。」
「えっと、お盆のあたりだったかと。」
「今、妊娠三ヶ月ちょっと過ぎたくらいだ。なぜ気付かなかった。あかり、雪庵先生のところにいたんだろ。」
妊娠。実感はないが、嬉しさが込み上げる。
そんなあかりとは反対に、お義母様とお義父様はあまり喜ばしく思っていなさそうだった。蒼助さんは、どうだろう。
「あと少しだったが、妊娠三ヶ月という事は最初のあれか。」
「やめてくださいな、下品ですよ。」
「麻記の見張りも意味が無かったという事だな。」
「…どっちにしろ安森家は堕胎は禁止です。どうしましょう。」
「蒼助の、意思に従うしかなさそうだな。」
「………蒼助に伝えましょう。」
あかりが安森家に来て九十二日目。密かに、あかりは蒼助の正式な妻になった。
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