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15 袋小路
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生まれた子は、狐憑きだった。
「冬馬、息子を離れに置かないのなら、本家に連れて行くまでだ。」
二人目の子供は本家にとっては待望の狐憑きで、しかも黒。
白髪で目は薄水色、肌は白く日焼けしたら溶けてしまいそうだった。
私にも妻にも似ていない。
どこから話が漏れたのか、いきなり実家から使いが来て長男を強制的に引き取ると言ってきた。
一族全体が百年近く狐憑きが生まれず、どこの家も不幸続きで絶望の淵に立たされていた。
そんな状況だからといって家を出て、名前を変えて暮らしていたわけじゃない。
本当に縁を切りたかった。
狐憑きの恩恵ではなく、自分の実力、運のみで生きていきたかった。
なのに、なぜ私のところに生まれてきてしまうんだ。
息子は有無を言わず実家に連れていかれた。
私の実家は、安森一族の本家である。
なのに、分家よりだいぶ早い段階で狐憑きが生まれなくなり、不幸が重なり、たくさんの血縁者が亡くなった。
しかし、狐憑きの恩恵が途絶えたから亡くなったのかは疑問ではある。
しかし、私のところに狐憑きが生まれるのは、呪いとしか思えない。
私の曽祖母は紅の狐憑きだったという。
生まれた瞬間から家族と離され、一生箱庭のような小さな世界で生きていく定めであった。
曽祖母も息子と同様白髪で色白であったらしいが、目の色だけは紅く兎のような見た目だったそうだ。
一族のために自分の運を使い果たし、十四歳で亡くなった。
その曽祖母が本家では最後の狐憑きだった。
こんな事、終わらせなければいけない。
白であった私は外の世界に出て、医学を学び医師を目指した。不運でなった病気や怪我を私の手で治してみたい。
運命なんてない。自分の努力でどうにでもなる。
そう信じたかったのに、今は信じられなくなってきている。
せめて、娘の人生は変えてやりたい。
定められた、という人生を軌道修正させるため、手も汚した。人も死んだ、人生も狂わせた、なのに。
娘は戻って来ない。
息子が実家に行ってすぐ、妻と娘を連れて北寄りの、東の国に引っ越した。
医者をしながらふつうの、人間らしい生活を送った。幸せだった。三人目、四人目、五人目と男ばかり次々と生まれ、幸いな事に皆健康で狐憑きはいなかった。
暫くして手紙が届いた。
実家からであった。
娘が朱(アカ)の狐憑き、力が相当あるので引き取りに行く、という内容だった。
娘が生まれたという事さえ隠していたのに。十五年も隠し続けられていたのになぜ今頃。
そんな事は今はどうでもいい。何とかしないと。もし審議にかけられ、離れに行く事が決定してしまったら、二度と娘は外の世界に出られなくなる。それは避けたい。
必死に策を考えるがまとまらなかった。
そんな時、そう遠くない田舎に妙な仕事をしている奴がいるとの噂を聞いた。
その仕事とは、神隠し、という。
例えば、意にそぐわない結婚をさせられそうな者や離縁したい者、借金取りから逃れたい者など、一時的に行方を晦まし今の状況から脱却する、そのきっかけを作る、というものだった。
これだ。
すぐにその人物を探した。
なかなか手がかりが見つからず難儀したが、苦労の甲斐あって見つける事ができた。
その男は神隠しの対象者を誘拐や行方不明にみせかけて保護する。それから仲間に預け、名前、出生などの偽造をする。
預ける場所は複数あって状況によって選べるという。
そして期間を終えたら代金を払い、偽装した書類と共に新天地を決めて新しく人生をやり直す、または元居た場所に帰る、といろいろと世話を妬いてくれるという。
怪しさは拭い切れなかったが、他に方法がわからなかった。
早速、娘の相談をした。
流れとしては行方不明にし、男の家から近い所にある仲間の旅籠に留め置く事にした。町の近くであり安森の人間も近くに住んでいた。気付かれるのではないかと心配したが、村人は少ないし旅籠といっても人は滅多に来ない、村をうろついていたらすぐに場所を変えるという事だったので、男の指定したその場所に決めた。
期間は半年か一年ほど。
そして書類が出来上がり次第、実家には亡くなったと説明する。そのために寺に死亡届を発行してもらい、偽造した出生届を作ってもらう。
実家が納得したら、娘を戻し再び見つからないように隠し暮らすという計画だった。数年隠し通し、お嫁に出して仕舞えばもうわからないだろう。
万事上手く行く。そう信じて止まなかったのに、歯車が狂ってしまった。
娘をその男の所へ連れて行き、そこから男が世話役の仲間のところへ娘を連れて行った。
定期的に娘と手紙のやりとりをし、娘の安否を確認した。
娘が家を離れて三ヶ月、偽造出生届の手配が滞りなく進んでいると連絡が来た翌日。
娘が全く関係の無い人物に拐かされたと連絡があった。
目の前が真っ暗になり、そもそも売り飛ばすつもりで娘を預かったのではないかと詰め寄ったが、そんな事実はなかった。
話によると二週間ほど前に、流れの大工に扮した人攫いの一家が、滞在場所の近辺に引っ越して来たらしい。
そしてそれを知らず、人攫いの子供と娘を接触させてしまった。
子供を利用し、人気のないところに誘き寄せ、攫う。
もしかしたら遊郭に売られたのではないかと探し回ったが見つからず、後悔ばかりが残った。
悔やんでも悔やみ切れない。
そして、娘が滞在していたところの奉公人が自殺したとも聞いた。
遺書もあり、小夜さんを守れなかった事を後悔している、と、綴られていた。
どうやら娘の初恋相手のようだった。
「冬馬、息子を離れに置かないのなら、本家に連れて行くまでだ。」
二人目の子供は本家にとっては待望の狐憑きで、しかも黒。
白髪で目は薄水色、肌は白く日焼けしたら溶けてしまいそうだった。
私にも妻にも似ていない。
どこから話が漏れたのか、いきなり実家から使いが来て長男を強制的に引き取ると言ってきた。
一族全体が百年近く狐憑きが生まれず、どこの家も不幸続きで絶望の淵に立たされていた。
そんな状況だからといって家を出て、名前を変えて暮らしていたわけじゃない。
本当に縁を切りたかった。
狐憑きの恩恵ではなく、自分の実力、運のみで生きていきたかった。
なのに、なぜ私のところに生まれてきてしまうんだ。
息子は有無を言わず実家に連れていかれた。
私の実家は、安森一族の本家である。
なのに、分家よりだいぶ早い段階で狐憑きが生まれなくなり、不幸が重なり、たくさんの血縁者が亡くなった。
しかし、狐憑きの恩恵が途絶えたから亡くなったのかは疑問ではある。
しかし、私のところに狐憑きが生まれるのは、呪いとしか思えない。
私の曽祖母は紅の狐憑きだったという。
生まれた瞬間から家族と離され、一生箱庭のような小さな世界で生きていく定めであった。
曽祖母も息子と同様白髪で色白であったらしいが、目の色だけは紅く兎のような見た目だったそうだ。
一族のために自分の運を使い果たし、十四歳で亡くなった。
その曽祖母が本家では最後の狐憑きだった。
こんな事、終わらせなければいけない。
白であった私は外の世界に出て、医学を学び医師を目指した。不運でなった病気や怪我を私の手で治してみたい。
運命なんてない。自分の努力でどうにでもなる。
そう信じたかったのに、今は信じられなくなってきている。
せめて、娘の人生は変えてやりたい。
定められた、という人生を軌道修正させるため、手も汚した。人も死んだ、人生も狂わせた、なのに。
娘は戻って来ない。
息子が実家に行ってすぐ、妻と娘を連れて北寄りの、東の国に引っ越した。
医者をしながらふつうの、人間らしい生活を送った。幸せだった。三人目、四人目、五人目と男ばかり次々と生まれ、幸いな事に皆健康で狐憑きはいなかった。
暫くして手紙が届いた。
実家からであった。
娘が朱(アカ)の狐憑き、力が相当あるので引き取りに行く、という内容だった。
娘が生まれたという事さえ隠していたのに。十五年も隠し続けられていたのになぜ今頃。
そんな事は今はどうでもいい。何とかしないと。もし審議にかけられ、離れに行く事が決定してしまったら、二度と娘は外の世界に出られなくなる。それは避けたい。
必死に策を考えるがまとまらなかった。
そんな時、そう遠くない田舎に妙な仕事をしている奴がいるとの噂を聞いた。
その仕事とは、神隠し、という。
例えば、意にそぐわない結婚をさせられそうな者や離縁したい者、借金取りから逃れたい者など、一時的に行方を晦まし今の状況から脱却する、そのきっかけを作る、というものだった。
これだ。
すぐにその人物を探した。
なかなか手がかりが見つからず難儀したが、苦労の甲斐あって見つける事ができた。
その男は神隠しの対象者を誘拐や行方不明にみせかけて保護する。それから仲間に預け、名前、出生などの偽造をする。
預ける場所は複数あって状況によって選べるという。
そして期間を終えたら代金を払い、偽装した書類と共に新天地を決めて新しく人生をやり直す、または元居た場所に帰る、といろいろと世話を妬いてくれるという。
怪しさは拭い切れなかったが、他に方法がわからなかった。
早速、娘の相談をした。
流れとしては行方不明にし、男の家から近い所にある仲間の旅籠に留め置く事にした。町の近くであり安森の人間も近くに住んでいた。気付かれるのではないかと心配したが、村人は少ないし旅籠といっても人は滅多に来ない、村をうろついていたらすぐに場所を変えるという事だったので、男の指定したその場所に決めた。
期間は半年か一年ほど。
そして書類が出来上がり次第、実家には亡くなったと説明する。そのために寺に死亡届を発行してもらい、偽造した出生届を作ってもらう。
実家が納得したら、娘を戻し再び見つからないように隠し暮らすという計画だった。数年隠し通し、お嫁に出して仕舞えばもうわからないだろう。
万事上手く行く。そう信じて止まなかったのに、歯車が狂ってしまった。
娘をその男の所へ連れて行き、そこから男が世話役の仲間のところへ娘を連れて行った。
定期的に娘と手紙のやりとりをし、娘の安否を確認した。
娘が家を離れて三ヶ月、偽造出生届の手配が滞りなく進んでいると連絡が来た翌日。
娘が全く関係の無い人物に拐かされたと連絡があった。
目の前が真っ暗になり、そもそも売り飛ばすつもりで娘を預かったのではないかと詰め寄ったが、そんな事実はなかった。
話によると二週間ほど前に、流れの大工に扮した人攫いの一家が、滞在場所の近辺に引っ越して来たらしい。
そしてそれを知らず、人攫いの子供と娘を接触させてしまった。
子供を利用し、人気のないところに誘き寄せ、攫う。
もしかしたら遊郭に売られたのではないかと探し回ったが見つからず、後悔ばかりが残った。
悔やんでも悔やみ切れない。
そして、娘が滞在していたところの奉公人が自殺したとも聞いた。
遺書もあり、小夜さんを守れなかった事を後悔している、と、綴られていた。
どうやら娘の初恋相手のようだった。
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