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16 三叉路
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「恭亮、前に話した通り、その、なんだ、あかりさんだが。」
一ヶ月前に母屋に蒼助のお嫁さんとして来たあかりさんが、どうやら雲行きが怪しいとお父様が話し辛そうに言ってきた。
全く女性に興味がなく、あかりさんに対しても変わらない様子だと思っていたのに、何をきっかけにそうなったのかわかないが、どうも好いているようだ、と。
一過性のものだろうとその時笑いながら話していたが、笑い事ではなくなったという事がお父様の様子から窺える。
蒼助だって男だ。ふたつしか違わない年頃の。
だけど、僕は年頃の人間を知らないし、もちろん初恋もまだだ。
蒼助は今、どんな気持ちなのだろう。
それから二ヶ月ほど経った今日。あかりさんが身籠ったとお父様が伝えに来た。
身籠ったとなると僕のお嫁さんにはなれない。
「僕のお嫁さんではなく、蒼助のお嫁さんになるのですね。良かったではないですか。蒼助は久尾屋の次期当主になります。ゆくゆくは結婚しなければいけません。順番が前後しただけです、だって安記がいちばん最初に結婚してるわけですから、気にする事はないですよ。」
「恭亮、おまえはどこまで人が良いんだ。私が言うのも難だが、蒼助は今回の話を重々承知で引き受けたんだよ。なのにこんな事になってしまって…。」
「一緒に暮らしていれば、そうなっても不自然ではないでしょう。蒼助が幸せなら構いません。僕はひとりでも大丈夫ですし。」
「いや、お嫁さんは貰ってもらうよ、ちゃんと探すから。ひとりが大丈夫だなんて言うな。その、何。離れて暮らしていても家族は家族だ。寂しい想いをさせてすまないが、私も麻記も恭亮を想っているのだよ。」
離れに遣られた狐憑きは、父親と、同じく狐憑きにだけは会える。まあ、安記は滅多に来ないし、会えるといってもしょっちゅうは無理だけど。
あまり会い過ぎると、その人物にだけ強く影響が出てしまうためだ。
部屋で焚くお香のように、間近で嗅ぐ者は具合が悪くなる、しかし漂う香りをふと嗅ぐくらいであれば気持ちが良い。
父親は僕に会った日はあまり家族と一緒にいないようにする。
お香の匂いが強く染み付いた者の側にいても具合が悪くなる、という感じだ。
「それとな、あかりさんは子を身籠ったと先伝えたが、生まれた子がもし狐憑きだった場合にだな。あかりさんがどう選択するかわからんが、どっちにしろ…」
「本家ですか。」
「そう考えている。うちに留め置くわけにはいかないからな。その時蒼助が子だけを本家にとなった場合も、説き伏せてふたり行かせようと思う。恭亮と安記、生まれて来る子が低かったとしても合わさると良くない。」
僕は藍の狐憑きで安記は桃色だ。
狐憑きは力によって色で振り分けをされるのだが、更に細かく数での配分がある。
配分は黒、紅がひとつ括りで九以上、
藍から刻み、(七・五から八・五)、朱(しゅ)はいちばん広範囲で(四・五から八・五)、碧は(四・五から七)緑と桃色が(三から四)になる。
三以下は白になる。
ひとつの家に十五以上の狐憑きがいるとなると、誰かを本家に送らなければならない決まりがある。
うちの場合、藍の僕が八・五。桃色の安記が四。
測定は本家の専門の者が見立てを出す。小数点単位で細かく出ているが、何を基準にそう出るのか僕にも分からない。
見た目でだいたいわかるが、曖昧な点も多いので子が生まれるとすぐに連絡しなければいけない。
僕の場合は生まれてすぐ藍だとわかったらしいが、安記の場合は狐憑きなのかどうなのかもわからなかったので、結果が出るまで生きた心地がしなかったとお父様は話してくれた。
あかりさんの子が緑だったとして最低三だとしても上回ってしまう。
「しかしだな、東の国の分家のひとつは藍と朱、碧が居るんだが、一緒に暮らしていると聞いてね。」
「なぜですか。」
「本家にそれとなく聞いてみた事があるんだ。そしたら、恭亮が生まれた頃あたりから、今までは生まれてもせいぜい碧か朱の低いのだったのが、急に高いのが生まれ始めてな。確かに、私達夫婦に藍のおまえが生まれるなんて今までは考えられない事だったんだよ。」
「それで。」
「要は本家が許容範囲を超えてしまった、という事らしい。」
「本家で預かれないから各々の家でという事ですか。」
「そういう事らしい。ずっと生まれて来なかった分の反動なんだろうな。まあ、そのお陰で災難が無くなって、どの家も家業が軌道に乗って景気が良いと聞くよ。」
景気が良い、か。
「だからもしかすると、碧、朱のあたりが生まれたとしても、預かってくれと言って断られる可能性がある。」
「ということは。」
「ここで暮らせと言われるかも知れん。」
え。僕が赤子の面倒を?
「僕とですか。」
蒼助の子を?
「それでだ、あかりさんも一緒にとなった場合。」
あかりさんと?
話が急に飛んで思考が止まった。
一ヶ月前に母屋に蒼助のお嫁さんとして来たあかりさんが、どうやら雲行きが怪しいとお父様が話し辛そうに言ってきた。
全く女性に興味がなく、あかりさんに対しても変わらない様子だと思っていたのに、何をきっかけにそうなったのかわかないが、どうも好いているようだ、と。
一過性のものだろうとその時笑いながら話していたが、笑い事ではなくなったという事がお父様の様子から窺える。
蒼助だって男だ。ふたつしか違わない年頃の。
だけど、僕は年頃の人間を知らないし、もちろん初恋もまだだ。
蒼助は今、どんな気持ちなのだろう。
それから二ヶ月ほど経った今日。あかりさんが身籠ったとお父様が伝えに来た。
身籠ったとなると僕のお嫁さんにはなれない。
「僕のお嫁さんではなく、蒼助のお嫁さんになるのですね。良かったではないですか。蒼助は久尾屋の次期当主になります。ゆくゆくは結婚しなければいけません。順番が前後しただけです、だって安記がいちばん最初に結婚してるわけですから、気にする事はないですよ。」
「恭亮、おまえはどこまで人が良いんだ。私が言うのも難だが、蒼助は今回の話を重々承知で引き受けたんだよ。なのにこんな事になってしまって…。」
「一緒に暮らしていれば、そうなっても不自然ではないでしょう。蒼助が幸せなら構いません。僕はひとりでも大丈夫ですし。」
「いや、お嫁さんは貰ってもらうよ、ちゃんと探すから。ひとりが大丈夫だなんて言うな。その、何。離れて暮らしていても家族は家族だ。寂しい想いをさせてすまないが、私も麻記も恭亮を想っているのだよ。」
離れに遣られた狐憑きは、父親と、同じく狐憑きにだけは会える。まあ、安記は滅多に来ないし、会えるといってもしょっちゅうは無理だけど。
あまり会い過ぎると、その人物にだけ強く影響が出てしまうためだ。
部屋で焚くお香のように、間近で嗅ぐ者は具合が悪くなる、しかし漂う香りをふと嗅ぐくらいであれば気持ちが良い。
父親は僕に会った日はあまり家族と一緒にいないようにする。
お香の匂いが強く染み付いた者の側にいても具合が悪くなる、という感じだ。
「それとな、あかりさんは子を身籠ったと先伝えたが、生まれた子がもし狐憑きだった場合にだな。あかりさんがどう選択するかわからんが、どっちにしろ…」
「本家ですか。」
「そう考えている。うちに留め置くわけにはいかないからな。その時蒼助が子だけを本家にとなった場合も、説き伏せてふたり行かせようと思う。恭亮と安記、生まれて来る子が低かったとしても合わさると良くない。」
僕は藍の狐憑きで安記は桃色だ。
狐憑きは力によって色で振り分けをされるのだが、更に細かく数での配分がある。
配分は黒、紅がひとつ括りで九以上、
藍から刻み、(七・五から八・五)、朱(しゅ)はいちばん広範囲で(四・五から八・五)、碧は(四・五から七)緑と桃色が(三から四)になる。
三以下は白になる。
ひとつの家に十五以上の狐憑きがいるとなると、誰かを本家に送らなければならない決まりがある。
うちの場合、藍の僕が八・五。桃色の安記が四。
測定は本家の専門の者が見立てを出す。小数点単位で細かく出ているが、何を基準にそう出るのか僕にも分からない。
見た目でだいたいわかるが、曖昧な点も多いので子が生まれるとすぐに連絡しなければいけない。
僕の場合は生まれてすぐ藍だとわかったらしいが、安記の場合は狐憑きなのかどうなのかもわからなかったので、結果が出るまで生きた心地がしなかったとお父様は話してくれた。
あかりさんの子が緑だったとして最低三だとしても上回ってしまう。
「しかしだな、東の国の分家のひとつは藍と朱、碧が居るんだが、一緒に暮らしていると聞いてね。」
「なぜですか。」
「本家にそれとなく聞いてみた事があるんだ。そしたら、恭亮が生まれた頃あたりから、今までは生まれてもせいぜい碧か朱の低いのだったのが、急に高いのが生まれ始めてな。確かに、私達夫婦に藍のおまえが生まれるなんて今までは考えられない事だったんだよ。」
「それで。」
「要は本家が許容範囲を超えてしまった、という事らしい。」
「本家で預かれないから各々の家でという事ですか。」
「そういう事らしい。ずっと生まれて来なかった分の反動なんだろうな。まあ、そのお陰で災難が無くなって、どの家も家業が軌道に乗って景気が良いと聞くよ。」
景気が良い、か。
「だからもしかすると、碧、朱のあたりが生まれたとしても、預かってくれと言って断られる可能性がある。」
「ということは。」
「ここで暮らせと言われるかも知れん。」
え。僕が赤子の面倒を?
「僕とですか。」
蒼助の子を?
「それでだ、あかりさんも一緒にとなった場合。」
あかりさんと?
話が急に飛んで思考が止まった。
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