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バイバイ、叶多
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叶多がオレの方に振り返った。
光を失った瞳は、オレを探っているようだった。
「スカウトされていい気でいられたのもほんの一時で、いつまでたってもろくな仕事はもらえなかった。
何でなんだって考えて考え続けてたときに大門と知り合った。
それで言われたんだよ。
君に足りないのは、チャンスだ。
チャンスさえつかめば才能がある君はずっとこの世界に君臨できる、ってな。
枕ぐらい何て事なかった。
体の痛みなんか気にもならない。
確かに、すぐにゴールデンタイムの役にも合格した。
CMもとれて、巷では、ああコイツ今きてんだ、と思われるようになった。
けど、ちゃんといるんだよ。
何の裏の力もなく、本当の実力と生んで上がってくる奴が。
そういう奴見てると、俺は卑怯な手で成功したんだな、って思うようになった」
滝の盗作が、自力で勝てない情けない自分を見ているみたいで許せなかった。
俺は、自分の贖罪のためにお前の過去を利用しただけのひどい奴だ」
「それならオレだってひどい奴だよ。
金儲けのためにお前を利用しようとしたんだから」
オレはどうにか叶多を慰めたかった。
オレを過去から救ってくれようとした奴に、お前はいい奴だよ、って伝えたくて必死だった。
「オレは星が好きなんだ。
色んな輝き方をして、飽きない。
見てると時間を忘れて、目が離せなくなる」
「オレが星を写真におさめるのは、自分のものにしたいから。
叶多と一緒にいて、何度も叶多を撮りたいと思った」
お前も星だよ。
それは今も変わらない」
叶多の腕がオレのほうに伸びてくる。
そしてオレは叶多に両腕で引き寄せられ、きゅうっと抱きしめられた。
壊れ物をそっと包み込むようにされたから、苦しくはなかった。
この体勢のまま、叶多は呟いた。
「お前、俺のこと好きだったんだ」
「は!?
ちげえよっ。
人としていい奴だとは思うけど!」
「ほんとに?
何か今グッときたけど」
グッて何だよ、グッて!
オレは叶多の腕の中から抜け出すと、カメラからSDを取り出して、叶多に渡した。
「キス写真のデータ。
他には送ってないから安心していい」
SDを持った指先が叶多の手のひらに少し触れた。
指先に電気が走ったような感覚がして、息苦しくなった。
「叶多の撮影をしたとき、やっぱり撮りたいものを撮るのって最高に楽しいって思った。
時間はかかってもちゃんと働いて貯金して、頑張ろうと思う。
…だから、オレはここを出て行く。
長い間、卑怯なことして悪かった」
「そうだな。
もうお前には必要ないな。
自分の進む道が見えたんだから」
そう。
もう叶多と暮らす理由はなくなった。
けど、まだ解けていない謎が残っている。
「ひとつだけ教えて欲しいんだ。
何で献金の証拠を金庫に隠してるなんて嘘ついて、空の金庫をオレに見せたりしたんだ?」
「献金の証拠がないって分かれば、お前が持ってる写真をすぐにばらまくと思ったからだ。
大門とのスキャンダルが出れば芸能界も辞められて、少しくらい大門に痛手を負わせられると思った。
利用してやるにしても、ただで売らせてやるのも癪だから、本気で請求書送ってやろうと思ってた。
なのに、自分からここに住むとか言い出すし。
俺の計画丸つぶれ。
最近までただのドMだと思ってた」
随分な言い方だな。
感動の別れなんて夢のまた夢だ。
「オレはMじゃねえ」
「いやあ、Sではないだろ」
「ノーマルという選択肢はねえのかよっ!」
「せっかく免許証のデータおぼえてたのにな~」
「え、あの一瞬で?
すげえ…」
「役者ナメるな」
「ていうか、怖いよ…お前ホント」
「目には目を、だろ」
叶多がふっと笑った。
叶多の口元が緩んだのを見て、オレはほっと胸が軽くなった。
「大丈夫、そうだな」
「…当たり前だ。
お前と会う前に戻るだけだ」
会う前。
写真もオレの手元にはない。
全て何もなかったのと同じだ。
「分かった、ありがと。
じゃあ」
「ああ」
玄関に向かうオレに叶多は静かについてきた。
一応、玄関までは見送ってくれるらしい。
ドアの隙間から叶多と視線がぶつかる。
最後まで叶多と目が合ったまま、カチャリと静かにドアが閉まった。
この数週間、色んな事があった。
ほとんどがケンカだったけど、叶多とたくさん話した。
なのに、こんなあっさりとした終わり方なんだ。
もうオレが開けることはできないドア。
ああ、もう叶多に会うことはないんだ。
気づいたらオレは全力で走っていた。
なぜなのか自分でも分からなかった。
エレベーターも使わずに九階から階段を駆け下りて、外に飛び出した。
息が切れる。
けどもっと、もっと星が見えるところまで。
どこかも分からない公園にたどり着いて、空を見上げた。
都会だと見える星はたかが知れている。
北斗七星、オリオン。
けどこの明るいネオンに負けず光っている星たちはやっぱり綺麗だ。
何でだろ、久々に外で星が見えるのに。
ボヤけてなかなか見えない。
光を失った瞳は、オレを探っているようだった。
「スカウトされていい気でいられたのもほんの一時で、いつまでたってもろくな仕事はもらえなかった。
何でなんだって考えて考え続けてたときに大門と知り合った。
それで言われたんだよ。
君に足りないのは、チャンスだ。
チャンスさえつかめば才能がある君はずっとこの世界に君臨できる、ってな。
枕ぐらい何て事なかった。
体の痛みなんか気にもならない。
確かに、すぐにゴールデンタイムの役にも合格した。
CMもとれて、巷では、ああコイツ今きてんだ、と思われるようになった。
けど、ちゃんといるんだよ。
何の裏の力もなく、本当の実力と生んで上がってくる奴が。
そういう奴見てると、俺は卑怯な手で成功したんだな、って思うようになった」
滝の盗作が、自力で勝てない情けない自分を見ているみたいで許せなかった。
俺は、自分の贖罪のためにお前の過去を利用しただけのひどい奴だ」
「それならオレだってひどい奴だよ。
金儲けのためにお前を利用しようとしたんだから」
オレはどうにか叶多を慰めたかった。
オレを過去から救ってくれようとした奴に、お前はいい奴だよ、って伝えたくて必死だった。
「オレは星が好きなんだ。
色んな輝き方をして、飽きない。
見てると時間を忘れて、目が離せなくなる」
「オレが星を写真におさめるのは、自分のものにしたいから。
叶多と一緒にいて、何度も叶多を撮りたいと思った」
お前も星だよ。
それは今も変わらない」
叶多の腕がオレのほうに伸びてくる。
そしてオレは叶多に両腕で引き寄せられ、きゅうっと抱きしめられた。
壊れ物をそっと包み込むようにされたから、苦しくはなかった。
この体勢のまま、叶多は呟いた。
「お前、俺のこと好きだったんだ」
「は!?
ちげえよっ。
人としていい奴だとは思うけど!」
「ほんとに?
何か今グッときたけど」
グッて何だよ、グッて!
オレは叶多の腕の中から抜け出すと、カメラからSDを取り出して、叶多に渡した。
「キス写真のデータ。
他には送ってないから安心していい」
SDを持った指先が叶多の手のひらに少し触れた。
指先に電気が走ったような感覚がして、息苦しくなった。
「叶多の撮影をしたとき、やっぱり撮りたいものを撮るのって最高に楽しいって思った。
時間はかかってもちゃんと働いて貯金して、頑張ろうと思う。
…だから、オレはここを出て行く。
長い間、卑怯なことして悪かった」
「そうだな。
もうお前には必要ないな。
自分の進む道が見えたんだから」
そう。
もう叶多と暮らす理由はなくなった。
けど、まだ解けていない謎が残っている。
「ひとつだけ教えて欲しいんだ。
何で献金の証拠を金庫に隠してるなんて嘘ついて、空の金庫をオレに見せたりしたんだ?」
「献金の証拠がないって分かれば、お前が持ってる写真をすぐにばらまくと思ったからだ。
大門とのスキャンダルが出れば芸能界も辞められて、少しくらい大門に痛手を負わせられると思った。
利用してやるにしても、ただで売らせてやるのも癪だから、本気で請求書送ってやろうと思ってた。
なのに、自分からここに住むとか言い出すし。
俺の計画丸つぶれ。
最近までただのドMだと思ってた」
随分な言い方だな。
感動の別れなんて夢のまた夢だ。
「オレはMじゃねえ」
「いやあ、Sではないだろ」
「ノーマルという選択肢はねえのかよっ!」
「せっかく免許証のデータおぼえてたのにな~」
「え、あの一瞬で?
すげえ…」
「役者ナメるな」
「ていうか、怖いよ…お前ホント」
「目には目を、だろ」
叶多がふっと笑った。
叶多の口元が緩んだのを見て、オレはほっと胸が軽くなった。
「大丈夫、そうだな」
「…当たり前だ。
お前と会う前に戻るだけだ」
会う前。
写真もオレの手元にはない。
全て何もなかったのと同じだ。
「分かった、ありがと。
じゃあ」
「ああ」
玄関に向かうオレに叶多は静かについてきた。
一応、玄関までは見送ってくれるらしい。
ドアの隙間から叶多と視線がぶつかる。
最後まで叶多と目が合ったまま、カチャリと静かにドアが閉まった。
この数週間、色んな事があった。
ほとんどがケンカだったけど、叶多とたくさん話した。
なのに、こんなあっさりとした終わり方なんだ。
もうオレが開けることはできないドア。
ああ、もう叶多に会うことはないんだ。
気づいたらオレは全力で走っていた。
なぜなのか自分でも分からなかった。
エレベーターも使わずに九階から階段を駆け下りて、外に飛び出した。
息が切れる。
けどもっと、もっと星が見えるところまで。
どこかも分からない公園にたどり着いて、空を見上げた。
都会だと見える星はたかが知れている。
北斗七星、オリオン。
けどこの明るいネオンに負けず光っている星たちはやっぱり綺麗だ。
何でだろ、久々に外で星が見えるのに。
ボヤけてなかなか見えない。
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