ナツキ

SHIZU

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何のために…

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外に出たついでに、ギターの弦のストックが無かったのを思い出し、買いに行くことにした。
それだけのために、景子さんを呼びつけるのは嫌だったから、大通りのコンビニの前からタクシーを拾った。
「どちらまで?」
「川村楽器さんまでお願いします」
「かしこまり…あ!夏輝くんだね?すごい偶然だー」
そう言われて一瞬戸惑ったけど、運転手さんの顔を見て気付いた。
「あ!前に1度乗せていただいた…」
「武田と言います。娘達が喜んでたよー!ありがとうね」
「つばきさんとさくらさんでしたよね?」
「そう。覚えててくれて嬉しいよ。また自慢出来ちゃうなー」
「それは僕も嬉しいです」
「そういえば昨日の歌番組の生放送。出る予定が急遽無くなったんだって?大丈夫?」
「大丈夫です。喉の調子が悪くて、お医者さんに見せたら、歌は控えて様子を見ましょうってことになったので、お休みいただきました」
「なるほど…確かに少し掠れてるもんね。お大事にね?」
「ありがとうございます。だから娘さん達にも、しっかり声が出るようになったら、また歌頑張るからねって伝えてください」
「わかった。ありがとう!」
色々話をしながらだと、目的地まですぐだった。
「用事終わった後、すぐ帰るなら帰りも乗る?」
と言ってもらえたので、店の前で待っててもらった。
帰りもまたコンビニの前でおろしてもらうつもりだった。
「着きましたよ」
「あの…少し気分転換したいんで、適当に走ってもらえますか?」
「ん?…いいですよ!」
俺のお願いにそう答えると、武田さんはある場所に連れて行ってくれた。
「ここは…?」
「いいとこでしょ?たまに落ち込んだ時、ここにくるんですよ。誰にも教えたことなかったけど、今日は特別」
「いいんですか?僕に教えて…」
「うん。なんかしんどそうだったから。ここね。人が滅多に来ないから、落ち込んでる時は丁度いいよ。泣こうが喚こうが人に見つかりにくいしね」
「確かに…」
「僕がそばにいるのが嫌なら、しばらく車の中にいるから、気持ち落ち着いた後戻ってきてくれれば、またコンビニまで送るし」
「いや、大丈夫です。ここにいてください。それで、ご迷惑じゃなければ、話聞いてもらえませんか?」
なぜ知り合ったばかりの人に、相談したのかはわからない。
たぶん、那月とも事務所とも芸能界とも関係なくて、自分より歳上で、毎日人と関わって生きているこの人なら、何かヒントをくれるかもって思ったんだと思う。

俺は今自分の身に起きていることを、かいつまんで話した。
好きな人がいること。
それをドラマの共演者の人に相談していたこと。
ファンがその共演者の人を、勘違いで傷つけたかもしれないこと。
その人の子供がさらわれそうになったこと。
ショックで声が出なくなったこと。

「なんかもう怖くなっちゃって…今までファンの人に支えてもらって、それに応えるために頑張ってきたつもりだったんですよ。でもそのファンの中の誰かが、僕の大事な友人を傷付けたんだとしたら、僕は今まで何のために頑張ってきて、この先何のために頑張ればいいのか、わかんなくなったんです。今まで見えてた目標というか、目的が見えなくなったことが怖いです…」
「そうか…大変だったんだね。本当に夏輝くんは頑張ってるよねー。絶対みんなの前では笑顔だもんね。忙しいのにどんなに疲れててもそれを見せないしさ」
「そうですか?」
「うん。偉いよ。実は何年か前にね。僕、タクシー強盗にあっちゃってさ」
と、武田さんが話し始めた。
「見た目は普通のお兄さんだったのに扉開けた瞬間襲われちゃったんだよ。殴られて怪我もして、タクシー乗るの怖くなってね。俺シングルファザーでさ。娘たちもまだ子供だったし…今の職場、結構融通聞いてくれて,職場環境は良いから辞めたくなくて悩んでたんだ。そんな時ね。ある人がテレビで取材を受けててさ。その時、大怪我してたんだ、その人も。でも記者さん相手に、大丈夫です!死ぬこと以外はかすり傷なんでって言ってたんだよ。すごいよね。死ぬかもしれないような大怪我したのに、まだ死んでないから、これはかすり傷だって。それで、俺もまだやれるかなって思っちゃったんだよ。単純だよねー!」
明るく話しているけど、その時の武田さんの辛さは相当だっただろうな。
「大変だったんですね…」
「僕は、娘達や自分や周りの人のために、もうちょっと頑張ろうって思った。友人を傷付けたかもしれない人も、その時ちょっと心が荒んでただけかもしれないし、夏輝くんのファンはみんな良い子だよ。うちの娘も含めてね!」
と笑った。
俺は考えていた。
今回だけじゃない。
これから先、この人のように、逆境に立ち向かう強さを持てるだろうか…
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