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閑話 魔法猫と猫カフェ(ダリル視点)
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俺はなぜ、今ここにいるのか?
久々に足を踏み入れたユグドラの樹の団欒室が様変わりしていた……特に魔法猫用に。
今日は防御壁の結界魔術の定期検査にユグドラを訪れていた。無事に検査が終わると、使い魔のココがそわそわしているのに気がついた。
ココは俺の先代の三大魔女ローザの愛猫だった。彼女から役割を引き継いだ際に、一緒にココとも契約をして引き継いだ。
ココは魔女が供にするのに相応しい黒猫で、ラベンダー色の瞳が映えている。普段はそっけなくておとなしいこいつがそわそわしているのは珍しい……
「どうした、ココ? 何か気になるのか?」
そっとココを促すと、彼女はピンッと尻尾を立て、テテテとユグドラの樹の方へ駆けて行った。
ココの後を付いて行くと、ユグドラの樹の中層階の団欒室にたどり着いた。
そして現在に至る……
***
「お、ちょうどいいところに来た。黒猫もいるし、せっかくだ、寄ってけ」
団欒室に入るなり、がしっとウィルが俺の肩を組んできた。若干、ウィルの顔が引き攣っているようにも見える。
「ダリル! お久しぶりです!」
「レイ、久しぶり。元気そうだな」
俺は、レイがユグドラに大分馴染んでくれているようで、ほっとした。
「……それにしても今日はなんだ? 茶会か?」
「はい! 猫カフェです!」
「猫カフェ?」
猫カフェとは、レイが元いた世界にあったカフェの種類だそうだ。
通常のカフェは飲食を目的としているため猫はいないそうなのだが、猫カフェには猫がスタッフとして常駐しているそうだ。猫スタッフは、カフェ内で自由に過ごすのが仕事らしい。
客は、猫を眺めたり撫でたり一緒に遊んだり、おやつをあげたりすることができるらしい。もちろん、飲食も一応できるのだそうだ。
「猫ちゃんと一緒の空間にいて、まったり過ごして癒されるための場所なのです」
レイが真面目な顔で説明してくれた。
「で、今日は猫カフェを団欒室でやっているのか?」
「そうです!」
俺は団欒室全体を眺めた。
確かに、今日は魔法猫が集まっている。ミランダの所のキャシーに、モーガンの所の三匹、うちのココが見慣れない猫と挨拶している……?
「おい、あれは……」
思わず顔が強張った。
「あ、気づいちゃった?」
ウィルの笑顔が引き攣っている。
「私の使い魔の琥珀です。おいで、琥珀!」
な~ん、と鳴きながら琥珀と呼ばれた猫は、レイの所にやって来た。
オレンジブラウンの地色に、黒々と艶やかなロゼット模様、スマートな体型……
「……この模様、キラーベンガルか? ……幼生体か?」
「そうです! キラーベンガルです。でも、もう成獣ですよ」
琥珀がボンッと魔術を解いた。
大型の猫科の肉食獣が現れた。
「うわっ!」
びっくりして、思わず隣に座るウィルに抱きついてしまった。
「やめろ、野郎が抱きつくな」
ウィルが不愉快そうに顔を顰めて、低い声で言った。
「ちゃんと使い魔契約してるので、人を襲ったりしないから大丈夫ですよ」
レイが大きな琥珀を撫でながら教えてくれた。
琥珀もゴロゴロと気持ちよさそうに鳴いている。
琥珀の変身を見て、ココがびっくりして固まってしまっている。
モーガンの所のビビリな赤毛猫も、シャーッとして慌てて隠れてしまった。
「琥珀、みんなびっくりしちゃってるので、元の大きさに戻りましょうか」
「グルルゥ……」
琥珀は少し悲しそうな声で鳴いて、元の小さなサイズに戻った。
猫カフェの参加メンバーは、ウィルとレイのほか、モーガン、アニータさん、シェリー、それから聖剣のレヴィだ。
アップルパイとクッキーはアニータさんのお手製で、紅茶はシェリーが淹れてくれた。
二人ともモーガンの所の白猫を撫でながらおしゃべりをしている。
モーガンは、レイの膝の上で香箱を組んでいる琥珀を羨ましそうに眺めている。
……こいつ、キラーベンガルが怖くないのか?
レヴィは猫じゃらしを持って、さっき隠れてしまったモーガンの赤毛猫を誘い出そうとしている。
……やめておけ、そいつはビビリだ。シャーってされてるだろ。レヴィ自身にもビビってるぞ。というか、そもそも聖剣は猫が好きなのだろうか???
それにしても……
「この部屋、随分癒しの術が効いてないか?」
「……そうなんだよね。無駄に高機能なんだ、あのキャットタワーとキャットウォーク……」
ウィルが紅茶を啜りつつ、悟りを開いたような半目で呟いた。
「キャットタワーとキャットウォーク?」
「あの入り口側から見て右奥にあるのがキャットタワーで、この部屋全体に取り付けてある猫用の足場がキャットウォークだ。レイの元の世界にあったもので、猫たちが遊んで休めるようなものらしい」
モーガンが誇らしげに説明してくれた。
「ほう。興味深いな」
こちらの世界では、使い魔の猫のためにそのようなものは作ったりはしない。猫カフェといい、レイの元の世界ではなかなか変わったことを考えるな。
「ダリル、キャットタワーとキャットウォークをよく見てみろ。モーガンとレイの作だ。いろいろ凄いぞ」
ウィルに促され、そのキャットタワーとキャットウォークを見てみることにした。
まずはキャットタワーだ。
さすが、工芸の巨匠モーガンの作だ。細部までこだわり抜いた造りだ。
「……この素材、高級家具でよく見るやつだが……」
「だろう? ハンモックとクッションの素材をよく見てみろ」
「? ……これはっ!?」
雪見ミンクの毛皮に、魔蚕のシルク!? どっちも高級素材じゃないか!!
「猫用に何て素材を使ってるんだっ!?」
俺の言葉に、ウィルがうんうんと深く頷いている。
魔術の痕跡を見れば、レイがかなりしっかり劣化・傷つき防止魔術をかけている。
「レイも魔術が上達したな」
「それ、俺が教えてない術なんだ。それより台の裏面を見てみろよ」
「? ……これは素晴らしいな!」
キャットタワーの台の裏面には癒しの魔術陣が彫られていたが、今まで見てきた中でもかなりの完成度だ。芸術品と言ってもおかしくないレベルだ。
「これが癒しの術が効いてる原因か」
「ちなみにキャットウォークの方がすごいぞ」
「何!?」
キャットウォークの方を見てみる。
こっちも高級家具と同じ素材が使われている。猫用の足場の裏面を見てみると、キャットタワーと同じ癒しの魔術陣が彫られていた。
だが……
「これ、レイの魔力も感じるんだが……」
「そうだ。レイが魔術陣の下書きを手伝ったそうだ。モーガンの精巧な魔術陣にレイの魔力も上乗せされてるんだ、エルネストがこの癒しの効果に嫉妬している。なぜ、治癒院じゃなくて団欒室にこんなものがあるのかと……」
しかも猫用だ……ウィルが呆れたように付け足した。
「これが団欒室全体に……」
「ちょっとした猫の引っ掻き傷なら数分で治るぞ」
「あと気になったんだが、劣化・傷つき防止魔術以外に見慣れない魔術がついてるんだが」
「ああ、落下逓減魔術だって」
ウィルが急に別方向を指差した。
それはキャットウォークに乗っていたモーガンのグレーの縞猫が、ごろりと寝転がったと同時に足場から落ちていく瞬間だった。
空中で器用に体を捻りつつ、空からふわりとシャボン玉が降りてくるかのようにゆっくりと落下していき、優雅に着地した。
「あれが落下逓減魔術だ。元々はドワーフの工房で、高級素材を落としてしまった時に傷がつかないように予防するための魔術らしい。今は猫たちに応用されて、手っ取り早くキャットウォークから降りたい時に利用されている」
「……なかなか珍しい魔術だが、猫たちの応用力もすごいな……」
「あと、あっちの透明な足場も見てみろ」
「マナガラス……何て高級なもんばかり使ってるんだ……」
俺は頭を抱えた。
猫用なのに高級素材に上級魔術、しかも巨匠の手によるものだ。
ウィルがポンッと肩を叩いた。
指差した所を見ると、モーガンの銘が刻まれている。
おそらく、これを博物館にでも寄贈すれば展示してもらえるだろう。ここに来た時、ウィルの顔が引き攣っていた意味がよく分かった……
うちの黒猫を見ると、随分とリラックスしてキャットウォークに寝そべっていた。どうやら気に入ってくれたようだ。
あまりに高級な猫用品に気後れしてしまっているが、猫の主人としては、うちの猫が喜んでくれるならそれでいいかとも思う。
結局、魔法猫を使い魔に選ぶような奴らは、猫に甘い猫バカなんだろう。
久々に足を踏み入れたユグドラの樹の団欒室が様変わりしていた……特に魔法猫用に。
今日は防御壁の結界魔術の定期検査にユグドラを訪れていた。無事に検査が終わると、使い魔のココがそわそわしているのに気がついた。
ココは俺の先代の三大魔女ローザの愛猫だった。彼女から役割を引き継いだ際に、一緒にココとも契約をして引き継いだ。
ココは魔女が供にするのに相応しい黒猫で、ラベンダー色の瞳が映えている。普段はそっけなくておとなしいこいつがそわそわしているのは珍しい……
「どうした、ココ? 何か気になるのか?」
そっとココを促すと、彼女はピンッと尻尾を立て、テテテとユグドラの樹の方へ駆けて行った。
ココの後を付いて行くと、ユグドラの樹の中層階の団欒室にたどり着いた。
そして現在に至る……
***
「お、ちょうどいいところに来た。黒猫もいるし、せっかくだ、寄ってけ」
団欒室に入るなり、がしっとウィルが俺の肩を組んできた。若干、ウィルの顔が引き攣っているようにも見える。
「ダリル! お久しぶりです!」
「レイ、久しぶり。元気そうだな」
俺は、レイがユグドラに大分馴染んでくれているようで、ほっとした。
「……それにしても今日はなんだ? 茶会か?」
「はい! 猫カフェです!」
「猫カフェ?」
猫カフェとは、レイが元いた世界にあったカフェの種類だそうだ。
通常のカフェは飲食を目的としているため猫はいないそうなのだが、猫カフェには猫がスタッフとして常駐しているそうだ。猫スタッフは、カフェ内で自由に過ごすのが仕事らしい。
客は、猫を眺めたり撫でたり一緒に遊んだり、おやつをあげたりすることができるらしい。もちろん、飲食も一応できるのだそうだ。
「猫ちゃんと一緒の空間にいて、まったり過ごして癒されるための場所なのです」
レイが真面目な顔で説明してくれた。
「で、今日は猫カフェを団欒室でやっているのか?」
「そうです!」
俺は団欒室全体を眺めた。
確かに、今日は魔法猫が集まっている。ミランダの所のキャシーに、モーガンの所の三匹、うちのココが見慣れない猫と挨拶している……?
「おい、あれは……」
思わず顔が強張った。
「あ、気づいちゃった?」
ウィルの笑顔が引き攣っている。
「私の使い魔の琥珀です。おいで、琥珀!」
な~ん、と鳴きながら琥珀と呼ばれた猫は、レイの所にやって来た。
オレンジブラウンの地色に、黒々と艶やかなロゼット模様、スマートな体型……
「……この模様、キラーベンガルか? ……幼生体か?」
「そうです! キラーベンガルです。でも、もう成獣ですよ」
琥珀がボンッと魔術を解いた。
大型の猫科の肉食獣が現れた。
「うわっ!」
びっくりして、思わず隣に座るウィルに抱きついてしまった。
「やめろ、野郎が抱きつくな」
ウィルが不愉快そうに顔を顰めて、低い声で言った。
「ちゃんと使い魔契約してるので、人を襲ったりしないから大丈夫ですよ」
レイが大きな琥珀を撫でながら教えてくれた。
琥珀もゴロゴロと気持ちよさそうに鳴いている。
琥珀の変身を見て、ココがびっくりして固まってしまっている。
モーガンの所のビビリな赤毛猫も、シャーッとして慌てて隠れてしまった。
「琥珀、みんなびっくりしちゃってるので、元の大きさに戻りましょうか」
「グルルゥ……」
琥珀は少し悲しそうな声で鳴いて、元の小さなサイズに戻った。
猫カフェの参加メンバーは、ウィルとレイのほか、モーガン、アニータさん、シェリー、それから聖剣のレヴィだ。
アップルパイとクッキーはアニータさんのお手製で、紅茶はシェリーが淹れてくれた。
二人ともモーガンの所の白猫を撫でながらおしゃべりをしている。
モーガンは、レイの膝の上で香箱を組んでいる琥珀を羨ましそうに眺めている。
……こいつ、キラーベンガルが怖くないのか?
レヴィは猫じゃらしを持って、さっき隠れてしまったモーガンの赤毛猫を誘い出そうとしている。
……やめておけ、そいつはビビリだ。シャーってされてるだろ。レヴィ自身にもビビってるぞ。というか、そもそも聖剣は猫が好きなのだろうか???
それにしても……
「この部屋、随分癒しの術が効いてないか?」
「……そうなんだよね。無駄に高機能なんだ、あのキャットタワーとキャットウォーク……」
ウィルが紅茶を啜りつつ、悟りを開いたような半目で呟いた。
「キャットタワーとキャットウォーク?」
「あの入り口側から見て右奥にあるのがキャットタワーで、この部屋全体に取り付けてある猫用の足場がキャットウォークだ。レイの元の世界にあったもので、猫たちが遊んで休めるようなものらしい」
モーガンが誇らしげに説明してくれた。
「ほう。興味深いな」
こちらの世界では、使い魔の猫のためにそのようなものは作ったりはしない。猫カフェといい、レイの元の世界ではなかなか変わったことを考えるな。
「ダリル、キャットタワーとキャットウォークをよく見てみろ。モーガンとレイの作だ。いろいろ凄いぞ」
ウィルに促され、そのキャットタワーとキャットウォークを見てみることにした。
まずはキャットタワーだ。
さすが、工芸の巨匠モーガンの作だ。細部までこだわり抜いた造りだ。
「……この素材、高級家具でよく見るやつだが……」
「だろう? ハンモックとクッションの素材をよく見てみろ」
「? ……これはっ!?」
雪見ミンクの毛皮に、魔蚕のシルク!? どっちも高級素材じゃないか!!
「猫用に何て素材を使ってるんだっ!?」
俺の言葉に、ウィルがうんうんと深く頷いている。
魔術の痕跡を見れば、レイがかなりしっかり劣化・傷つき防止魔術をかけている。
「レイも魔術が上達したな」
「それ、俺が教えてない術なんだ。それより台の裏面を見てみろよ」
「? ……これは素晴らしいな!」
キャットタワーの台の裏面には癒しの魔術陣が彫られていたが、今まで見てきた中でもかなりの完成度だ。芸術品と言ってもおかしくないレベルだ。
「これが癒しの術が効いてる原因か」
「ちなみにキャットウォークの方がすごいぞ」
「何!?」
キャットウォークの方を見てみる。
こっちも高級家具と同じ素材が使われている。猫用の足場の裏面を見てみると、キャットタワーと同じ癒しの魔術陣が彫られていた。
だが……
「これ、レイの魔力も感じるんだが……」
「そうだ。レイが魔術陣の下書きを手伝ったそうだ。モーガンの精巧な魔術陣にレイの魔力も上乗せされてるんだ、エルネストがこの癒しの効果に嫉妬している。なぜ、治癒院じゃなくて団欒室にこんなものがあるのかと……」
しかも猫用だ……ウィルが呆れたように付け足した。
「これが団欒室全体に……」
「ちょっとした猫の引っ掻き傷なら数分で治るぞ」
「あと気になったんだが、劣化・傷つき防止魔術以外に見慣れない魔術がついてるんだが」
「ああ、落下逓減魔術だって」
ウィルが急に別方向を指差した。
それはキャットウォークに乗っていたモーガンのグレーの縞猫が、ごろりと寝転がったと同時に足場から落ちていく瞬間だった。
空中で器用に体を捻りつつ、空からふわりとシャボン玉が降りてくるかのようにゆっくりと落下していき、優雅に着地した。
「あれが落下逓減魔術だ。元々はドワーフの工房で、高級素材を落としてしまった時に傷がつかないように予防するための魔術らしい。今は猫たちに応用されて、手っ取り早くキャットウォークから降りたい時に利用されている」
「……なかなか珍しい魔術だが、猫たちの応用力もすごいな……」
「あと、あっちの透明な足場も見てみろ」
「マナガラス……何て高級なもんばかり使ってるんだ……」
俺は頭を抱えた。
猫用なのに高級素材に上級魔術、しかも巨匠の手によるものだ。
ウィルがポンッと肩を叩いた。
指差した所を見ると、モーガンの銘が刻まれている。
おそらく、これを博物館にでも寄贈すれば展示してもらえるだろう。ここに来た時、ウィルの顔が引き攣っていた意味がよく分かった……
うちの黒猫を見ると、随分とリラックスしてキャットウォークに寝そべっていた。どうやら気に入ってくれたようだ。
あまりに高級な猫用品に気後れしてしまっているが、猫の主人としては、うちの猫が喜んでくれるならそれでいいかとも思う。
結局、魔法猫を使い魔に選ぶような奴らは、猫に甘い猫バカなんだろう。
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