鈴蘭の魔女の代替り

拝詩ルルー

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大滝の守り人5

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 レイたちが琥珀のブラッシングから戻って来ると、洞穴の中では、今夜泊まれるようにキャンプが張られていた。

 その様子に、ヘイデンは「私の棲家にキャンプ……」と小さく絶句して、眉間に深々と皺を寄せていた。


「そういえば、まだお届け物を渡してなかったよね。はい、これ」
「わぁ、ありがとうございます! アニータさんのシチューのパイ包み焼き! これ、大好きなんです!!」

 アイザックは、にこにこと笑顔で、お届け物をレイに手渡した。
 空間収納の中は時間が停止するため、できたてを持って来てもらったのか、まだほかほかと湯気が上がっている。

「これはみんなで夕飯に食べましょう!」
「そうだね。食べ終わったら、食器は持って帰って来いだって……全く、サーペント使いが荒いよ」

 アイザックはぶつくさと呟いたが、夕飯まではまだ少し時間があったため、パイ包み焼きを空間収納に戻した。

「こっちは何でしょう?」
「そっちはフェリクス様からだよ」
「??? キルトの袋?」

 アイザックから渡された青い包みの中には、かわいい猫ちゃん柄のキルトでできた袋が入っていて、さらにその中には、コツンと当たる硬い物が入っていた。

「何だろう? 石?」
「それはカイロだね。中に魔石が入っていて、軽く魔力を通すと、暖かくなるんだ。何度でも使えるよ」

 ルーファスがひょいっと覗き込んで、説明してくれた。

「最近、寒くなってきてたので、ちょうどいいですね」

 レイはちょっぴり中身が気になって、キルト袋のボタンを外して、中身の魔石を取り出してみた。
 ごろりと出てきた手のひらサイズの石は、ぽわりと中心部が暖かく光っていて、石の向きを変えると、黄色、オレンジ、ピンク、赤と、その色と輝きをオーロラのように変えていった。

「わぁ! すごく綺麗ですね! 義父さんに貰った指輪の石に似てます」

 この石に綺麗にカットを施せば、非常に立派な宝石になりそうだ。

「……そ、それはっ!!」

 ルーファスが途端に目の色を変えた。遠巻きに見ていた他のメンバーたちも、顔を強張らせている。

「どうしたんですか?」
「フェニックスの炎石! 伝説級のレア素材だぞ! しかも、こんなにも大きい……」
「それに、やはりその指輪の石は、フェニックスの炎石だったのか……」

 ダズが叫び声をあげ、珍しくクリフも絶句している。

「フェリクス様っ!! なぜカイロなんかに、こんな伝説級の魔石をお使いになられたんですか……! これだけの大きさ、質であれば、これをご神体に、もう一教会ぐらい建設できるのに……!!」

 ルーファスは珍しく取り乱すと、くらりと膝をついた。頭痛をこらえるかのように、片手で頭を押さえている。

「ル、ルーファス、大丈夫ですか?」
「……ごめん、ちょっと取り乱した……レイ、これだけ立派なカイロになるとね、カイロ自体が空を飛ぶことができるんだ。元々はフェニックスの魔力が結晶化したものだしね」

 ルーファスからハハハッと小さく乾いた笑いが漏れている。

「えっ!?」

(カイロって、空を飛べるの!?)

 空飛ぶカイロの衝撃に、レイは目を大きく見開いて固まってしまった。

「カイロって、空を飛ぶものなの!?」

 思わず他のメンバーを振り向くと、彼らはブンブンと強く首を横に振っていた。

「それから、この一部屋分ぐらいは、これ一つで一気に暖められるんだ……しかも、半永久的に……」

(半永久的に使える暖房!? しかも、この部屋っていうか、もはや空間だよね!?)

 ヘイデンの棲家は元々、サーペント型の大きな身体も入る広さだ——部屋と呼ぶにはあまりにも大きすぎる。

「今日はもう日が落ちて寒くなってきてるから、試してみたら?」

 レイはルーファスの解説に、伝説のカイロを手に入れてしまっようだぞ、とゴクリと生唾を飲み込んで、自分の手元を覗き込んだ。

 フェニックスの炎石に少しだけ魔力を通すと、ふわりと浮かび上がった。

「「「「「「!?」」」」」」

 フェニックスの炎石は、まるで小動物かのように、レイの周りをくるくると回ってから、部屋の中心部へと飛んで行った。中空に留まると、柔らかなオレンジ色の光を放ち始めた。

 これには、誰も彼もが口をポカンと開けて、空飛ぶカイロを見つめていた。

「む……少しずつ、暖かくなってきてます?」
「これだけの広さだからね。暖まるのに少し時間がかかっているのかもね」

 ルーファスが疲れ切った顔をして教えてくれた。


「レイがもしかしたら気に病むかもしれないから、先に言っておくね。このカイロには、失くしてもレイの手元に戻って来る魔術と、このカイロを盗もうとした者が灰になる魔術がかけられてるんだ。だから、盗まれたくなかったら、あまり人前で使わない方がいいよ」

 アイザックが、レイの細い肩に手を置いて、教えてくれた。

「…………誰も、その効果を付与するのを止めなかったんですね…………」

「うん。僕が預かった時には、すでに付与された状態だったよ」

 アイザックは遠くを眺めるように、空中に浮かぶカイロを見つめて言った。

 レイは、手元に残った猫ちゃん柄のキルトのポーチを見つめた。目に魔力を込めてよく見てみると、かわいい顔して非常にえげつない魔術がかかっている。

 人命救済のためにも、このカイロだけは決して奪われてはならない、と心に固く誓ったレイだった。


***


「貴様はまた来てもいい」
「レイです」
「ああ、レイはまた来てもいい。他は来なくていい。そして、アイザックはもう二度と来るな」

 次の日の朝、ヘイデンはわざわざ見送りに来てくれた。
 そして、グランド・フォールズの森の出口で、堂々と言ってのけたのだ。

「……魔物らしい、酷い見送り方だね」

 カタリーナは呆れて溜め息をついた。

「僕も来なくていいなら、もう二度と来ないよ!」

 アイザックは噛み付くように唸っていた。


「あらあら、喧嘩かしら? ふふふ。見送りに来ちゃった」
「マァト!?」

 急にふらりと現れた正義の精霊女王に、ヘイデンが驚いて振り向いた。

 マァトは、そんなヘイデンは気にも止めず、レイとレヴィに近づいて、両手をかざした。その手が淡く光る。

「あの子の子孫が、私の祝福であなたたちを見てしまったら、目が潰れてしまうわ……何でも見えてしまうことは、正義ではないもの」
「??? ……えっと、これはどういう……」

 レイたちが、わけも分からずに戸惑っていると、

「はい。用は済んだから。もう行っていいわよ?」

 マァトはその小さな手をしっ、しっ、と振っていた。


***


 サハリアに向けて旅立っていく一行を、ヘイデンとマァトは並んで見送った。

「随分気に入ってたみたいだけど、加護の一つもあげなかったの?」
「この大滝と森を預かり守る者として、人と森の間に立つ者として、人間に加護は与えられない……それに、私が人間に加護を与えれば減点だろう?」

 ヘイデンがほろ苦く笑ってマァトを見つめると、彼女は満足そうに口の端を上げてにっこりと微笑んだ。

「あら? 私、そこまで薄情じゃないわよ。大事な誰かの無事を祈るのは、正義ですもの」
「なるほどな。……でも、マァトもレイについては、随分気にしていたようだな」
「ええ、とっても珍しい子ね。初めて見たわ。私の正義の外側から来た子よ」
「なっ……」
「さぁて、お見送りも済んだし、帰りましょうか?」

 マァトがこれ以上は話す気がないのを悟って、ヘイデンは渋々、彼女の後について森へと帰って行った。


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