箱庭ダンジョン・セノーテ

拝詩ルルー

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星空

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「アリサにはもてなしてもらったからな。とっておきを出そう」

 ある程度食べ終わった後、エルメルさんが手持ちのリュックから、真っ黒にツヤがかっている鉄フライパンを取り出した。

「少しもらうよ」とニンニクを一欠片とると、幅広のナイフの腹で潰して、フライパンに入れて、そのまま火にかけた。

 エルメルさんは、リュックから更に、何か大きな葉で包まれた小包を取り出した。
 葉の小包を開くと、霜降りのお肉が入っていた——なんだかとっても高級そうなお肉だ!

「わぁ……何のお肉ですか?」
「これはレインボーバッファローの肉だ。ダンジョンの深層階でしか食べられないんだ」

 エルメルさんがニヤリと笑って、フライパンに霜降り肉を置いた。ジュワッと音がして、ほんのり甘い牛っぽいお肉の焼ける香りがしてきた——音と香りだけでも既に暴力的だ。

 お肉の両面に焼き目がついたら、ミュートロギアでのほうれん草、ピニャを入れてお肉の脂と軽く絡める。味付けは塩胡椒で、とってもシンプルだ。

「はい、できたよ」

 エルメルさんは、ナイフとフォークで、フライパンの上のお肉を切り分けていった。見ているだけでも、お肉がとっても柔らかいのが分かって、スッと滑らかにナイフが入る。

 フォークを借りて、切り分けてもらったお肉を口に運ぶ。

「ふぅぉおぉお、おいしいぃーーーっ!!!」

 もう、本当にそれ以外に何も言えなかった。

 お肉は口の中でとろけて、すっごくジューシー!!
 ピニャもいい感じに肉汁が絡んでて、旨みがしっかりある。
 シンプルな味付けが、却って元の素材の旨みを引き立てていた。

 私が夢中でレインボーバッファローのお肉を食べてると、エルメルさんが目尻に皺を寄せて「喜んでもらえたようで嬉しい」と笑っていた。


「すまないが、今夜はここに泊まらせてもらえないか?」
「いいですよ」

 BBQの後片付けをしていると、エルメルさんが尋ねてきたので、軽くOKした。

 エルメルさんは危ない人ではなさそうだし、いざとなればうちの子達がいるから、特に問題ないと思う。
 それに、困ってる人には親切にしないとね!

 ダンジョン内では時間帯は変わらないって聞いてたんだけど、この箱庭では時間が移り変わる。

 夕陽色に染まり始めたこの庭を、エルメルさんは警戒するように見回していた。

 私は完全に暗くなる前に、アンティーク風のLEDランタンのスイッチを入れた。

 エルメルさんも、焚き火を起こしてくれた。探索者らしく、ものすごく手馴れてた。

 この箱庭に泊まる時は、いつもはテントの方に寝泊まりしてるんだけど、今日はエルメルさんもいるし、柔らかい草地にアウトドア用のマットを敷いて、その上に封筒型の寝袋を敷いた。

「アリサはいつもここで寝泊まりしてるのか?」
「週末だけですよ」
「時間帯が変わるダンジョンのフロアはかなり特殊だ。その中でも特に夜になるフロアは危険性が高い……結界を張ったりはしないのか?」

 エルメルさんが、焚き火の近くに座り込んだ。いつでも抜けるように、すぐそばに剣を置いている。

「う~ん……残念ですけど、私、魔法もスキルも持ってないんです。私が持っているのは、謎の称号一つだけですよ」
「称号?」
「はい!『セノーテ翡翠の支配者』っていうんです。今だに何なのか分からなくて……」

 私がそう言うと、エルメルさんは急に血相を変えて、私の両肩をガシッと掴んだ。

「アリサ、それは他の者には絶対に言わない方がいい……まぁ、ここに来れる者もかなり限られているとは思うが……」

 えっ、まさか、誰かに知られるとヤバい系の称号!?
 知られたら、殺されちゃったりとかする……?

 私はともかく無言でコクコクと相槌を打った。

 それを見てエルメルさんは安心してくれたようで、私の肩を掴んでいる手の力を緩めた。

「私には結界は張れないですけど、ここは魔物が出ないですし、今まで危険なことも無かったですよ?」
「……魔物が出ない……」

 エルメルさんは疑わしい目で、チラチラとうちの子達を見ていた。

 私の両隣には、ポチとタマが寝そべっていた。足元にはピーちゃんが丸くなって羽を休めているし、私達から少し離れた所には、大きな体のドラ男がペタンと腹這いになっている。

「この子達もいるし、大丈夫ですよ?」

 私が怖くないですよアピールするために両隣のポチタマをポンポンと叩いた。

 エルメルさんは溜め息混じりに「確かにそいつらがいるなら、誰も手出しはできないな」と肩から力を抜いていた。

「そんなことより、ここは星空がとっても綺麗なんですよ!」

 そうなのだ! 空気が澄んでる山の上で見るような満点の星空が見られるんだ!
 月が二つある所は地球と違うけど、これはこれでとっても綺麗だ。

 私が空を見上げるようにゴロンと寝そべると、エルメルさんも少し躊躇いながら、横になった。

 夜空は満点の星空だった。三日月と下弦の月が浮かんでいて、天の川のような白く輝く星がたくさん集まった空の道も、天空を横切っていた。

「ここは本当に楽園か……」

 エルメルさんが感動して、ぽつりと呟いていた。


 次の日の朝、エルメルさんは荷造りをしていた。
 そして、「世話になった。もう行かなければ」と言われた。

 たった一日しか彼とは一緒に過ごしていないのに、なんだかすごく離れ難く感じた。

 エルメルさんもどうやら同じ気持ちだったみたい——

「その……またアリサに会えたりするだろうか?」
「私はよくここに来ますよ」
「……そうか」

 エルメルさんは、切なそうに眉根を寄せて、なんだか寂しそうだった。

「クルル」

 その時、横からズイッとドラ男が首を突っ込んできた。物理的に。

「何? ドラ男?」
「これは……!」
「何これ、イヤリング? 落とし物?」
「クルル」

 ドラ男はイヤリングの一つを私の手に、もう一つをエルメルさんの手に載せた。
 深い緑色が美しい翡翠がついたイヤリングだ。

「これで、またここに来れる」

 エルメルさんが、信じられない物を見るように、目を丸くして言った。

「えっ? これって、そういう物なんですか??」

 とにかくまた会えそうなので、私は胸の中で、なぜかホッと安堵の息を吐いていた。


 エルメルさんが帰って行った時は、とても不思議な感じだった。

 普段はドアの一つも現れたことがないこの箱庭に、ぽっかりと立派な扉が浮かんでいた。
 ゴテゴテしい飾りが付いた金属製の門で、なんだか「魔王城」って感じの物々しい両開きの扉だった。

 エルメルさんと別れの握手をする。
 エルメルさんの手は、探索者らしくゴツゴツとまめが多くて、それでいて陽だまりみたいに温かかった。

「アリサのおかげで助かった。あのままだったら、俺はのたれ死んでいたかもしれない。ありがとう。それに、ご飯も世話になった。とても美味しかったよ」
「エルメルさんこそ、とっておきのお肉をありがとうございます! 今まで食べたお肉の中で一番美味しかったです! それに、私はエルメルさんと過ごせて、とても楽しかったですよ」
「ああ、俺もだ。また会えたら嬉しい」

 エルメルさんがニカッと笑いかけてきたので、私もニコニコと笑顔で返した。

 エルメルさんは「さようなら。また来るよ」と言って、その扉をくぐって行った。

 扉を閉めた瞬間に、そこには綺麗サッパリ何も無くなっていた。

 私はしばらく、ボーッと扉があった所を眺めていた。
 なんだか今までのことが、夢みたいに感じられたんだ。

 でも、握手した手のぬくもりだけがまだ温かくて、「夢じゃなかったんだな」って思えた。

 なんだろう。エルメルさんとは、また会いたいな……
 珍しく、胸がキュンッと切なく痛んだ。


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