番ではなくなった私たち

拝詩ルルー

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私のこと、好き?

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 その日、自分がどうやって家に帰ったかも覚えてない。私はふらふらと、いつの間に家に着いていた。

 帰って来た私を見た父と母は、酷く驚いていた。

 私は幽霊のようにふらふらと自分の部屋に戻って、ベッドに倒れ込むようにダイブした。

 自分の部屋に戻って来て安心できたのか、今更ながら涙が出てきた。外ではまだ気を張ってたみたい。

「……ふっ、くぅ……ううぅ……」

 ラルフの方からあれだけ熱心にアプローチしてきたのに!
 彼との将来のことも、真剣に考えていたのに!!
 この二年間、毎日彼の無事を祈って待ってたのに!!!

——彼のことを信じてた私が、バカみたいじゃない!!!

 それでもまだラルフのことを好きな気持ちと、でもどうしようもない現実とで、私の気持ちはぐちゃぐちゃだった。

 父も母も「店のことはこっちでやるから」「しばらくゆっくり休みなさい」と、私のことをそっとしておいてくれた。
 今はただ、そんな気遣いがありがたかった。


 それから三日間は、私はベッドの住人だった。

 何も手につかない。
 何もする気が起きない。
 ただただ泣いてることしかできなかった。

 ラルフは見舞いにも来なかった。
 でも、共通の友人たちが見舞いに来てくれて、ためらいながらも今のラルフの様子を教えてくれた。

 勇者パーティーメンバーは、魔王を倒して世界を救ってくれた英雄だから、街の人たちにかなり持て囃されていた。

 勇者様や賢者様、聖女様はにこやかだけど、どこか遠慮がちに街の人たちに対応していたらしい。お忍びだからって。

 でも、根が明るくて人懐っこくて何事も深く考えないラルフは、この街が生まれ故郷だってこともあるのだろうけど、歓待してくれる街の人たちと一緒になって騒いでいるらしい。

 この街にずっと住んでた人たちは、ラルフが私の番だって知ってるから、遠巻きに見てるみたいなんだけど、最近この街に来た人たちはそんなことは知らないから、ラルフに普通にお酒を勧めたり陽気におしゃべりしたりしてるらしい。もちろん、その中には綺麗な若い女の人たちもいるみたい。

 さすがに女の人たちがラルフにベタベタし出すと、勇者パーティーの人たちがラルフを嗜めて、彼女たちを追い払ってくれてるみたいなんだけど、ラルフはお酒が入って気が大きくなってるのか「今は番はいないから」と言って、何も悪びれる様子が無かったらしい。


「ラルフがあんな奴だったなんて! 本っ当サイテー!!」

 親友のゲルダが私の代わりに怒ってくれた。ぷくっと頬を膨らませて、赤髪のおさげが荒々しく跳ねる。

「本当はこのことをアンに伝えようかどうか、私たち迷ってたの。アンはこんな様子だし、今伝えたら、もっと具合が悪くなっちゃうんじゃないかって。でも、何も言わないのもアンに悪い気がして……」

 もう一人の親友のマリアも、心底心配そうに言ってくれた。綺麗な空色の瞳は、今は少し翳っていた。

 二人とも私のことを気遣って、悩んでくれてたみたい。

「……そっか。ありがとね……」

 私は二人に感謝して、ベッドからのろのろと起き上がって身支度を始めた。

 二人は「大丈夫?」「一緒について行こうか?」って気遣ってくれたけど、これは私のけじめだから、私は首を横に振った。

 勇者パーティーは、まだしばらくこの街に滞在する予定だと聞いた。
 この街を出た後は、伝説の剣の欠片を探す旅に出るらしい。

 ずっと泣いてばかりだと何も変わらない。
 きっと、ラルフは変わらないと思う。
 だから、私自身が変わらなくちゃ。

——私は、いい加減ラルフと決着をつけることにした。


 街の中でラルフを見つけるのは簡単だった。単純に、一番賑やかなところを当たればいい。

 街で一番賑やかな酒場の真ん中では、ラルフが酒場のテーブルの上に半分乗り上げて、ブンブンと上機嫌に尻尾を振り、もう何度目かも分からない乾杯の音頭を取っていた。ラルフはすっかりできあがってるみたいで、彼の頬は林檎みたいに真っ赤になってた。

 ラルフの周りには、若くて綺麗な女の人たちが、一緒になってお酒を乾杯して盛り上がっていた。
 彼女たちは、ラルフに「魔王討伐の話を聞かせて」とねだって、ベタベタと彼の背中や腕を触ったり、しなだれかかったりしていた。

 ラルフの後ろでは、勇者様が彼らに話しかけようとする人たちを、やんわりと押し戻していた。
 賢者様と聖女様は、丁度ラルフを嗜めようとしてくれてたみたいで、むすっと怒り顔をしていた。

「ラルフ」

 私は小さく彼の名前を呼んだ。

 ラルフはハッとして、私がいる酒場の出入り口の方をすごい勢いで振り向いてきた。

 ラルフはまるで一瞬で正気に戻ったかのように、みるみる赤かった顔が真っ白になって、それまで笑顔だった表情もすっかり抜け落ちていった。

 そして、周りの女の人たちに「ちょっとごめん」と断りを入れて、私のところにやって来た。

「アン、どうしたの?」

 ラルフは、まるでこれから叱られる子供のように不安そうに見つめてきた。

「少し話したいんだけど、今、いい?」
「……うん……」

 私はラルフを連れて、またあの噴水のところまで行った。
 夕方過ぎで暗くなり始めていた公園は、人もまばらだった。

 ラルフの尻尾は、しゅんと垂れたままだった。

 いつものように噴水の縁に二人して座る。
 いつもとは違って、二人の間には少し隙間ができていた。

「別れましょう」
「えっ、でも、それだとアンが……」

 私がキッパリ伝えると、今更になってラルフが慌て出した。

「ラルフはもう私のことは好きじゃないんでしょう?」
「それは……好きかどうか分からないってだけで……」
「それを『好きじゃない』っていうのよ」

 私は思い切って言ってやった。
「好き」が分からないなら、つまりそういうことじゃない!

 久々に真っ直ぐに見つめたラルフの青い瞳は、酷く傷ついたような色をしていた。——でもね、絶対に私の方がその百万倍は傷つけられたんだから!!

「私が臥せってる間に見舞いにも来ないで、綺麗な人たちと楽しくやってたっていうし」
「いや、それは……」
「そ れ は?」
「……ごめんなさい……」

 ラルフが大きな背を丸め、しゅんと項垂れる。

 私が好きだった人は、こんなに情けない人だったかしら?
 あれだけ大好きだった気持ちも、今はもう思い出せないくらいにすっからかんになってた。

 それから後もう一つ、私には確認することがある。

「ラルフは、勇者様たちと一緒にまた旅に出るんでしょう?」
「え、それは、その……」

 ラルフの視線が泳ぐ。彼の尻尾も、そわそわと落ち着きなく揺れている。

 彼のことだもの。癪だけど、長い付き合いだから、きっとラルフはまた旅に出たがるんだろうな、ってことは分かってた。明るくて人懐っこくて何事も陽気に楽しめる彼にとっては、旅は刺激がいっぱいで、きっと毎日が楽しい生活なんだろうって。

 私は家族も店もあるし、今のこの街での生活のことも気に入っているし、ここを離れる気は無い。
 でも、旅の楽しさを知ってしまったラルフをこの街にずっと留めてしまうのも、彼に悪いなって考えてた。——そんな悩みも、もうする必要もなくなるけど!

「いってらっしゃい。でももう私はラルフを待たないわ」
「そんな……!」
「だってそうでしょう? 別れるんだから」
「ゔっ……」

 ラルフは見捨てられた仔犬のように悲しそうな表情をしていた。
 でも彼の尻尾は、どこかワクワクと嬉しそうに揺れていた——本当の気持ちを隠しきれていなかった。

「じゃあね、そういうことだから。さようなら」
「待ってよ、アン!」

 話すことは話したし、私はサッと立ち上がった。
 すかさずラルフが、きゅっと私の腕を掴む。

「……私のこと、好き?」
「ゔっ……」

 呼び止めておきながら、そこで詰まるんじゃないよ!
 余計に傷ついたじゃない!!

 ラルフの手が緩んだ隙に、私は思いっきり腕を払うと、さっさと家の方に帰って行った。

——彼もここまでくると、別れられてむしろ清々しいくらいだわ!!!


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