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番ではなくなった私たち
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「あの、アンさん!」
家までの帰り道で、私は不意に呼び止められた。
振り返ると、息を切らした聖女様がそこにいた。
「本当にごめんなさい! 私が焦って強い魔法を使ってしまったばかりに……!」
聖女様が勢いよく頭を下げた。九十度よりも、もっとだ。
「いえ、もう本当に謝らないでください。それに、お礼を言いたいのは私の方なんです」
「えっ……?」
私ができるだけ穏やかにそう伝えると、聖女様は驚いてパッと顔を上げた。
「私は今までラルフの番だってことで浮かれてたんだと思います。彼の番じゃなくなって初めて、彼が私のことを『番だから』っていう理由だけで『好きだ』と言ってくれてただけなんだって気づいたんです」
番だから、本能だから、私のことが好きだったなんて。
そんな理由には気づかずに、私はかっこいい彼から「好きだ」「愛してる」なんて囁かれて、完全に舞い上がってた。
彼が旅に出たあの二年前も、「私が彼の帰る場所なんだ」ってプライドを持って見送った。
でも、彼が「番」という絆を失って、他の女性に目を奪われるようになって、私のことを好きかどうかも分からないって言い出して、彼はただ本能のままに動いてるだけなんだって気づいた。
──でもそれって、ちっとも私自身のことは見てくれてないってことだよね?
番だったラルフから言われてきた褒め言葉が、頭の中をよぎった。「可愛い」「大好き」「愛してる」「アンのこと以外考えらんない」──どれもこれも言われて嬉しい言葉ばかりだけど、どれも本能からただ垂れ流してる口先だけの言葉だったんだね。
一緒に街を歩いた時、彼の視線の先には、綺麗で華やかな女性たちがいた。さっきの酒場でもだ。彼女たちはみんな、地味で平凡な色合いの私とは全然違うタイプだ。
きっと「番」という頸木が無かったら、本来はああいう女性たちが、ラルフにとって好みのタイプなのかもしれない。
番の絆を失くした私は、本来の私自身で勝負するしかない。
当たり前のことだけど、容姿だけが恋愛の全てじゃない。
だけど、恋愛において何を重視するかは、人それぞれだ。
──なら、今のラルフは……?
「たぶん、今の彼を無理に引き止めても、先が見えてしまうと思うんです……彼はきっと、私以外の素敵な女性を見つけてしまう」
本能のままに、ね──
「それって、本当の愛でしょうか?」
私は真っ直ぐに聖女様を見つめた。
聖女様の、澄んだ泉のようなアクア色の瞳がたじろぐ。
「……ゔっ、そうですよね。そんなの辛すぎて見てられないですよね……」
聖女様は、私の代わりにボロボロと泣いて抱きしめてくれた。
聖女様が、私とラルフの番の絆を消してしまったことを、全く気にしてないって言ったら嘘になる。
でも、聖女様も世界を救うために命がけで戦ってくれたのだし、魔法が暴発したのだって事故なんだし、何より初めから誠心誠意謝ってくれたから、どうしても責めようっていう気持ちは湧かなかった。
もし「番の絆」を犠牲にしてなかったら、暴発した聖魔法を浴びて、ラルフ自身の命が危うかったかもしれない──そう考えたら、結局彼の命には何ものも変えられなかったと思う。
それに、番の絆が消えていなかったら、以前のままのラルフがこの街に戻って来て、そのままの流れで結婚していたかと思うと……今の彼の状態を知ってしまった私からしたら、「それって本当に幸せなの?」って疑問に思っちゃう。
私がぐだぐだ考え事をしていると、聖女様と私が同時にぽわっと淡く光った。
「あの、聖女様? これは……?」
「ささやかですが、祝福です。本当はあまり人にかけてはいけないのですが、あなたにはご迷惑をかけてしまったので……内緒ですよ? あなたに良きご縁が巡ってきますように」
聖女様は、べそをかきつつも微笑んで答えてくれた。笑うとあどけない感じがして、とても可愛らしい人だ。
たぶん、なけなしの魔力を使ってくれたのよね?
こんなことに使っちゃっていいの?
でも、祝福をかけてしまったからにはもう元には戻らないだろうし、私はただ「ありがとうございます」とお礼を言っておいた。
聖女様が本当に魔力を回復される日がくるのは、いつになることやら……
結局、ラルフは勇者様たちと一緒に、世界中に散らばってしまった伝説の剣の欠片を探す旅に出ることになった。
世界中を旅するから、次に故郷に戻って来れるのは何年先になるか分からないって。
聖女様も、罪滅ぼしに同行されるみたい。
私に祝福を授けてくださったから、またしばらくは魔法が使えないはず。
私が「大丈夫なんですか?」と小声で確認したら、聖女様は「私、実は武闘派なんです。魔力が無くても戦えますし、散々野宿もしてきたので、問題ないですよ?」とケロリと答えられた。
──さすが、魔王を倒されただけのことはある。相当なタフだ。
勇者パーティーがこの街を去った後、私は聖女様の祝福のおかげか、モテ期に突入した。
今まではラルフがいたから、誰も私に近づけなかったみたい──彼は、番犬としては優秀だったのかもね。
私は新しい恋をして、今はとても穏やかな日々を過ごしてる。
お相手は人間の男の人で、ラルフみたいにかっこいい感じではないけど、一緒にいてホッと安心できる優しい人だ。
彼はお客さんとも喧嘩しないし、私が店番しても、他の男の人と普通にしゃべっても怒らない人だ。当たり前のことなんだけど、そこに気を遣わなくていい分、彼と一緒にいることがラクで本当にありがたいなってしみじみ思ってる。
運命の番って素敵だと思う。
でも、その分、やっぱり辛いことも多かった。
今は何も無いことが、逆にありがたい。
あ! それから嬉しいことに、来年の春には新しい家族が増える予定だ。
番って、酷い時は自分の子供にも嫉妬することがあるらしいから、人間の彼にはそんなこと無さそうで少し安心してる——
家までの帰り道で、私は不意に呼び止められた。
振り返ると、息を切らした聖女様がそこにいた。
「本当にごめんなさい! 私が焦って強い魔法を使ってしまったばかりに……!」
聖女様が勢いよく頭を下げた。九十度よりも、もっとだ。
「いえ、もう本当に謝らないでください。それに、お礼を言いたいのは私の方なんです」
「えっ……?」
私ができるだけ穏やかにそう伝えると、聖女様は驚いてパッと顔を上げた。
「私は今までラルフの番だってことで浮かれてたんだと思います。彼の番じゃなくなって初めて、彼が私のことを『番だから』っていう理由だけで『好きだ』と言ってくれてただけなんだって気づいたんです」
番だから、本能だから、私のことが好きだったなんて。
そんな理由には気づかずに、私はかっこいい彼から「好きだ」「愛してる」なんて囁かれて、完全に舞い上がってた。
彼が旅に出たあの二年前も、「私が彼の帰る場所なんだ」ってプライドを持って見送った。
でも、彼が「番」という絆を失って、他の女性に目を奪われるようになって、私のことを好きかどうかも分からないって言い出して、彼はただ本能のままに動いてるだけなんだって気づいた。
──でもそれって、ちっとも私自身のことは見てくれてないってことだよね?
番だったラルフから言われてきた褒め言葉が、頭の中をよぎった。「可愛い」「大好き」「愛してる」「アンのこと以外考えらんない」──どれもこれも言われて嬉しい言葉ばかりだけど、どれも本能からただ垂れ流してる口先だけの言葉だったんだね。
一緒に街を歩いた時、彼の視線の先には、綺麗で華やかな女性たちがいた。さっきの酒場でもだ。彼女たちはみんな、地味で平凡な色合いの私とは全然違うタイプだ。
きっと「番」という頸木が無かったら、本来はああいう女性たちが、ラルフにとって好みのタイプなのかもしれない。
番の絆を失くした私は、本来の私自身で勝負するしかない。
当たり前のことだけど、容姿だけが恋愛の全てじゃない。
だけど、恋愛において何を重視するかは、人それぞれだ。
──なら、今のラルフは……?
「たぶん、今の彼を無理に引き止めても、先が見えてしまうと思うんです……彼はきっと、私以外の素敵な女性を見つけてしまう」
本能のままに、ね──
「それって、本当の愛でしょうか?」
私は真っ直ぐに聖女様を見つめた。
聖女様の、澄んだ泉のようなアクア色の瞳がたじろぐ。
「……ゔっ、そうですよね。そんなの辛すぎて見てられないですよね……」
聖女様は、私の代わりにボロボロと泣いて抱きしめてくれた。
聖女様が、私とラルフの番の絆を消してしまったことを、全く気にしてないって言ったら嘘になる。
でも、聖女様も世界を救うために命がけで戦ってくれたのだし、魔法が暴発したのだって事故なんだし、何より初めから誠心誠意謝ってくれたから、どうしても責めようっていう気持ちは湧かなかった。
もし「番の絆」を犠牲にしてなかったら、暴発した聖魔法を浴びて、ラルフ自身の命が危うかったかもしれない──そう考えたら、結局彼の命には何ものも変えられなかったと思う。
それに、番の絆が消えていなかったら、以前のままのラルフがこの街に戻って来て、そのままの流れで結婚していたかと思うと……今の彼の状態を知ってしまった私からしたら、「それって本当に幸せなの?」って疑問に思っちゃう。
私がぐだぐだ考え事をしていると、聖女様と私が同時にぽわっと淡く光った。
「あの、聖女様? これは……?」
「ささやかですが、祝福です。本当はあまり人にかけてはいけないのですが、あなたにはご迷惑をかけてしまったので……内緒ですよ? あなたに良きご縁が巡ってきますように」
聖女様は、べそをかきつつも微笑んで答えてくれた。笑うとあどけない感じがして、とても可愛らしい人だ。
たぶん、なけなしの魔力を使ってくれたのよね?
こんなことに使っちゃっていいの?
でも、祝福をかけてしまったからにはもう元には戻らないだろうし、私はただ「ありがとうございます」とお礼を言っておいた。
聖女様が本当に魔力を回復される日がくるのは、いつになることやら……
結局、ラルフは勇者様たちと一緒に、世界中に散らばってしまった伝説の剣の欠片を探す旅に出ることになった。
世界中を旅するから、次に故郷に戻って来れるのは何年先になるか分からないって。
聖女様も、罪滅ぼしに同行されるみたい。
私に祝福を授けてくださったから、またしばらくは魔法が使えないはず。
私が「大丈夫なんですか?」と小声で確認したら、聖女様は「私、実は武闘派なんです。魔力が無くても戦えますし、散々野宿もしてきたので、問題ないですよ?」とケロリと答えられた。
──さすが、魔王を倒されただけのことはある。相当なタフだ。
勇者パーティーがこの街を去った後、私は聖女様の祝福のおかげか、モテ期に突入した。
今まではラルフがいたから、誰も私に近づけなかったみたい──彼は、番犬としては優秀だったのかもね。
私は新しい恋をして、今はとても穏やかな日々を過ごしてる。
お相手は人間の男の人で、ラルフみたいにかっこいい感じではないけど、一緒にいてホッと安心できる優しい人だ。
彼はお客さんとも喧嘩しないし、私が店番しても、他の男の人と普通にしゃべっても怒らない人だ。当たり前のことなんだけど、そこに気を遣わなくていい分、彼と一緒にいることがラクで本当にありがたいなってしみじみ思ってる。
運命の番って素敵だと思う。
でも、その分、やっぱり辛いことも多かった。
今は何も無いことが、逆にありがたい。
あ! それから嬉しいことに、来年の春には新しい家族が増える予定だ。
番って、酷い時は自分の子供にも嫉妬することがあるらしいから、人間の彼にはそんなこと無さそうで少し安心してる——
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