鬼の蓉子さんの辛口相談室

拝詩ルルー

文字の大きさ
1 / 1

鬼の蓉子さんの辛口相談室

しおりを挟む
「……それで、婚約者の愛美に全部バレちまったんだ! なぁ、俺、これからどうすればいい!?」

 ここはとあるファミレスのテーブル席。
 私の目の前で頭を抱えて嘆いている男は、会社の同期の山田だ。フツメンだけど、調子がいいところがあるから、女ウケはそんなに悪くない。

 この山田、結婚式直前に婚約者に二股をかけてたのがバレたらしい。しかも、都合がいいと浮気してたお相手からは、妊娠したと結婚を迫られてるみたい。浮気相手が婚約者に突撃した結果、修羅場が勃発したらしい。

……あーあ、残念。その場にいたかったなぁ……どれほど美味なご馳走にありつけたことやら。


 私は鬼塚蓉子。鬼族だ。普段は人間のふりをしてる。

 鬼は古来より人間を喰らってきた──でも、それも今は昔の話。

 昔のように人間の数が少なく、村と村の距離が離れ交流や情報の行き来が限られていた時代には、多少人間が鬼に喰われて消えたとしても、「事故だ」とか「神隠しだ」とかで誤魔化せてた。

 でもそんな時代は、もうとっくのとうに終わってる。

 今みたいに山奥にまで人間が進出し、情報網が発達してしまったら、行方不明者が出るとすぐ騒ぎになってしまう。それに今の時代は、何かあれば即SNSに晒される世の中──いっそのこと、人間のふりをして暮らした方が鬼にとっても生きやすいのだ。

 人間の増加と生活の発展は、鬼の食生活までをも変えた。

 人間の多いところには、それだけ負の感情──怒り、悲しみ、嫉妬、不安、絶望などが渦巻いている。

 現代の鬼たちは、人間自体は喰らわずに、そういった負の感情を喰らって暮らしてる。

 人間が食べてる食べ物自体も、昔に比べて種類が増えて格段に美味しくなったことも関係してる。

 人間が主食だった鬼たちでも、あんな見た目にも美味しそうなものが目の前に出されれば、それは食べてしまいたくなるというものだ。

 現代の鬼は、人間の負の感情を主食に、人間が生み出した料理やお菓子なんかをおやつとしていただくのが一般的。

 特に人間が勤める「会社」というものは、人間のいろいろな負の感情が漂っている良い場だ。

 私も表向きは、中規模の商社に事務OLとして勤めてる。何より会社員ってだけで、この人間がはびこる世の中で、身分給与諸々が保証されるのはありがたい。

 私は鬼族特有のキツめの目元をしているし、人間の女性と比べたら、身長も高い。
 意識して笑顔でいないと、ただの怖い人になってしまうのだ──いつも笑顔でいて、場の人間の相談に乗るというていで「不安」や「悩み」を喰らっているうちに、いつの間にか「鬼塚さんに相談するといい」「彼女に話すとスッキリする」と評判になってしまった。

──まぁ、負の感情を私が喰らってる分、人間側が「スッキリする」というのは、あながち間違いではないけどね。


「鬼塚さん、俺の話聞いてる~? 俺、これからどうしたらいいと思う!?」

 目の前の山田が、心底情けない声をあげた。悲壮感たっぷりにくしゃりと顔を歪めて、フツメンがブサメンになってる。

 話を戻すと、山田としては、婚約者は資産家の社長令嬢だから結婚はしたい。浮気相手は、結婚前のちょっとした火遊びだったから、そっちとは結婚するつもりも、子供を認知して責任を取る気もさらさらないらしい──要は、クズ男だ。

 ちなみに山田はドリンクバーの冷めきったコーヒーを、私は季節限定のストロベリーと生チョコのパフェを食べてる。甘酸っぱいいちごと、とろりと甘い生チョコのコントラストがたまらない。

 こんな人の多い場所でとんでもない話をしているせいか、周りの席からチラチラと視線を感じる。「うわぁ……」とか「もしかして修羅場?」みたいな言葉も聞こえてくる。聞き耳を立ててる野次馬本人にとっては小声のつもりかもしれないけど、こっちにまで聞こえてるから。鬼の聴覚は鋭いのよ。

「そんなの、もう結果は出ているようなものじゃない? 婚約者には別れるって言われてるんでしょう? それなら婚約者には慰謝料払って別れて、浮気相手には責任取って結婚するなり、それが無理なら子供は認知して養育費払うしかないんじゃない?」

 私はバッサリと正論を吐いた。

 鬼のくせに正論やら倫理観を説くってどういうことだって思うかもしれないけど、正論は時に人を傷つけ、事実は時に人をどん底へと突き落とす。

 山田の顔が、みるみるうちにサーッと血の気が引いていく。具体的にこれからどうなるのか、イメージがついたみたい。

 彼から流れてくるのは、「想定外」、「困惑」、「裏切られた」という感情。
 相談に強い同期の私に訊けば、何か良い手が思いつくんじゃないか、なんとかなるんじゃないかって淡い期待をしてたみたいね。

 でも残念!
 私の狙いは、相談に乗ることでも、問題を解決することでもないから!

 ちょっとしたお悩み相談では味わえないような、濃厚で、何時間もじっくりコトコト煮込まれたスープのような、素材の甘みが溶け出した滋味深い味わいが、口の中に広がる。

 パフェを食べるふりをして、思わず舌なめずりをする。

 前菜のスープを味わってると、山田がいきなりバンッとテーブルを叩いた。

 彼の冷めきったコーヒーが大きく揺れ、ソーサーにまで溢れる。

「それじゃあ、俺が大変なことになるじゃないか!! 俺が聞きたいのは、どうやったら愛美と結婚できて、浮気相手には上手く身を引いてもらえるかなんだよ!!」

 おお、最低も最低。ここまでクズだったとは!
 山田、本当に自分のことしか考えてないわね。
 素晴らしい!

 今の山田から流れてくるのは、「怒り」、「動揺」、「焦り」──現実を受け入れたくない、信じたくないっていう強い思いと、どうやったら自分の身を守れるかっていう「自己保身」の思い。

──だからって、私に対して逆ギレしても、何の意味もないけどね。

 でもまぁ、本日のメインとしては十分かな。
 外国産牛肉のような、少し硬いけど、噛めば噛むほどお肉らしいワイルドな味わいを楽しめる感じね。

 これなら、つつきよう調理法によっては、まだもう少し美味しくなるんじゃないかしら?

 近くの席から「うわぁ……」というドン引いた呟きも聞こえてきた。

 山田の最低発言は、周囲からもいい感じにヘイトを稼いでくれてるみたい。周りの人間が感じた「嫌悪感」が、甘塩っぱいソースのように口の中に広がる。

 これだから愚か者は美味しいのよ!
 自ら負の感情を発するだけじゃなくて、周りからも負の感情を引き出してくれる──それも無限に!

 山田が自分勝手な言い訳を並べて怒れば怒る程、周囲の野次馬も「ありえない……」と嫌悪感丸出しになる。
 山田の最低な言動が、周囲の負の感情を引き出して、負の相乗効果──いや、メインのステーキにジューシーなソースで味わいを付け加えてくれる。

 素晴らしい負の感情素材のマリアージュに、頬が落っこちそうになる。
 思わず口元が緩みそうになり、テーブルに備え付けの紙ナプキンをサッと取り、口元を拭くふりをして隠した。

「頼む……! 俺、このままじゃマジでヤバいんだよ! 会社にだってバラすって脅されてるしさ!」

 山田は今度はテーブルに突っ伏して、しくしくと泣き落としにかかってきた。

 山田。あんたの涙には一円の価値もないのよ。それにすがる相手が違うんじゃない?

 山田の「不安」と「悲しみ」は、ほろ苦みのあるレモン味のソルベだった。
 ステーキの後だし、ファミレスでは一応ちゃんと甘いパフェも頼んだから、丁度いい口直しのデザートだわ。

 山田はしばらく泣いて、私には一切泣き落としが効かないと分かったらしく、すっくと上半身を起こした。

 あんたなんかの涙じゃ同情できないわよ。そもそもが自業自得だからね。

 私があまりにも白けたような真顔で見ていたからか、山田は一瞬ビクッとなってたわ。

「そこまで話が進んでるなら、私からできるアドバイスなんて何もないわよ」
「そんな……そこをなんとか……」
「私にはどうにできないわよ。そもそも部外者だし」
「そ、そんなぁ……」
「そもそもが自業自得でしょ。あと山田にできることは、誠心誠意謝ることだけじゃない? 大人なんだから、やったことの責任はしっかり取りなさいよ」

 私が正論でとどめを刺すと、山田はガックリと項垂れた。

 彼からは、お先真っ暗という「絶望」感が漂ってきた。

 手土産まで持たせてくれるなんて、山田にしては気が利くじゃない。

 周りの席の様子をチラリとうかがうと、野次馬たちは皆「スッキリした!」「よくぞ言ってくれた!」みたいな清々しい表情をしていた。

──あなたたちのそんな感情なんて、大して美味しくもなんともないんだからね。

 出涸らしのお茶なんて要りません!

「じゃ、あとはお会計よろしく」
「あ、おい。待てよ!」

 私が自分の荷物を持って席を立とうとすると、急に山田に引き留められた。

「相談に乗ったんだからいいじゃない?」
「あれで相談に乗ったって言えるのか!? 会計まで俺に払わせようとして、お前はオニか!?」
「ええ、ですから」
「…………」

 私がにっこりと一際綺麗な笑顔を向けると、山田はすっかり呆けてしまった。

 山田、最高に美味しい感情をご馳走様!


***


 久々にご馳走を喰らえて、上機嫌に家路をたどる。

「それにしても、人間のクズにと言われてもねぇ……何とも思わないわ」

 鬼であることは事実ですし。

 ファミレスを出てしばらくすると、彼氏から電話がかかってきた。

「今度の日曜に会わない?」

 艶のあるバリトンボイスが、スマホから響いてきた。
 彼からお誘いがあるなんて珍しい。

 彼の名前は鬼澤紫紋──もちろん、彼も鬼族だ。
 彼の場は、超過勤務が常態化したハード過ぎるブラック企業。休日に休みが取れたことがまず奇跡ね。

 社内に常に人間の負の感情が渦巻いていて、出社するだけですぐご馳走にありつけるから、結構気に入ってるみたい。

 まぁ、鬼の体力があってこそ続けられる職場ね。

「いいわよ」
「どうした? 今日は機嫌がいいな」

 彼の言葉に、自然と笑みが溢れる。こっちのことはバレバレね。

「ええ、久しぶりに美味しいご馳走が食べられたの」
「蓉子はよくそんなまどろっこしいことを続けられるな」
「あら? 信頼を得といて突き放した時ほど、美味しい感情にありつけることはないわよ」

 信頼してた分だけ、より絶望が深いのよね。

「鬼だな」

 スマホの向こう側から、カラリとした笑い声が聞こえてくる。

「もちろん、鬼ですから」

 日曜日の約束を決めて通話を切ると、私は清々しい気分で家に帰った。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...