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第四章 ウォーグラフト領
何気ない日常こそが幸せ
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不意に目が覚めた。見慣れた天井が見える──王都にある宿舎の俺の部屋の天井だ。「ああ、俺、戻って来たんだ」と思った瞬間、なぜかやけにホッと安心できた。
グーッ。
気が緩んだせいか、お腹が大きく鳴って、「そういえば、昨日の夕飯も食べてなかったな」と気づいた。
とりあえず、朝ご飯を食べに行こうか。
ゆるゆると上半身を起こして、ベッドから下りようとした瞬間──
ピキィッ!!!
「っ!!?」
全身に電撃をくらったのような痛みが走った。
長年冒険者をしてたから、それなりに体力がある方だとは自負してた。
でも、こんなに酷い全身筋肉痛になったのは、本当にいつ以来だろう?
廊下の壁に手を突き、支えにしながら、俺は這々の体で食堂まで歩いて行った。
もう業務時間は始まっているのか、宿舎の廊下はやけに静かで、ほとんど人はいなかった。
──今日は休みにしてもらって本当に良かったと、心から思った。
ガランと空いた食堂の端に、ぽつんとグラントさんが座っているのが見えた。
グラントさんも遅めの朝食をとっているようだった。
「お、おはようございます、グラントさん……」
「おはよう……って、ノア大丈夫か!?」
俺は食堂のテーブルや椅子を支えに、グラントさんの方に近づいて行った。
グラントさんは、はじめはのんびりと挨拶を返してくれたけど、俺の様子がいつもと違うと気づくと、びっくりして席から立ち上がった。
「全身筋肉痛になりました……」
「……あぁ、昨日の聖槌の影響か……あまり勧められることじゃないが、自分に癒し魔力を流せば、ある程度は筋肉痛を緩和できるぞ?」
「本当ですか!!?」
ものすごく良いアドバイスをもらったと思っった俺は、早速、自分の体に癒し魔力を流した。
あれほどピキピキと全身にきていた痛みが、スーッと引いていく。
「癒し魔力って便利ですね~! こんなに効くなら、もっと世の中に知られていてもいいはずなのに!」
筋肉痛も魔術で回復できるんだったら、冒険者をやってた時もやれば良かったな~とちょっぴり後悔した。
「下手に治してしまうと、筋肉がつかなくなるんだ」
「デメリットもあるんですね……」
グラントさんに苦笑して言われ、それなら広まらなくても仕方がないかと思った。
今朝のメニューは、黒パンにバター、ゆで卵、そしてにんじんやキャベツやじゃがいもなどの野菜が細かく刻まれて入ったクリームスープだ。
ホットコーヒーも付いてる。
俺は昨日の夕食も食べてなかったから、パンは多めに、そしてスープはおかわりさせてもらった。
「あの後、どうやって帰って来たんでしょう? 俺、ずっと寝てたから全然気づかなくて……」
俺は少し気になってたことを、グラントさんに尋ねた。
「ノアが寝入ってすぐくらいに、王都に戻ることになったんだ」
「挨拶の時ぐらいは叩き起こしてくれても良かったのに……」
「いや、エルツ支部の神官と聖女がな、『聖者様はエルツ村の恩人ですから』『ゆっくり寝かせてあげてください』と気遣ってくれたんだ。俺たちもノアにはかなり無理をさせたと感じてたし、お言葉に甘えてそのまま帰らせてもらったんだ」
「そうだったんですね」
……う~ん、それならまぁ、いいのかな? 少し締まらない気もするけど、エルツ支部の神官たちのご厚意なんだし、そんなに気にしなくても大丈夫かな?
「初めての慰問はどうだった?」
グラントさんが真っ直ぐに俺を見つめて、訊いてきた。
俺は目を閉じて、ここ五日間の慰問のことを思い返した。
初めは、頑張って覚えたスピーチでヘマしないようにとか、とにかく頑張らないといけないとか、いろいろごちゃごちゃ考えて緊張してた気がする。
実際に現地に着いたら、あまりに悲惨な状況に、体が勝手に動いて、エリアヒールをかけてしまった。それで魔力切れを起こして、後で反省会が開かれた。
そこで俺は、「慰問は、ただたくさんの人の怪我を回復させればいいわけじゃない」って気づいたんだ。
傷を回復させるだけなら、他の癒し属性の神官や聖女にもできる。むしろ、災害後は通常よりも怪我人が多くなってるから、俺一人が頑張ってもどうしようもない。
俺がわざわざ現地に派遣されたのは、体の怪我を治すだけじゃなくて、被災者や彼らを支える教会関係者たちの心に、元気や励みをもたらすためなんだって気づいた。
それからは、とにかく人数を捌くような回復の仕方はやめて、一人一人にできるだけ寄り添うように回復魔術をかけていった。
気持ちの問題だから、患者さんたちがどう思ったかは分からない。
でも、少しでも彼らの励みになるなら、少しでも気持ちが明るくなってくれるなら、それで良かったんじゃないかと思う──俺は俺で、できる限りのことはしたんだから。
「いろいろ良い経験になりました。いつもの治癒院での治療とは違って、体の傷を治すだけじゃなくて、患者さんたちの心の方の傷にも少しでも寄り添えたら、と思うようになりました」
「そうだな、大切なことだな」
俺が感じたことをざっくりまとめて言うと、グラントさんはあたたかく見守るように微笑んで頷いてくれた。
「それから、改めて『当たり前のこと』ってありがたいなって思いましたよ」
俺はしみじみと呟いた。
被災地に行ったのだから、俺は現地の生の様子をいろいろ見てきた──泥が端に避けられた街の道路、崩れた家、ここまで浸水したであろう線がありありと残った壁、洪水で流されて街角に溜まったゴミ、最後に訪れた村では土砂で道が通れなくなってたしな……
どの教会支部にも、家を失って身を寄せている人たちが大勢いた。
さらに俺の脳裏に、アスマン司教と見た領都ランサルドの夜景が思い浮かんだ。そして、変わってしまった街を見つめるアスマン司教の寂しげな横顔も──
災害は起こらないのが一番であることに越したことはない。
でも、いつかどこかで災害は起こる。
そんな時、いろんなものを失って初めて「当たり前の日常」のありがたみが突きつけられる。
今まで当たり前すぎて全然意識してなかったけど、被災地の状況を見て、改めて「普通にある」ありとあらゆることが、「ありがたいことだな」と感じるようになった。
普通に住める家があり、普通に食べられるご飯があり、いつも通りに家族や仲間たちがいる──当たり前で些細なことかもしれないけど、普段の生活の中じゃ絶対感謝しないからな。なくしてしまったら、感謝することもできやしない……
「被災地の現状を見たので、もっと自分の身の回りの、当たり前のことに感謝した方がいいなって、改めて思いましたよ」
「ああ、そうだよな。ああいう現場に行くと、何気ない日常が案外幸せなんだなって、気付かされるよな。……それにしても、俺も今回のは少し堪えたな……」
「えっ、グラントさんもですか?」
苦笑するグラントさんを、俺は意外すぎてまじまじと見つめた。
グラントさんは経験豊富で頼れる兄貴だから、なんとなく勝手に大丈夫そうな気がしてたんだ。
グラントさんは、テーブルの上に置かれた防音の魔道具がちゃんと発動していることをチラリと確認すると、口を開いた。
「俺たち癒しの精霊の本分は、『傷ついたモノを癒すこと』なんだ。だから、ああいった悲惨な現場では、癒したくてたまらなくなる──ノアが最初の支部でエリアヒールをかけたのも、きっと精霊としての本能が強く疼いたんだろうな」
グラントさんの説明に、俺は妙に腹落ちした。
アンボス支部では、なぜか勝手に体が動いたような感覚があった──それも、俺の中の癒しの精霊の血がそうさせてたのか……
でもそう考えると、俺みたいな先祖返りじゃなくて、癒しの精霊であるグラントさんは、もっとキツかったんじゃないのかな?
「グラントさんは大丈夫だったんですか……?」
「まぁ、慣れだな。普段の治癒院の仕事でもセーブしてるし。それに、それなりに結構回復させてもらったからな」
グラントさんがカラリと笑った。
……そういえば、グラントさんと一緒に患者さんの所をまわることが多かったけど、グラントさんもかなりの人数を治療してたもんな!
遅めの朝ご飯を食べた後は、グラントさんと別れて、自分の部屋でゆっくり過ごすことにした。
五日間の慰問を頑張ったご褒美みたいなものだ。
それに、明日にはまた特別治癒の日がやってくる。
俺は英気を養うため、今度は昼寝することにした。皆が働いてる中、のんびりできる背徳感がたまらない──ぐぅ。
グーッ。
気が緩んだせいか、お腹が大きく鳴って、「そういえば、昨日の夕飯も食べてなかったな」と気づいた。
とりあえず、朝ご飯を食べに行こうか。
ゆるゆると上半身を起こして、ベッドから下りようとした瞬間──
ピキィッ!!!
「っ!!?」
全身に電撃をくらったのような痛みが走った。
長年冒険者をしてたから、それなりに体力がある方だとは自負してた。
でも、こんなに酷い全身筋肉痛になったのは、本当にいつ以来だろう?
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もう業務時間は始まっているのか、宿舎の廊下はやけに静かで、ほとんど人はいなかった。
──今日は休みにしてもらって本当に良かったと、心から思った。
ガランと空いた食堂の端に、ぽつんとグラントさんが座っているのが見えた。
グラントさんも遅めの朝食をとっているようだった。
「お、おはようございます、グラントさん……」
「おはよう……って、ノア大丈夫か!?」
俺は食堂のテーブルや椅子を支えに、グラントさんの方に近づいて行った。
グラントさんは、はじめはのんびりと挨拶を返してくれたけど、俺の様子がいつもと違うと気づくと、びっくりして席から立ち上がった。
「全身筋肉痛になりました……」
「……あぁ、昨日の聖槌の影響か……あまり勧められることじゃないが、自分に癒し魔力を流せば、ある程度は筋肉痛を緩和できるぞ?」
「本当ですか!!?」
ものすごく良いアドバイスをもらったと思っった俺は、早速、自分の体に癒し魔力を流した。
あれほどピキピキと全身にきていた痛みが、スーッと引いていく。
「癒し魔力って便利ですね~! こんなに効くなら、もっと世の中に知られていてもいいはずなのに!」
筋肉痛も魔術で回復できるんだったら、冒険者をやってた時もやれば良かったな~とちょっぴり後悔した。
「下手に治してしまうと、筋肉がつかなくなるんだ」
「デメリットもあるんですね……」
グラントさんに苦笑して言われ、それなら広まらなくても仕方がないかと思った。
今朝のメニューは、黒パンにバター、ゆで卵、そしてにんじんやキャベツやじゃがいもなどの野菜が細かく刻まれて入ったクリームスープだ。
ホットコーヒーも付いてる。
俺は昨日の夕食も食べてなかったから、パンは多めに、そしてスープはおかわりさせてもらった。
「あの後、どうやって帰って来たんでしょう? 俺、ずっと寝てたから全然気づかなくて……」
俺は少し気になってたことを、グラントさんに尋ねた。
「ノアが寝入ってすぐくらいに、王都に戻ることになったんだ」
「挨拶の時ぐらいは叩き起こしてくれても良かったのに……」
「いや、エルツ支部の神官と聖女がな、『聖者様はエルツ村の恩人ですから』『ゆっくり寝かせてあげてください』と気遣ってくれたんだ。俺たちもノアにはかなり無理をさせたと感じてたし、お言葉に甘えてそのまま帰らせてもらったんだ」
「そうだったんですね」
……う~ん、それならまぁ、いいのかな? 少し締まらない気もするけど、エルツ支部の神官たちのご厚意なんだし、そんなに気にしなくても大丈夫かな?
「初めての慰問はどうだった?」
グラントさんが真っ直ぐに俺を見つめて、訊いてきた。
俺は目を閉じて、ここ五日間の慰問のことを思い返した。
初めは、頑張って覚えたスピーチでヘマしないようにとか、とにかく頑張らないといけないとか、いろいろごちゃごちゃ考えて緊張してた気がする。
実際に現地に着いたら、あまりに悲惨な状況に、体が勝手に動いて、エリアヒールをかけてしまった。それで魔力切れを起こして、後で反省会が開かれた。
そこで俺は、「慰問は、ただたくさんの人の怪我を回復させればいいわけじゃない」って気づいたんだ。
傷を回復させるだけなら、他の癒し属性の神官や聖女にもできる。むしろ、災害後は通常よりも怪我人が多くなってるから、俺一人が頑張ってもどうしようもない。
俺がわざわざ現地に派遣されたのは、体の怪我を治すだけじゃなくて、被災者や彼らを支える教会関係者たちの心に、元気や励みをもたらすためなんだって気づいた。
それからは、とにかく人数を捌くような回復の仕方はやめて、一人一人にできるだけ寄り添うように回復魔術をかけていった。
気持ちの問題だから、患者さんたちがどう思ったかは分からない。
でも、少しでも彼らの励みになるなら、少しでも気持ちが明るくなってくれるなら、それで良かったんじゃないかと思う──俺は俺で、できる限りのことはしたんだから。
「いろいろ良い経験になりました。いつもの治癒院での治療とは違って、体の傷を治すだけじゃなくて、患者さんたちの心の方の傷にも少しでも寄り添えたら、と思うようになりました」
「そうだな、大切なことだな」
俺が感じたことをざっくりまとめて言うと、グラントさんはあたたかく見守るように微笑んで頷いてくれた。
「それから、改めて『当たり前のこと』ってありがたいなって思いましたよ」
俺はしみじみと呟いた。
被災地に行ったのだから、俺は現地の生の様子をいろいろ見てきた──泥が端に避けられた街の道路、崩れた家、ここまで浸水したであろう線がありありと残った壁、洪水で流されて街角に溜まったゴミ、最後に訪れた村では土砂で道が通れなくなってたしな……
どの教会支部にも、家を失って身を寄せている人たちが大勢いた。
さらに俺の脳裏に、アスマン司教と見た領都ランサルドの夜景が思い浮かんだ。そして、変わってしまった街を見つめるアスマン司教の寂しげな横顔も──
災害は起こらないのが一番であることに越したことはない。
でも、いつかどこかで災害は起こる。
そんな時、いろんなものを失って初めて「当たり前の日常」のありがたみが突きつけられる。
今まで当たり前すぎて全然意識してなかったけど、被災地の状況を見て、改めて「普通にある」ありとあらゆることが、「ありがたいことだな」と感じるようになった。
普通に住める家があり、普通に食べられるご飯があり、いつも通りに家族や仲間たちがいる──当たり前で些細なことかもしれないけど、普段の生活の中じゃ絶対感謝しないからな。なくしてしまったら、感謝することもできやしない……
「被災地の現状を見たので、もっと自分の身の回りの、当たり前のことに感謝した方がいいなって、改めて思いましたよ」
「ああ、そうだよな。ああいう現場に行くと、何気ない日常が案外幸せなんだなって、気付かされるよな。……それにしても、俺も今回のは少し堪えたな……」
「えっ、グラントさんもですか?」
苦笑するグラントさんを、俺は意外すぎてまじまじと見つめた。
グラントさんは経験豊富で頼れる兄貴だから、なんとなく勝手に大丈夫そうな気がしてたんだ。
グラントさんは、テーブルの上に置かれた防音の魔道具がちゃんと発動していることをチラリと確認すると、口を開いた。
「俺たち癒しの精霊の本分は、『傷ついたモノを癒すこと』なんだ。だから、ああいった悲惨な現場では、癒したくてたまらなくなる──ノアが最初の支部でエリアヒールをかけたのも、きっと精霊としての本能が強く疼いたんだろうな」
グラントさんの説明に、俺は妙に腹落ちした。
アンボス支部では、なぜか勝手に体が動いたような感覚があった──それも、俺の中の癒しの精霊の血がそうさせてたのか……
でもそう考えると、俺みたいな先祖返りじゃなくて、癒しの精霊であるグラントさんは、もっとキツかったんじゃないのかな?
「グラントさんは大丈夫だったんですか……?」
「まぁ、慣れだな。普段の治癒院の仕事でもセーブしてるし。それに、それなりに結構回復させてもらったからな」
グラントさんがカラリと笑った。
……そういえば、グラントさんと一緒に患者さんの所をまわることが多かったけど、グラントさんもかなりの人数を治療してたもんな!
遅めの朝ご飯を食べた後は、グラントさんと別れて、自分の部屋でゆっくり過ごすことにした。
五日間の慰問を頑張ったご褒美みたいなものだ。
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