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第一章 冒険者から神官へ
聖鳳教会
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「まずは、どれだけ治癒魔術が扱えるか、見せてもらおうか」
癒しの大司教ユリシーズ様が、ニコニコと俺の方を見ている。
あの後すぐに、聖鳳教会にあるユリシーズ様の執務室に案内された。
そこの応接スペースで、俺はローテーブルを挟んで、ユリシーズ様と向かい合ってソファに座っている。
ユリシーズ様の後ろには厳つい護衛の聖騎士が立ってるし、側仕えの神官も部屋の端の方からじっと俺のことを見ていて、緊張以外の何ものでもない。
唯一の心の支えだったはずの、光の大司教ルーファス様は、さっさと俺をユリシーズ様に引き渡すと、そそくさと自分の業務に戻って行った。「君ならきっと大丈夫!」という頼りない言葉を残して……!
「えっと、まずは怪我が無いと治せないのですが……」
「それもそうだね」
俺がおずおずと言葉にすると、ユリシーズ様はチラリと背後の聖騎士に目線をやった。
聖騎士は一つ頷いて、テーブル側に回って来ると、白い手袋を外し、小刀で自らの手の甲を傷つけた。ピッと十センチほどの赤い筋が走る。
「っ!!?」
「さぁ、いつも通りでいいから、治してみて」
びっくりしている俺に対して、ユリシーズ様はニコニコと平常運転だ。
俺は聖騎士の怪我をした手を取ると、パッと、彼の手の甲を片手で払った。それだけだ。
「おぉ……」と息を呑む音が、執務室内に静かに響いた。
「うん。素晴らしいね。無詠唱に、このスピード。傷口も、元から無かったかのように綺麗に無くなってるね」
ユリシーズ様は、聖騎士の怪我があった方の手を取って、まじまじと見つめた。
聖騎士が元の位置まで下がると、ユリシーズ様は次々と質問を始めた。
「どの程度の怪我までなら治せる? 重症者は? 骨折は?」
「冒険者パーティーを組んでいた時は、重症者は出なかったので分からないですが、ちょっとした突き指や捻挫は治せました。骨折も治したことは無いですね」
「冒険者をやっていたってことは、遠隔でも治癒はできるのかな?」
「できます。数メートルぐらいでしたら、相手が動いていても治せます」
怪我してすぐに治さないと、アンガスの怒号が飛んでたから……とは、さすがに言えないか。
「かなり実戦派だね。数メートル治癒魔術を飛ばせるなら、結構広範囲のエリアヒールもいけそうだね」
「エリアヒールは、何度か使ってみたことはあります。ただ、少し集中しないといけなくて無防備になるので、戦闘中はヒールを飛ばして治してました」
「ふむ、なるほど。解毒や調薬の方はどうかな?」
「解毒は本当に初級のものだけです。あまり毒持ちの魔物がいない地域で冒険者をしていたもので……。調薬はやったことが無いです」
「それはこれから学べばいいね。そうだ、何回ぐらいまでなら治癒魔術をかけられそうかな?」
「魔力切れを起こしたことが無いので、何とも……。先程のヒールでしたら、百回でも大丈夫かと思います」
「それなら、魔力量を測った方が早いかな?」
ユリシーズ様は、執務室の端に控えていた神官に目配せをした。
神官が魔力量測定の魔道具を持ってきた。冒険者ギルドでもよく見かける水晶玉タイプだ。
「やり方は分かるかな?」
「大丈夫です。冒険者ギルドで一度使ったことがあります」
俺が正式に冒険者登録をした時の一回きりだ。その時は、確か緑色に光って、魔力量も普通だった。
「色は魔力の属性を、光の強さは魔力量に比例する」
ユリシーズ様に促されて、俺は水晶玉に手を当て、魔力を流した。
水晶玉は緑色に光った。
前回と違うのは、光の強さだ。まともに目も開けていられないぐらい、眩しく光った。
再度、聖騎士や神官たちが息を呑む声が聞こえてきた。
「結構。もう大丈夫だよ。かなり純粋な癒し属性の魔力だね。それに、人間にしては非常に魔力が多い……両親か先祖に、亜人か妖精が混ざっていたりは?」
ユリシーズ様は満足そうに微笑むと、真っ直ぐに俺を見つめて尋ねた。淡い黄色の瞳は、興味深そうに俺を見ていた。
「あいにく孤児だったため、両親の顔も分からないです」
「……そうか、それは失礼したね。確認だけど、他に光魔術や聖魔術が使えたりは……?」
「いえ、使えるのは、治癒魔術と空間魔術だけですね」
「それなら、他の属性の神官に取られることは無いね」
そこまで確認すると、ユリシーズ様はコホン、と咳払いした。
「まずは癒しの中級神官でどうかな?」
「えっ?」
ユリシーズ様の提案に、俺はびっくりしすぎて、それ以外言えなかった。
神官の仕事は初めてだし、てっきり見習いからスタートするものかと思っていたからだ。
「ユリシーズ様! いきなり中級は前例がありませんよ!」
端の方に控えていた神官が声を荒げた。前髪がかなり後退したおっさんが、真っ赤になっている。
「そうだね、破格の待遇だね。でも、君も見ていた通り、彼の治癒魔術の実力は上級だし、魔力量も非常に多い。解毒も調薬も神官業務もこれから学んでいけばいいことだ。それに、ここで彼の実力に見合わない役職を提案して、『やっぱり冒険者に戻る』と言われる方が、教会の損失になるよね」
ユリシーズ様はさりげなく俺の方を見て、パチリとウィンクをした。
神官のおっさんは、ユリシーズ様に諭されて「ぐぬぬ……」と押し黙ってしまった。
「ノア君も、それでいいかな?」
「えっ、あ、はい……できれば、いろいろと教えてくださる先生か先輩を紹介していただきたいです。治癒魔術以外は、初めてのことばかりだと思うので」
「もちろん、そのつもりだよ」
ユリシーズ様が、俺に右手をスッと差し出してきた。
「それでは、中級神官ノア殿。今後ともよろしく」
「はいっ! よろしくお願いします!!」
俺はガッシリと、その手を握り返した。
神官という全く新しい仕事に、俺の胸はワクワクと高鳴っていた。
***
早速、神官の宿舎に案内された。
ちょうど空きがあったようで、南向きで、教会の中庭を眺められる一階の一人部屋だった。
一人用のベッド、デスク、クローゼットというシンプルな部屋だ。
まぁ、収納については、俺には空間収納があるから、そこまで問題じゃないけど……
前の住人の手入れが良かったのか、すぐにでも使えそうなほど綺麗に整っていた。
「あっ……そういえば、生活用品を揃えたいんですが……」
俺は宿舎まで案内してくれた先輩神官に尋ねた。気さくで親しみやすい雰囲気の人だ。
ダンジョンで放り出されたから、ほぼ私物は無し。今着てる服も、全部ニールさんからもらった物だ。
「ああ、ユリシーズ様から伺ってるぞ。いろいろ大変だったな。神官の制服は支給されるからいいとして、それ以外の物だな。冒険者ギルドのある通りに一通り店が集まってるから、そこで買い物をするといい」
「ありがとうございます!」
先輩は丁寧に地図まで書いてくれて、教会の出入口まで案内してくれた。
笑顔で送り出してくれた先輩に、ほっこりと胸の辺りがあたたかくなった。
「まずは王都のギルドに顔を出して、お金を下ろさないとな。いろいろ入り用だからな~」
初めはどうなることかと緊張しまくったけど、とにかく仕事と住める場所が決まってホッと安心できた。
俺は、ずっと冒険者をやってくんだと思ってた。
小さい頃からやってたからな。
だけど、ああいう目に遭って、初めて別の道を示されて、「ああ、こういう生き方もあるんだな」って、目が醒める思いがした。
あまりにも自分の視野が狭すぎて、「もっと自分にしっくりくる生き方もある」っていう選択肢も見えてなかった。
──自分で自分の可能性を潰してたんだ……
「流されてみるってのも、たまには悪くないな」
ずっとやってきた「冒険者」の自分を手放すのは、なんだか少しだけ胸が痛んだ。でも、それ以上に「神官」の自分に新しい希望を見出せた。
今までアイアン・ケルベロスで全く評価されて無かったことが、ここに来て初めて評価された。
俺に期待してくれたユリシーズ様や、背中を押してくれたルーファス様たちに応えたいって想いもある。
「今度こそ……」
やれるとこまでやろう。
俺は顔を上げ、今までで一番スッキリと落ち着いた気持ちで、歩き出した。
癒しの大司教ユリシーズ様が、ニコニコと俺の方を見ている。
あの後すぐに、聖鳳教会にあるユリシーズ様の執務室に案内された。
そこの応接スペースで、俺はローテーブルを挟んで、ユリシーズ様と向かい合ってソファに座っている。
ユリシーズ様の後ろには厳つい護衛の聖騎士が立ってるし、側仕えの神官も部屋の端の方からじっと俺のことを見ていて、緊張以外の何ものでもない。
唯一の心の支えだったはずの、光の大司教ルーファス様は、さっさと俺をユリシーズ様に引き渡すと、そそくさと自分の業務に戻って行った。「君ならきっと大丈夫!」という頼りない言葉を残して……!
「えっと、まずは怪我が無いと治せないのですが……」
「それもそうだね」
俺がおずおずと言葉にすると、ユリシーズ様はチラリと背後の聖騎士に目線をやった。
聖騎士は一つ頷いて、テーブル側に回って来ると、白い手袋を外し、小刀で自らの手の甲を傷つけた。ピッと十センチほどの赤い筋が走る。
「っ!!?」
「さぁ、いつも通りでいいから、治してみて」
びっくりしている俺に対して、ユリシーズ様はニコニコと平常運転だ。
俺は聖騎士の怪我をした手を取ると、パッと、彼の手の甲を片手で払った。それだけだ。
「おぉ……」と息を呑む音が、執務室内に静かに響いた。
「うん。素晴らしいね。無詠唱に、このスピード。傷口も、元から無かったかのように綺麗に無くなってるね」
ユリシーズ様は、聖騎士の怪我があった方の手を取って、まじまじと見つめた。
聖騎士が元の位置まで下がると、ユリシーズ様は次々と質問を始めた。
「どの程度の怪我までなら治せる? 重症者は? 骨折は?」
「冒険者パーティーを組んでいた時は、重症者は出なかったので分からないですが、ちょっとした突き指や捻挫は治せました。骨折も治したことは無いですね」
「冒険者をやっていたってことは、遠隔でも治癒はできるのかな?」
「できます。数メートルぐらいでしたら、相手が動いていても治せます」
怪我してすぐに治さないと、アンガスの怒号が飛んでたから……とは、さすがに言えないか。
「かなり実戦派だね。数メートル治癒魔術を飛ばせるなら、結構広範囲のエリアヒールもいけそうだね」
「エリアヒールは、何度か使ってみたことはあります。ただ、少し集中しないといけなくて無防備になるので、戦闘中はヒールを飛ばして治してました」
「ふむ、なるほど。解毒や調薬の方はどうかな?」
「解毒は本当に初級のものだけです。あまり毒持ちの魔物がいない地域で冒険者をしていたもので……。調薬はやったことが無いです」
「それはこれから学べばいいね。そうだ、何回ぐらいまでなら治癒魔術をかけられそうかな?」
「魔力切れを起こしたことが無いので、何とも……。先程のヒールでしたら、百回でも大丈夫かと思います」
「それなら、魔力量を測った方が早いかな?」
ユリシーズ様は、執務室の端に控えていた神官に目配せをした。
神官が魔力量測定の魔道具を持ってきた。冒険者ギルドでもよく見かける水晶玉タイプだ。
「やり方は分かるかな?」
「大丈夫です。冒険者ギルドで一度使ったことがあります」
俺が正式に冒険者登録をした時の一回きりだ。その時は、確か緑色に光って、魔力量も普通だった。
「色は魔力の属性を、光の強さは魔力量に比例する」
ユリシーズ様に促されて、俺は水晶玉に手を当て、魔力を流した。
水晶玉は緑色に光った。
前回と違うのは、光の強さだ。まともに目も開けていられないぐらい、眩しく光った。
再度、聖騎士や神官たちが息を呑む声が聞こえてきた。
「結構。もう大丈夫だよ。かなり純粋な癒し属性の魔力だね。それに、人間にしては非常に魔力が多い……両親か先祖に、亜人か妖精が混ざっていたりは?」
ユリシーズ様は満足そうに微笑むと、真っ直ぐに俺を見つめて尋ねた。淡い黄色の瞳は、興味深そうに俺を見ていた。
「あいにく孤児だったため、両親の顔も分からないです」
「……そうか、それは失礼したね。確認だけど、他に光魔術や聖魔術が使えたりは……?」
「いえ、使えるのは、治癒魔術と空間魔術だけですね」
「それなら、他の属性の神官に取られることは無いね」
そこまで確認すると、ユリシーズ様はコホン、と咳払いした。
「まずは癒しの中級神官でどうかな?」
「えっ?」
ユリシーズ様の提案に、俺はびっくりしすぎて、それ以外言えなかった。
神官の仕事は初めてだし、てっきり見習いからスタートするものかと思っていたからだ。
「ユリシーズ様! いきなり中級は前例がありませんよ!」
端の方に控えていた神官が声を荒げた。前髪がかなり後退したおっさんが、真っ赤になっている。
「そうだね、破格の待遇だね。でも、君も見ていた通り、彼の治癒魔術の実力は上級だし、魔力量も非常に多い。解毒も調薬も神官業務もこれから学んでいけばいいことだ。それに、ここで彼の実力に見合わない役職を提案して、『やっぱり冒険者に戻る』と言われる方が、教会の損失になるよね」
ユリシーズ様はさりげなく俺の方を見て、パチリとウィンクをした。
神官のおっさんは、ユリシーズ様に諭されて「ぐぬぬ……」と押し黙ってしまった。
「ノア君も、それでいいかな?」
「えっ、あ、はい……できれば、いろいろと教えてくださる先生か先輩を紹介していただきたいです。治癒魔術以外は、初めてのことばかりだと思うので」
「もちろん、そのつもりだよ」
ユリシーズ様が、俺に右手をスッと差し出してきた。
「それでは、中級神官ノア殿。今後ともよろしく」
「はいっ! よろしくお願いします!!」
俺はガッシリと、その手を握り返した。
神官という全く新しい仕事に、俺の胸はワクワクと高鳴っていた。
***
早速、神官の宿舎に案内された。
ちょうど空きがあったようで、南向きで、教会の中庭を眺められる一階の一人部屋だった。
一人用のベッド、デスク、クローゼットというシンプルな部屋だ。
まぁ、収納については、俺には空間収納があるから、そこまで問題じゃないけど……
前の住人の手入れが良かったのか、すぐにでも使えそうなほど綺麗に整っていた。
「あっ……そういえば、生活用品を揃えたいんですが……」
俺は宿舎まで案内してくれた先輩神官に尋ねた。気さくで親しみやすい雰囲気の人だ。
ダンジョンで放り出されたから、ほぼ私物は無し。今着てる服も、全部ニールさんからもらった物だ。
「ああ、ユリシーズ様から伺ってるぞ。いろいろ大変だったな。神官の制服は支給されるからいいとして、それ以外の物だな。冒険者ギルドのある通りに一通り店が集まってるから、そこで買い物をするといい」
「ありがとうございます!」
先輩は丁寧に地図まで書いてくれて、教会の出入口まで案内してくれた。
笑顔で送り出してくれた先輩に、ほっこりと胸の辺りがあたたかくなった。
「まずは王都のギルドに顔を出して、お金を下ろさないとな。いろいろ入り用だからな~」
初めはどうなることかと緊張しまくったけど、とにかく仕事と住める場所が決まってホッと安心できた。
俺は、ずっと冒険者をやってくんだと思ってた。
小さい頃からやってたからな。
だけど、ああいう目に遭って、初めて別の道を示されて、「ああ、こういう生き方もあるんだな」って、目が醒める思いがした。
あまりにも自分の視野が狭すぎて、「もっと自分にしっくりくる生き方もある」っていう選択肢も見えてなかった。
──自分で自分の可能性を潰してたんだ……
「流されてみるってのも、たまには悪くないな」
ずっとやってきた「冒険者」の自分を手放すのは、なんだか少しだけ胸が痛んだ。でも、それ以上に「神官」の自分に新しい希望を見出せた。
今までアイアン・ケルベロスで全く評価されて無かったことが、ここに来て初めて評価された。
俺に期待してくれたユリシーズ様や、背中を押してくれたルーファス様たちに応えたいって想いもある。
「今度こそ……」
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