冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜

拝詩ルルー

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第一章 冒険者から神官へ

治癒院

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「こちらがスキルばんです。使い方は分かりますか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」

 教会の事務局でスキル板を借りるのは簡単だった。
 事務局の神官に一言、声をかけるだけだった。

 グラントさんに言われてずっと気になってたから、早速、確認してみた。しばらくスキルのチェックをしてなかったってこともある。

 俺はスキル板の両端を持って、魔力を流した。
 薄い真っ黒な板の上に、白い文字でスキルが表示された。

──
スキル:器用、怪力、調薬
──

「グラントさんが言ってた通りだ。本当に『調薬』が付いてる……」

 今まで何年も冒険者をしてきたけど、あれだけ頑張っても付いたスキルは「器用」と「怪力」だけだった。汎用性はあるけど、冒険者としてやっていくには少し弱いものだ。

 まさか、たった一回ポーションを作っただけで「調薬」スキルが付くなんて……

「ノア君、もう教会には慣れたかな?」
「ユリシーズ様?」

 思わぬ人物に声をかけられて、俺はびっくりして癒しの大司教様の方を振り向いた。

「おや? 調薬スキルが現れたのかな? おめでとう。それがあれば薬師にもなれるよ」

 ユリシーズ様はスキル板を覗き込んで、ニコニコと褒めてくれた。

「スキルは、その人に合ったものであれば新たに現れたり、上達しやすいらしいからね。ノア君は元々、純粋な癒し属性の魔力を持っているから、癒し関係のスキルは現れやすいんじゃないかな?」
「そうなんですね」

 ユリシーズ様の言葉に、少しだけ腹落ちした。

 そっか……やっぱり、冒険者よりも、癒しの神官の方が俺には合ってるのかな……?

 でも、同時に「あれだけ冒険者を頑張ったのに」って納得しきれない思いもズキズキと棘を刺す。

「それから、あのポーションも見せてもらったけど、良かったよ。薬草の処理も丁寧だと聞いたし、魔力も綺麗に混ざってた。文句無しの品だよ」
「えっ!? あれを見られたんですか!?」

 俺はボンッと頬が熱くなった。
 あの成功したんだか、失敗したんだかよく分からないポーションを!!?

「早速、聖騎士団から買い取り依頼があったから、そのうち、ポーションの調薬代が入ると思うよ」
「えっ、あ、ありがとうございます!!」

 まさかの臨時収入!!?

……言っちゃなんだけど、こんな簡単なことで稼げていいの!? って疑いが半分あって、完全には信じきれてない。今まで苦労しまくって、あんまり稼げてなかったってこともあるし……嘘じゃないよな? でも、臨時収入は嬉しい!

 俺が笑顔と苦悶の間で百面相していると、

「……やっぱり、似てるな……」

 ユリシーズ様が、じーっと俺を見ていた。

「へっ? 何か仰いました?」

 小声すぎて、俺は何を言われたのか聞き取れなかった。

「ううん。何でもないよ」

 ユリシーズ様は誤魔化すようにニコニコと笑っていた。

……こうなると、これ以上はもう何も聞けなそうだ……

「あっ! そろそろ治癒院での業務がありますので、失礼いたします!」
「そうか。いってらっしゃい」

 俺は胸に片手を当てて、習いたての教会式の礼をすると、治癒院へと向かった。


***


 今日は治癒院で見習い業務をする日だ。

 すでにリリアンとエラは先に治癒院に来ていて、患者に治癒魔術をかけていた。

 治癒院内には、白いカーテンで簡単に仕切られたブースがいくつかあり、そこで聖女や神官が交代で、患者さんに治療を施している。

「ヒール」

 リリアンが子供の足首に手を置いて、呪文を唱えた。
 淡い緑色の光がリリアンの手からパァッと溢れ、そして、静かにおさまっていった。

「足、動かしても痛くないよ!」

 子供は足首をくるりと回すと、にかっと笑った。

「ありがとうございます!」

 子供と一緒にいた母親が、リリアンに頭を下げた。

「いえ」

 リリアンは柔らかく微笑んだ。言葉は少ないが、ほんのりと嬉しそうにしているのが、見ているこっちにも伝わってきた。

「……聖女様みたいだ……」

 リリアンがあまりにも綺麗で、思わずぽつりと言葉が溢れた。

「聖女見習いだからな。リリアンは特に治癒魔術が上手なんだ。元々魔力量も多いし、ヒールの掛け方も丁寧だからな。傷口もほとんど残さなくて、綺麗だぞ」

 グラントさんが俺の隣で説明してくれた。

「確かに、綺麗ですね……」

 淡い癒しの光に包まれたリリアンは、いつものツンとした感じがなくて、ヒールをかけている時の真剣な眼差しも、治療が終わった時のふわりとした微笑みも、まるで伝え聞く大聖女様のようで、神聖な感じがした。

「見習いは、数人治療をしたら交代だ。ほら、次はノアの番だぞ」

 グラントさんに背中を押され、俺はリリアンと交代した。

 次の患者さんは、腰を深く曲げた爺さんだった。

「なんじゃ。聖女様が良かったのぉ……」
「はははっ。すみませんね。聖女様も少し休まないとですから。それで、どうされました?」
「腰が痛くてのう……」

 パシッ。
 俺はいつも通り、魔力を込めて、爺さんの腰を軽く手で払った。

「はいっ、これで大丈夫ですよ」

 俺は患者さんを安心させるように、にかっと笑った。

「へっ?」

 爺さんが呆気に取られてる。

「「「えっ?」」」

 同じブースで後ろから見ていたグラントさんとリリアンとエラも、声を合わせてびっくりしていた。

「兄ちゃん、すごいのう! 腰が若い頃みたいにピンピンしとる!」

 俺の前で、爺さんがぴょこんぴょこんと小さく跳ねていた。

「あまり無茶しないでくださいよ。腰しか治癒魔術をかけてないですからね」

 爺さんの元気具合に、俺は苦笑するしかなかった。

「いっ、い、い、今の! どうなってるの!?」
「何って、ヒールだけど?」
「ありえない! 無詠唱で、しかもあのスピード!?」

 珍しくリリアンが狼狽えていた。俺の肩を掴んで揺さぶっている。
 模範的なお嬢様の雰囲気が台無しだ。

「ノアさん、すごいです!!」

 エラはペリドット色の瞳を輝かせていた。

「おぉ、さすが! ユリシーズ様のおっしゃってた通りだな」

 グラントさんは感心して、腕を組んで深く頷いてる。

「も、もう一回見せて!」
「あぁ。次の方、どうぞ」

 リリアンに言われて、俺は次の患者さんに診察の席に座るよう促した。

 次は小さな子供連れのお母さんだ。

「子供が突き指をしてしまって……」

 母親の説明が終わらないうちに、俺は子供の湿布が巻かれた指をさすった。

「はいっ。これでもう大丈夫!」
「わぁ、お兄ちゃんありがとう!」

 子供は、不思議そうにぐにぐにと指を動かした。全く痛くなさそうだ。

「まぁ! ありがとうございます!」

 母親も嬉しそうにお礼を言った。


 次は冒険者の男性だ。

「ダンジョンでヘマしちまって……」
「腕ですね……はい、もう大丈夫です」
「おっ。もう治ったのか。速ぇな、兄ちゃん。ありがとよ」

 冒険者のお兄さんは、ブンブンッと力強く腕を振った。


「ちょっと! 訊きたいことがありますわ!!」
「は、はいぃ!」

 俺の治療の番が終わると、リリアンが必死の形相で俺の腕を掴んできた。

 びっくりして俺の声が裏返ったのは、不可抗力だ……


***


 教会には、神官や聖女などの職員用の食堂がある。
 俺たちはそこで昼休憩をとった。

「どうしてあんなにヒールが速いの? しかも無詠唱だわ」
「元々冒険者をやってたことは話したよな?」
「ええ」

 リリアンが相槌を打った。

「無詠唱なのは、戦闘中は戦いに集中してるから詠唱してる暇は無いし、『ヒール』って詠唱したらしたで、煩いってパーティーメンバーから怒られたからな」
「「えぇ……」」

 リリアンとエラが、揃って怪訝そうな顔をした。

 そうだよな。ヒールで助けてるはずなのに、「詠唱がうるさい」って文句を言われてもな……これが普通の感覚だよな。
 あまりにも酷い環境に慣れすぎて麻痺してたけど……

「ヒールが速いのは、メンバーが怪我したら即治さないと怒られたし、まぁ、いつの間にかできるようになってた」
「何それ……」

 リリアンとエラはポカンと呆気に取られた顔をしていた。
 グラントさんからは「ノア、本当に大変だったな」とやけに同情された。


***


 昼休憩後、俺とリリアンとエラは調薬室に向かっていた。
 今日の午後は、ポーション作りだ。

 グラントさんは別件で呼ばれて、ちょうど離れていた時だった。

 廊下の端から、クスクスと嫌な笑い声が聞こえてきた。

「あら、偽物の聖女見習い様。まだいらっしゃったの?」

 栗色の髪を縦ロールにした同年代くらいのお嬢様だ。ミント色の瞳は、あからさまに俺たちを侮蔑するような気配を含んでいた。
 制服を見ると、聖女見習いのようだ。

「偽物ですから、患者へのご機嫌取りは大変ですわね」
「しかも、平民なんかと同じチームなんですのぉ?」

 縦ロールの後ろにいるザ・取り巻きといったお嬢様二人も、言葉を続ける。

「聖女様は髪や瞳に癒し属性を表す緑色を宿してるものですわ。なのに、どこにも表れないなんて、変ねぇ?」

 縦ロールは、扇で口元を覆いながら、勝ち誇ったかのように、リリアンを真っ直ぐに見つめた。

「あら、イザベラ様。聖女様になるには正しい知識が必要でしてよ? 確かに、人間は魔力属性に応じて、髪や瞳の色に影響を受けやすいですわ。ですが、必ずしも、というわけではありませんし、歴代の聖女様や大聖女様の中にも、髪や瞳に緑色をお持ちでない方が何名もいらっしゃいますわ」

 リリアンがどこから取り出したのか、扇で口元を覆い、丁寧に諭すように語った。
 ただ、その視線は、挑戦的にイザベラを見つめている。

 イザベラも、忌々しげにリリアンを睨み返している。

「それに、この髪も瞳も、由緒正しいコールマン家の色彩ですわ。我がコールマン家を侮辱するおつもりかしら? ねぇ、ジャネット様もポーラ様もよくお考えになって?」

 リリアンが冷たく取り巻き二人を見つめた。
 少しつり目の美人ということもあり、物凄く迫力があった。

「ひっ……」
「そ、そんなことは……」

 取り巻き二人が、あからさまにたじろいだ。
 おそらく、リリアンの伯爵家よりも、おいえの爵位が下なんだろうな。貴族って怖ぇ……

「それに、私のチームは誰かさんたちとは違って、皆、優秀ですの。それでは、次の予定がございますので、失礼いたしますわ」

 リリアンは分かりやすいくらい、フンッと不機嫌そうに振り返り、調薬室へ向かった。

 俺とエラもリリアンの背中を追った。


***


「なんなの、あいつら?」
「ウィンザー司教のご令嬢とその取り巻きよ。威張り散らかすだけで、ろくに治療もしないし、ポーションも作らないのよ」

 俺が尋ねると、リリアンはぷりぷりと少し不機嫌そうに答えてくれた。

「あの子たちにいじめられて、辞めていった聖女見習いが何人もいるんです。親が司教だから、誰も何も言えなくて……」

 エラは怯えた様子で打ち明けてくれた。
 今までにも、さっきのやつらに何か言われたことがあったんだな、と俺はピーンときた。

「あの子たち、リリアンの方が治癒魔術が上手いからって、いつも突っかかってくるんです。私も、もう少ししっかりしていれば、リリアンの力になれるのに……」

「ウィンザー家は伯爵家でもあるし、エラが言い返しづらいのもよく分かるわ。何もしてないのに、ただ単に気に食わないからって突っかかってくるあの子たちが悪いのよ! それに、エラが気遣ってくれるだけでも、私は嬉しいわ」

 リリアンが宥めるように、優しくエラの肩を撫でた。

「ノアも彼女たちには関わらない方がいいわよ」
「ああ。そうさせてもらうよ」

 せっかく転職したのに、面倒ごとには巻き込まれたくないな。
 俺もさっきのお嬢様方には注意しようと心に決めた。


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