冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜

拝詩ルルー

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第二章 グリムフォレスト

エピローグ〜臨時会議〜

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 後日、聖鳳教会本部にて、教会上層部のみの臨時会議が開かれた。
 議題は「レスタリア領の結界張りについて」だ。

 参加者は、現教皇のライオネル、聖属性の大司教フェリクス、癒し属性の大司教ユリシーズ、光属性の大司教ルーファス、そして、レスタリア領に派遣された聖騎士ウィリアムとクロエ上級神官だ。
 クロエは、王都での尋問も担当していた。

 ロイヤルブルー色の上等なカーペットが敷かれた教会の会議室では、白大理石の大円卓をぐるりと囲むように六人が席に着いていた。
 壁際には、教皇や大司教の補佐官や護衛の聖騎士たちも控えていた。


「ウィリアムがそこに座っていると、なんだか懐かしい感じがするね」

 フェリクスがのほほんと溢した。
 御使いの不死鳥のように優美な雰囲気のおじさまだ。

「まさか私もこのようなことで、またこの円卓に座すことがあるとは……」

 ウィリアムは少し困ったように肩をすくめた。

「ウィリアムは本当にくじ運悪すぎ」
「我が君の前で、ろくでもないことを言わないでください」

 クロエが軽口を叩くと、ウィリアムは藍色の瞳を冷たく凍らせて彼女を睨みつけた。声のトーンも鋭くなる。

「それで、何があったのかな?」

 フェリクスが、聖職者らしい穏やかな微笑みを浮かべて尋ねた。

「レスタリア領のグリムフォレストでの結界張りに当たり、レスタリア領から圧力があり、後方支援部隊の業務遅滞、教会本部への虚偽の報告等の命令違反行為がありました。これに関しまして、レスタリア領主に内通し協力した神官および聖女を十名ほどを降格処分のうえ、僻地の教会へ異動処分にしております。また、魔物寄せのスクロールを使用して結界張り作業自体を妨害した神官については、神官資格を剥奪しております」

 クロエはキリッと背筋を伸ばし、ハキハキと報告をした。それでも低い身長のためか、肩から上がかろうじて円卓から出ている状態だ。

「また、転移のスクロールに干渉して聖者を許可なく前線に移動させた件についてですが、指示役のアルマ・レスタリアと実行役の女性神官を、一ヶ月の謹慎および今後一切の聖者への接触禁止処分にしております。女性神官の方は王都勤務のため、復帰後は地方へ異動となります。彼女たちからはレスタリア領の内情や、今回の結界張りについての情報提供もありましたので、現在の処分内容になっております」

「そうか。確か、レスタリアの領主は今年の初めに代替りしたばかりだったな……その影響か?」

 クロエの報告を聞き終えると、ライオネルが質問した。
 彼の見事な金髪と赤く鋭い瞳は、獅子のような立派な風格がある。ゴツくて大きな手は、円卓上で緩く組まれている。

「最近領主になったバルトルト・レスタリアは、信仰心が薄いようです。癒しや光、聖属性の魔術は使えないようですし。それに野心家だそうですよ。彼の結界の線引きでは、かなり妖精自治区に食い込んでましたねぇ。自分たちでは妖精騎士団に太刀打ちできないから、教会にやらせたかったみたいですけど」

 ウィリアムが、皮肉げに口角を上げて発言した。

「ああ……交渉の時にすごく粘られたよ。今までこれだけ寄付してきたのだから、教会はもっと仕事をすべきだとか、信徒に還元すべきだとか何とか。それができないならと、寄付の減額をちらつかせてきたからね。結局、妹のアルマ聖女が聖者に害をなしたことと、その責任追及と教会内での進退について話したら、大人しくなったけどね」

 クロエがうんざりとした表情で語った。

「一応、身内のことは危惧しているのかな?」

 フェリクスが小首を傾げた。柔らかな銀髪が、さらりと揺れる。

「いえ、アレは妹を『駒』だと考えているタイプです。教会内での影響力が減ることを恐れたのだと思います」

 クロエが小さく首を左右に振った。

「一応、アルマ聖女には、教会での保護も可能だとは伝えてあります──断られましたが」

 クロエはさらに報告を続けた。

「ふぅん。どうしてだい? レスタリア家での彼女の立場は危ういのではないのかい?」

 フェリクスが穏やかに尋ねる。

「どうやら、レスタリア家の次男──ヨハン・レスタリアが、長男のバルトルトと対立して、幽閉されてしまったようです。そのことがあり、下手に家を離れるわけにはいかないと……」

 クロエはそこまで報告すると、少しだけ渋い顔をした。

「確か、ヨハンは上級神官だったな。家を手伝うと教会を離れてからは、敬虔な信徒になったと噂では聞いていたが……」

 ライオネルが、思い返すように目線を下げて呟いた。

「お家騒動だねぇ。まぁ、教会では首を突っ込めないから、見守るしかないね……これ以上、現レスタリア領主が教会に不利益を被せるようなことがなければ、だけどね」

 フェリクスが、蜂蜜のように深い黄金色の瞳を暗く煌めかせて、口にした。

 会議室中の誰もが息を飲み、彼の発言に静かに聞き入っていた。


「それにしても、なぜ聖者を飛ばしたのか……」

 ライオネルが難しい顔をして、切り出した。

「それは事故だったようです。アルマ聖女の指示では、ウィリアムを戦力として、結界張りの現場に飛ばす予定だったようです。支援物資の荷物に、転移のスクロールに干渉する魔道具を紛れ込ませていたようです。……まさか、その支援物資を、聖者が運ぼうとするとは考えてはいなかったようですが」

 クロエが回答した。

 重い荷物は力の無い神官ではなく、普段から鍛えている聖騎士が運ぶだろうと、事務局の神官は考えたようだった。

──まさか、護衛も付くような立場の聖者が、嬉々として荷物運びをしようとするとは、思いもよらなかったことだろう。

「ほぉ……だが結果として、聖者が前線に向かったから、結界張り部隊を回復できた」

 ライオネルが、小さく感嘆して呟いた。

「そうですね。それにしても、現場は酷かったですよ。……久々に高まりました」

 ウィリアムがうっとりとした恍惚の表情で呟くと、クロエはあからさまに「うげぇ」と言い出しそうな表情になった。

 その時、ダンッ! と円卓が激しく叩かれた。

「…………フェリクス様は、これらが全部お見えになっていたのですよね? ノア君が危険な場所に行くとお分かりになって、止められなかったのですよね?」

 ユリシーズが、円卓の上で震える拳を握り締め、問い詰めるような口調で尋ねた。中性的に整ったかんばせには、眉間に深々と皺が寄っていた。

 会議室内は、一気に不穏な空気に包まれた。

 ライオネルもウィリアムもクロエも、壁際に控えていた神官や聖騎士たちでさえも、爛々と暗く光る瞳でユリシーズを睨め付けた。
 誰ともなく漏れ出た魔力圧に、会議室内の空気はズシリと重く軋んだ。

 ルーファスはただ静観し、ユリシーズの補佐官たちはおろおろと怯えて震えていた。

 フェリクスが片手を上げると、それまで会議室内に蔓延はびこっていた魔力圧は、フッと潮が引くように引っ込んだ。
 ただ、魔力圧はおさまっても、まだ獲物を狙うような不穏な視線は飛び交っていた。

「僕が観えたのは、ノア君が前線で結界張り部隊を回復していた様子ぐらいだよ。『先見』のスキルで全てが観えるわけではないし、全て観えることが善いことでもない……多すぎる情報は、かえって判断を誤らせるからね」

 フェリクスが穏やかに答えた。蜂蜜のように深い黄金色の瞳が、ユリシーズを真摯に見つめ返す。

「……そう、ですか……失礼しました」

 ユリシーズは、自分を落ち着かせるように息を吐くと、謝罪した。

 ユリシーズの謝罪とともに、会議室内は不穏な気配も引っ込み、落ち着きを取り戻した。

「報告はそれだけかな?」

 フェリクスが、会議室の雰囲気を変えるように軽く尋ねた。

「レスタリア領は、南の方から魔物が戻って来ていました。一度は南のラングフォード領に、北部から南下してきた魔物を押し付けるのに成功していたようですが……それで、レスタリア領は現在、魔物討伐の資金と人手が足りていないようですね」

 ウィリアムが報告をした。

「ラングフォードは水竜王の土地……そんな所に魔物を押し付けようものなら、どうなるか分かるだろうに……」

 ライオネルが、太い腕を組んで遠い目をした。

「水竜王様は報復として、しばらくレスタリア領に雨を降らすつもりはないようですよ。レスタリア領に降るはずの雨を、ウォーグラフト領に降らせるとおっしゃってましたから」

 ルーファスが口を開いた。物語の中の王子様のように優しげに整った美貌には、苦笑を浮かべていた。

「そういえば、ウォーグラフトもラングフォードに魔物を押し付けていたね」

 フェリクスが相槌を打った。

「レスタリアは水不足で、ウォーグラフトは水害か……教会も早めに手を打たないとだな」

 ライオネルが渋い顔をした。

「それから、もう一つご報告が。聖鎚せいついガラガルディアが、主人を決めました」

 ウィリアムが、愉しげな笑みを浮かべて報告した。

「誰になったんだい?」

 フェリクスが、少しだけ目を丸く見開いて尋ねた。

「聖者のノアさんです。ノアさんは『怪力』のスキルを持っているので、聖鎚の扱いが可能です。さらに彼は空間収納魔術が使えますので、普段は聖鎚を収納しておいて、いざ身を守る時に使うよう伝えております。あの細身でいきなり聖鎚を振り回されたら、敵は面食らうでしょうね」

 ウィリアムは、愉しげにククッと小さく笑いを漏らして報告した。

「聖者ならば、聖騎士への勧誘は難しいな……」

 ライオネルが残念そうに溜め息を吐いた。

「そうですね。それで、ノアさんに正式に貸与するということでよろしいでしょうか?」
「ガラガルディアが決めてしまったのなら、仕方がない。後追いではあるが、貸与契約の確認が必要だな」

 ウィリアムが尋ねると、ライオネルはしかめ面で唸りつつも、頷いた。


──こうしてノア・クラークは、正式に聖鎚ガラガルディアの持ち主となり、聖鳳教会史上初の『聖鎚の聖者』となったのだった。


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