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第10話:疱瘡神
第47章:猪突猛進(ちょとつもうしん)
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♡ーーーーー♡
【猪突猛進】目標に向かって全力で進むこと。
イノシシって眼の前しか見てなくて、真っすぐ進んじゃうんだよね、みたいな。
♡ーーーーー♡
そう、私とお兄ちゃんの歪んだ愛の日々は、決して長くは続かなかった。
いや、続けることができなかったのだ。
お兄ちゃんの病状は日に日に悪くなっていった。
逞しかった腕は更にやせ細り、肌も老人のようにシワシワになっていく。
白髪が増え、風邪を引いて寝込むこともますます多くなった。
お兄ちゃんが風邪をひくと、私は近寄らせてもらえなくなる。
当然、セックスもできない。私はお兄ちゃんの部屋の近くまで行って、回復を祈ることしか出来なかった。
そんなある日、学校に『民話がたり』のボランティアの人が来てくれたことがあった。その人は若い男の人で、大学生くらいかな?と思うような人だった。別に格好良くもない、悪くもない、なんということのない、普通の男の人だった。
ただ、普通『民話がたり』というのは地元のおじいちゃんとか、おばあちゃんが来てくれることが多いのに、若い男性が来た、と疑問に思った記憶はあった。
『今日、僕がお話するのは、この地方に伝わる不思議な不思議なお話です』
民話語りの先生がお話を始めた。
☆☆☆
昔、昔、この地方には『疱瘡神』という、それはそれは恐ろしい神様がいました。
疱瘡神は病気の神様です。なので、人に近づいただけで、その人を病気にしてしまい、殺してしまう、そんな神様でした。
言い伝えによると、その姿は、身体はクマほどもあるのに、手足はやせ細っていて、顔は醜く爛れ、髪の毛はその大半が抜け落ちてしまっているといいます。更に、身体のあちこちが赤くグジュグジュに膿んでいて、ひどい匂いを撒き散らすと言われています。
疱瘡神は世にも恐ろしい姿をしているのです。
そんな疱瘡神が、都を夜な夜な歩き回っていたのです。その姿を見た人はもちろん、家の前を通られただけでも人々はひどい病気になり、バタバタと倒れていきました。こうして、多くの人が病気で死んでしまうことになり、都の人々は皆、すっかり困り果ててしまったのです。
そんなある時、ひとりの勇敢な『巫女』が、自分の身体の中に疱瘡神を閉じ込める、と言い出しました。
もちろん、疱瘡神は病気の神様です。そんな神様を身体の中にいれたら、その巫女自身が病気になってしまうのは目に見えていました。しかし、『巫女』には勝算があったのです。彼女には、偉い法術使いの男という仲間がいました。その法術使いは、『足玉』という不思議な宝玉を持っていたのです。そう、これこそ神様の作った宝物で、どんな病気でもたちどころに治すことができる不思議な玉だったのです。
「この『足玉』があれば、疱瘡神を身体の中に閉じ込めても、病気になることはない」
法術使いは、巫女にそう教えました。そして、この足玉を巫女に貸す、と約束したのです。
足玉を用意し、疱瘡神を閉じ込めるための特別なお堂を設え、準備は万端です。
ある日の夜、巫女はお堂に籠もって、疱瘡神を待ちました。
疱瘡神が、法術使いにおびき寄せられてお堂に入ってきます。
そして、巫女は見事、疱瘡神を自分の身体の中に取り込むことに成功しました。
翌朝、疱瘡神を封じ込めた巫女の首に、法術使いの男が『足玉』をかけました。これで、都を騒がせた疱瘡神は、完全に巫女の身体の中に封じ込められてしまったのです。
以来、都の人が病気で苦しむことはなくなりましたとさ。
めでたし、めでたし。
☆☆☆
なんということのない、昔話だった。
ただ、『足玉』というものには興味を惹かれる。もし、本当にそんな神様の宝があるなら、お兄ちゃんの病気を全部治せるかもしれない。
そんな夢みたいなことがあればどんなに素晴らしいことだろう。
私は夢想せずにはいられなかった。
お話が終わった後、クラスのある男の子が質問をした。
「せんせーい!疱瘡神は完全にいなくなったんですかぁー!?」
「いい質問だ・・・。実は、疱瘡神は封印されただけで、いなくなったわけではないと言われているんだ。疱瘡神は、その巫女の体の中で生き続けていた。そして、いつか、巫女が女の子を生むと、その子どもに今度は疱瘡神が移る・・・。こうして、次々と疱瘡神は受け継がれて・・・今、この現代でも、その身体の中に疱瘡神を宿した女の子がいる、と言われているんだよ」
先生は、疱瘡神を受け継ぐ家は必ず『女』が当主になる。女から女に疱瘡神が受け継がれるので、その家では『女の子』が神様みたいに尊重される、と言った。
その瞬間、胸がドキッとした。
代々女が当主になって家を継いで、女の子が神様みたいに尊重される。
それはまるで私の家の様子だと、思ったからだ。
もしかして・・・?
「きりーっつ!」
ぼんやり考え込んでいる間に、『民話がたり』の時間が終わった。
若い男の先生が帰ってしまう。私は弾かれたように席を立ち、先生を追いかけた。
ちょうど昇降口のところで、民話がたりの先生が、担任の田中先生に送ってもらっているところで追いつくことが出来た。
「先生!・・・ひとつ、質問があるんですけど・・・」
下足に履き替えた先生が立ち止まり、私の方を見た。
「ああ・・・君はさっきのクラスの・・・?」
「こら、名越!」
田中先生が私を止めようとしたが、大丈夫ですよ、と先生が言ってくれた。
「質問・・・って?」
優しい顔を向けてくれた。私は息を大きくひとつ吸った。
「あ・・・えっと・・・さっきの『ほうそうしん』?のお話で・・・その・・・代々受け継いでいる家って、どんな家、なんですか?」
「ん?なんでだい?」
「あ・・・の・・・」
ちらっと田中先生の方を見る。
うちがその疱瘡神の家かどうかがわかりますか?
うちに足玉があるかどうかわかりますか?
本当はそう聞きたかったけど、田中先生の手前、直接は聞きにくかった。おとぎ話を真に受けている変な子、と思われそうだったからだ。
私の視線に気づいたのか、先生は、担任に目配せをして、「あとは私の方で答えておきますから」と言ってくれた。田中先生も用事があったようで、「そうですか?では失礼します」と立ち去っていった。
「で?なんでそんなことが気になるの?」
「私の家が、お話にそっくりで・・・だから・・・」
私は自分の家のことを先生にお話しした。
私の家はいつも女の人が一番偉いことになっていて、家も普通の家は長男が継ぐが、名越の家は長女、というか、女の子が継ぐ、ということ。
私は親戚や村の人から変に崇められてて、居心地が悪い、ということ。
とても・・・さっきのお話に出てきた家に似ている、と。
「へえ・・・君、名前は?」
「名越真白です」
「うーん・・・」
どうやら先生も、名前だけではわからないようだった。
やっぱり、おとぎ話の世界のことか・・・。そう諦めかけた時、
「君の家が疱瘡神の家なのか、わからないけど、確かめる方法ならあるよ」
先生がニコっと笑って言った。
「え?どうやって?」
「うん・・・君、生まれてから大きな病気をしたことは?」
私は身体が丈夫なのか、風邪ひとつひいたことがない。ついでに言えば大きな怪我もない。
「うん、やっぱりね・・・。だったら、仮病を使ってごらん。もし、君の家に『どんな病気でも治せる足玉』があるなら、君が病気になったらご両親はまっさきにそれを使うだろうからね」
「でも・・・お兄ちゃんはずっと病気だけど、パパやママは足玉を使わなかったから・・・」
私が今更病気になったからと言って、持ち出すとは思えなかった。
「それはどうかな?もしかしたら、足玉は疱瘡神を身体の中に持っている人にしか効果がない、とか、女の子にしか使いたくないとか、そういう事情があるのかもしれないよ?」
・・・そういう考え方もあるのか・・・。
「あ・・・それと、あとひとつ・・・」
私は最後にもうひとつ質問をした。
そして、先生の答えは、私の心をかき乱すのに、十分なものだった。
☆☆☆
結局、しばらく迷った後、私は仮病作戦を実行に移すことにした。
別に私が仮病を使ったからと言って誰が損する訳では無い。足玉がなければそれだけだし、あったときは・・・また、考えようと思ったのだ。
女中に「頭が痛くて気持ち悪い」と告げると、彼女は慌てて体温計を持ってきた。
私は、ポケットに入れておいた小さいカイロで体温計の温度を38度2分まで上げる。その体温を見た女中が、慌ててパパに報告したみたいだった。
しばらく布団で眠っていると、パパが会社を早退して戻ってきた。
そして、枕元に小さい布袋を置いた。
「それ・・・なに?」
わざと苦しそうに息をしながら、私が尋ねるとパパは『お守りだよ』と言った。パパが席を外した隙に、その袋をあけてみると、中には、白と黒の光がウネウネと蠢いている不思議な勾玉が入っていた。
足玉だ・・・。
私は確信した。
そして、同時に理解した。
私の身体の中に、『疱瘡神』という恐ろしい神がいることを。
民話語りの先生への最後の質問が頭に蘇る。
『先生・・・足玉がないと、その家の女の子は、どうなるんですか?』
私はこう尋ねた。思えば、この時既に嫌な予感がしていたのかもしれない。
うん・・・と先生は腕組みをし、少し思案してこう答えた。
『伝説では、足玉が疱瘡神を抑え込んでいる、ってことになっているから、
それがないと、その女の子自身が、きっと醜い『疱瘡神』になっちゃうんだろうね・・・』
そうなのだ。
足玉がないとお兄ちゃんは死ぬ。
足玉をお兄ちゃんに渡せば、私は世にも醜い『疱瘡神』になってしまう。
幼いながら、私の心は千々に乱れた
仮病を使い、足玉の存在を確信した後、あれこれと家の中を調べて、パパが足玉を書斎に隠していることを突き止めた。
また、どうやらママは足玉を15歳になったときから身につけていた、ということも分かった。だから10歳の私はまだ足玉を身に付けなくてもいいのだ。それは裏を返せば、15歳までは足玉がなくても私は疱瘡神にならない、ということだ。
15歳・・・。
こうしている間にも、お兄ちゃんは日に日に弱っていく。
死がひたひたと足音を立てて、迫ってきているかのようだった。
とうとう、お兄ちゃんは私のことを抱くことすらできなくなった。
ただ、私の背中に細い腕を回して、そっとそっと撫でるだけになっていた。
結局、私達、兄妹はどちらかしか生き残れない。
お兄ちゃんは世界で唯一人、私を、真白を見つめてくれた人。
私は、その身に醜い神を宿して、全ての人を病気にする、迷惑になるだけの存在。
どちらが生き残るべきか、・・・明白ではないか。
決心をした。
私は、言った。
『兄様、兄様・・・足玉を持って、ここから逃げて・・・』
『そして、私が15歳になる前に戻ってきて、どうか、兄様の手で、私を殺して』
と。
☆☆☆
随分・・・昔のことを思い出していた。
私は、今、何をしているんだっけか?
考えが、よく、まとまらない。記憶の断片が次々に心に流れていく。意識が朦朧としている。眼の前の景色もぼんやりとしていて、周囲の状況がよく把握できない・・・。
ここは・・・どこ?
私は一体何をしてたんだっけ?
私は、一体、どうしてしまったのだろう?
どうやら森の中にいるようだということは分かった。
ああ・・・何か、大事なことをしていた気がする。
何か・・・しなくてはいけないことがあった気が・・・。
切迫感があった。でも、眼の前の景色はどこか遠くで起こっていることのように感じられて、全く現実感を欠いていて、何をしなくてはいけないか、判然としなかった。
左下を見る。
あれ・・・お兄ちゃん・・・。どうしてそんなところで、うずくまっているの。
どうしたの?具合悪いの?
だってもう、お兄ちゃん、足玉・・・持ってるでしょ?
真白、お兄ちゃんに足玉あげたよね・・・?
それがあるのに、どうして?
苦しいの?
痛いの?
大丈夫?お兄ちゃん・・・。
誰か・・・助けて・・・お兄ちゃんを助けて・・・。
私は、助けを求めて、周囲を見回した。
狭まった視野に何人かの人影が映る。
剣を振り回している男
槍を掲げる男
何事か叫びながらこちらに迫る女達・・・。
悪意を・・・敵意を感じる。
ピリピリと肌が粟立つ。
もしかして、こいつらがお兄ちゃんをいじめているの!?
許せない・・・許せない・・・
真白のお兄ちゃんを・・・私のお兄ちゃんを!
遠くの方で、誰かが大声で何かを叫んでいる。
男の持つ剣が、槍が光り輝き、その圧倒的な光量が私を貫かんと迫ってくる。
お兄ちゃんを守らなきゃ・・・
お兄ちゃんだけは守らなきゃ・・・
私はその人達からお兄ちゃんを隠すように立ちふさがる。
お兄ちゃん・・・大丈夫・・・私が守るから。
私が、絶対に、守るから・・・。
☆☆☆
土御門が光を纏う蛇之麁正を振り下ろす。ダリが雷を纏った槍で空を突く。
その刹那、私の背筋にゾクリと悪寒が立ち上った。
何か、とても良くないことが起こっている気がした。
いけない!
そう思ったのと、体が動いたのは多分、同時だった。
「綾音さん!」
瀬良が呼び止める声を振り切って、私は結界の外に走り出した。そのまま、両手を広げ、立ちふさがる真白に体当たりをした。
「綾音!」
「バカ!やめろ!」
ダリと土御門が同時に叫ぶ。私がタックルしたことで、真白はよろけ、ダリと土御門が放った退魔の光と雷鎚は空を薙ぐ結果になった。
何事か叫んで瀬良がこちらに近づいてこようとするが、疱瘡神の力が強すぎて近づけないようだった。そして、倒れた刹那、攻撃を受けたと認識したのか、真白が疱瘡神の力を更に強く辺りに撒き散らす。
先程よりも一段と強い瘴気が吹き上がり、私もたまらず目鼻を覆って後ずさる事になった。
でも・・・!
「ぐうう・・・」
真白の横で颯馬がうめきをあげた。ただでさえもとからの病気のために弱っているのに、病を賦活する疱瘡神の力が叩きつけられているのだ。下手したら死にかねない。
もちろん、強烈な瘴気に晒され、私自身も身体が重く、とてもじゃないけど平気とは言えない。しかし、私の身体は、薄っすらと光の幕のようなものに覆われていて、これが瘴気を弱めていることを実感できた。たぶん、これが護符の効果なのだろう。
「綾音さん!こっちに戻ってきてください!そのままじゃ死んでしまう!!!」
必死に瀬良が声を上げるが、ここまで来たのだ、颯馬を引っ張っていきたい。私は無理を承知で颯馬の方に近づいていく。
「に・・・ィ・・・さア・・・マァあッ!!」
よろけて尻餅をついた疱瘡神・真白が立ち上がり、私と颯馬の間に割って入ろうとする。やっぱり真白は颯馬を守ろうとしている!?
でも、それはダメ、ダメなの!!
「真白さん!・・・分かって!私は!私は颯馬さんを傷つけようとしていないの!あなたが守ろうとしている颯馬さんは、このままだと死んでしまう!」
疱瘡神となった真白の目は黒く落ちくぼみ、どこを見ているかも判然としない。意識があるのかもわからない。でも・・・それでも、こうして呼びかけ続けるしか、今の私には手立てがなかった。
ぐう・・・
右手に違和感を感じる。見ると、私の右手が赤く炎症を起こしたようになっていた。とっさに袖をまくると、それは腕全体に広がっていて、背中の方まで続いているようだった。
まさか・・・!
意識すると、身体が重い。40度以上の高熱を出したかのようなだるさだった。身体画の自由が効かないことが、疱瘡神の瘴気に晒されているせいばかりではないことに遅まきながら気づいた。
感染・・・している!?
赤咬病・・・。もしかしたら背中は真っ赤に染まっているのかもしれない。
村人同様、私も意識を持っていかれてしまうの?
でも・・・それでも!
「真白さん!お願い!・・・お願い!話を聞いて!!・・・分かって!!!」
渾身の力で叫ぶ。
「二ぃ・・・サま・・・・」
ふらふらと真白が私の首に手を伸ばしてくる。絞め殺す気・・・?
逃げなきゃ、と思ったが、身体が鉛のように重くなっていてまるで言うことを聞かない。身体の内が燃えるように熱い。呼吸が浅くなって、苦しい。意識まで朦朧としてくる。
ダメ・・・このままじゃ・・・やられる!
その時、ふわりと光が私の体を包み込む。
「綾音・・・!無茶をするな」
ダリが私のことを後ろから抱きしめていた。
その身体から立ち上る良い香りが、疱瘡神の瘴気を打ち消してくれているかのようだった。
さらに、おそらく何かの結界を張ってくれているのだろう。身体が少し、楽になった。
「だ・・・ダリ・・・」
本当は颯馬を引き寄せなくてはいけないのだが、安心感が勝ってしまったのか、私はそのままくたりとダリの腕の中に倒れ込んでしまう。ダリはそんな私を抱え、大きく後ろにジャンプをして、疱瘡神との間に距離を取った。
「ダリ・・・ダメ・・・颯馬さんを・・・颯馬さんを・・・」
彼をあのままにしたら、真白は守ろうとしているまさにその人を自分の力で殺してしまう。
そんなのは、絶対、絶対、ダメだ。
「案ずるな・・・瀬良がうまくやっている」
ちらっと目をやると、瀬良が疱瘡神を大きく迂回して、その後ろに回り込んでいる様子が見えた。そして、私達に気を取られている真白の隙をついて、颯馬を一気に結界内に引き入れた。
「よか・・・った・・・」
相当私は無理をしていたに違いない。颯馬が助け出されたのを見届けたことで、ホッとした私の意識は、糸がぷつりと切れた凧みたいになって、くるくると回転して闇に落ちていく。
あとは・・・真白さんを助けて・・・お願い、ダリ・・・。
言葉にできなかった願い。この時点で、私の意識は完全に闇に飲まれてしまっていた。
☆☆☆
「天狐はん・・・綾音ちゃんの状態は?」
「いいわけないだろ・・・」
疱瘡神のもとから綾音を連れ戻った天狐はいつにも増して苛ついていた。動揺している、と言ってもいいかもしれない。
「なんとかなるんか?」
「我を・・・何だと思っている?」
天狐は持っている破魔の槍の石づきを地面に突き立て、何事か呟く。おそらく結界のための呪言であったのだろう。槍の切っ先から円錐状に淡い光の境界が生み出され、二人を包みこんでいった。結界が展開し終わると、その中で天狐が、その両の手を、横たわる綾音に差し向ける。
「鬼哭より 作にたかりし 虫ぞ焼きぬる
千早ぶる 伊勢の神風 吹き散ぞらさむ」
朗々と謳い上げた呪言に伴って、その手のひらから清涼な風が舞い上がり、綾音を中心に柔らかく渦を巻く。その風に煽られると、手の甲まで覆っていた真っ赤な発疹が、薄くなり、目に見えて引いていく。
この狐、回復術まで使えるのか・・・。
通常、回復術と戦闘術は呪力の使い方が全く異なるため、同じ人が修めていることは稀である。自分を含めた祓衆の人間は、回復術は使えたとしてもさほどの練度には至っていない。やはり戦い専門なのだ。
対して、結界術や補助のための術式を多く修めている祭部衆は、回復術に長けている者が多い。例えば、大鹿島は結界術を得意とするが、腕を切り落とされたというくらいの怪我ならば術式のみで止痛、止血から縫合までやってのける。
人間では両立し得ない二つの技を、この狐はいとも容易く高水準でやってのけてしまう。
素直に認めたくはないが、やはり、すごい。
・・・こっちは、もう大丈夫そうやな。
綾音の生命は天狐にまかせておけば、おそらく助かるだろう。ただ、いかに天狐とはいえ、神の影響で進行した病気をそうそう容易く癒せるとは思えない。今の時点で、彼が早々に戦線に復帰するのは無理と見ていいだろう。
「ぐおあああああ!!」
瀬良ちゃんがうまくやって、疱瘡神から颯馬を引き離した。ただ、それに気付いた疱瘡神が天を仰いで咆哮を上げている。
その様子を見るに、次の大技のための力を溜めているところのようだ。そして、今、疱瘡神の注意は、完全に颯馬を抱えている瀬良に向かっている。
隙が、できた!
『真白さん!・・・分かって!私は!私は颯馬さんを傷つけようとしていないの!あなたが、守ろうとしている颯馬さんは、そのままだと死んでしまう!』
ああ・・・綾音に言われるまで気づかなかった。
疱瘡神は、真白は、颯馬を守ろうとしている。あんな姿になってしまっても、彼女にはまだ人間の心が残っているのだ。
あれは、疱瘡神100%の力じゃなかったのだ。真白が、真白の人間の心の部分が、疱瘡神の力を抑え込んでいたのだ。
わい等は偉い勘違いしていた・・・かもしれへん。
あのまま真白に術が命中してたら、とんでもないことになっていた可能性がある。
それに、まだ人間の意識があるのなら・・・。
『真白は・・・人に戻れる』
と颯馬は言っていたじゃないか。
彼らは互いに思い合っている。
そして、その心根を見抜いたからこそ、綾音は、なんの力もないただの小娘のくせに、自分の命も顧みず、疱瘡神に飛びかかっていったのだ。
誰もが恐れる、病の神に体当たり・・・って・・・。
そんなん・・・カッコよすぎるやろ!?
そんな根性見せられたら、わいも、やるしかないやろ?
俺は蛇之麁正を両手で逆手に持ち、そのまま渾身の力で大地に突き立てた。
「北方黒帝 王水縷縷 星辰 熔々にして 霜天に散ず
歳刑神 地より至りて 北門を閉じよ」
権能示せや
「蛇之麁正!」
ぼこり!と、突きつけた先の地面から水晶の結晶が突き出し、水晶の列が一気に疱瘡神まで走り伸びていく。
「があああっ!!」
大地から突き出した水晶は疱瘡神の足にまとわりつき、そこから伸びてその身体全体を覆い始める。
俺は剣に更に呪力を込めた。水晶が一段と大きく膨れ上がる。その様は疱瘡神の身体が水晶で凍りついていくかのようだった。
方針転換や!
封印・・・したるさかい・・・
「やめろおおおお!!!」
しかし、封印が完成する寸前、あらぬところから叫び声が聞こえた。
「颯馬さん!」
瀬良が声を上げる。颯馬が、瀬良を振り切って疱瘡神に向かって走っていた。
術を破る気か!?
無茶や!
そもそもが周囲に人がいないと発動できないほどの大呪だ。近づけば巻き込まれかねない。それに、今からでは、たとえ俺自身であっても、術を止めたり威力をそらすことは出来ない。
「バカ!近づくな!!」
しかし、颯馬はそのまま疱瘡神の方に向けて突っ走り、それに向かって手を伸ばす
そして、下半身をほぼ結晶化され、身動きが取れなくなった疱瘡神もまた、颯馬に向かって手を差し伸べていた。
「真白ぉ!!」
颯馬が手を伸ばし、真白の手を掴む。二人は互いを引き合い、そのまま固く抱きしめあった。
「兄様・・・」
ピキキキキ・・・
術が完遂し、二人は共に水晶の柱に封じ込められていく。
ちっ・・・
それが、お前の望みかよ・・・!
俺は歯噛みをした。なんや、結局、こちとら、誰も救えてないやんけ。
「結・・・」
水晶の柱の完成を見て、俺は最後の呪言を奏上した。
☆☆☆
目が、開いた。
私の目に最初に写ったのは、冬晴れた夕焼けの空だった。薄い雲が夕日に照らされ、オレンジにたなびいている。
あれ、私・・・どうしたんだっけ?
そうだ、私、颯馬を助けようとして、真白に体当りして、それで、ダリに助けられて・・・。気絶・・・していた?
一体、戦いはどうなったの?
体に力を入れて起き上がろうとするが、どうにも力が入らなかった。
まだ、疱瘡神の病に侵された余韻が残っているのだろうか?
「・・・大丈夫・・・なのか?」
視界にダリの顔が割り入って、心配げに見下ろして来る。
どうやら私は、またしてもダリの膝枕で寝ていたようだった。
「どこか具合の悪いところはありませんか?」
左の方から、聞こえるのは、瀬良の声だ。
「自分、名前言えるか?」
ダリの背中側から聞こえる声。これは土御門だ。
「・・・・綾音・・・浦原綾音・・・」
答えると、やおらダリがぎゅうっと私を抱きしめてきた。
え?ちょ・・・何?何?!
名前、言っただけなのに?
「痴れ者が・・・」
きつく、きつく抱きしめられる。
よくわからないけど、ものすごく心配させたらしいことはわかった。
「ちょ・・・ちょっと・・・ダリ・・・」
やっと周囲を見る余裕が出てきた。瀬良も、土御門もいる。
現場処理のためだろうか、見覚えのない人達もいる。おそらく陰陽寮の職員だろうと思われた。
そんな公衆の面前で抱きしめられているのが、ちょっと、恥ずかしかった。
「綾音さん・・・よかった・・・」
「天狐はんに感謝やな」
瀬良と土御門が口々に安堵の声を漏らす。
一体どういうことなのか・・・?
やっと、ダリの抱擁から解放された私に、瀬良が説明してくれた。
どうやら、先程まで私は、赤咬病のフェーズ4、衰弱段階に至っていたという。しかもその中でもかなり進行していたのだという。進行具合からいって、脳機能障害が起きててもおかしくないほどの病状だった、というのだ。
ダリが、心做しか憮然としているように見えるのは、それが原因のようだ。
必死に私の治療をしてくれたと、瀬良は言っていた。
『あないな天狐はん、初めて見たわ』
土御門も、異口同音に言う。
先程のきつい抱擁がやや照れくさかったのは、ダリも同じだったようで、彼は今、明後日の方向を向いている。でも、その尻尾がぴるん、ぴるんと跳ねていて、心の内が丸わかりだ。
もし、ダリがその超妖力であの場で即、治療を施していなかったら、
もし、疫病除けの護符を身につけていなかったら、
おそらく生命はなかっただろう、と。
「綾音さん・・・無謀にもほどがあります・・・。
助かったのは、奇跡ですよ・・・」
「ごめんなさい・・・」
色んな人に心配をかけてしまった。・・・急速に心苦しくなってきた。
「まあ、助かったんやし、ええやないの。
瀬良ちゃんも怖い顔しないしない!
あ、そうそう、多分な、綾音はんが助かった理由
もう一個あんねんで」
土御門が言う。
「もうひとつって?」
「ああ、あの疱瘡神な、多分、途中でちょっと瘴気を引っ込めた・・・思うんよ」
きっと、綾音はんの声、届いてたんとちゃうかな・・・
土御門は、そう言ってくれた。
あれ?そういえば、真白さん・・・。
「ダリ・・・真白さんと颯馬さんは?」
やっとなんとか立ち上がれるようになり、辺りをうかがった。今、私達がいるのは、先ほどまで戦いが繰り広げられていたところのすぐ近くのようだ。
真白も、颯馬も周囲には見当たらない。
もしかして・・・?
「ああ・・・あの者たちか・・・」
不穏な予感が胸をよぎった。やっと少し機嫌を直してくれたダリが、私の手を引いてくれる。ダリに連れられて、木立を抜ける。
そこにあったのは・・・。
「これ・・・って・・・」
夕日のオレンジに満たされた空間。
木々が吹き飛ばされ、円形に平地になった場所の中央に、それはあった。
巨大な水晶の柱だった。
キラキラと輝く水の結晶のようなそれの中に・・・
「真白さん・・・颯馬さん・・・」
服が引き裂かれ、ほぼ半裸姿をした真白と、颯馬が互いに慈しむように抱き合っていた。
「土御門が封印をした・・・男の方は、自分でその封印に飛び込んでいった」
ダリが二人を見上げて言った。
「真白さん・・・姿が・・・」
真白の姿は、多少皮膚に爛れは残っているが、ほとんどもとの人間の姿に戻っていた。美しい顔立ち、透き通るような肌と漆黒の髪。豊かな髪がまるで水の中を漂うように水晶の中に封じられていた。
ダリが言うには、おそらく土御門が使った蛇之麁正の権能だろうとのことだった。この世で唯一、疱瘡神を封滅する剣。それを媒介に術を放ったことで、封印される直前に真白は人間としての姿を取り戻すことができたのではないか、と。
「結局、二人を助けることは出来なかった・・・」
足玉はひとつしかなくて、それを颯馬が持てば真白は疱瘡神になってしまい、真白が持てば颯馬が死んでしまう。
二人は、ともに相手のために自分の命をなげうとうとしていた。
互いに・・・相手を一番に思っていた。
「泣いてるのか?」
ちょっと、景色がぼやけた。
私が泣いたってしょうがないことだっていうのは分かっているけど、なんだか、あの二人の必死さを思うと、胸が苦しくてたまらなくなった。
「嘆くことはない。
こやつらを救ったのは、お前だ。
胸を・・・張っていい」
ダリが、優しく言ってくれた。
「救った?」
「ああ・・・そうだ
少なくとも女の方は邪神になる未来を免れたし、
男は愛する者と一緒に居続けることができた。
人が到達できる中では最良の結末だ・・・
お前がいなければ、こうはならなかった」
夕闇に沈み始めた森。時間が止まったような水晶の中で、二人が少しだけ満足そうな顔をしてるように見えたのが・・・、それが、せめてもの救いだと、私には思えた。
【猪突猛進】目標に向かって全力で進むこと。
イノシシって眼の前しか見てなくて、真っすぐ進んじゃうんだよね、みたいな。
♡ーーーーー♡
そう、私とお兄ちゃんの歪んだ愛の日々は、決して長くは続かなかった。
いや、続けることができなかったのだ。
お兄ちゃんの病状は日に日に悪くなっていった。
逞しかった腕は更にやせ細り、肌も老人のようにシワシワになっていく。
白髪が増え、風邪を引いて寝込むこともますます多くなった。
お兄ちゃんが風邪をひくと、私は近寄らせてもらえなくなる。
当然、セックスもできない。私はお兄ちゃんの部屋の近くまで行って、回復を祈ることしか出来なかった。
そんなある日、学校に『民話がたり』のボランティアの人が来てくれたことがあった。その人は若い男の人で、大学生くらいかな?と思うような人だった。別に格好良くもない、悪くもない、なんということのない、普通の男の人だった。
ただ、普通『民話がたり』というのは地元のおじいちゃんとか、おばあちゃんが来てくれることが多いのに、若い男性が来た、と疑問に思った記憶はあった。
『今日、僕がお話するのは、この地方に伝わる不思議な不思議なお話です』
民話語りの先生がお話を始めた。
☆☆☆
昔、昔、この地方には『疱瘡神』という、それはそれは恐ろしい神様がいました。
疱瘡神は病気の神様です。なので、人に近づいただけで、その人を病気にしてしまい、殺してしまう、そんな神様でした。
言い伝えによると、その姿は、身体はクマほどもあるのに、手足はやせ細っていて、顔は醜く爛れ、髪の毛はその大半が抜け落ちてしまっているといいます。更に、身体のあちこちが赤くグジュグジュに膿んでいて、ひどい匂いを撒き散らすと言われています。
疱瘡神は世にも恐ろしい姿をしているのです。
そんな疱瘡神が、都を夜な夜な歩き回っていたのです。その姿を見た人はもちろん、家の前を通られただけでも人々はひどい病気になり、バタバタと倒れていきました。こうして、多くの人が病気で死んでしまうことになり、都の人々は皆、すっかり困り果ててしまったのです。
そんなある時、ひとりの勇敢な『巫女』が、自分の身体の中に疱瘡神を閉じ込める、と言い出しました。
もちろん、疱瘡神は病気の神様です。そんな神様を身体の中にいれたら、その巫女自身が病気になってしまうのは目に見えていました。しかし、『巫女』には勝算があったのです。彼女には、偉い法術使いの男という仲間がいました。その法術使いは、『足玉』という不思議な宝玉を持っていたのです。そう、これこそ神様の作った宝物で、どんな病気でもたちどころに治すことができる不思議な玉だったのです。
「この『足玉』があれば、疱瘡神を身体の中に閉じ込めても、病気になることはない」
法術使いは、巫女にそう教えました。そして、この足玉を巫女に貸す、と約束したのです。
足玉を用意し、疱瘡神を閉じ込めるための特別なお堂を設え、準備は万端です。
ある日の夜、巫女はお堂に籠もって、疱瘡神を待ちました。
疱瘡神が、法術使いにおびき寄せられてお堂に入ってきます。
そして、巫女は見事、疱瘡神を自分の身体の中に取り込むことに成功しました。
翌朝、疱瘡神を封じ込めた巫女の首に、法術使いの男が『足玉』をかけました。これで、都を騒がせた疱瘡神は、完全に巫女の身体の中に封じ込められてしまったのです。
以来、都の人が病気で苦しむことはなくなりましたとさ。
めでたし、めでたし。
☆☆☆
なんということのない、昔話だった。
ただ、『足玉』というものには興味を惹かれる。もし、本当にそんな神様の宝があるなら、お兄ちゃんの病気を全部治せるかもしれない。
そんな夢みたいなことがあればどんなに素晴らしいことだろう。
私は夢想せずにはいられなかった。
お話が終わった後、クラスのある男の子が質問をした。
「せんせーい!疱瘡神は完全にいなくなったんですかぁー!?」
「いい質問だ・・・。実は、疱瘡神は封印されただけで、いなくなったわけではないと言われているんだ。疱瘡神は、その巫女の体の中で生き続けていた。そして、いつか、巫女が女の子を生むと、その子どもに今度は疱瘡神が移る・・・。こうして、次々と疱瘡神は受け継がれて・・・今、この現代でも、その身体の中に疱瘡神を宿した女の子がいる、と言われているんだよ」
先生は、疱瘡神を受け継ぐ家は必ず『女』が当主になる。女から女に疱瘡神が受け継がれるので、その家では『女の子』が神様みたいに尊重される、と言った。
その瞬間、胸がドキッとした。
代々女が当主になって家を継いで、女の子が神様みたいに尊重される。
それはまるで私の家の様子だと、思ったからだ。
もしかして・・・?
「きりーっつ!」
ぼんやり考え込んでいる間に、『民話がたり』の時間が終わった。
若い男の先生が帰ってしまう。私は弾かれたように席を立ち、先生を追いかけた。
ちょうど昇降口のところで、民話がたりの先生が、担任の田中先生に送ってもらっているところで追いつくことが出来た。
「先生!・・・ひとつ、質問があるんですけど・・・」
下足に履き替えた先生が立ち止まり、私の方を見た。
「ああ・・・君はさっきのクラスの・・・?」
「こら、名越!」
田中先生が私を止めようとしたが、大丈夫ですよ、と先生が言ってくれた。
「質問・・・って?」
優しい顔を向けてくれた。私は息を大きくひとつ吸った。
「あ・・・えっと・・・さっきの『ほうそうしん』?のお話で・・・その・・・代々受け継いでいる家って、どんな家、なんですか?」
「ん?なんでだい?」
「あ・・・の・・・」
ちらっと田中先生の方を見る。
うちがその疱瘡神の家かどうかがわかりますか?
うちに足玉があるかどうかわかりますか?
本当はそう聞きたかったけど、田中先生の手前、直接は聞きにくかった。おとぎ話を真に受けている変な子、と思われそうだったからだ。
私の視線に気づいたのか、先生は、担任に目配せをして、「あとは私の方で答えておきますから」と言ってくれた。田中先生も用事があったようで、「そうですか?では失礼します」と立ち去っていった。
「で?なんでそんなことが気になるの?」
「私の家が、お話にそっくりで・・・だから・・・」
私は自分の家のことを先生にお話しした。
私の家はいつも女の人が一番偉いことになっていて、家も普通の家は長男が継ぐが、名越の家は長女、というか、女の子が継ぐ、ということ。
私は親戚や村の人から変に崇められてて、居心地が悪い、ということ。
とても・・・さっきのお話に出てきた家に似ている、と。
「へえ・・・君、名前は?」
「名越真白です」
「うーん・・・」
どうやら先生も、名前だけではわからないようだった。
やっぱり、おとぎ話の世界のことか・・・。そう諦めかけた時、
「君の家が疱瘡神の家なのか、わからないけど、確かめる方法ならあるよ」
先生がニコっと笑って言った。
「え?どうやって?」
「うん・・・君、生まれてから大きな病気をしたことは?」
私は身体が丈夫なのか、風邪ひとつひいたことがない。ついでに言えば大きな怪我もない。
「うん、やっぱりね・・・。だったら、仮病を使ってごらん。もし、君の家に『どんな病気でも治せる足玉』があるなら、君が病気になったらご両親はまっさきにそれを使うだろうからね」
「でも・・・お兄ちゃんはずっと病気だけど、パパやママは足玉を使わなかったから・・・」
私が今更病気になったからと言って、持ち出すとは思えなかった。
「それはどうかな?もしかしたら、足玉は疱瘡神を身体の中に持っている人にしか効果がない、とか、女の子にしか使いたくないとか、そういう事情があるのかもしれないよ?」
・・・そういう考え方もあるのか・・・。
「あ・・・それと、あとひとつ・・・」
私は最後にもうひとつ質問をした。
そして、先生の答えは、私の心をかき乱すのに、十分なものだった。
☆☆☆
結局、しばらく迷った後、私は仮病作戦を実行に移すことにした。
別に私が仮病を使ったからと言って誰が損する訳では無い。足玉がなければそれだけだし、あったときは・・・また、考えようと思ったのだ。
女中に「頭が痛くて気持ち悪い」と告げると、彼女は慌てて体温計を持ってきた。
私は、ポケットに入れておいた小さいカイロで体温計の温度を38度2分まで上げる。その体温を見た女中が、慌ててパパに報告したみたいだった。
しばらく布団で眠っていると、パパが会社を早退して戻ってきた。
そして、枕元に小さい布袋を置いた。
「それ・・・なに?」
わざと苦しそうに息をしながら、私が尋ねるとパパは『お守りだよ』と言った。パパが席を外した隙に、その袋をあけてみると、中には、白と黒の光がウネウネと蠢いている不思議な勾玉が入っていた。
足玉だ・・・。
私は確信した。
そして、同時に理解した。
私の身体の中に、『疱瘡神』という恐ろしい神がいることを。
民話語りの先生への最後の質問が頭に蘇る。
『先生・・・足玉がないと、その家の女の子は、どうなるんですか?』
私はこう尋ねた。思えば、この時既に嫌な予感がしていたのかもしれない。
うん・・・と先生は腕組みをし、少し思案してこう答えた。
『伝説では、足玉が疱瘡神を抑え込んでいる、ってことになっているから、
それがないと、その女の子自身が、きっと醜い『疱瘡神』になっちゃうんだろうね・・・』
そうなのだ。
足玉がないとお兄ちゃんは死ぬ。
足玉をお兄ちゃんに渡せば、私は世にも醜い『疱瘡神』になってしまう。
幼いながら、私の心は千々に乱れた
仮病を使い、足玉の存在を確信した後、あれこれと家の中を調べて、パパが足玉を書斎に隠していることを突き止めた。
また、どうやらママは足玉を15歳になったときから身につけていた、ということも分かった。だから10歳の私はまだ足玉を身に付けなくてもいいのだ。それは裏を返せば、15歳までは足玉がなくても私は疱瘡神にならない、ということだ。
15歳・・・。
こうしている間にも、お兄ちゃんは日に日に弱っていく。
死がひたひたと足音を立てて、迫ってきているかのようだった。
とうとう、お兄ちゃんは私のことを抱くことすらできなくなった。
ただ、私の背中に細い腕を回して、そっとそっと撫でるだけになっていた。
結局、私達、兄妹はどちらかしか生き残れない。
お兄ちゃんは世界で唯一人、私を、真白を見つめてくれた人。
私は、その身に醜い神を宿して、全ての人を病気にする、迷惑になるだけの存在。
どちらが生き残るべきか、・・・明白ではないか。
決心をした。
私は、言った。
『兄様、兄様・・・足玉を持って、ここから逃げて・・・』
『そして、私が15歳になる前に戻ってきて、どうか、兄様の手で、私を殺して』
と。
☆☆☆
随分・・・昔のことを思い出していた。
私は、今、何をしているんだっけか?
考えが、よく、まとまらない。記憶の断片が次々に心に流れていく。意識が朦朧としている。眼の前の景色もぼんやりとしていて、周囲の状況がよく把握できない・・・。
ここは・・・どこ?
私は一体何をしてたんだっけ?
私は、一体、どうしてしまったのだろう?
どうやら森の中にいるようだということは分かった。
ああ・・・何か、大事なことをしていた気がする。
何か・・・しなくてはいけないことがあった気が・・・。
切迫感があった。でも、眼の前の景色はどこか遠くで起こっていることのように感じられて、全く現実感を欠いていて、何をしなくてはいけないか、判然としなかった。
左下を見る。
あれ・・・お兄ちゃん・・・。どうしてそんなところで、うずくまっているの。
どうしたの?具合悪いの?
だってもう、お兄ちゃん、足玉・・・持ってるでしょ?
真白、お兄ちゃんに足玉あげたよね・・・?
それがあるのに、どうして?
苦しいの?
痛いの?
大丈夫?お兄ちゃん・・・。
誰か・・・助けて・・・お兄ちゃんを助けて・・・。
私は、助けを求めて、周囲を見回した。
狭まった視野に何人かの人影が映る。
剣を振り回している男
槍を掲げる男
何事か叫びながらこちらに迫る女達・・・。
悪意を・・・敵意を感じる。
ピリピリと肌が粟立つ。
もしかして、こいつらがお兄ちゃんをいじめているの!?
許せない・・・許せない・・・
真白のお兄ちゃんを・・・私のお兄ちゃんを!
遠くの方で、誰かが大声で何かを叫んでいる。
男の持つ剣が、槍が光り輝き、その圧倒的な光量が私を貫かんと迫ってくる。
お兄ちゃんを守らなきゃ・・・
お兄ちゃんだけは守らなきゃ・・・
私はその人達からお兄ちゃんを隠すように立ちふさがる。
お兄ちゃん・・・大丈夫・・・私が守るから。
私が、絶対に、守るから・・・。
☆☆☆
土御門が光を纏う蛇之麁正を振り下ろす。ダリが雷を纏った槍で空を突く。
その刹那、私の背筋にゾクリと悪寒が立ち上った。
何か、とても良くないことが起こっている気がした。
いけない!
そう思ったのと、体が動いたのは多分、同時だった。
「綾音さん!」
瀬良が呼び止める声を振り切って、私は結界の外に走り出した。そのまま、両手を広げ、立ちふさがる真白に体当たりをした。
「綾音!」
「バカ!やめろ!」
ダリと土御門が同時に叫ぶ。私がタックルしたことで、真白はよろけ、ダリと土御門が放った退魔の光と雷鎚は空を薙ぐ結果になった。
何事か叫んで瀬良がこちらに近づいてこようとするが、疱瘡神の力が強すぎて近づけないようだった。そして、倒れた刹那、攻撃を受けたと認識したのか、真白が疱瘡神の力を更に強く辺りに撒き散らす。
先程よりも一段と強い瘴気が吹き上がり、私もたまらず目鼻を覆って後ずさる事になった。
でも・・・!
「ぐうう・・・」
真白の横で颯馬がうめきをあげた。ただでさえもとからの病気のために弱っているのに、病を賦活する疱瘡神の力が叩きつけられているのだ。下手したら死にかねない。
もちろん、強烈な瘴気に晒され、私自身も身体が重く、とてもじゃないけど平気とは言えない。しかし、私の身体は、薄っすらと光の幕のようなものに覆われていて、これが瘴気を弱めていることを実感できた。たぶん、これが護符の効果なのだろう。
「綾音さん!こっちに戻ってきてください!そのままじゃ死んでしまう!!!」
必死に瀬良が声を上げるが、ここまで来たのだ、颯馬を引っ張っていきたい。私は無理を承知で颯馬の方に近づいていく。
「に・・・ィ・・・さア・・・マァあッ!!」
よろけて尻餅をついた疱瘡神・真白が立ち上がり、私と颯馬の間に割って入ろうとする。やっぱり真白は颯馬を守ろうとしている!?
でも、それはダメ、ダメなの!!
「真白さん!・・・分かって!私は!私は颯馬さんを傷つけようとしていないの!あなたが守ろうとしている颯馬さんは、このままだと死んでしまう!」
疱瘡神となった真白の目は黒く落ちくぼみ、どこを見ているかも判然としない。意識があるのかもわからない。でも・・・それでも、こうして呼びかけ続けるしか、今の私には手立てがなかった。
ぐう・・・
右手に違和感を感じる。見ると、私の右手が赤く炎症を起こしたようになっていた。とっさに袖をまくると、それは腕全体に広がっていて、背中の方まで続いているようだった。
まさか・・・!
意識すると、身体が重い。40度以上の高熱を出したかのようなだるさだった。身体画の自由が効かないことが、疱瘡神の瘴気に晒されているせいばかりではないことに遅まきながら気づいた。
感染・・・している!?
赤咬病・・・。もしかしたら背中は真っ赤に染まっているのかもしれない。
村人同様、私も意識を持っていかれてしまうの?
でも・・・それでも!
「真白さん!お願い!・・・お願い!話を聞いて!!・・・分かって!!!」
渾身の力で叫ぶ。
「二ぃ・・・サま・・・・」
ふらふらと真白が私の首に手を伸ばしてくる。絞め殺す気・・・?
逃げなきゃ、と思ったが、身体が鉛のように重くなっていてまるで言うことを聞かない。身体の内が燃えるように熱い。呼吸が浅くなって、苦しい。意識まで朦朧としてくる。
ダメ・・・このままじゃ・・・やられる!
その時、ふわりと光が私の体を包み込む。
「綾音・・・!無茶をするな」
ダリが私のことを後ろから抱きしめていた。
その身体から立ち上る良い香りが、疱瘡神の瘴気を打ち消してくれているかのようだった。
さらに、おそらく何かの結界を張ってくれているのだろう。身体が少し、楽になった。
「だ・・・ダリ・・・」
本当は颯馬を引き寄せなくてはいけないのだが、安心感が勝ってしまったのか、私はそのままくたりとダリの腕の中に倒れ込んでしまう。ダリはそんな私を抱え、大きく後ろにジャンプをして、疱瘡神との間に距離を取った。
「ダリ・・・ダメ・・・颯馬さんを・・・颯馬さんを・・・」
彼をあのままにしたら、真白は守ろうとしているまさにその人を自分の力で殺してしまう。
そんなのは、絶対、絶対、ダメだ。
「案ずるな・・・瀬良がうまくやっている」
ちらっと目をやると、瀬良が疱瘡神を大きく迂回して、その後ろに回り込んでいる様子が見えた。そして、私達に気を取られている真白の隙をついて、颯馬を一気に結界内に引き入れた。
「よか・・・った・・・」
相当私は無理をしていたに違いない。颯馬が助け出されたのを見届けたことで、ホッとした私の意識は、糸がぷつりと切れた凧みたいになって、くるくると回転して闇に落ちていく。
あとは・・・真白さんを助けて・・・お願い、ダリ・・・。
言葉にできなかった願い。この時点で、私の意識は完全に闇に飲まれてしまっていた。
☆☆☆
「天狐はん・・・綾音ちゃんの状態は?」
「いいわけないだろ・・・」
疱瘡神のもとから綾音を連れ戻った天狐はいつにも増して苛ついていた。動揺している、と言ってもいいかもしれない。
「なんとかなるんか?」
「我を・・・何だと思っている?」
天狐は持っている破魔の槍の石づきを地面に突き立て、何事か呟く。おそらく結界のための呪言であったのだろう。槍の切っ先から円錐状に淡い光の境界が生み出され、二人を包みこんでいった。結界が展開し終わると、その中で天狐が、その両の手を、横たわる綾音に差し向ける。
「鬼哭より 作にたかりし 虫ぞ焼きぬる
千早ぶる 伊勢の神風 吹き散ぞらさむ」
朗々と謳い上げた呪言に伴って、その手のひらから清涼な風が舞い上がり、綾音を中心に柔らかく渦を巻く。その風に煽られると、手の甲まで覆っていた真っ赤な発疹が、薄くなり、目に見えて引いていく。
この狐、回復術まで使えるのか・・・。
通常、回復術と戦闘術は呪力の使い方が全く異なるため、同じ人が修めていることは稀である。自分を含めた祓衆の人間は、回復術は使えたとしてもさほどの練度には至っていない。やはり戦い専門なのだ。
対して、結界術や補助のための術式を多く修めている祭部衆は、回復術に長けている者が多い。例えば、大鹿島は結界術を得意とするが、腕を切り落とされたというくらいの怪我ならば術式のみで止痛、止血から縫合までやってのける。
人間では両立し得ない二つの技を、この狐はいとも容易く高水準でやってのけてしまう。
素直に認めたくはないが、やはり、すごい。
・・・こっちは、もう大丈夫そうやな。
綾音の生命は天狐にまかせておけば、おそらく助かるだろう。ただ、いかに天狐とはいえ、神の影響で進行した病気をそうそう容易く癒せるとは思えない。今の時点で、彼が早々に戦線に復帰するのは無理と見ていいだろう。
「ぐおあああああ!!」
瀬良ちゃんがうまくやって、疱瘡神から颯馬を引き離した。ただ、それに気付いた疱瘡神が天を仰いで咆哮を上げている。
その様子を見るに、次の大技のための力を溜めているところのようだ。そして、今、疱瘡神の注意は、完全に颯馬を抱えている瀬良に向かっている。
隙が、できた!
『真白さん!・・・分かって!私は!私は颯馬さんを傷つけようとしていないの!あなたが、守ろうとしている颯馬さんは、そのままだと死んでしまう!』
ああ・・・綾音に言われるまで気づかなかった。
疱瘡神は、真白は、颯馬を守ろうとしている。あんな姿になってしまっても、彼女にはまだ人間の心が残っているのだ。
あれは、疱瘡神100%の力じゃなかったのだ。真白が、真白の人間の心の部分が、疱瘡神の力を抑え込んでいたのだ。
わい等は偉い勘違いしていた・・・かもしれへん。
あのまま真白に術が命中してたら、とんでもないことになっていた可能性がある。
それに、まだ人間の意識があるのなら・・・。
『真白は・・・人に戻れる』
と颯馬は言っていたじゃないか。
彼らは互いに思い合っている。
そして、その心根を見抜いたからこそ、綾音は、なんの力もないただの小娘のくせに、自分の命も顧みず、疱瘡神に飛びかかっていったのだ。
誰もが恐れる、病の神に体当たり・・・って・・・。
そんなん・・・カッコよすぎるやろ!?
そんな根性見せられたら、わいも、やるしかないやろ?
俺は蛇之麁正を両手で逆手に持ち、そのまま渾身の力で大地に突き立てた。
「北方黒帝 王水縷縷 星辰 熔々にして 霜天に散ず
歳刑神 地より至りて 北門を閉じよ」
権能示せや
「蛇之麁正!」
ぼこり!と、突きつけた先の地面から水晶の結晶が突き出し、水晶の列が一気に疱瘡神まで走り伸びていく。
「があああっ!!」
大地から突き出した水晶は疱瘡神の足にまとわりつき、そこから伸びてその身体全体を覆い始める。
俺は剣に更に呪力を込めた。水晶が一段と大きく膨れ上がる。その様は疱瘡神の身体が水晶で凍りついていくかのようだった。
方針転換や!
封印・・・したるさかい・・・
「やめろおおおお!!!」
しかし、封印が完成する寸前、あらぬところから叫び声が聞こえた。
「颯馬さん!」
瀬良が声を上げる。颯馬が、瀬良を振り切って疱瘡神に向かって走っていた。
術を破る気か!?
無茶や!
そもそもが周囲に人がいないと発動できないほどの大呪だ。近づけば巻き込まれかねない。それに、今からでは、たとえ俺自身であっても、術を止めたり威力をそらすことは出来ない。
「バカ!近づくな!!」
しかし、颯馬はそのまま疱瘡神の方に向けて突っ走り、それに向かって手を伸ばす
そして、下半身をほぼ結晶化され、身動きが取れなくなった疱瘡神もまた、颯馬に向かって手を差し伸べていた。
「真白ぉ!!」
颯馬が手を伸ばし、真白の手を掴む。二人は互いを引き合い、そのまま固く抱きしめあった。
「兄様・・・」
ピキキキキ・・・
術が完遂し、二人は共に水晶の柱に封じ込められていく。
ちっ・・・
それが、お前の望みかよ・・・!
俺は歯噛みをした。なんや、結局、こちとら、誰も救えてないやんけ。
「結・・・」
水晶の柱の完成を見て、俺は最後の呪言を奏上した。
☆☆☆
目が、開いた。
私の目に最初に写ったのは、冬晴れた夕焼けの空だった。薄い雲が夕日に照らされ、オレンジにたなびいている。
あれ、私・・・どうしたんだっけ?
そうだ、私、颯馬を助けようとして、真白に体当りして、それで、ダリに助けられて・・・。気絶・・・していた?
一体、戦いはどうなったの?
体に力を入れて起き上がろうとするが、どうにも力が入らなかった。
まだ、疱瘡神の病に侵された余韻が残っているのだろうか?
「・・・大丈夫・・・なのか?」
視界にダリの顔が割り入って、心配げに見下ろして来る。
どうやら私は、またしてもダリの膝枕で寝ていたようだった。
「どこか具合の悪いところはありませんか?」
左の方から、聞こえるのは、瀬良の声だ。
「自分、名前言えるか?」
ダリの背中側から聞こえる声。これは土御門だ。
「・・・・綾音・・・浦原綾音・・・」
答えると、やおらダリがぎゅうっと私を抱きしめてきた。
え?ちょ・・・何?何?!
名前、言っただけなのに?
「痴れ者が・・・」
きつく、きつく抱きしめられる。
よくわからないけど、ものすごく心配させたらしいことはわかった。
「ちょ・・・ちょっと・・・ダリ・・・」
やっと周囲を見る余裕が出てきた。瀬良も、土御門もいる。
現場処理のためだろうか、見覚えのない人達もいる。おそらく陰陽寮の職員だろうと思われた。
そんな公衆の面前で抱きしめられているのが、ちょっと、恥ずかしかった。
「綾音さん・・・よかった・・・」
「天狐はんに感謝やな」
瀬良と土御門が口々に安堵の声を漏らす。
一体どういうことなのか・・・?
やっと、ダリの抱擁から解放された私に、瀬良が説明してくれた。
どうやら、先程まで私は、赤咬病のフェーズ4、衰弱段階に至っていたという。しかもその中でもかなり進行していたのだという。進行具合からいって、脳機能障害が起きててもおかしくないほどの病状だった、というのだ。
ダリが、心做しか憮然としているように見えるのは、それが原因のようだ。
必死に私の治療をしてくれたと、瀬良は言っていた。
『あないな天狐はん、初めて見たわ』
土御門も、異口同音に言う。
先程のきつい抱擁がやや照れくさかったのは、ダリも同じだったようで、彼は今、明後日の方向を向いている。でも、その尻尾がぴるん、ぴるんと跳ねていて、心の内が丸わかりだ。
もし、ダリがその超妖力であの場で即、治療を施していなかったら、
もし、疫病除けの護符を身につけていなかったら、
おそらく生命はなかっただろう、と。
「綾音さん・・・無謀にもほどがあります・・・。
助かったのは、奇跡ですよ・・・」
「ごめんなさい・・・」
色んな人に心配をかけてしまった。・・・急速に心苦しくなってきた。
「まあ、助かったんやし、ええやないの。
瀬良ちゃんも怖い顔しないしない!
あ、そうそう、多分な、綾音はんが助かった理由
もう一個あんねんで」
土御門が言う。
「もうひとつって?」
「ああ、あの疱瘡神な、多分、途中でちょっと瘴気を引っ込めた・・・思うんよ」
きっと、綾音はんの声、届いてたんとちゃうかな・・・
土御門は、そう言ってくれた。
あれ?そういえば、真白さん・・・。
「ダリ・・・真白さんと颯馬さんは?」
やっとなんとか立ち上がれるようになり、辺りをうかがった。今、私達がいるのは、先ほどまで戦いが繰り広げられていたところのすぐ近くのようだ。
真白も、颯馬も周囲には見当たらない。
もしかして・・・?
「ああ・・・あの者たちか・・・」
不穏な予感が胸をよぎった。やっと少し機嫌を直してくれたダリが、私の手を引いてくれる。ダリに連れられて、木立を抜ける。
そこにあったのは・・・。
「これ・・・って・・・」
夕日のオレンジに満たされた空間。
木々が吹き飛ばされ、円形に平地になった場所の中央に、それはあった。
巨大な水晶の柱だった。
キラキラと輝く水の結晶のようなそれの中に・・・
「真白さん・・・颯馬さん・・・」
服が引き裂かれ、ほぼ半裸姿をした真白と、颯馬が互いに慈しむように抱き合っていた。
「土御門が封印をした・・・男の方は、自分でその封印に飛び込んでいった」
ダリが二人を見上げて言った。
「真白さん・・・姿が・・・」
真白の姿は、多少皮膚に爛れは残っているが、ほとんどもとの人間の姿に戻っていた。美しい顔立ち、透き通るような肌と漆黒の髪。豊かな髪がまるで水の中を漂うように水晶の中に封じられていた。
ダリが言うには、おそらく土御門が使った蛇之麁正の権能だろうとのことだった。この世で唯一、疱瘡神を封滅する剣。それを媒介に術を放ったことで、封印される直前に真白は人間としての姿を取り戻すことができたのではないか、と。
「結局、二人を助けることは出来なかった・・・」
足玉はひとつしかなくて、それを颯馬が持てば真白は疱瘡神になってしまい、真白が持てば颯馬が死んでしまう。
二人は、ともに相手のために自分の命をなげうとうとしていた。
互いに・・・相手を一番に思っていた。
「泣いてるのか?」
ちょっと、景色がぼやけた。
私が泣いたってしょうがないことだっていうのは分かっているけど、なんだか、あの二人の必死さを思うと、胸が苦しくてたまらなくなった。
「嘆くことはない。
こやつらを救ったのは、お前だ。
胸を・・・張っていい」
ダリが、優しく言ってくれた。
「救った?」
「ああ・・・そうだ
少なくとも女の方は邪神になる未来を免れたし、
男は愛する者と一緒に居続けることができた。
人が到達できる中では最良の結末だ・・・
お前がいなければ、こうはならなかった」
夕闇に沈み始めた森。時間が止まったような水晶の中で、二人が少しだけ満足そうな顔をしてるように見えたのが・・・、それが、せめてもの救いだと、私には思えた。
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